第13話
宝箱からは辺りを白く塗りつぶすような光が発生した。俺は声を上げようとしたが、あげる前に収まった。
そして俺は、床に一人で転がっていた。
いない、いない、一人。燿が。
怖い、怖い怖い怖い怖い! なんだこれは!
俺は恐怖に駆られて俺の体の機能を全て使用し、そのうちの一つが反応する。近く、はないが何かが反応?
なんだ? なんだコレは? 元の機能じゃない、無理矢理……。
三秒ほどで向こうの情報端末から反応が返ってきて、俺はそれが何なのか思い出した。
魔素感知! そういえば七年前に付けたな……。
空気中を漂っているとされている魔素を利用し特定端末の方角と距離、そして相手からの反応を確認できるシステムだ。万が一俺が盗まれても場所が特定できるように無理矢理引っ付けた。
おおよその燿の距離と方角、そして燿からの反応が返ってきたことで俺の精神は急速に落ち着いていく。はぁ、クソが。こんなことでパニックに陥るとは。思った以上に燿に依存しているな……。
落ち着いて状況を整理しよう。宝箱の罠、強制転移の罠にかかったようだ。パーティがバラバラに飛ばされる罠、俺も個人だとダンジョンは認識したようだ。場所は不明、俺は広間のようなところにいる。広間の出入り口に扉はないのでダンジョンとしては部屋扱いではないはずだ。燿がここまで来るに少々時間が掛かるだろう。
となると問題は、二千花だな。攻撃手段はあるが本業ではないし、俺と燿は偶然通信手段を持ち合わせていたが二千花にはない。こんな浅い階層で強制転移なんて危険な罠に掛かるとは思っていなかったからな。準備不足といえば準備不足だが……流石にそこまで準備をするのは過剰だ。それは数分で山頂到達できる山を登るのに遭難したときのための数日分の食糧を用意するようなものだ。正直、今回は運が悪い。探索者で一番必要なのは実力じゃなくて運だと言われているがその通りだな……。
まあ、どの道俺にできることはない。運良く二千花が俺を見つけるか、燿が二千花を見つけるかを願おう。
そして暫く暇を持て余していると、小さい足音が聞こえてきた。化け物共ではない……靴か何か履いている。第一階層の化け物は素足が基本だから人間だろう。燿はまだ遠い、となると二千花か? 歩行のリズムがかなり乱れているのは恐る恐る歩いているのだろう。
少しすると案の定二千花が現れた。出入り口から恐る恐る広間を覗き、化け物がいないことを確認してホッとしている。
「二千花、こっちだ」
「武蔵!」
俺が呼びかけると二千花がキラキラとした笑みを浮かべて走ってきた。そして俺の本体を見つけると拾い上げて抱きしめる。
「うわぁあああん! よかったぁあああ!!」
「あんまり大声を出すな。化け物が寄ってくる。あと鼻水はつけるなよ」
指摘すると声を抑えつつもポロポロズビズビ泣き続ける。よほど怖かったのだろう……気持ちは分かる。俺も燿との通信手段がなければ恐慌状態に陥っていただろう。
暫く泣いて落ち着いてきたところで俺は今の状況について情報共有することにした。
「何があったのか分かるか?」
「あの宝箱の罠ですよね? 強制転移」
「ああそうだ。俺とお前は運良く近くに転移されたみたいだが燿は結構遠くに転移させられている」
「なんでそんなことが分かるんですか?」
「俺とアイツの端末は魔素通信ができるんだ。ダンジョンで使うとは思わなかったけどな」
「何でわざわざそんな不便な手段用意したんですか?」
「俺が連れ去られることを考えて壁とか通過する性質を利用、と言いたいが動力を考えるとそれしかなかったんだよ」
魔素通信の特徴として送信設備やエネルギーを殆ど必要とせず、伝播性が高くより遠くに届く点がある。伝播性は極超長波よりも高く、動力が極限までにない今の俺ですら地球を貫くほどの出力を出せる。ただ致命的な欠点があり、モールスとして使えないほどに接続が不安定な上に情報伝達能力が低すぎて全く実用性がないところにある。電波と全く仕組みが異なるから一概には言えないが、電波と比べて簡単に誰でも飛ばせるぐらいしか利点がないから一般的には通信マニアぐらいしか存在を知らなかったりする。学校で習っても大半は忘れるだろうしなぁ……。
「燿にはお前と合流したと連絡している途中だ」
「じゃあ、合流するまで待機ですか?」
「いや、この広間を中心に周りを調べて場所を特定する。お前が飯を食った後でな」
俺が言うと二千花の腹が飯を食っていないことを思い出したように鳴った。二千花は恥ずかしそうに俯いた。
二千花は気を取り直すように弁当を取り出した。女性らしい小さめの弁当箱だ。中身は野菜中心で彩りも鮮やか、栄養バランスも考えられているかなり良い内容だ。燿なら美味そうと言っただろう。
「自分で作ってきたのか?」
「はい……料理は好きなので」
「燿とはまるで逆だな。アイツは簡単な物ですませようとするからな」
「面白いのになぁ。研究しがいがあるし」
二千花は実にダークエルフらしい理由で料理を好んでいるようだ。ダークエルフの特徴は狂気的とまで言われるほどの探究心、だから学者や研究者が多い。簡単に言えば凝り性なのだ。
二千花は食べつつも時々辺りを気にしている。俺と再開したことで大分落ち着いたがまだ怖いのだろう。少し話でもして緊張を解してやるか。
「二千花はなんで探索者になったんだ?」
「なんですかいきなり」
「黙って周り見渡してても暇なんだよ。良いから話せよ」
「そうですねぇ……燿とあなたが離れるなんてそうそうないでしょうし、女同士腹を割って話す良い機会ですか」
俺に体があったらきっと目を丸くしていただろう。
「俺が女だと分かっていたのか?」
電子生命には性別がある。体もないのになんでそんな物があるのか不可思議であるのだが、明確な性自認というものが存在するのだ。個性が性能に関わってくる電子生命らしいといえばらしい特徴ではある。俺は口調が口調だから基本男だと思われるし俺も面倒だから訂正しないでいる。燿ですら俺を女だと思っていないだろう。気付いたのは宮内夫妻、というか奥さんと養護施設の大先生と八雲先生ぐらいだ。燿の場合は俺の性別を気にしていないのもあるだろうが……。
俺の疑問に二千花はミニハンバーグを食べながら至極当然というように頷いた。
「最初は男の子だと思ってましたけど、すぐに女だとは分かりましたよ」
「……そんなに分かりやすかったか?」
「具体的にどこがと言われると難しいですけど、男同士の親友というよりも駄目男好きのバカ女って感じなんですよね、武蔵って」
「うるせえよ。母親みたいといえ」
俺に顔があったら多分真っ赤だっただろう。その辺りの自覚は一応あるが、見透かされるのは恥ずかしいし腹が立つ。しかし本当に口悪いなコイツ。
「俺の事は良いからお前の事話せよ」
「え~、私は二人の話が聞きたいんですけど」
「後で話してやるからまずはお前だ」
「仕方ないですねぇ……約束ですからね」
二千花はレンコンのツナマヨ和えを弄びながらニヤリと笑った。揶揄われているな……あまり経験がないからか腹立たしいというよりも新鮮な気分だ。二千花に悪意がないというものあるだろうが。
「ダンジョン内にある宗教的なシンボルマークに興味を持って……これ前に言いませんでしたっけ?」
「それは聞いてる。それだけじゃないだろ? ダークエルフがそれだけのために自分にとって最高の環境を捨てるとは思えん」
俺が言うと、二千花は真顔になった。地雷でも踏んだのか?
「そうですねぇ……正直に言えば、その環境から逃げ出してきたんですよね」
二千花は昨日射撃場で見たような自嘲を浮かべながら言った。
「本当に、皆さん紳士に信仰してるんですよ。私も、みんなと同じように信仰したかったんですよ」
「できなかったのか?」
「ダークエルフには種族としての信仰がありません。何故かと言えば何処までも探求者だからなんですよ。不思議を不思議として考えず、疑問を解明しようとするのがダークエルフです。私も、そうなんですよ」
二千花の目に羨望が映る。彼女は過去を見ていた。
「みんなは何処までも知ろうとする私を褒めてくれました。でも、私はみんなが羨ましかった。素直に神を信じ、信仰できる人が羨ましかった。私はみんなと同じように信じて信仰がしたかったのにできなかったんです」
種族にはそれぞれ特徴がある。ドワーフであれば職人気質であり、エルフであれば理性と秩序を尊重し、人間であれば何にでも政治を持ち込み、そしてダークエルフは探求者だ。無論、その気質に個人差はあるが基本的にはその性質を継いでいる。そしてそれは長所にも欠点にもなり得る。例えばダークエルフは探求者という気質を発揮したからこそ日本で活躍できたわけであり、二千花はその性質ゆえに深く悩んだわけだ。
「みんながみんな羨ましかった。みんな良くしてくれたけど、辛かったんですよ。だから私は逃げ出したんです」
「逃げ出した先がコレか」
「楽しくはありましたよ。少なくとも、こうなる前は」
二千花はクスクスと笑った。大分緊張も解けたようだ。
「というわけで、次は二人の話ですね。さあどうぞ」
「いや、さあどうぞって」
「もうすぐ死ぬかも知れないんですから、二人のことを今のうちに知っておきたいんです」
二千花は箸を握りしめながら力強く頷いた。こいつ、以外と図太いな……。
「俺達のことと言われてもな……何を知りたいんだよ」
「じゃあ、燿があんな面倒くさくなった切っ掛けとかで。ずっと私の事警戒してますよね」
「気が付いてたのか」
「そりゃあんな見られてたら気付きますよ。見られることはよくありますからね」
やや幼げな整った顔立ちに慎重に似合わぬ豊満な体。男の視線を集めるのは言うまでもない。それを喜ぶ気質でもないだろうから視線に敏感なのだろう。
「ゲスな視線とは違いますし、東京の人は警戒心が強いとは聞いていたので警戒されてるんだろうなと思ってましたけど、燿はいくらなんで過剰すぎでしょう」
「ま、あいつは人間不信だからな」
俺が答えると二千花はワクワクした様子で完全に聞く体制に入った。人間不信なんて言葉が出た時点で明るい話じゃないとわかるだろうに、被っていた猫はどこかへ飛んでいったな……。
「切っ掛けはまあ……平凡じゃないが聞いたことあるような話だな。燿の両親は探索者で、アイツが七歳の時、ダンジョンから帰ってこなかった。で、父方の叔母が遺産を全て持って行った。文字通り全てでなぁ……形見一つすら残さず持って行きやがったなあのド鬼畜クソババア。で、燿は養護施設に放り込まれた」
「……そんな事がありえるんですか?」
「ありえたから俺も驚いたよ。今ならこっちも弁護士雇って……とかできるが親が死んだ直後の七歳の子供に何ができるかって話だし、俺はこんなだから声を上げる以外何もできん」
普通は体面を気にするからそんなことはできない。あのクソババアは体面気にせずに全て奪っていったからな。類は友の呼ぶのかアレの雇っていた弁護士も同じような奴だった。
「それで人間不信に……」
「切っ掛けだな。あれだけじゃあそこまではならん。で、養護施設に行ったんだが、燿はなかなか馴染まなかった。俺以外信用できないと敵意むき出しだったからな」
「親戚に一切合切持って行かれたらそうなるでしょうね」
俺はそうだなと頷いた。だから施設の職員も皆最初は好きなようにさせていた。
「もしも、燿一人だったら暫くしたら普通に馴染んだとは思う。小さい頃から聡い奴だったしな、折り合いはつけただろう。だが、燿には俺がいた。俺がいたから無理に馴染む必要がなくなったんだな」
人は孤独ではなかなか生きていけない。だからこそ施設に放り込まれても一人であれば折り合いをつけるしかなかっただろう。しかし、俺がいたから燿は孤独ではなかった。
「全く馴染まない燿をみた職員の一人が危惧をしたわけだ。だから俺と燿を引き剥がすために、俺に政府のところへ行かないかと話を持ちかけた」
彼女に悪気は一切なかった。提案は完全に善意からだ。あの時の燿は俺に依存していたし、このままでは駄目だと思うのは当然だろう。それに俺が政府預かりになったとしても燿と完全に引き剥がされるわけじゃない。当然、連絡は付くし休日に会うぐらいはできる。
彼女は悪人ではない、むしろ彼女は、八雲先生は根っからの善人だ。彼女には経験が足りず、そしてなんとかしなければという想いが強すぎた。
「燿は表面上は落ち着いていたが、最後の家族も奪われるのかと半狂乱になった。俺はマズいと思ったよ。下手したら養護施設から逃げ出しかねないと思った。燿は今でも女と見間違えられるが、幼い頃はそれこそ女の子にしか見えなかったからな。そんなのが東京に一人でいたらまぁ、どうなるかなんて簡単に想像できる」
「俺は焦ってたんだろうな。俺はアイツをさらに依存させることにした。ずっと俺が側で判断してやると、俺が教えてやる。だから安心しろと」
「養護施設は良い場所だった。気持ちの大小はあれど先生は子供の事を考えていたし、運営もしっかりしていたから餓えることもなかった。例え過去にどういう経験をしていようが、幼い子があそこで育てば人間不信なんて普通は癒える」
「燿は俺に依存した。判断を俺に任せて、自身で判断する力を養わなかった。だから人の信用の仕方が分からない」
「燿は聡い。中学に入った頃には今のままじゃマズいと分かっていた。まあ、だからといって簡単に克服できるようなものじゃなかったが。宮内さんには本当に感謝している。あの人達のおかげで愛想笑いができるようになったからな」
「燿はお前が信頼できる人間だというのは頭では理解している。俺も大丈夫だと言っている……それが悪いのかもしれんが言わなきゃ前に進まないからな。ただ、感情が追いついていない。できれば、その辺りを理解してくれるとうれしい。あいつも信頼してもらえるような振る舞いを心掛けているから」
……ずいぶんとすらすら話してしまった。多分、俺も溜め込んでいた物があるのだろう。その辺りを察してか二千花も弁当を食べながら黙って聞いてくれた。口は悪いが本当に良い奴だ。親戚はクソだが出会いには恵まれているな、俺も燿も。
「……少なくとも」
弁当を食べ終わった二千花がぽつりと呟いた。
「こんな状況になりましたけど、二人と出会えたことは良かったと私は思ってます。これからも一緒に頑張りたいとも」
「それなら良かったよ」
そういえば、友達ができたのは初めてだなと私は思った。
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配信しながら執筆してます。生配信に来ていただければ質問等に答えます。
https://www.youtube.com/channel/UCOx4ba-g7CXAds4qll1Z1Pg/playlists
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