第3話



 無機質なコンクリートを出た先に広がるのは石垣と森、江戸城だ。かつての将軍、そして天皇の住まいだったが、目の前に危険空間ができたためにあえなくその役目を終えることとなった。現在では文化遺産、そして歴史資料館として運用されている。歴史資料館となってすぐはダンジョンが近すぎるせいで閑古鳥だったが、百年も安全であれば恐怖も薄れるらしく修学旅行生も訪れるような観光地となっている。


 そしてクソデカコンクリートの前には東京駅前と書かれた看板と地下へ降りる階段がある。東京駅がダンジョンに飲み込まれたためそれを回避して作られた地下鉄駅だ。かつての東京駅ほどの賑わいは当然無く、接続する路線も一つで各駅停車でしか止まらず降りる人間も探索者ぐらいだ。警察は地上から、観光客は東京駅側からは入らない。ダンジョンは縁起が良くないとされているからな。


 時刻は午後三時過ぎ。今日は一戦だけして帰るというのはあの婦警に言われる前から決めていたので混雑を避けるためダンジョン入りを午後にし、そして即ゴブリンを見つけてしまったために思いのほか早く帰ることになったのだ。本来の予定なら四時過ぎぐらいの予定だった。


 今日は平日、そして時間帯が時間帯なだけに周りには誰もいない。カツカツと階段を降りるのはまるでダンジョンを降りているようだ。まあ、階段の下まで見えるのでダンジョンとは似ても似つかないが。



「飯を食うにも早すぎるなぁ」



 プラットホームで電車を待っている燿がぼんやりと言った。小腹が空く時間帯と言えるが、小柄な見た目通り小食気味な燿は何かを腹に入れたい気分にはならないだろう。



「予備の銃でも買いに行ったらどうだ。買って帰ればちょうど飯ぐらいだろ」



 俺の提案に燿は眉を顰めた。



「僕が買おうとしたらお前、一丁で十分だって止めたじゃん」


「そりゃダンジョンに行ったことなかったからだ。一度潜ってもういいやってなったらバカらしいだろ」


「いや、なるわけねえだろうよ」


「一回潜って止める奴はおおいらしいからな」



 そんな軟弱者と一緒にするなと燿は不機嫌そうに鼻を鳴らした。


 正直、俺としては一回潜るだけでやめて欲しかった。ハッキリって探索者になろうなどという奴は物好きが阿呆かが相場だ。儲けは出ても命を張るほどのものとは、俺はどうしても思えない。魔術師として才があるのだから、学歴が酷くても軍や警察にいけば重宝されることだろう。軍や警察も当然危険はあるが、地位は保障されるしそもそもが探索者ほどの危険などまずありえない。できればそっちの道に進んで貰いたかったのだが……正直言えば俺も燿が一回でダンジョンを諦めるとは思ってなかった。それでも、万が一、そう思って、そうあって欲しくて一丁だけで十分だと言った。まあ、そんなことバカに伝えるつもりはないし、絶対に伝わらないように注意するが。



「一回潜って止めないようなら続くだろうしな、念のため予備はあった方が良いだろう」



 止めたことを変に追究されたくないから話を先に進める。俺の若干の焦りに気付いた様子もなく、燿は頷く。



「頑丈な銃とは言っても壊れないとは限らないからなぁ」


「弾倉交換よりも予備を抜いた方がいい時もあるしな。まだ金に余裕はあるんだから買っておけ」



 元々二丁買う予定だったので軍資金にはまだ余裕はある。銃を買えば一月食いつなげるか否かといった額にはなるが。



「分かった……せめてプラットホームに降りる前に提案して欲しかったな」



 銃砲店は今いるプラットホームの向かいの電車に乗る必要ある。そしてその電車はちょうど今駅を出て行った。




 


 日本において銃砲店があるのは東京ぐらいだ。世界併合以前の厳しい銃規制を引きずっているから銃の所持になかなか許可が出ないからだ。東京にあるのは探索者がいるというのもあるが、隔離地区が近いからか化け物が現れやすいというのもあって一般市民にも所持許可が出やすいというのが理由だろう。許可があまり出ないとはいえ、東京都市圏外でもかつてに比べれば銃の所持はしやすくなっているらしい。


 ゆえに東京でも銃砲店というのは数えるほどしかない。銃を製造している企業は数あれど基本的に輸出産業だからだ。同盟を組むアスト王国などのアングラ大陸諸国、比較的友好的な東南アジア、オセアニアなどに輸出している。そしてその銃砲店で中古品を主に扱っているのが今いる石島銃砲店だ。


 銃砲店にはいると漂ってくるのは火薬と油の臭いだ。裏に射撃場があるためそこから臭いが漂ってきているようだ。その臭いを気にする様子もなく燿は拳銃が並べられているコーナーへと進んでいく。燿の持っている十ミリ拳銃「空蝉」は大量生産されているおかげで新品が売れやすい日本でも中古品は多い。燿は中古品を手に取り眺めていく。そして中古品にしても多少値の張る物を手に取り店主の下へと向かう。



「お姉さん、これ分解させて貰っていいですか?」



 店主は四十代前後の人間の女性だ。読んでいた本から視線を上げて睨むように燿を見た。相変わらず態度が悪い。



「……坊主か。前にも言ったが壊したら買うこと」


「分かってますよ」



 どうやら燿のことを覚えていたらしい。まあ、銃とは無縁そうな容姿をしているから銃砲店の客としては覚えやすいか。許可を得た燿は指定されたスペースへと向かう。


 探索者にとって銃とは命を預ける物である。店主が中身を確認し使い物になると保障して販売しているとはいえキチンと品質を確認するのは当然と言えよう。店主としても自身で確認して貰えば難癖つけられないから両得でもある。


 分解スペースで備え付けの工具等の準備を終えた燿は分解を始める。遊底を遊底止めまで引き、遊底抑えを外して遊底を解放して外す。続いて遊底覆いと銃把を分け、複座バネ軸から複座バネが飛んでいないように気をつけて分ける。握把から引き金を外して置き、続いて遊底から撃鉄と撃針を外す。各種部品を丁寧に外し、そして一つ一つ検めていく。もちろん、燿はプロではないので全てが分かるわけではないが、少なくともひび割れなどは確認できるからなにもしないよりは幾分かマシだ。


 全てを確認して問題がないと判断した燿は銃を組み直して店主の下へと向かう。



「試し撃ちがしたいんですが」



 店主は事前に用意していたかのようにイヤーマフと十ミリ弾一箱、そしてホルスターをレジ棚台の上に置いた。それと一緒に予備の弾倉も三つ置いている。



「弾薬と弾倉はサービスですか?」


「買え」



 歯をむき出しにして威嚇するように言った店主に燿は苦笑いをした。





 銃砲店を出た燿は自宅へと向かう。銃という大きな買い物をしたおかげで懐が一気に冷え、外食する気をなくしたからだ。地下鉄に乗り、東京駅前を通り過ぎて足立区へと向かう。ダンジョンと隔離地区が現れ、ついでに首都が大阪都へと移された結果東京の地価は急落した。経済都市としては未だに大きいから流石に田舎ほど安くはないが、場所によっては養護施設出身で援助のない中卒孤児が一人暮らしできる程度には安い。特に隔離地区近い場所ほど安く、そして当然治安も悪い。


 その治安の悪い地域を燿は慣れたようにフラフラ歩く。小柄で女の子と見間違うような容姿の燿だが、左右の腰に銃を挿してる奴にちょっかいかけようなどと思う奴は普通はいない。


 つまり、普通でなければいる。



「おい」



 背後から声をかけられた燿が振り返る。見るからに悪人といったやや不潔な格好をした若い男が二人、ニヤニヤと燿を見ていた。



「背後にも一人」



 俺は小声で燿に告げる。振り返った瞬間に路地から出てきたのだ。



「初心者狩りかな?」


「多分な」



 男達に聞こえないように状況を確認する。


 探索者は儲かる。実際は入る額も多ければ出ていく額も多いという感じではあるが、見た目上の収入としてはかなり大きい。ゆえに探索者を目指す輩はある程度多く、現実に打ちのめされすぐに辞める輩も多い。探索者というのは暴力稼業、よってなりたがるのはいわゆる底辺で一発逆転を狙った輩が最も多く、そしてすぐに辞めた輩の一部がこうして徒党を組んで初心者を狙うことが多いのだ。初心者かどうかは年齢と持っている武器でなんとなく察せられる。そして初心者用の武器でも売ればそれなりになる。


 初心者狩りを避ける為に大規模パーティーに入るというのが最近の主流だったりするのだが、燿は個人的な理由でパーティーを組んでいない。ゆえに狙われたのだ。


 つまり、狙われることは想定済みだ。


 燿は完全に近付かれる前に振り返って後ろにいた男に向かって走り出す。燿の見た目から考えられないほどの速度で接近し、男が反応をする前に腹を蹴る。男はくの字に折れ曲がり、三メートルほど吹っ飛ぶと地面を転がって動かなくなった。



「な!?」



 驚く男達に向かって燿は懐から取り出した石を投げる。銃弾から外した魔術弾頭だ。男達の前で魔術が発動、火焔となって男達が火達磨になった。


 普通の初心者であれば命からがら逃げ出すか、泣く泣く武器を差し出すか、全てを奪われるかしたのだろうが、燿は普通の初心者ではない。魔術師であるがゆえに身体強化が可能であり、銃がなくとも弾頭だけで魔術を発動できる。すぐにダンジョンを諦めような輩など、ちょっと強いゴブリン程度でしかないのだから簡単に一掃できる。


 


「二人は死んだだろうけどアイツはどうかな?」


「顔を見られているから殺しとくのがいいとは思うが……」



 俺がそういうと燿は踵で倒れている男の首を踏み抜いた。躊躇わずに殺す燿に俺はそっと溜息をつく。


 東京は治安が悪い。中間所得者以上が住む場所ならともかく、足立区のような低所得者層での小競り合いに出張ってくるほど警察は暇じゃない。銃声でも鳴れば話は別で、ゆえに燿は事前に用意した弾頭を投げたのだが。


 この辺りで人死には珍しくはない、とは言えども一切の躊躇なく殺すのは、しかも初めての殺人で、分かってはいたが……。



「お前、本当にそういうところ良くないぞ」


「何が?」



 俺の苦言に燿は心底不思議そうに答え、俺は今度はハッキリと溜息をついた。


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配信しながら執筆してます。生配信に来ていただけでは質問等に答えます。

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