第11話

「今日は上り階段まで移動が目標ね」


 ダンジョンへ入り、装備の確認を終えた燿が地図を地面に広げながら言った。その対面で二千花が緊張した面持ちで地図を見ている。彼女の腰からホルスターがぶら下がっていて、気になるのか手で押さえている。

 燿は地図の記号を指さしていく。


「この緑が上り階段。ここを上れば東京駅に戻る。で、この赤い階段が下り階段。ダンジョンの二階層に行く」


 燿の説明に二千花はうんうんと頷いていく。二千花も自身のスマホに地図を入れており、地図のことも理解しているのは分かっているがあえて説明している。お互いが分かっていることでも説明することで認識のズレを確認し修正することができる。第一層とは言えども命が掛かっているのだ。こんなことぐらい分かっているだろう、で済ませて後で後悔しては遅い。

 地図を折りたたみ、鞄にしまい込みながら燿はつづける。


「まずは周囲を探索して現在地を確定する。確定して、ルートを決める。で、上り階段まであまりにも遠い場合は上に戻る。目安としては晩までには戻れるだろう距離を越えたら上に戻る」


 ダンジョン内の移動に関してはネットや探索者が出した本を参考に算出することにしている。算出するのは俺の仕事だ。パーティーのリーダーが燿だとすれば俺は軍師といったところだ。


「進む場合の注意点だけど、当然ゴブリン以外の化け物だ。第一層で出てくる最強はオーガらしいけど、まあ下り階段近くにしか出ないらしいからあまり気にしなくて良いよ。避けるからね」


 基本的に第一層の化け物は弱い。なんせ十ミリ拳銃が主兵装として使える化け物ばかりなのだ。その中でオーガだけは例外だが、魔術師たる燿はオーガに通じる攻撃を十ミリ拳銃弾で放てるので殺すことは可能だ。

 ただ、第一層の弱い化け物に新人探索者が毎年何人も殺されているのだから油断はできない。こちらも殺せるが向こうも殺せるということを忘れてはならない。


「それじゃ、探索を開始するけど質問はある?」

「いいえ。大丈夫です」


 燿は銃を構え、二千花は懐の札の位置を再度確認して探索を開始する。二千花は緊張はしているようだが不安は感じていないように見える。事前にしっかりと目的と行動予定を話したのが良かったのだろう。燿にしっかりとやるように言っておいて良かった。

 軽く周囲を探索し、場所を確定できたところでルートを決める。ルートは最短、午後二時か三時ぐらいには階段に到達できるだろう。赤字ルートではあるが、今の段階では慣れるためだと思って受け入れるしかない。


「部屋とかは見ないんですか」

「ん~……確認ぐらいはしようかな」

「おい。予定にないことをするな」


 俺は即座にツッコんだ。今日は最短ルートを歩くと事前に決めていた。それをやるにしても明日以降だ。


「別に問題ないだろ。というか、ゴブリン以外の化け物に対処するのも予定としてあるんだから積極的に見るべきだと思うね。弾薬も十分にある。お前は慎重が過ぎるわ」


 燿はムッとした様子で反論してきた。正直言えば計画を組んでる時点で慎重過ぎるかなと思ってはいたから反論に困る。探索者という職業上、危険に飛び込む必要はあるからなぁ……分かってはいるが、どうしても燿の馬鹿親の顔がよぎってしまう。反論は……そうだな。


「二千花はどう思う?」

「わ、私ですか?」

「当然だ。一応、燿がパーティーのリーダーという扱いではあるが経験に関しては殆ど変わらん。むしろ学がある分高校中退よりもよっぽどいい意見が出てきそうだ」

「うるせえ」


 燿が顰めっ面で舌打ちをした。魔術に力入れすぎて学校を疎かにしたお前が悪い。

 二千花は少し考え込むと意を決したように顔を上げた。


「私は燿の意見に賛成です。慎重なのは大事ですけど、過ぎればなんでも毒ですから。私達はまず探索者として成長するべきだと思います」


 燿はその意見にニヤリと笑い、俺は溜息をついた。


「分かった。見て行く方向で行く。ただし、見る部屋は俺が決める」

「理由は?」

「発生率だ。どの部屋にどの化け物が出たのか統計が出ている。お前もいきなりオーガ相手にしたくはないだろ?」


 同じ部屋でどの化け物が何匹出るかというのは潜るたびに変わるのだが、出る確率に偏りがあることが統計によって判明している。冒険はするべきではあるが、無闇に危険に突っ込むべきじゃない。

 

「わかった。二千花もそれでいい?」

「はい」


 行動方針が決まったのでダンジョンを進んでいく。ダンジョンの本来の意味である地下牢を思い起こさせる石造りの通路に二人の足音が小さく響く。他の探索者も居るはずなのに異様なほどに静かだ。


「地震が起きたら崩れそうですね……」


 静けさに耐えられなかったのか二千花がぽつりと呟いた。


「石が積んであるだけにしか見えないからねぇ」

「地震のない場所だと石積み建築は珍しくないですよ」

「え? それ本当? 積んであるだけなの?」

「コルタルとかつける場合もあったそうですが、滑り止めの意味合いが強いですね。石の重みで動かなくなりますから、地震がなければ人が住める程度には強い建築物にはなるみたいですよ」

「は~……僕は絶対にそんな家住みたくないね」

「私も嫌ですね」


 建築においてまず地震を心配するのは日本人の性だろう。多少揺れた程度でビビらないが、揺れが建物を容易に破壊することは分かっている。

 雑談がいったん落ち着いたところで最初の部屋の前に着いた。燿は慎重に扉を開けた。

 何も居ない。もぬけの殻だ。


「外れか」

「はずれのほうが多いぞ。東京は」


 すぐに見つかった昨日一昨日が特例と言うべきだ。その後、四部屋外れを引いた後で当たりを引いた。


「あれは……スライムだな」

「あれがスライムですか。可愛くないですね」


 小部屋を二人が交互に覗く。そこにいるのはべちゃっと潰れた緑色の粘液だ。ゲームやアニメに出てくる丸っこい奴ではなく、アメーバに近いスライムだ。第一層では強い部類の化け物になる。その一番の理由は耐久力だ。

 最弱の化け物であるゴブリンの弱点は人間に近い。殴れば殺せるし傷つければ怯むし毒も効くし窒息もする。だから十ミリ拳銃があれば簡単に殺せる。一番安い火球の弾薬で殺しきれるほどだ。

 スライムは殴ろうが死なないし傷つけてもすぐに回復する上によほどの猛毒出ない限り効かず簡単に窒息もしない。空想のスライムと違い核など存在しない多細胞生物で火球程度じゃ表面が焼けるだけで殺すことなどできない。そして敵と判断した相手に結構な速度で近付いて体内に取り込んで溶かそうとしてくる。新人探索者がオーガの次に会いたくない化け物がスライムだ。

 いや、新人探索者の前に一般的な、をつけるべきか。

 燿は銃を抜いて発砲する。燿に撃たれたスライムは内部から発光し、破裂して内部から煙を放って死んでいく。


「うわぁ……死に方がエグい……」


 二千花がドン引きしていた。スライムに火焔が聞きづらいのは消化液が理由だ。表面から内部まで溢れているドロリとした消化液は不燃液で、ゆえに火球は効きづらい。燿は弾頭を雷撃魔術に書き換えて撃ったのだ。体内に高電圧を流されたスライムは内側から蒸発し破裂したというわけだ。

 魔術師の強さはここにある。敵に会わせて弾頭を変えねばならないガンナーと違い、弾頭を直接書き換えられるが故の手数の多さだ。市販の弾頭にも雷撃はあるが、指向性のある放電になっているので燿のやったように着弾後に放電されるようなことにはならない。

 書き換えるのに少々疲労するだけで攻撃手段が無数に増える。なんとか魔術師として名乗れる程度の燿でこれなのだ。軍にしろ警察にしろ魔術師が高給取りな理由がよくわかる。


「アレに溶かされたかったのか?」

「それは嫌ですね。近付きたくもないです。燿に誘われて良かったです」


 新人探索者に魔術師はまずいない。大クランであればいるかもしれないが、間違いなく一般的な新人とは別枠になる。二千花が大クランにしろ中小クランにしろ入っていたら、有象無象と組んでスライムに四苦八苦することになっていただろう。

 燿は小部屋の中にスライムが居ないことを確認し、二千花に合図をして探索を再会する。


「乙種治癒持っているなら他のところなら直接戦闘に参加することはないとは思うよ」

「いや、参加しなくてもスライムに溶かされた人とか見ることになるじゃないですか。嫌ですよ」


 想像したのか本当に嫌そうに二千花が言った。まあ、腕やら足やら頭やらがグチャグチャになった人など見たくはないというのは分かる。


「せっかく乙種取ったんだから有効活用しようとは思わないの?」

「博愛の為に取ったわけじゃないです。とりあえず取れそうだったから取っただけで」

「とりあえずで取れるもんじゃねえだろ」


 俺は思わずツッコミを入れた。漢字検定みたいなノリで取れるような資格ではない。


「巫女としては何の役にも立ちませんが、持っているだけでちょっと美味しい役職につけたりするんですよ。宗教団体ですから」

「確かに人を癒やせる巫女とかイメージは良いね」

「お前さ、急に猫を脱ぎ始めるなよ」


 昨日の絵に描いたような善良振りとはまるで違う素振りだ。猫被っているのは分かっててもこうもスルスルと脱ぐとは思わなかった。

 指摘されて恥ずかしかったのか、二千花は少し頬を染める。


「ダンジョンに潜る前にちょっと脱げちゃいましたし、たった三人の集まりで着続けるのも面倒だしもう良いかなって……」

「いいと思うよ。目先の小銭に群がる羽虫だとかスライムで解けたキッショイ奴なんか治したくないとか程度の悪態なら今までの人生の中でもかなり上品な部類だし」

「まぁ、確かにそうだな」

「貴方達はどんな荒んだ人生を歩んでるんですか?」


 二千花は信じられないと首を振った。


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配信しながら執筆してます。生配信に来ていただければ質問等に答えます。


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