第15話
「……お疲れ様でした」
見覚えのない婦警が沈痛な表情で言った。なんでだろう、と思ったところで気付いた。
「パーティーは全員生きて帰ってきているぞ」
「え、あ、そうなんですか」
婦警……犬系純獣人の婦警がホッとしたような表情を見せた、多分。純獣人は顔がほぼ獣だから表情も年齢は分かりづらいんだよなぁ。彼女は十代から二十代、もしくは三十代から四十代だろう。名札には中島と書かれている。
現在時刻は午前二時。慎重にダンジョンを探索してやっとの事で上り階段を見つけ出して出てきた二人はダンジョン入り口の警官が顔を顰めるぐらいにボロボロで異臭を放っていた。そんな状況で出てきた二人は現在受付の前で限界が来たようで眠っている。こんな少人数でダンジョンに潜っている者なんて殆どいない。犠牲者が出たのだと思われても仕方がないだろう。
「報告は俺がするから二人は寝かせておいて問題ないよな?」
「問題はないですが……明日でも大丈夫ですよ? 宿泊の許可も出せますから」
砦には探索者用の宿泊施設が存在する。昔、ダンジョンで疲弊した探索者が帰り際に狙われる事件が多発したため作られたそうだ。一応、疲れていなくても使用できるがその場合は高めの宿泊料金を要求される。疲れても居ないのに居座る輩が出るのを防ぐ措置だ。もちろん、遠慮なく使わせて貰おう。
「ああ、それと一応医者も呼びますね」
「……至れり尽くせりだな」
「探索者の皆様のサポートが我々の仕事ですから」
おそらくは微笑んでいるであろう中島婦警の胡散臭さに俺は思わず黙り込んでしまった。絶対にそんなこと思ってねえ。
俺の無言に中島婦警はこほんと咳払いをした。
「あなた方の評判は大変よいですからね。ちょっとぐらいオマケはします」
「評判が良いって、まだ探索者になって一週間経ってないぞ。有象無象の探索者の一人だろ」
「十代で魔術師になった人と電子生命でしかも生まれた状態のあなたのコンビの何処が有象無象ですか。それプラスダークエルフの治癒士ですから注目の新人探索者チームですよ」
そう言われてしまえば納得しかない。確かに珍しいから注目されはするだろう。
「それに彼は紳士ですからね」
「紳士……?」
「ええ、小規模チームの探索者としてはとても大変紳士です」
「ああ……それはそうだろうな」
現代で小規模チームというのは基本的に事前に調べるということすらできない教養のないアウトローがなるものだ。結構社交的のように思われる中島婦警が思い出しただけで死んだように遠い目をするぐらいにはヤベえ。なら婦警なんて受付に置くなよとは思うのだが、それでも婦警を受付に置くだけの理由があるのだろう。大変だ。
「そろそろ報告していいか?」
「あ、はい」
俺の強引な話題変更で中島婦警が戻ってくる。このまま愚痴られても面倒だからな……。
「どこから話せば良い?」
「メイン探索層が第一階層であればダンジョンに降りた直後からお願いします」
探索者……少なくとも東京ダンジョンの探索者は探索状況の報告義務が存在する。これはダンジョン内部の情報収集とダンジョンを利用した犯罪を防ぐのが目的だ。ではなぜそれをわざわざ口頭で言うのかといえば探索者の学力が平均的に低いのが主な原因だ。荒くれ者に詳細なレポートを書けなどと言ったところでどうなるかは目に見えるだろう。背後の主犯に口裏合わせされるのを防ぐ目的もあるだろうが。
俺はあらかじめ作っておいたデータを送りつつ説明していく。言葉の一つ一つに反応を示してくれる中島婦警に嬉しくなり、ついつい熱く語っていたらいつの間にやら他の職員達も集まり面白そうに耳を傾けていた。仕事はどうしたと思ったが、人の殆どいない深夜帯なので暇なのだろう。
「誰だ」
突如燿の鋭い声が響き、それと共に小さく悲鳴が上がった。呼ばれた医者が診察しようとしたところで燿に腕を掴まれたのだ。
「燿、医者だ。心配ねえよ」
俺が言うと燿はぱっと手を離した。かなり強い力で掴まれていたのか医者は手首をさすっている。そして二千花の診察を始めた。
「……寝てたか」
「あれだけ疲れてたらそりゃ寝るだろ」
燿は舌打ちをして顔を顰めた。疲労がピークだったとはいえこんなところで眠りこけたのが気に入らなかったのだろう。燿、というか東京都民にとって警察はある種の敵だ。砦の警察官は今のところ真面ではあるが。
「大丈夫だとは思うが一応診てもらえよ。かなり無茶したんだからな」
「……分かってるよ」
「あと、今日はここに泊まるからな?」
「……それがいいか」
泊まるというと正気かという眼をされたが、己の肩を枕に眠りこけている二千花を見て燿はしぶしぶと頷き、俺は驚愕に呻き声を上げかけた。まさか燿が疲労困憊の状況で二千花を気遣うとは……良い変化ではあるが想定外過ぎて驚いた。
「僕の事はいいから報告を進めろよ」
俺に驚かれていることが恥ずかしかったのか燿は手を払うようにして先を促した。そして再度椅子にもたれ掛かった。色々弄ってやりたいがここで機嫌を損ねても面倒だ。燿の言うとおりにしようか。
「中断して悪かったな」
「いえ、それでは続きをお願いします」
犬系獣人の顔ですらニヨニヨ、としか表現できないような笑みを中島婦警は浮かべていた。まあ、確かに恋人を気遣っているように見えなくもない。彼女が想像しているような状況ではないが……まあ妄想は好きにしたらいいさ。
俺は先ほどよりもトーンを落として報告の続きを始めた。
報告が終わると燿は俺を拾い上げ二千花を担いで宛がわれた部屋へと向かった。職員が手伝いを申し出てきたが燿はそれを断っていた。これは燿の人間不信と言うよりも東京生まれ東京育ちであれば誰でもそうするだろう。警官がそんな親切なわけがない。
重い足取りで部屋へと到着し、近くにあったベッドに二千花を放り投げた。
「二千花の奴、ぜんっぜん起きねえ……」
体をぐにゃりと捻らせた息苦しそうな格好だというのに不安になるほど起きる様子がない。猫かこいつは。
「燿、起こしてシャワーを浴びさせろ」
「これだけぐっすり寝てるのにか?」
「今の状況で寝かせたら明日悲惨になるからな、そっちの方が哀れだ」
共に死線を潜ったおかげで大分打ち解けたとは言えども、会って数日の異性が居る状態で尿と汗にまみれた状態で朝を迎えるのがどれほど乙女としてショックであるかは電子生命であろうとも容易に想像できた。野外やダンジョン内部といった状況なら致し方ないが、ここはシャワーも浴びられる場所なのだ。今のうちに浴びておいた方がまだマシだろう。
「起きるか? この状態で寝てる奴だぞ?」
「思いっきり揺すってやれば起きるだろ。胸は揉むなよ」
「……揉まねえよ」
返答に一瞬間があったことと怪しげな視線については、まぁ見逃してやろう。二十手前の男の性欲についての知識ぐらいはある。
燿は溜息をついてから二千花の肩を揺らす。割と強めに揺すったにもかかわらず二千花は一切起きる様子を見せない。燿はだんだんと強く揺らし、ヘッドバンギングかと思うぐらいに揺らしたところでようやく起きた。
「あー……んぅ? どこ……」
「シャワー浴びてきなよ。あっち、分かる?」
「んぁ……い」
二千花は寝ぼけ眼というか七割ぐらい脳味噌が寝てそうな様子でフラフラとシャワーを浴びに行った。あの様子だと元々朝とか弱いのかも知れないな……。二千花を見送ると燿は深く溜息をついた。
「お前もシャワー浴びてから寝ろよ」
「分かってるよ……流石にコレで寝る気は起きない」
自分たちの悪臭に気付いたのか燿は思いきり顔を顰めて言った。
「しかし、お前、随分と二千花に親切にしてたな」
「別に……ただ、返しただけだ」
揶揄するような俺の言葉に燿は舌打ちしそうな顔で言った。
「僕はまだ、少なくとも信用できるのはまだお前だけだ。ただ、頭では二千花が信用できる奴だというのは分かっている。感情の問題でどうしても信じられない。でも二千花は、僕が信用できていないことを分かっているだろうに、それでも僕を信用してくれた。だから、信じられなくても、態度や行動だけでも示そうと思ったんだよ。信用した相手にどういう態度をとればいいのかは分かっているから」
燿は賢い。身内びいきを差し引いても賢い。自身の人間不信が過剰だとも認識しているし、このままではよろしくないというのも分かっている。だが、認識しているだけで解決できるほどトラウマというのは生半可なものじゃない。トラウマとは恐怖であり、その克服は恐怖との戦いなのだ。恐怖が幻だと頭では理解していても怖い物は怖い。それでも、燿は変わろうとはしている。だからこそ余所の施設に移らずあの施設に残り続けたのだし、宮内でバイトも中退するまで続けていた。
俺は知っている。コイツがどれだけ頑張っているのかを。
「二千花は大丈夫そうか?」
「そうだな……お前の次ぐらいには大丈夫にはなったかな」
「それはいいな。頑張れよ」
そう言うと、燿は恥ずかしそうに鼻を鳴らした。本当に頑張っているんだから誇ることはあれど照れることはないのに。
話は変わるが、この部屋は疲労困憊の探索者が寝泊まりすることを前提にしている。だから溺れないように風呂は無しシャワーのみだし、脱いだ物は自動でクリーニングに出してくれるサービスもあるし、シャワー前の更衣室には無地の着替えが大きいサイズから小さなサイズまで様々用意してある。
つまり、更衣室にあったであろう着替えからわざわざパンツノーブラ白ティーを選んでバカが出てきた。燿は即座に視線を反らした。信頼を裏切らぬように頑張っているな。明日バカの乙女心がどうなろうともう俺は知らん。
…………………………………………………………………………………………………
ゼルダは僕の時間を奪いました……
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