第2話

「どうも、終わりました」



 燿は三番カウンターに座る婦警にへらっと声をかけた。耳の尖り具合からして純エルフだろう。彼女は燿を一瞥すると、ツンと済ました表情の座るように促す。



「お疲れ様でした。ちゃんとすぐに帰ってきたようですね」


「それはもう、お姉さんに嫌われたくないですもん」



 へらへら笑う燿を見る目がどんどん冷えていく。


 東京駅ダンジョンの出入りは警視庁の管理となっている。誰がいつ入ったのかいつ出たのか、それをきっちり管理できなければダンジョンは犯罪者達の住処となってしまう。だから警視庁が管理しているというわけだが、実は初期の頃は軍、当時は自衛隊、と管轄で大いに揉めたらしい。ダンジョンから化け物が溢れ出るスタンピードが発生する危険性があるのだが、それに対処出来るような大口径の火器を所有しているのが自衛隊ぐらいだったからだ。警察の存在理由は国内の治安維持、外側からの侵攻とも言えるスタンピードに対応するのは自衛隊の仕事ではないかということになったそうだ。


 犯罪者への対応かそれともスタンピードへの備えか、揉めに揉めて今の形に落ち着くことになった。


 そんなわけで警察の業務にダンジョンの出入りの管理、つまりは探索者達への対応がはいったわけだが、この業務はあまり人気がないそうだ。まあ、警察に入るのだから大なり小なり警察っぽい仕事、つまりはパトロールなり交番勤務なりをイメージしていたのにファンタジー小説の冒険者ギルドみたいな仕事させられるのだ。嫌で当然だ。燿への態度が冷たいのも当然と言える。そしてそんな彼女の視線を燿は特に気にせずに喋り続ける。



「それに思った以上緊張しましたからね。コイツにも止めとけ言われましたし、一番近い部屋で四匹ぶっ殺して帰ってきました」


「そうですか。これからも気をつけてください」



 へらへら続ける燿から視線を反らし、適当に返事をしながらトレイを取り出す。



「では拾得物を出して下さい」


「はい」



 燿は背嚢から小指の先ほどの大きさの赤い宝石を三つ取り出してトレーに置いた。ルビーのように透けておらず、まるで血液でも圧縮して固めたかのように見える。魔力石と呼ばれる化け物から取れるエネルギー資源だ。



「四体では?」


「いやー、一匹は胴体から爆散させちゃいまして」


「ああ、自称魔術師でしたね」


「証拠なら俺が提出できるぞ」



 今の体じゃたいした物は出せないが、何と戦ったのかぐらいの証拠は出せる。それに燿は火焔魔術の弾頭しか持っていないのは彼女も確認済みだから化け物が爆発しているのであれば、それは間違いなく魔術による物となる。ルーターを通して彼女の目の前にあるパソコンにデータを送る。



「……本当に魔術師だったのですね、ガンナーではなくて」



 冷え切っていた婦警の目が驚きで丸くなる。弾頭に魔術そのものを込められるようになった結果、魔術を学ばずとも魔術が扱えるようになった。自身の魔術を磨かず、弾頭を使い分けて戦う者のことをガンナーと呼んでいる。現在、銃を使う探索者の大半がガンナーだ。後に勉強をして魔術師になるのならともかく、燿のように最初から魔術師として探索者を始める者はかなり少ない。



「本気で探索者になろうとしてるんですからそのくらいの努力はしますよ」


「その若さで実戦的な魔術を扱えるのは尊敬できることです」



 婦警の目に敬意が宿っていた。誰も彼もが魔術を扱わないのはそれだけ魔術が難しいからだ。警察官なら魔術を扱えるだけで手当が出る。だから大半が軽くは目を通しているだろうから、その難しさも理解出来るだろう。



「いや~、お姉さんにそう言われるなんて高校の勉強全部サボって魔術に全力出した甲斐がありますね!」



 婦警の目が敬意から呆れへと変化した。このバカ、本当に授業全部ぶっちぎって魔術に全力投球してたからな。おかげで成績が足らず最終学歴高校中退、つまりは中卒だ。



「他に拾得物はありませんね?」


「もちろん」


「ではまずは、武蔵さんに提供された証拠もありますので討伐費用としてゴブリン四体で合計八千円」



 ダンジョン内部の化け物は倒すだけでも金になる。これは化け物を減らすことでダンジョンからの化け物の流出、スタンピードを防ぐためだ。確認されている世界最初のスタンピードはユーラシア大陸、中華人民共和国のチベット自治州に存在するダンジョンだ。当時は世界併合後五年、日本の東にあるアングラ大陸への侵攻をしようとしていた中国がチベットのダンジョンを放置した結果発生した。中国政府はダンジョンの存在自体は確認していたが、侵攻準備に忙しく人里離れた場所で主要都市から離れていたため隔離地区共々監視だけで放置されていた。いざ侵攻といったところでスタンピードが発生し、化け物があふれ出した。それはまるで蝗害のようで、中国は急遽侵攻軍をスタンピード対策へと割り当ててなんとか押さえ込んだ。しかし、そのダメージは凄まじく、軍が壊滅状態に陥り軍事侵攻など言っていられなくなった。スタンピードと同時に隔離地区、化け物の現れやすい地域も拡大したため、現代でも中国はダンジョン及び隔離地区への対処に国力の大半を注いでいる。



「この魔力石は査定後に口座へ入金します」



 魔力石のようなダンジョンの拾得物は警察ではなく特殊拾得物管理協会という特殊法人、つまりは警察関係者の天下り組織が一括で査定と買取を行っている。悪い言い方をしたが、ここがなければ拾得物を求める企業や大学等の団体との交渉を探索者自らが行わねばならないので探索者にとって必要な組織だ。査定情報に関してはきっちり公開しているのでドラマなどに出てくる欲に塗れた組織というわけではない。企業と直接契約を結びその企業に全てを売り払っている探索者もいるにはいるらしいが。



「魔力石はいくらぐらいになりますかね」


「断言はできませんが、ゴブリンのものであれば一つ二千円が平均ですね」



 つまり合計で一万四千円、十ミリ火炎弾が一発二百円で六発使ったから一万二千八百円の儲けとなる。ただし、税金は計算に入れない。



「この短時間で一万三千円も儲けられると今までバイトしていたのがバカらしくなりますね」



 あっはっはと燿は笑う。ダンジョンには三〇分程度しか潜っていないにも関わらず一万三千円は確かにバカらしくなるか。



「お前、俺の存在を忘れてやしねえか?」



 燿は俺と潜っているので当然儲けは山分けだ。まあ、今の状況だと俺は金を使わない、というか使えないので全て持って行っても構わんが……。


 実際、今回は偶々で探索者というのは簡単に儲かる仕事ではない。俺と燿で山分けと言ったように、普通は複数人で潜るため一人頭の儲けが減る。そして、今回は偶々すぐにゴブリンが出たが、次から次に出る物でもない。スタンピード寸前ならともかく、東京駅ダンジョンは確認されて以来一度もスタンピードを起こしていないぐらいに化け物は倒され続けているのだ。それに、今回は弾丸だけだが他にも色々消費する物はある。深く潜れば潜るほど儲けも増えるが、深ければ深いほど高額な物資で補給せねば持たない。ケチれば待っているのは死だ。入る物は多いが出る物も多いのだ。



「忘れてない忘れてない。とりあえず今日はこのお金で良い物でも食べるつもりなんですが、お姉さんもご一緒にいかがですか?」


「結構です」



 婦警は冷たく言い放つともう終わりとばかりにカウンターを離れていった。隣に座ってる別の婦警が燿を見て呆れている。



「恥ずかしがり屋さんだな! 実に可愛い人だ!」


「めでてぇ頭してんなお前は」



 俺はバカに向かってお前はバカだと罵った。


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