第4話

 銃声はさせなかったとは言え火の手が二つ上がったのだ。警察が来てもおかしくはない。燿はすぐにその場から逃げ出した。


「あ、財布抜きわすれてた……」

「あんなアホ共、小銭ぐらいしか持ってねえよ! 足が付くようなことをしようとするな!」


 ただの小競り合い程度なら警視庁なら無視するだろうが、遺体の身元によっては対応が変わってくる。あの三人の誰かがお偉いさんのバカ息子という可能性は捨てきれない。下手に触れれば証拠が残り、そこから身元を特定される可能性がある。

 暫く走っていると消防車のサイレンが聞こえてきた。そして一息ついたところですれ違った。おそらく、小火として通報されたのだろう、パトカーのサイレンは聞こえてこない。目撃者がいても不思議じゃなかったが……この辺りの住民であれば、魔術師に下手に喧嘩を売るような真似は避けるか。

 燿も大丈夫だと判断したようで、自販機置き場へ向かいお茶を買うとベンチに座った。昔は東京でもそんじょそこらに自動販売機が置いてあったらしいが、今では壁で仕切られた自販機置き場にしか置かれていない。自販機置き場がそこらに設置してある辺り自販機の利便性は治安悪化に勝利したらしい。


「飯はどうする? 外食か?」

「そんな気分じゃなくなったなぁ……まだ冷蔵庫にあったよな?」

「三食分ぐらいはある」


 冷蔵庫の中身は把握している。俺は種族的な理由で物忘れを殆どしないからな。


「帰って作るか……」


 飲み干したペットボトルをゴミ箱へ捨てると燿は自販機置き場を出た。

 慣れた都会をブラブラと歩く。治安は悪化したものの路上駐車は殆どないため東京はかなり歩きやすい。日本と同じように車庫証明制度を導入したアスト王国でも路上駐車はないらしい。まあ、東京はアスト王国にない落書きが沢山存在しているのだが……ただのしょうもない落書きから半グレのシマを示すマークまで色々と描かれ混沌としている。希に消した消してないなどで半グレの抗争があるのが本当に末期だ。

 比較的安全な道を警戒しつつ進んでいく。燿が借りているアパートは治安の悪い足立区の中では治安の良い場所にある。少なくとも、強盗に怯えて常に玄関に銃を置いておくほどではない、枕を高くして寝られる場所だ。落書きもなく奇麗なアパート「コーポ・ジャンリュック」の二階三号室が燿の部屋だ。

 燿が借りている部屋は2LDKと結構広めだ。そして治安の良い場所にもかかわらず家賃が月一万七千円とかなり安い。つまりは事故物件である。世界併合後、魔術という概念が浸透し化け物が現れ始めた結果、事故物件というのは余計に避けられるようになった。ゴースト、という化け物がいるため本物も出るんじゃないかと思われたからだ。実際に存在するかは定かではない。だから燿は気にすることなく安いし広いからと借りたのだ。クソが。

 他はどうかは知らないが、燿のいた養護施設では全員がきっちりと家事を教わる。そのおかげで燿も男料理ではあるが料理はできる。適当に野菜炒めを作り素早く食べた燿は装備用の部屋へと移って銃の整備を始める。

 まずは弾倉から弾を全て抜く。弾倉に弾を入れっぱなしにしておくとバネが弱くなる。弱くなると装弾不良が発生し、下手をすれば命に関わる。かつて入れっぱなしにした阿呆が続出したのか最初に買った時は口酸っぱく説明された。続いて銃の分解整備だ。メインもサブも両方とも発砲しているので両方を整備する。銃口に布の付いた棒を突っ込んで煤を取る。むろん、銃口だけに着くものではないのでブラシも使って全体的に拭き取る。拭き取ったら油を差して組み立てる。遊底を引いて薬室が解放された状態で所定の位置に安置する。銃というのは弾倉を抜いただけでは薬室内部の弾薬は抜けない。うっかりで弾が入ったままの状態が発生しないように安置するときは薬室を解放するのが基本だ。


「反省会をしよう」


 分解整備を終えた燿が言った。俺は腰から外されて座布団に鎮座させれている。今の状態だと腰にあろうが座布団の上にあろうが変わらないが、気分の問題だろう。


「緊張のしすぎだな」

「それはしょうがないじゃん」


 俺の言葉に燿はむくれた。初めてだし緊張するのは仕方がないしあれほど緊張するというのは想定内ではあったが、一応反省すべき点ではある。


「緊張は必要だが、しすぎは良くないからな。実際、最後咄嗟に動けなかっただろ?」

「体勢が悪かっただけ……慎重になりすぎたかな」


 あの時は別に体を縦枠に預ける必要はなかった。普通に撃っても問題なく当たっただろう。緊張がゆえに慎重になりすぎたのだ。


「初めてだったとはいえ一人は駄目だな」

「武蔵が周辺を見てくれているとは言っても戦闘要員一人だと厳しいよなぁ」


 俺は将来体を手に入れるつもりだが、それまでは何もできない。今回のゴブリン程度ならともかく、これ以上となるとやはり仲間が必要だ。


「分かってるけどさ」

「お前、人間不信だからな」


 燿は幼い頃の事件が原因の人間不信を今でも引きずっている。養護施設の連中ですら一歩距離を保っているぐらいに深刻だ。こいつが心から信頼しているのは俺ぐらいだろう。

 さっき強盗に容赦なかったのも人間不信が主な理由だろう。人間不信だから敵に対して一切の容赦がない。特に何もない相手に笑顔を振りまけるようになっただけ大分マシにはなったのだが。


「探索者を続けるためには絶対に仲間は必要だぞ。無理なら別の仕事を探せ」

「分かってる。僕だって仲間には憧れがあるんだよ。だから頑張るさ」


 俺の言葉に意を決したように視線を強める。他者を信用するというのが燿にとってどれほどの恐怖かは俺は知っている。それは事故物件で寝泊まりするよりも遙かに怖いことだ。


「そこまでして探索者になりたいもんかねぇ」

「当然。今時、冒険するには探索者になってダンジョン潜るしかないしね。前人未踏の地を踏んで誰も知らない場所を誰よりも最初に歩く。それを目指してこそ男だからね」


 燿は眼をキラキラと輝かせて言った。この目は本当にコイツの両親とそっくりだ。俺が燿に拾われた後、なんでダンジョンなんか潜るんだと聞いたら目を輝かせて同じ事を言っていた。同じように燿に夢を語って、夢の場所から帰ってこなかった。子供を残していなくなるのだから反面教師にしかならない本当に愚かな親だ。

 そんな両親と同じ眼をさせるコイツは、このバカは、クソッタレ。こんなバカ、目を離したら絶対にいなくなるだろう。帰ってこられるように、俺がしっかりと見張ってなきゃならん。全く、本当に仕方のない男だ。


「明日、ダンジョンの受付に仲間を募集すると言うぞ。別に、紹介されたからって絶対にパーティーを組まにゃならんわけじゃない。何回か潜って、上手く行けそうだったら正式に仲間にすればいいんだ」

「ああ、そりゃそうか……なんか紹介されたら絶対に仲間にならなきゃ行けないって思ってたよ」

「考えすぎだ。ま、気楽に構えておけよ。お前には俺がいるんだからな」


 そういうと、燿は心から嬉しそうにニッコリと笑った。恥ずかしいだろうがクソッタレめ……。



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配信しながら執筆してます。生配信に来ていただけでは質問等に答えます。

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