第12話

 第一層の探索はかなり順調に進んでいる。これは当然と言えば当然の結果だ。なんせ、相手の弱点を的確に突ける魔術師と疲労なく全方位警戒ができる俺がいるのだから。それプラス怪我をしても治癒できる治癒士二千花がいるのだから精神的にも余裕があるため順調なのは当然の結果だ。この状況で窮地に陥るのはよほど気を抜いたか運が悪いかのどちらかだろう。

 油断はしていないし実力もある。ただ、経験が足りていない。


「止まれ、上」


 俺の警告ですぐに燿が止まった。二人が上を見上げ、スライムを確認して嫌な顔をする。後数歩進めばアレが頭に落ちてきたことだろう。燿はすぐに銃を抜いてスライムを焼き殺した。


「毎年頭の上に落ちてきたスライムで新人が死んでるらしいぞ」

「第一階層名物スライム落としだろ? 知ってるよ」


 燿が忌々しそうに舌打ちをした。東京ダンジョンの上層階の情報は広く一般に配信されている。真面な探索者であれば事前にそれを確認するし、そして燿は一応真面な探索者に入る。情報を得たからと言って十全に使いこなせるかは別の問題ということだ。俺が気付いたのは種族特性が理由だから偉そうに言えるわけじゃないが。


「露骨に殺しに来ましたね」


 ほっと吐息を着いた二千花が言った。ようやく死にかけたという実感が湧いてきたのか少し震えているように見える。

 

「まぁ、こちらも容赦なく殺してたからね」

「こっそり部屋の扉開けて気付かれないうちに射殺ですからね。完全に猟奇的な連続殺人犯ですよ」


 ナチュラルに口が悪いあたり結構余裕がなさそうだ。喋って平静を取り戻そうとしているのだろう。落ち着いて撃ち殺した燿ほどでないにせよ精神的に結構タフだ。


「上り階段から大分離れたから通路にも普通に出てくるようになった、ということか」

「そうなるな」


 油断を誘っているのかチュートリアルのつもりなのか、上り階段から暫くは小部屋にしか化け物は現れない。一定距離進むと化け物が現れるようになる。ダンジョンの不思議の一つだ。割と気を張っていた燿が気付かなかったし油断を誘っている説に一票を投じておこう。


「ここからがダンジョン本番だ」


 俺は二人に警告するように言った。

 しかし、特に意味のない警告になったが。確かに危険度は上がった。通路に唐突に化け物が現れるし、小部屋の化け物も開けた瞬間即座に気づき奇襲するのが難しくなった。化け物もゴブリンやスライムだけじゃなく、大型犬サイズの鼠ややたらデカい蝙蝠などが現れるようになった。そしてなにより同時に出現する数と種類が増えた。弱点の異なる化け物が同時に現れるようになったのだ。

 燿と俺だけならば苦労しただろう。だが、二千花がかなりの活躍を見せたのだ。といってもバッサバッサと化け物を倒したわけじゃない。むしろ化け物の処理は燿に任せていた。二千花がやったのはひたすらに嫌がらせである。

 陰陽道を駆使して進路妨害、分断、目眩ましに罠など兎にも角にも嫌がらせをして化け物の行動を邪魔しつづけたのだ。二千花の使用する陰陽道は直接攻撃よりも味方の補助が向いているらしい。俺も現代魔術に関しては詳しく知っていたが流石に古典魔術の中でも新設でマイナーな陰陽道の事までは詳しくは知らなかった。資料にはダンジョン探索には向いていないとされてたしなぁ……。

 まぁ、とにかく。二千花のおかげで多めの化け物相手にも燿は余裕を持って対処することができた。今思えば二人に拒否されたプランは二千花を戦力としてカウントしていなかったように思う。元々が俺と燿二人で探索する為のプランの焼き直しだったからな。


「口も悪ければ性格も悪そうだなお前」

「なんで唐突に喧嘩売ってきたんですか?」


 色々はみ出た大鼠の死骸を嫌そうに見ていた二千花が困惑気味に言った。怒らずに困惑する辺り本当に性格が良いな。もちろん良い意味で。


「こんな陰陽道の使い方は今日が初めてだろ? その割に随分と的確に嫌がらせをしているからな」

「性格が悪ければ嫌がらせが上手というわけじゃないでしょう。そしてその逆も然りなのです」

「暗に自分は性格が良いと言っている辺り良い性格なのは間違いないね」


 ふふんと得意げに言った二千花に燿はツッコミを入れた。ここまでの戦いで随分と二人の連携も上手くなってきた。それに伴って随分と打ち解けてきたように思える。二千花から遠慮が随分と消えたしな。猫被っていたというのもあるだろうが、チュートリアルが終わるまで二千花が燿についていくだけのような状況だったのも遠慮の原因だったのだろう。


「そろそろ半分ぐらい進んだかな?」

「そうだな……昼休憩でもするか?」

「ちょうど目の前に部屋があるし、そこを調べてからにしようか」

「それがいいと思います。少なくとも鼠の死骸の隣で何か食べたくないです」


 それはそうだな、と言いながら燿は扉を開けた。中にいた狼達が即座に気づいて立ち上がり、こちらに向かって威嚇をしてくる。


「えい!」


 二千花が気の抜けるようなかけ声とともに札を飛ばす。札は三メートルほど飛ぶと燃え尽きるように消え、代わりに激しい土煙が舞い上がる。そしてそれは狼たちを包み込み、狼たちに悲鳴を上げさせた。

 陰陽道というのは古典なのに新興という意味不明な魔術だ。故に実際に使用することで鍛え上げられたネスユアロの古典魔術と、占いや信仰を中心に発展した陰陽道では実用性があまりにも違いすぎる。せっかくの日本独自の魔術がこのままでは絶えてしまう、そう危惧した現代陰陽道の始祖、土御門義一と蕪木玲二はどうにか使い物にならないかと試行錯誤した結果、使い道のよく分からない陰陽道が大量生産されたそうだ。今二千花が使った陰陽道もその一つを改造したもので、カプサイシンのような刺激物を噴射するものだ。護身術のつもりなのだろうが、わざわざ陰陽道を習うよりも催涙スプレーを懐に忍ばせておいた方がマシという代物、というのが二千花の説明だ。ちなみに、陰陽道は始祖二人の奮闘虚しく、神道と同化するような形でなんとか生き残ったそうだ。

 そんなよく分からない術が今こうして役に立つのだから世の中不思議でできている。

 俺がしみじみと思っていると燿があっという間に狼たちを焼き殺した。焦げ臭さが周囲に広がり、少なくとも何かを食べる気が湧くような状態じゃないだろう。


「お、宝箱だ」


 燿が驚いたように指を指した。そこにはまるで映画から抜き出したような典型的な宝箱が鎮座していた。宝箱はダンジョンの小部屋の化け物を倒すと突然現れるダンジョンの不思議の一つだ。文字通り中には宝が入っている。その宝に価値があるかどうかはその時の運ではあるが。


「空けるんですか?」

「そりゃもちろんな。第一階層じゃ罠もまずないし、あったとしても死ぬような罠は出ないらしいし」


 燿は正にワクワクといった表情で宝箱を調べていく。燿の言ったとおり第一階層で出てくる宝箱の罠に危険な物はほとんどない、とされている。罠に引っかかって死んだ人間がいたとしても報告はできないから確定情報ではない。だが、他の階層の罠に比べて危険度が低いというのは事実だ。


「ちゃんと調べてから空けろよ」

「分かってるよ」


 テンションは上がっているようだが、情報端末にコピーしておいた宝物の調べ方を参照しながら丁寧に調べている。二千花も燿の後ろで興味津々に見つめている。やがて罠はないと確信したのか、宝物の上蓋に手をかける。


「それじゃあ、空けるぞ」


 そう言って燿が空けると、宝箱から光があふれ出した。

 燿は罠の解除に失敗した。


…………………………………………………………………………………………………


配信しながら執筆してます。生配信に来ていただければ質問等に答えます。


https://www.youtube.com/channel/UCOx4ba-g7CXAds4qll1Z1Pg/playlists

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る