第5話

「パーティーですか」

「はい」


 探索者生活二日目、受付は昨日と同じ婦警だった。胸元には昨日はなかった浜近という名札が付いていた。


「一人では無理だと気が付きましたか」

「ゴブリンとかならまだしもそれ以上となると仲間が欲しいかなって」


 冷めたような目つきの浜近に燿はヘラヘラと笑いかけている。相変わらずの塩対応だが燿からしたらやりやすいだろう。

 探索者がパーティーメンバーを探す際は受付に問い合わせるのが一般的らしい。かつてあった探索者ブームの際にダンジョンでの犠牲者や脱落者を減らそうとして考えられたのがパーティーマッチングサービスだ。お互いの実力や目的、年齢、性別等から上手く長続きしそうな組み合わせを見つけるというものだ。その精度がどれほどかは定かではない。

 新人はクランとも呼ばれる大規模パーティーに所属するのが当たり前となった昨今はどれほど使われるかは知らない。というか、燿以外の新人が個人で活動しているのだろうか?


「クランには所属されないのですか? 魔術師なら新人でも引く手数多ですが」

「デカいところでレールの上走っても面白くないし、どうせなら自分の力で何処までやれるかって知りたいしね」


 燿の子供のような発言に浜近は呆れたように溜息をついた。燿の場合はそれ以外に人間不信も理由にある。誰も彼も信じられない人間が大勢の中に飛び込んでいくのは勇気がいる、らしい。


「……まあ、一応は探しましょう。仕事ですから」

「お願いしまーす」


 ヘラヘラと言った燿に浜近の眉がピクピクと動く。何故このバカは人の神経を逆なでするようなことをするのか。

 三十秒ほどタブレットと向き合っていた浜近が驚いたように眉を上げる。


「あなたと同じ新人一人で探索者登録している奇特な方がもう一名いますね」

「わぁ、寂しい奴」

「あなた……は武蔵さんがいましたね」


 ちなみに俺は探索者登録はしていない。電子生命の探索者というのは色々面倒で、少なくとも俺が最低限の機能を発揮できるデバイスが手に入るまでは登録する気はない。それで何故ダンジョンにはいれるのかと言えば、今の俺と同じ状態の電子生命は所有物とも一個人とも扱われる状態にあるからだ。妊娠中の胎児よりも曖昧な状況にあるため逆に融通が利いたりする。


「これが彼女のプロフィールです」

「……龍造寺 二千花、二十二歳のダークエルフで巫女。うん、個性が強い」


 燿の率直な感想に浜近も頷いていた。

 地球とネスユアロ、二つの世界がくっ付いてから日本には様々な種族の移民がやってきた。その中で最も繁栄したのがエルフであり、最も適合したのがダークエルフだと言われている。地球の人種と違いエルフやドワーフのような種族という違いは性格や能力に差が強く出る。ダークエルフの大きな特徴は種族全体が学者肌という点だ。学習したり研究したりすることが生きがいであり人生そのものというのがダークエルフの価値観だ。それ故に行き過ぎたマッドめいた研究が原因で歴史上の様々な事件事故を引き起こしているのがダークエルフで、だから黒エルフではなく闇エルフ、場所に寄っては魔族などと呼ばれているのだ。

 そんなこんなでアングラ大陸では肩身狭く数万人程度の少数種族として生きていた彼らに転機が訪れたのが世界併合だ。併合により日本という国の存在を知り、そこでは知識は開かれ自由に学問を学べてなにも生産せずとも研究のみで食っていけるという噂を聞きつけ、彼らは全力で日本に渡った。全力過ぎて今ではアングラに渡った日本の研究者がダークエルフの生活跡を保護しているというあべこべの状態に陥っている程だ。

 日本に渡った彼らのうち、目端が利く者は魔術の教師として生計を立てた。残りのダークエルフ達も過疎地で農業やったり工場で働いたりした。ダークエルフ達にとって日本の全てが新鮮で研究すべき対象であり、やり慣れたはずの農業や日本人なら嫌がるような工場の単純労働ですら学びだと眼をキラキラとさせて真面目に熱心に働いた。アングラの歴史を知らぬがゆえにダークエルフに偏見のない日本人にとって真面目で熱心に働く彼らはすんなり受け入れられた。もちろん、差別的なこともあったがアングラよりはマシであったためダークエルフ達は特に気にもしなかった。真面目に働き勉強熱心な彼らは当然ながら大学というシステムに興味を抱き、金を貯め込むと年齢関係なく続々と受験していった。そして現在では人口比では一%以下なのに大学教授の三割近くがダークエルフという状態になっている。

 そんなダークエルフであるがゆえに、信仰心というのは殆どないらしい。宗教に興味を抱くものはいるのだが、あくまで研究対象であり信仰するという考えに至らない。だからダークエルフの巫女というのはかなりとんでもなく個性的だ。探索者新人で魔術師である燿に匹敵する個性だろう。


「資格も多い……何故このプロフィールで個人で探索者やってるんだ? 大手のクランだろうと引く手数多だろうに」

「魔術師であるあなたが言えたことじゃないですね」


 燿の疑問に浜近は呆れたように言った。


「せっかくですから一度話してみては如何でしょうか?」

「そうだなぁ……じゃあ連絡を取ってもらえますか」

「あそこにいるので直接どうぞ」


 浜近が手を向けた先、受付の待合でぼんやりと座っているダークエルフ、二千花がいた。視線に気が付いた二千花が不思議そうに首を傾けた。


 



 受付から借りた小会議室、机を挟んで二千花と燿が緊張した面持ちで対面している。いや、俺もいるから二人きりではないのだが、実質ノーカウントだろう。例え机の上に乗せられていたとしても。

 人間不信の燿が緊張するのは当然だし、いきなり男と二人きりになった二千花が緊張するのも分かる。なんせ二千花はダークエルフにはかなり珍しい童顔で小柄、なのに体付きは出るとこは出て引っ込むところは引っ込んでいる、いわゆるトランジスターグラマーだ。男に悩まされつづけて生きてきたと言われても不思議じゃない。痴漢とかに真っ先に狙われるタイプだろう。

 なにはともあれ、二人でこのまま牽制するように黙りつづけられても無為に時間が過ぎるのみ、ここは私が人肌脱ぐしかないだろう。私に脱ぐような肌はないが。


「とりあえず、二人とも自己紹介したらどうだ?」


 二千花は目を丸くして俺を見ている。まぁ、珍しいだろうからなぁ……。


「あ、俺は見ての通り電子生命で名前は武蔵な。こいつとは十年来の付き合いだ」

「え、じゅ、十年? 失礼ですけど、生まれた姿ですよね?」

「そうだ。まあ、政府預かりになるのは嫌だったんでね。このままでコイツに付き合ってる」


 電子生命が誕生するとまず二つの選択肢が現れる。まずは、今の俺のように生まれたまま自力で体を得るか。もう一つは政府から体を提供されるかだ。政府から提供された場合は当然だが政府の役人として働くことになる。電子生命は生まれた瞬間からパソコン等の電子機械のスペシャリストなので仕事に困ることはない。給料もしっかり払われるので政府に提供された体の分の金を払えば晴れて自由の身ではあるが、待遇はけっこう良いのでそのまま役人として働きづづける奴らばかりらしい。

 自力で体を得ると言うヤツも誰かに、俺で言えば燿のような立場の奴に体を買って貰う。そして電子生命の体が買えると言う奴は金がある連中だけだ。電子生命の求めるスペックによって変わってくるが、安くても新車ぐらいの値段はする。やりようによってはグッと下がるが、それでも簡単に買い与えようと思えるような値段ではないことは確かだ。

 だから俺のように十年以上生まれたままの体で居るヤツはいない。それこそ、電子生命が誕生してから今まで俺ぐらいしかいないんじゃないかってぐらいだ。


「そうなんですか……あ、私はダークエルフの龍造寺二千花です。元巫女です」

「元なの?」

「えっと、一応神社は辞めたので元になる……とは思います。神職の資格は持ってますが」


 探索者の職業分類として巫女というのはない。というか職業欄は自称で相手に自身の能力を分かりやすく伝えるための欄だ。巫女というと陰陽道……なんか違う気がするけどその辺りだろう。

 それよりも、彼女は有用な資格を持っている。


「乙種治癒術行使者の資格あるんなら治癒術士と名乗ればいいだろ」

「そうですか……じゃあ治癒術士です」


 魔術師には自動車運転免許証や危険物取扱者免状のような資格は存在しない。魔法水晶に比べて威力は格段に下がるものの硬貨ですら触媒になる魔術を規制する事などほぼ不可能だからだ。ただ、治癒術士の場合は変わってくる。治癒術行使者がどれだけの治療を行っても良いのか示すのが治癒術士行使者の資格になる。人の体を触媒にし治療する治癒術は、その気になれば人に簡単に危害を加えることが可能な術だ。当然、未熟な者が治癒術で怪我や病気を悪化させてしまう可能性がある。だから甲乙丙の三段階で治癒できる段階を分けて医療事故を防ぐのが目的の資格が治癒術行使者の資格になる。この段階分けはかなり厳しく、例え緊急時であろうとも下位の術士が上位の治癒術を行使することは基本許されず、場合によっては刑事罰すら与えられる。

 乙種は看護師並の知識と技術があることを示す資格だ。当然、大半の看護師も乙種は所有している。探索者でも治癒術士を名乗る者は乙種を取得していることが多いらしい。


「燿、自己紹介」

「えっと……僕は稲継燿、見ての通り人間で、魔術師」

「その年で魔術を行使されるんですか!?」


 二千花が眼を見開いて驚き、テーブルに置かれたプロフィールを慌てて読み直した。


「ああ、高校は出ていらっしゃるんですね……」

「成人してないとダンジョン入れねえよ」


 ホッとしたように言った二千花に俺はツッコミを入れた。女子高生に見えなくもないから心配になる気持ちはわからんでもないが。

 燿は緊張が解けてきたのか浜近に見せる外行きの笑顔で二千花に問う。


「僕はダンジョンに浪漫を感じて探索者になりましたけど、二千花さんはどうして探索者に?」

「えっと……私は宗教、特に神道に興味を持って勉強していました。ついでに他の宗教のことも勉強していたんですけど、ダンジョンの内部で各宗教のシンボルマークに類似した装飾があるという話を聞いてダンジョンにも興味を抱きまして……」


 二千花は恥ずかしそうに俯いた。多分、好奇心からくる勢いで冒険者になったのだろう。なんというか、実にダークエルフらしいといえる。


「なので、あまり探索者の作法とかよく分からないのですが、頑張るのでよろしくお願いします」


 二千花は頭を下げ、燿はそれを値踏みするように見つめていた。


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配信しながら執筆してます。生配信に来ていただければ質問等に答えます。

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