第8話

 東京の壁がせり上がった日は壁を越えることはできない。これに例外はなく、地下鉄は最初から切り離されているしライフラインなんかは東京に独立した形で存在している。そのために無理矢理東京に発電所を建設したほどだ。電車や新幹線なんかはこの日のための特別ダイヤが組まれている。


「だから今日は横浜は無しだ」

「なるほど……」


 二千花はガックリと肩を落とした。楽しみにしていたようだが、確認しなかったのが悪い。


「お役所でもなにも言ってくれなかったんですよね……」

「東京の役所にそんな親切を期待しちゃ駄目だよ」


 他の県の役所がどうなのかは知らないが、少なくとも事務的な対応をされたら当たりというぐらいではある。警察よりはマシなので暮らしている側としては気にならないが。


「明日には外に出られるから今日は都内で食事……せっかくだから一緒に食べよう」

「え、あっと……」


 二千花は困ったように眉を下げた。まあ、グイグイ誘ってきているようには見えるわな。


「別に燿はナンパしている訳じゃないぞ。どのみち家まで送っていくしな」

「……まだ明るいですけど?」

「昨日も同じぐらいの時間帯に襲われた」


 襲われた? と二千花は疑問符を頭に浮かべている。


「新人探索者は狙われやすいんだよ。そこそこの装備をしているわりに弱い、要はカモだからな。どういう情報網があるのかは知らんが、新人だと言うことを知られていると思った方が良い」

「クランに所属してればクランが守るんだけど、僕らは個人だからね。自分たちでどうにかするしかないのさ」


 二千花の顔が青くなっていく。危険なダンジョンから出たと思えばまさか治安という危険が待っているとは思わなかったのだろう。東京とはそういう場所だから慣れるしかない。


「不安にならなくても大丈夫だよ。襲ってくるのは所詮、ダンジョンに耐えられなかった探索者崩れだからね。ゴブリンより強い程度だから一ひねりだよ」


 ニッと笑って力こぶを作ってみせるが二千花の顔は変わらない。線が細くて女にも見えるような奴に言われても安心できるわけがない。実際一ひねりなのは分かっているだろうが。


「というわけで今日は買い物して食事して家まで送っていくから」

「よろしくお願いします」


 二千花は素直に頭を下げた。東京の恐ろしさを理解してきたのであれば良いことだろう。



 



 

 東京の治安が酷いとは言えどもどこでも襲われるかと言えばそうではない。首都機能は移転したし経済的にも衰退したとはいえ、今でも日本最大規模の大都市である。だからまだ日の出ている繁華街の表通りで襲われることを心配するぐらいならスリに警戒すべきだ。


「だからといってガッツリ財布掴んで警戒するのもどうかと思うが」

「だって私みたいなのはスリに狙われやすいって言ったじゃないですか!」


 二千花はクワッと叫んだ。コイツ反応がおもしれえな。そういえば東京以外で育った奴と関わることが殆どなかったなぁ……なかなか新鮮だ。


「武蔵がスリに気付くから大丈夫だよ。それに僕が警戒しているからね」


 そう言いながら燿は二千花に手を伸ばそうとしたスリの指を掴んでへし折った。悲鳴が上がり注目が集まるが、大半の人間は興味をすぐに失った。こちらを指さしているのは観光客だろう。なぜなら指を指している隙に他のスリに財布を盗られているからだ。指を折られたスリはすでにもう逃げ去っている。実に東京らしい一幕だ。


「こんな風にね」

「東京怖い……」


 にこやかに笑う燿に二千花は青い顔で返した。とはいえども見事に対応した燿に安心したのか先ほどのようにキョロキョロする事なく二千花は町を歩く。今いるのは東京駅ダンジョンより旧皇居を挟んで向かい側、東京メトロ半蔵門駅から出て南に向かって進んでいる。半蔵門駅通りを南に進み、新宿通りを西へと進む、警察署前の横断歩道を南へと進んで暫く歩くと石島銃砲店という看板が見えてくる。


「ここがオススメのお店だよ。中古品を主に扱ってる」

「へぇ……銃砲店なんて初めてです」

「僕も最近初めて入ったよ」


 興味深げだが何処か不安そうに二千花が店へと入っていく。中に入ると不思議そうに鼻をヒクヒクと動かしている。ガンオイルと火薬の混じった銃砲店独特な臭いが気になるのだろう。燿は二千花を迷うことなく案内する。あからさまな素人にオススメする銃といえば一つしかないだろう。見慣れた銃を手に取り二千花へ渡す。二千花は恐る恐るといった感じで銃を手に取る。


「オススメは僕も使ってるこの空蝉だね。拳銃そのものが信頼出来て弾薬は十ミリで安価だし僕と部品とかも共有もできる」

「十ミリ……なんで十ミリなんですか? 昔の映画だと九ミリ弾がよく出てきたんですけど」


 首を傾げる二千花に対し、燿も同じように首を傾げる。今までのイメージから銃をぶっ放すような映画を楽しむ奴とは思えないんだが……まあ、趣味は人それぞれが。


「映画でも十ミリばっかだと思うけど……昔の映画っていつの映画?」

「併合前です」


 併合前というと百年以上前となる。映画が存在していたのが地球側なので当然地球の映画になる。

 

「古典映画……その時代のことは分からないね」

「技術的な問題だ」


 二千花と燿が声のした方を見る。店主が本から目を離さずに答えていた。


「昔は十ミリ以下の水晶弾頭に魔法式を刻む事ができなかった。だから十ミリが流行って鉛弾しか作れない九ミリは廃れた。それだけだ」

「へぇ……そうなんですか。店主さんは銃の歴史にも詳しいのですか?」


 二千花は素直に感心したが燿は驚いて目を丸くしていた。私も同じ気持ちだ。あの無愛想極まりない店主が会話に入り込んでくるとは思ってもいなかった。


「今日は随分と喋るんですね」

「探索者に愛想良く接する価値はない」


 探索者相手の商売をしておいて何を言っているんだコイツは。燿が憮然としていると店主は話をつづける。


「その娘は探索者かもしれんがしっかりと教育を受けているのは見れば分かる。十中八九県外から来たんだろう?」

「東京の人間に愛想をよくする必要はないと」

「少々違うが……お前はする必要があると思うのか?」


 ジロリと店主に見られ、燿は曖昧に笑った。ムスッとした表情をしているが店主はそこそこの美人だ。服装から判断しづらいが体付きも良いのかもしれない。そうなると、探索者から不躾な視線を幾度となく向けられ時には手を出されそうになったことは想像に難くない。探索者を嫌うのは理解出来る。燿も女のような外見が原因で色々嫌な目に合っているだけに共感できる話だ。


「だったら僕にも愛想良くしてくれてもいいじゃないですか」

「愛想良くして欲しければ態度を改めろ」


 燿が常に警戒していることに気付いているのだ。理由がなくても他人を警戒するのが東京人の流儀であり、さらに燿は人間不信もあり東京人の中でも特に警戒感は強い。警戒してくる人間に親切にするのは彼女の流儀ではないのだろう。二千花なんかすでに店主に対して警戒心がゼロなのが見て取れる。テレビを見る限り県外では店員に警戒する必要性が全くなさそうだからだろう。


「で、買うのは空蝉でいいのか? 試射はしていくのか?」


 無駄話は終わりとばかりに商売を始めた店主に燿は苦笑いで頷いた。




「陰陽道は広義で魔術師だし肉体強化はできるよね? だったら撃つ時は反動が抑えられるからしっかりと使うようにね」


 燿の注意に二千花はうんうんと頷く。通信できるイヤーマフなんだから普通に通じるんだが……あざとさを感じてイラッとする。いやまあ、二千花がわざとやっているとは思わないが。燿の視線が外れても嘲るような表情を見せなかったからな。人は皆俺の存在を忘れるから大変分かりやすい。燿は俺が居るから視線を外しているというのに。

 二千花が俺の存在を意識している可能性ももちろんあるが、詐欺師が新人探索者にたいしてそこまで気を遣う意味が分からないので無視していい可能性だ。初対面だし当然猫を被っている部分はあるだろうけど、少なくとも真面目に探索者として活動しようとしているのはダンジョンでの行動から確認できている。

 二千花は緊張した面持ちで銃を構える。隣で燿が実際に構えて説明しながらだが腰が引けてるし不格好、まあダークエルフだし運動神経はよろしくないだろうからなぁ……何発も撃って馴れるしかないだろう。


「手前の照門の真ん中に銃口の上の照星がくるように。その状態で照星が狙いの真ん中にくるように狙ってね」

「あの、全部にピントが合わないんですけどどうすればいいですか?」

「狙うときはピントは照星、後は大体当たりを付けて。まずはしっかり狙って三発。目を瞑らないように」


 二千花は言われたとおりに時間をかけてしっかりと狙って撃った。画面の弾痕表示では左上に集中している。中古屋の割に射撃場の設備は新しく、的が立体映像で表示される。映像にわずかに揺れがあるのでそこまでいい物ではないが。


「思ったよりもしっかりと狙えてるね。もっとリズムよく撃てるといいけど」

「でも真ん中に当たってないですよ」

「それはいいんだよ。銃の癖とか射撃手の癖とかあるからズレるんだ。それよりも弾痕が集中しているのがいい。ちゃんと同じ構えで同じところを狙えてるから集中するんだよ。小銃なら照星と照門を調整を調整するんだけど、これは固定されてるから弾痕の中心……5番のここの対角を狙って撃ってみて」


 燿に促され二千花が再度撃つ。今度は的の真ん中に弾痕が集中している。不格好だけど本当に当てるな……当てるだけなら始めたばかりの燿よりも上手いかもしれん。


「当てるのは上手いけど狙いすぎだね」


 撃つまでがすげえ遅えんだよな。実戦じゃ相手は待ってくれないから素早く狙いを付ける必要がある。そして射撃が下手でもマグレ当たりするが撃てなければそもそも当たる事すらない。二千花の場合射撃に慣れていないのが主な原因だろうから数撃てばマシにはなるはずだ。


「とにかく数撃って慣れるしかないか。とりあえずこの弾倉五つ、尽きるまで三発撃って構えを解いてまた撃つを繰り返して。足りないようなら追加するから」

「あの、弾薬代とか大丈夫なんですか?」

「練習弾は芯が鉛だから安いんだよ。値段は気にしなくて良いからしっかりと撃てるようになってね。僕としてはいざという時に安心できる方が助かるんだよ」


 比較的安価な水晶弾頭が誕生して以降、鉛を芯にする従来の弾頭はどんどん消え、今ではかなり限定的で具体的には練習用と警察官用だ。魔法の込められた水晶弾頭は警察が扱うには殺意が高すぎるが、制圧用であれば拳銃を使うよりもテーザー銃の方が脳天ぶち抜く心配もないし確実だ。特に十ミリ拳銃弾は警察が使用するため鉛弾頭も大量に作られていて水晶弾頭よりもかなり安価だ。

 いざという時、という言葉に気を引き締めたのか二千花がより真剣な顔をして撃つようになった。燿に言われたとおりにリズムを意識して撃っているようだが、今度は狙いが少し甘くなってきた。それでもリズムを崩さず撃ち続けていると、与えられた弾倉を全て撃ち尽くすころには大分速く、しっかりと狙って撃てるようにはなってきていた。


「いい感じだね。後三弾倉ぐらい撃ったら今日は止めようか」

「はい……明日もですか?」

「たくさん撃ったからって一日で完全になれるわけじゃないからね。毎日やれば自然に撃てるようになるよ。後、家ですぐに銃を構える練習とかするといいね」


 二千花は「そうですか」と言った後、じっと手に持った拳銃を見つめた。その少し不安そうで悲しそうな表情に俺は思わず声をかける。


「どうした? 大丈夫か?」

「いえ……たいしたことはないんですが……」


 二千花は今まで彼女が俺たちに見せてきた姿から想像もできないような、強く嫌悪し自嘲するように笑った。


「ほんの少し前まで生き物を傷つけるなんて恐ろしい事だと思ってたのに、今じゃ身を守る為に積極的に殺す訓練を当然のように受け入れてるなんて……種族の業は度し難いなって」


 種族の業、ダークエルフの探究心。魔族とよばれ嫌悪すらされる程の業。俺も燿も彼女の心境を理解出来ず、彼女が再度撃ち始めるまで何も言うことはできなかった。

 


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配信しながら執筆してます。生配信に来ていただければ質問等に答えます。


https://www.youtube.com/channel/UCOx4ba-g7CXAds4qll1Z1Pg/playlists

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