第14話

 食事後、二千花と俺は周囲を探索した。俺と一緒なのが心強いのか、二千花は怯える様子もなくしっかりと探索をこなしていた。そして広間に戻り、俺は二千花に告げる。


「地図に合致する場所がない。第一階層の未探索地域だここは」

「え? ダンジョンが広がったって事ですか?」

「多分な。強制転移で未探索地域に飛ばされたという記録はいくつか残っている。もしかしたら強制転移の罠がダンジョン拡張の切っ掛けなのかもな」


 強制転移とダンジョン拡張の関連性は昔から指摘されていたりする。ただ、強制転移されたら確実に未探索地域に飛ばされるわけじゃないし、強制転移以外で未探索地域を発見した事例の方が多い。ただ、強制転移で未確認地域に飛ばされた場合、まず間違いなく全滅する。そして拡張した部分だけが残って他の探索者に発見されるんじゃないか、という話がまことしやかに囁かれているのだ。

 まぁ、東京ダンジョンと繋がってないところに飛ばされ、帰り道すらない状況という可能性もあるのだが……そんな絶望的な指摘などわざわざする必要はないか。


「燿と合流できるんでしょうか……」

「それは恐らく大丈夫だ。過去の実験で魔素通信が通る場所は物理的に繋がっている可能性が高いことが分かってる」


 ダンジョンは空間がバラバラに繋がっている。なのでダンジョンの全容を調べる試み過去に何度か行われている。その内の一つに空間がズレている場所数カ所で魔素通信による位置情報の探知を使い、どの程度ズレているのか割り出すというものがあった。結果としてはバラバラになっている空間を強引につなぎ合わせたようなメチャクチャな位置情報が得られたのだが、これは魔素通信が通じるところはねじ曲がった空間内で物理的に繋がっているということでもある。


「とりあえずは燿が来るまで待つのが一番だな。お前だと対処の難しい化け物もいるしな」

「魔術師は本当に強いですね」

「何にでも対処出来るのが現代魔術の強みだからな」


 現代魔術は古代魔術と比べて対処の幅がかなり広い事が特徴だ。古代魔術を徹底的に分析して生み出された現代魔術は何でも出来るを目標に設計されたからだ。その代償として魔術を行使するのに膨大な量の知識が必要になる。無論、炎に特化したり電撃に特化したりなどもできるが、それでは古代魔術を学ぶのと何ら変わりはない。

 二千花が不意に深いため息をついた。


「探索二日目にして大失敗しちゃいましたねぇ……」

「まあしかたねえよ。切り替えてけ。運が悪いのはどうしようもねえよ」


 二千花の陰気を吹き飛ばすように軽く言った。状況的に気落ちするのは仕方がないが、だからといってずぶずぶと沈んでいくのはよろしくない。モチベーションが上がったところで状況が変わるわけじゃないが、モチベーションが下がれば状況の悪化につながっていくのだから。


「探索者やってんだから危険なのは俺も燿もお前も承知の上だろ?」

「まぁ、そうですけども」

「宝箱に手を出さなかったら強制転移には掛からなかったが、罠に掛かるかもと言って宝箱を見逃す探索者は臆病が過ぎる。そうだろ?」


 二千花は苦笑しながら頷いた。俺の意図に気付いたみたいだ。わかっているのならば無理やりにでもモチベーションを上げてもらおうか。


「それに、この状況は探索者としてはチャンスでもある」

「そうなんですか?」

「ああ、未探索地域の地図情報は高く売れる。第一階層とはいえども俺とお前で探索した分だけで少なくとも十万はするぞ」

「え? 大した広さ歩いてないですよね?」


 二千花が目を点にしていた。地図がその辺に売られている現代では理解しづらいだろうが、地図というのは軍事機密にもなるかなり重要な情報だ。特にダンジョンのような構造では地図のあるなしで探索者の生存確率が大きく変わってくるし、独自の地図を持っているというのはそれだけでかなり優位に立てる。だから国はダンジョン地図の高値買取と即時公開を行っているのだ。秘匿しておくよりも誰よりも早く売った方が得になるように。


「生きて帰ればがっぽり稼げる。探索者としては最高の状況とも言えるな」

「探索者というのは頭のネジがぶっ飛んでないと駄目なんですね」


 呆れたように二千花が言うが、お前がその探索者だと言うことを忘れていやしないかね?

 話をしている内に狙い通り陰気が飛んだようで、二千花は極々自然な様子で聞いてきた。

 

「そういえば、燿はどのぐらいでここに着きそうなんですか?」

「ダンジョンは入り組んでいるから正確には言えんが、位置情報を見る限り大分近付いてきているから……」

「どうしました?」


 数回繰り返して探知した位置情報を見て思わず黙り込むと二千花が不安そうに聞いてくる。


「……まずいな、かなりの速さで近付いてきている」

「それは……いいことじゃないですか」

「お前、ここはダンジョンだぞ? 意味もなく全力疾走するほど燿はバカじゃない」


 ダンジョンは危険地帯だ。周囲を警戒しながら進むため町歩きなんかよりも遅い速度で歩いて進む。走るというのは自殺行為だ。

 二千花も分かっていたのだろう。覚悟を決めたように聞いてきた。


「……何から逃げているんですか?」

「一階層で燿が逃げる相手となると、オーガだな」


 オーガ、と二千花はやや声を震わせながら呟いた。ダンジョンの第一階層は基本小柄な化け物しか出てこないが、唯一例外なのがオーガだ。見た目としてはゴブリンを大人にして筋骨隆々にした感じで、その身長は二メートルほどになる。特に魔術を使うでもなく見た目通りに筋肉で殴りつけてくるのだが、だからこそ純粋に強く厄介な相手だ。とはいえどもここは第一階層、群れることもなく単独で出てくる上に出没するのも第二階層への階段近く、事前に準備しておけば倒すことも難しくないため探索者は第一階層のオーガを倒して一人前とも言われる化け物だ。


「どうするんですか?」

「迎え撃つ」


 俺の答えに二千花は息を呑んだ。


「燿は新米ではあるが魔術師だ。オーガを一撃で倒せる魔術は当然使える。走りながら使ったり当てたりするほどの練度はないがな」


 それができないから逃げているのだ。一流、とまでは行かずとも並の魔術師ならばオーガから逃げつつ魔術を練って撃つくらい造作もない。燿はそれができるように訓練はしているし、実際に走りながら魔術を練って当てられるようにはなった。ただ、実戦でそれを行うのはこれから、ダンジョンにもう少し慣れてからする予定だったのだ。探索三日目でオーガを相手にするのは想定していない。


「だから、落ち着いて狙える状況を作る必要がある。俺とお前で」

「なるほど……」


 二千花はそう呟くと覚悟を決めたように銃を取り出して遊底を引いた。震えは一切ない。逃げる……はまずないと思っていた。が、慌てふためくか怯えるかのどちらかと思っていたのにこの反応とは。やたら肝の据わっている娘だとは思っていたが……下手すれば二十歳前に魔術師となった燿以上の逸材だぞこいつは。

 二千花が銃を取り出して数分後、少しづつ地響きが近付いてきました。


「二千花と探索した部分の地図があるからどこから入ってくるかは分かる」

「はい」

「お前が倒す必要はない。気を逸らすだけでいい。そもそもその銃じゃ倒せないしな」

「はい」

「動いているオーガを直接狙うな。壁を背にして移動予測地点に狙いを定めて撃て。動かしながら当てるのは無理だ」

「はい」

 

 緊張はしているが過剰ではない。緊張で興奮しているが浮ついておらず冷静。特に戦闘訓練を積んだわけでもないのに土壇場でこれは本当に頼りになる。おかげで俺にも余裕がある。

 状況は最悪、しかし最良。それを確認したところで入り口に体当たりするようにして燿が入ってきた。歯を食いしばるように入ってきた燿の右手には拳銃が握られており、左手には携帯端末が握られている。背嚢は破棄したようで何も背負っていない。腰の弾倉入れには弾倉がフルで入っているのは弾倉交換の余裕がなかったのではなく無駄玉を撃たなかったのだろう、そうでないと困る。口の端から血が出ているのは……オーガの攻撃じゃなくて身体強化で無理矢理走り続けた結果だろう。燿は一瞬俺達の方を確認し、できるだけ離れる方向へと走っていった。打ち合わせなんかしている余裕などない。燿がこっちの作戦に気付くのを祈るばかりだ。

 次にオーガが入ってきた。身長二メートルほどの緑色の巨漢だ。右目が潰れ、右手には黒焦げた棍棒が握られている。燿の方を見るばかりでこちらには見向きもしていない。オーガは空気の振動が感じられるかのような大声で吠えて燿に向かって走って行く。

 二千花はすぐに構えた。狙っている場所はオーガと燿の間ぐらい。ちゃんと話を聞いていてくれたようだ。オーガとの距離は十メートルもない。動きは速いが偏差など考え無くて良いだろう。そもそもそんな余裕があるとは思えない。

 撃った。

 結論から言えば、狙いからはずれたのだろう。二千花は的の左上に集弾する癖があった。どれだけ肝が太かろうが緊張と経験不足はカバーできないのだ。キチンと胴体の右下ぐらいを狙えと撃つ前に言うべきだった。その辺り、俺の経験も足りてなかった。

 二千花の撃った火焔はオーガが持っていた棍棒に当たった。衝撃は殆どなかっただろうが、自分の額の上を火焔が通り棍棒が焼かれれば無視はできない。オーガは二千花の方を見て吠えた。とてつもない二千花の肝っ玉も自らに向けられたオーガの殺意には耐えられずしぼんでしまったようで、青い顔をして銃を落とした。

 オーガは燿に向かって走っていた。しかし、それでも燿から意識を外し、視線も外した。

 燿は俺達の作戦に気付いていた。それは俺と二千花を信じたというよりも、上手く行かなければ逆転はないと思ったのだろう。発砲音がした瞬間に身を翻していた。

 翻った燿が見たのは二千花の方を見つつも自分に向かって走ってくるオーガだ。轢かれる。だが、やった。やるしかなかったのだろう。走りつつもなんとか組んでいた魔術を確実に弾丸へ構築し、オーガの胴体めがけて撃った。

 燿の放った弾丸はオーガの胴体にめり込むと、胴の半ばほどに到達したところで魔術を発動した。

 オーガの体が凍り付く。緑の皮膚が暗く変色し、穴が空いた胴は凍り付いたことで止血された。

 ダンジョンが生まれてからおよそ百年。化け物にはどのような攻撃が効くか何度も試され、ゴブリンやオーガなどの人型の化け物に効くのが内臓を凍らせる事だった。無論、内側から火で炙ったり電撃を喰らわせたり色々試されたのだが、凍らせるのは炎に比べ難易度は高いが魔力の消費が少ない上に確実に死んだのだ。オーガの場合、炎や電撃は希に生き残る事があり、特に電撃は周囲に被害が及ぶこともあった。だからオーガには氷結と相場が決まっている。

 胴全体が凍り付いたオーガは躓いたように倒れ込んだ。走っていた勢いのまま倒れ込むと凍っていた胴体が粉々に砕け散り、燿に襲いかかった。

 まぁ、予想通りである。であるがゆえに、燿は防御態勢、腕で顔をしっかりと隠しつつしゃがみ込むことで足で胴を隠した。まずオーガの頭が襲いかかり、続いて下半身、そして最後に砕け散った臓器が襲いかかった。小柄な燿の体はオーガの体と共に転がっていった。

 三秒の静寂。俺は種族的な理由で時間が分かる。ただ、体感としてはそれよりも長く、そして短くも感じた。

 燿はおもむろに立ち上がると、フラフラと二千花の隣に腰を下ろし、ぐったりと壁に寄りかかった。


「勝った」

「勝ちましたね」

「何とかな」


 そういうと、燿が笑い出し、同じように二千花も笑った。実に楽しそうに二人は笑う。命懸けだったからなぁ……。

 見目麗しい新米冒険者二人、命からがらジャイアントキリング、状況的にはさぞ絵になる光景であろう。

 光景であれば二人から漂うアンモニア臭は分からないからな。

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