第10話
サラリーマンは毎日仕事に行くように探索者も毎日ダンジョンに潜る。毎日毎日命懸けというのだから度し難い職業だ。兵士だって死ぬのは戦場へ行ったときぐらいだというのに。
まぁ、実際は毎日潜っているわけじゃない。潜って帰って数日休んでまた潜り、というのが平均的な探索者の行動パターンだそうだ。経費抜いても儲けは大きいからそれで十分暮らせるし、その上で彼らには貯蓄という概念がないらしい。大きなクランだとその辺りしっかりと教えるなんて話もあるが。
零細探索者たる俺たちは毎日潜る必要がある。探索者生活今日で三日目、事前準備を抜いた純粋な儲けとしては子供の小遣い程度しかないから当然である。パーティの人数が少ないとは言え、実力は十分だから慣れれば貯蓄ができるぐらいは稼げるようになるだろう。
「ところで、一つ聞きたいことがあるんですけど」
砦の中の受付前、挨拶もそこそこに二千花が問うてきた。
「ダンジョンに潜って謎を調べる、というのが私達、というか燿の探索者としての目的でいいですよね?」
「ん~、まあそれでいいと思うよ」
「長期的な目的はそれでいいとして、短期的な目標とか何かありますか?」
短期的な目標ね……どういう答えを求めているのだろうか。朝一で聞いてきたということは昨晩から考えていた可能性がある。つまり俺達を試している可能性があるのだ。出会って二日目、俺達が彼女を見ていたように彼女も俺達を見ていて当然だ。良いところで育ったせいか甘いところが目立つが彼女が賢いのはよく分かっている。心して答えなければ。
と思っていたら俺が答える前に燿が即座に答えた。
「武蔵が入れるような軍用端末を買うことかな」
「なるほど……体ではなくて?」
「いずれは買うけどダンジョンで使うことを考えるとすぐには無理」
電子生命は電子情報体が本体の独特な存在だ。今の俺のような状態や情報端末上の存在として生きることも可能だが、殆どの存在が人と同じように動かせる体に憧れるし、それは俺も同様だ。で、その体だがかなり高い。大元はホムンクルスなのだが、それを全身まともに扱えるようにした結果、人間相当のスペックで自動車並みの費用が掛かるようになった。ダンジョン探索で扱えるような代物となると最低でも一千万は行くだろう。金は掛かるが、糸目を付けなければどの種族よりも強いスペックを手に入れられる。
「軍用端末でも武蔵が扱えるようになれば色々助かるんだよ。例えば経理や書類関係とかね」
「確かにそれは助かりますけど、武蔵はいいんですか?」
「俺はむしろ嬉しいぞ。計算したりするの好きだからな。一切合切任せてくれて構わない」
種族が理由なのか分からんが、計算するのは昔から好きなのだ。宮内さんところで燿がバイトをしていたときは裏で経理の手伝いをしていた。暇なときは周囲の何かしらの形状を数式にしたりもしている。
「後はダンジョン内で色々と支援が受けられるね。無線が使えるからセンサーやドローンを使った偵察や警戒もできるし、僕の持ってる地図に分かりやすく現在地を表示できたりとかもできる」
「体が手に入るまではサポートが基本なんですね」
「サポートだけでもあるかないかじゃ大違いだよ。今ですらコイツがいれば道に迷うことはないわけだしね」
なるほど、と二千花が頷く。解答に満足はしたのか感心しているように見える。そして燿はただね、とつづける。
「こいつの要求スペックは高いんだよ。ほら」
「……うわぁ」
燿のスマホに表示されたスペックを見て二千花は呻いた。書いてあるのは最低限の要求だ。携帯端末でも組めるは組めるがべらぼうに高く付く。ちなみに今の上限は携帯端末どころか据え置きPCでも無理なぐらいだ。
「そのぐらいないと俺は移動できないんだよ」
「電子生命のことは多少知ってますから理解はできます。むしろ最低限でこれなら武蔵は相当優秀じゃないですか」
電子生命が生まれた端末から他の端末に移動するには、移動先にある程度のスペックが要求される。このスペックは個人によって変わるのだが、最低限の要求が高ければ高いほど電子生命としての能力が高い傾向にある。電子生命は生命というだけあって成長するのである程度の目安にしかならないが、それでもやはり最低限が高い方が伸びやすいのは事実である。
「あれ? そういえばパーティの運用資金ってどうなってるんですか?」
「考えてないよ」
「俺達も活動してまだ三日目だからな。とりあえず今のところ山分けでいいとは思ってる」
「いやいや、燿は弾薬使うんだから山分けだと取り分少なくなるじゃないですか。武蔵の端末の事も考えてきちっとパーティ用の口座を作りましょうよ」
拳を握って力説する二千花に燿は目を丸くして驚いていた。本当に善良だなぁ……これが県外では普通なのだろうか。
「黙っておけば弾薬費分儲けが増えたのに、随分とお人好しだな」
「いや、そんなことでちょっとばかし儲けたって仕方がないでしょう。私達みたいな少人数で不平等だと信頼関係も築きづらいですし」
「東京人なら目先の小銭を拾うな。コイツバカだやったぜって」
「……東京の人は目先の事しか考えられないほどに阿呆なんですか?」
辛辣な二千花の言葉に燿と俺は笑った。これは阿呆と言うよりも環境の違いだろう。
「東京はすぐ近くに死が転がっているからな。先よりも今の方が重要なんだよ」
世界併合以降、全世界で突然化け物が湧くようになった。とは言ってももちろんダンジョンや隔離地区ほどの頻度ではない。しかし、ダンジョンや隔離地区が近い場所では化け物が湧きやすい傾向にある。特に東京は大都市のど真ん中に出現した為、その目撃情報や被害も多く、東京全土が隔離地区並に出現率だと言ったデマまで飛び出した。ダンジョン、隔離地区が発生しデマまで飛び出せば東京から多くの人が逃げるのは当然だ。そしてその空いた場所にアウトローが移り住むようになり、東京の治安は急激に悪化したのだ。
当然ながら今でも東京は他県に比べて化け物の出現率は何倍も高い。化け物に殺されたなどというのは事件としてメディアで取り扱われないぐらいに高い。そんな場所に住んでいる、というか住まざるを得ない人間に将来を考えて生きろと言ってもなかなか難しいだろう。将来に向けて蓄えていた奴が化け物か人間に殺されてパーになった、なんて話はゴロゴロ転がっている。保険なんてバカが入る、というのが東京貧民の一般的な感覚だ。
いまいち納得できない、という感じに口を曲げている二千花に燿がニヤリと笑う。
「しかし、阿呆とはなかなか言うね」
「え、あ、いや、それはそのですね!」
二千花はしまったとばかりにわたわたする。猫被っているのは分かっていたが、もしかしたら思ったよりも深く被っているのかも知れない。善良なのは素だろうが。
まあ、ここで素を追究するのは少し早い。俺は話題を変えることにした。
「とりあえず、運用資金を別枠で用意しておくのはアリだな。俺の端末だけじゃなく、武器を買い替え資金として貯めるのもいいしな」
「武器はパーティ用にするってこと?」
「個人で買うよりも高い物が買いやすいし、それが個人で欲しいなら同じ金を口座に振り込むとかでいいしな」
「怪我したときもそこから治療費を出すとかできますしね。探索者はまともな保険ないですし」
なるほど、と燿は頷く。探索者にまともな保険がないというのは語弊がある。正確にはダンジョンや隔離地区で負った怪我に対して保険が利かないだけだ。そんな怪我まで保障する保険作ったら保険会社が破綻する。
「んじゃ、賛成多数ということで口座は作る方向でいいね」
「はい」
「じゃ、今から作る? それとも潜ってから?」
自分たちは新人で稼ぎも少ない、将来も大事だけど今儲けないと先がない、ということでまずはダンジョンに行く事になった。
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配信しながら執筆してます。生配信に来ていただければ質問等に答えます。
https://www.youtube.com/channel/UCOx4ba-g7CXAds4qll1Z1Pg/playlists
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