第9話

 銃砲店での買い物を済ませ、俺たちは食事に向かうことにした。店を出たのはちょうど空が赤くなりはじめた頃合いで食事にはちょうど良い時間だ。


「かなり臭いが残りますね」

「結構撃ってたしね」


 二千花は本当にたくさん撃った。自嘲した後、ストレスをぶつけるかのように一心不乱に撃っていた。撃ち慣れるように言っていたので俺も燿も止めなかった。そのおかげか最後の方は姿勢もしっかりとして撃つことを怖がらなくなっていた。実際、敵に向けるときはまた別であろうが、それでも撃つこと自体に躊躇わなくなったのは良いことだ。


「最後の方は姿勢もしっかり取れてたから、実戦でもあんな感じで撃てればいいね」


 燿も同じ事を思ったようで二千花を褒めた。こいつの場合処世術として褒めてるところもある。容姿が嫌でも目立つから少しでも好印象を残しておくためだ。捻くれた奴には逆効果で逆恨みされるが。というかされてクッソ面倒だった。

 二千花は突如神妙な面持ちになると頭を下げた。


「すいません、途中で変なこと言っちゃって……」


 自嘲した時のことだろう。二千花にとってはかなりのやらかしのようだ。吐露したくない内心だったのだろう。

 

「……ごめん、何のこと?」


 燿は訝しげに言った。当然、なんのことか分かっているだろうが聞かなかったフリだ。燿の場合は言いたくないことを言った相手に対する気遣いではなく、相手との深い関わりを避ける為の拒絶が理由だが。この差異に気付いたのか二千花が目を丸くしている。何をどう言おうが今時個人で探索者になろうなんて奴は何かしらを抱えているのだと気付いてくれれば良いが。


「ところで、何処で食べるつもりだ?」


 俺は強引に話題を変える。これ以上突っ込んだところでお互いに良いことのない会話だ。少なくとも、出会って初日ではなく、もう暫く関係が深くなってからするべきだ。


「私この辺り詳しくないんですよね。お二人は良いところ知りませんか?」


 俺の話題変更に二千花も乗っかった。彼女も深く踏み込むべきじゃないと思ったのだろう。


「じゃ、宮内で良いだろ」

「宮内か……まあ良いけど」


 俺の提案に燿は渋い顔をする。


「何かあるんですか? その……何屋さんかわかりませんけど、宮内さんに」

「食事処宮内、和食がメインの大衆食堂だな。良い店だぞ、美味いらしいしな」


 俺は当然食べたこと無いから味は分からん。評判としては美味いというのが一般的だ。日本でマズい料理屋というのは殆ど存在しないらしい。良い噂を聞かないのは東京の中でも特に治安が悪い葛飾区南部の屋台ぐらいだ。原因は隔離地域の化け物の肉を使ってるなんて噂が立っているからだが。燿が嫌なのは食事が理由じゃない。


「燿が嫌そうにしているのは店主と奥さんが苦手だからだ。高校生の時にそこでアルバイトしてたんだ」


 燿はバツ悪そうに頭を掻いた。





 食事処宮内は板橋区にある。もっと言えば燿の通っていた高校も燿が育った養護施設も板橋にある。そして燿が宮内でバイトをしていたのは養護施設から紹介されたからだ。区が養護施設の子供への援助の一環として店と提携していて、燿はそれを利用したのだ。

 養護施設の子供達への援助、というのを区がどこまで本気で計画したのかは分からないが、少なくとも食事処宮内を経営する宮内夫妻は本気で子供達のためを思って区の提案に乗ったのは間違いない。子供が好きで世話を焼くのが好きで、真っ当なバイト先として養護施設の子供達の間でも人気であり、そして問題児をも受け入れる姿勢が養護施設の職員達にも評判だった。だから燿が問題児として宮内に送り込まれたのだ。

 燿が宮内夫妻を苦手とする理由は暑苦しいほどに世話焼きな夫婦の性格にある。今よりも酷い人間不信であった燿が愛想笑いと無難な対応で対人を乗り切る術を身につけたのはこの夫妻の暑苦しさから逃れるためだ。だから燿以外のアルバイト経験者達がそうであるように、俺は夫妻に感謝と尊敬の念を抱いている。


「いらっしゃ、あら燿に武蔵じゃない! 元気にしてた? お父さん! 燿と武蔵が来たわ!」


 店に入った直後、奥さんが人好きのする笑顔で燿に話し掛けてきた。燿はいつも通り笑顔だったが若干引き攣っていたのを俺は見逃していない。


「久しぶりです。俺も燿も相変わらずですよ」

「そうみたいね」


 奥さんがカラカラと声を上げて笑った。相変わらず明るくて聞いているだけで元気になるような笑い声だ。美人ではないが愛嬌のある人というのはこの人のことを指すに違いない。


「後ろの方はお友達?」

 

 目を白黒させていた二千花は慌てたようにぺこりと頭を下げる。

 

「龍造寺二千花です」

「仕事仲間ですよ。今日は親睦もかねてここに来たんです」

「あら嬉しい、じゃあそこに座ってね」


 燿と二千花が案内された席に座る。座ったと同時に燿はそっと溜息をついた。二千花は早速品書きを捲っている。周囲はチラチラと俺たち、というか二千花を見ている。ダークエルフはニュースなどで識者として出演しているのを見かけることはあっても直で見かけることはそうそうないから珍しいのだ。大学に行けば割と見るだろうが。


「酒が飲みたきゃ飲んでも良いぞ」

「飲みません、私下戸なんで」

「僕もお酒は好きじゃないな」


 燿の場合は酒が飲めないんじゃなくて酔っ払って判断力を失うのが嫌なのだ。


「オススメってありますか?」

「ん~一応、一通り食べてるけど結局唐揚げ定食に落ち着くんだよなぁ……」

「なるほど、分かります。でも今日は肉野菜定食にします。すいません!」


 二千花が声を出すと見覚えのある少年が注文を取りに来た。彼は注文を聞いている間チラチラと燿を気にしている。


「お知り合いですか?」


 少年が去った後で二千花が聞いてくる。まあ、あの態度は気になるだろう。


「いや、知り合いというかあいつも養護施設出なだけだよ。この店は養護施設の子供を積極的に雇ってるんだ」

「へぇ、それで燿さんもここでアルバイトをしたんですね」

「そんな感じかな」


 無難な会話に思えるが俺は燿の駄目なところが出始めているのを感じていた。会話が面倒になってきているなコイツ。二千花が振ってくる話に答えてるだけだ。仕方がない……。


「二千花はバイトとかした事ないのか?」

「バイトというか……巫女になりたくて助勤を始めてそのまま正式に巫女になったのでバイトという感覚はなかったですね」

「ダークエルフの巫女なんて目立ちそうだな」

「あー……目立ってたんですかねぇ。そういえば結構見られていたような覚えが……」


 バイトの話から俺と二千花は日常会話をつづけていく。燿はそれを曖昧に微笑みながら聞き流している。会話に参加しろ。


「おまちどう」


 暫くすると野太い声とともに料理が運ばれてきた。声の主は店主の雄次さんだ。雄次さんに気付いた燿は口をへの字に曲げる。


「なんで雄次さんが出てくるんですか」

「そら、お前が女を連れてきたんだから当然だろうが」

「ただの仕事仲間。それも今日知り合ったばかりの」

「その出会いが大切なんだろうが」


 雄次さんは燿背中をバンバンと叩いて力説する。目の前でそんなことを話され二千花が困ったように視線を彷徨わせている。


「雄次さん、二千花が引いてます」

「おっと申し訳ない。こいつは昔この店で働いていてね、色々面倒を見てやってたんだ」

「面倒を見られていたかはともかく、働いてはいましたね」

「こいつ、取っつきにくい奴だろ? だから別の職場でも他の人と真面に働けるのかって心配してたんだよ。食事に来るぐらいに仲良くしてくれてるみたいで助かるよ」

「いえ、こちらこそお世話になっています」


 雄次さんの勢いに推されて引けているものの、二千花はなんとか挨拶を返した。誰彼構わずこの勢いでくるから初対面は大半の人間が押し負ける。燿はペースを崩さなかったが、当時は愛想笑いすらしないような奴だったからなぁ……。

 雄次さんはその後も何か話そうとしたが、奥さんに仕事しろと頭を盆で引っぱたかれてキッチンへと引きずられて行った。

 古の漫画のようなその光景を二千花は面白そうに見ている。


「……パワフルな人ですね」

「暑苦しいが正しいよ」


 燿は鼻を鳴らしながら言うと、運ばれてきた唐揚げを口に頬張った。基本的に誰に対しても友好寄りに見える曖昧な距離を保つ燿であるが、宮内夫妻に対しては明確に反抗的な態度で接し続けている。燿が他に態度を明確にしているのは運命共同体として私、そして養護施設の職員に対する拒絶の二つだけだ。宮内夫妻は燿にとって、他者とは明確に違う特別な存在ということだ。


「でも、とても良い人みたいですね」

「人が良かろうがあんなガンガン来られたら鬱陶しくてしょうがない」


 まるで反抗期の子供のように頑として雄次さんを否定する燿に二千花はクスクスと笑った。




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配信しながら執筆してます。生配信に来ていただければ質問等に答えます。


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