第7話
「本当にダンジョン、というか遺跡という感じなんですね」
燿の後ろを歩いていた二千花が壁を興味深そうに触りながら言った。
「石造りの地下建築というとアングラ東部の古代ドワーフの遺跡っぽいんですけど、様式が全く見覚えがないです」
「随分と詳しいな。宗教が専門じゃないのか?」
「宗教にのめり込むまでは歴史に興味持ってましたから。アングラと日本ならそこそこ詳しいですよ」
ダークエルフのそこそこというと他種族の専門家クラスだ。奴らの知識欲を舐めてはいけない。
「第一層は遺跡みたいな感じだけど第二層は坑道っぽい感じらしいよ」
「階層で変わるんですか。不思議ですね」
「階段で空間を跳躍しているって推測が出てるんだよね。本当に東京の地下なら地下鉄にぶち当たらないとおかしいし」
現在の東京駅は鉄道駅として使用されていないが、線路はそのまま使用されている。ダンジョンの階段にぶち当たるはずの線路も問題なく使えているのだ。ダンジョンの謎の一つだ。
地図上、部屋となっている場所への扉の前に移動した燿が唇の前に人差し指を立てる。二千花は頷いて燿のすぐ後ろに隠れるように移動する。燿は音もなく扉を開けた。
「外れ」
生活感のない、無機質な部屋の中にはなにもいなかった。二千花は緊張を抜くように溜息をつく。
「何もいないなんて事があるんですね」
「東京はダンジョン初心者から上級者まで満遍なくいるからね。化け物に当たる確立は他よりも少ないらしい」
解説をしながら燿は中をしっかりと調べる。ダンジョンは時々変化しているため地図と照らし合わせて変化がないか確認しているのだ。低階層でも未確認の場所を発見した場合は結構な額の報奨金が出るから確認は確実にしなければ勿体ない。
「心配しなくても今日回る範囲に十中八九化け物はいるぞ」
「できれば会いたくないんですが……」
「会わにゃ赤字だぞ。三グループぐらい会えるように祈れ」
俺の言葉に二千花は遠い目をした。会いたくない、という気持ちはわからんでもないが、無報酬はもっと困るんだよなぁ……。
部屋を調べ終わると二人は次の部屋へと移動する。扉を開けて中を覗くと、今度は化け物がいた。数は三、例の如くゴブリンだ。
「……先制で僕が手前の二体を倒すから二千花さんは後ろの奴をお願い」
「わ、わかりました」
化け物を見て少し顔を青くしていた二千花が頷き、懐から陰陽術の武器である札を出す。札が小刻みに震えている。
「大丈夫?」
二千花は目を瞑り、大きく深呼吸をする。目を開けると覚悟を決めたように表情が凛とし、手の震えも止まった。
「大丈夫です」
燿はその言葉と同時に引き金を二回引く。矢のような形をした火焔がゴブリンに突き刺さる。火矢もしくはファイアランスと呼ばれる魔術であるがゴブリン相手には間違いなくオーバーキルだ。銃弾標準の火焔だと殺しきれない個体もいるらしいので確実性を考えればいい選択だろう。
二千花が燿の隣から札を突き出す。札に書かれた文様が消え失せ、代わりに先の尖った氷が現れて飛んでいった。氷はこちらに向かってきていたゴブリンの鳩尾辺りに深々と突き刺さった。
占術と呪術を基礎とする古来の陰陽道からしたらあり得ない術だが、現代に陰陽道を広げるために開発されたらしい。アングラ由来の魔術との違いが触媒に結晶を使うか札を使うかぐらいしかなく、陰陽道という個性が薄れているのだが良いのだろうか?
「ふぅぅぅぅ」
ゴブリンが完全に動かなくなったところで二千花が膝を付いて崩れ落ちた。今までの人生で殴り合いすらした事ないであろうことを鑑みれば、一見して子供に見えなくもないゴブリンを殺せたのは上出来か。
「お疲れ様、上手くできたね」
燿も同じように思ったらしく、二千花のことを褒めていた。
「ありがとうございます……一回でヘタれこむようじゃまだまだですけど」
「最初から十全にできる奴なんかいないよ。俺だって昨日はミスをしたしね」
燿は二千花の目の前に手を出した。
「初勝利おめでとう。これで君も探索者だ。改めてよろしく」
「よろしくお願いします」
二千花は恥ずかしそうにしつつも燿の手を取った。
初戦闘を終えて緊張が抜けたのか、二千花はしっかりとした足取りで燿の後ろをついていく。階段周囲を探索し、二人はさらに三グループほどのゴブリンを倒した。
「ゴブリンばかり出ますね」
「不思議と上り階段付近はそんな感じらしい」
降りる場所はランダムにもかかわらず、上り階段付近には本当に弱い化け物しか出てこないのだ。
「なんか、ゲームみたいですね」
「そうやって人を引きずり込んでいる、なんて話もある」
「怪談じゃないんですから……」
二千花が怯えるように頬をヒクつかせている。ホラーは苦手なのだろう。
「僕や君みたいなのが惹きつけられてるのは事実だよ……今日はそろそろ帰ろうか」
「もう帰るんですか?」
「二千花さん、結構疲れてるでしょ? 気付いてないかもしれないけど」
問われた二千花は目をパチクリさせている。本人は気付いていないようだが、呼吸は少し速くなっているし歩みも少し遅くなってきている。緊張から来る消耗は興奮していて気付きづらいがゆえに深刻だ。おそらく、燿も疲労を感じているだろう。
「まだ行けると思うんですが」
「まだ行ける、と思ったときは帰るのが無難。命は一つしかないからね。稼ぎも大事だけど、まずはダンジョン探索に慣れよう。それに、僕も疲れたしね」
稼ぎが足りなければバイトして金を貯めてまた挑戦ということもできる。しかし、死ねば挑戦も何もない。命を賭けた体力仕事なのだから慎重であることに越したことはない。それができない奴から探索者は死んでいく。
燿の言葉に納得したかは分からないが、二千花は素直に燿の後ろについて撤退を開始した。
「この後、まあ銃を買いに行くんだけどその後の予定とかある?」
「いえ……横浜に何か食べに行こうかと思ってましたけど」
「え? 横浜?」
驚いたように立ち止まった燿に二千花も驚いたように目を見開いた。
「横浜に何かあるんですか?」
「いや、今日が何の日か知らないの?」
「……祝日とかではないですよね?」
二千花は不思議そうだ。なるほど、東京に最近住み始めた奴はこういう認識なのか。
「戻ればわかる。今日は壁の日だ」
東京駅を覆うクソデカコンクリート、砦と言われることの多い防壁の上は一般客用に開放されている。砦ができた頃はダンジョンが直接見られると物見遊山に来る観光客もいたらしいが、今では警察職員が煙草を吸いに来るぐらいにしか使用されていない。そんな砦の天辺で二千花が目を丸くしていた。
その原因は遠くに見える黒い壁だ。東京をぐるりと囲む黒い壁は大半のビルよりも高いが、それは昨日までは影も形もなかった物だ。
「僕らが今立っているのが第一スタンピード防壁で、アレが第二スタンピード防壁。通称壁」
「……聞いたことはありますけど、現実として目の前に現れると驚きます」
できた当初は連日の如く報道されていたらしいが、当たり前となった現在はああやってせり上がってもだれも気にしない。二千花のようなお上りさんが驚くぐらいだ。
「普段は地下に格納してあるが、スタンピードの兆候が現れて避難時間が経過したらせり上がり始めるわけだな。半年に一度ああやって一日かけて動作確認をしてる。ダンジョンが発生して以来一度もスタンピードが起きていないから無駄の代名詞みたいに言われているな。無駄扱いしているヤツは阿呆の極みだが」
東京でスタンピードが発生した場合、日本が滅ぶと言われている。その滅びに対抗するための手段があの壁だ。今まで外国で発生したスタンピードを考えると、あの壁があれば対抗できると考えられている。本当に対抗できるかどうかは実際にスタンピードが起こらねば分かりはしない。
「今までにスタンピードが発生していないからといって今後も発生しないと何故言える? 化け物を間引けば発生しないと言われているが、それは単なる経験則だ。ダンジョンに関しては未だ何もわかっちゃいないというのに」
人類がダンジョンと付き合い始めて一世紀ほどだが、未だにダンジョンがなんであるか一切のことが分かっていない。自然現象なのか、それとも人為的な何かなのか。
だから日本政府はダンジョンへ探索者を送り込む。日本政府だけじゃない、世界各国、国内にダンジョンがある国は特に。
「あんな物が必要なのが、ダンジョンなんですね」
「怖じ気づいた?」
「いえ……実感が湧きませんよ。大きすぎて」
ニヤリと笑う燿に二千花は苦笑いで答えた。
「少なくとも、挑み甲斐はあるでしょ?」
「そうですね……稲継さんがダンジョンに挑む気持ちが少し分かります」
「だったらお前ら二人とも馬鹿野郎だ」
吐き捨てるように言ったら二人とも笑いやがった。
「ああ、そういえば、名字で呼んだ方が良かった? 僕は養護施設育ちなんだけど、そこだと名前を呼ぶのが当たり前で名字で人を呼ぶの慣れてないんだよね」
「そうなんですね……最初は少し驚きましたけど、私は別に良いですよ」
「……これから正式にパーティーを組むって事で良いんだよね。だったら、他人行儀じゃなくてもう少し親しく呼び合った方が良いと思わない?」
「そう、ですね。私もそれがいいと思います」
「じゃあ、これからよろしく二千花」
「こちらこそよろしくお願いします。燿」
二人はそう言って握手を交わした。
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配信しながら執筆してます。生配信に来ていただければ質問等に答えます。
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