大東京ブラックワールド
✝漆黒の陽炎✝
第一章
第1話
高層ビルが立ち並ぶ東京の中心たる東京駅の外観はおよそ二百年前の大正三年に建築された外見を再現しているそうだ。その赤レンガの周囲をのっぺりとしたコンクリート壁が囲っている。東京駅よりも高いコンクリート壁の上からは30ミリ機銃、小型ミサイルが配置されていて、その壁の前には最新式の戦車の装甲と同じ複合装甲を戦車よりも遙かに厚くした壁が配置され、壁に空いた小さな穴から12.7ミリ銃口が飛び出ている。30ミリもミサイルも12.7ミリも、その全てが東京駅に向いている。
とんでもない殺意に晒される東京駅の前を、まるでそんな殺意など存在しないかのようにパラパラと人が歩いている。通常の駅であれば駅から出る人と入る人ではその雰囲気に大きな違いはないだろう。だが、東京駅は普通ではない。駅へと向かう奴らは何やら打ち合わせしたり緊張を解すように深呼吸をしたり準備運動のように腕を伸ばしたりしていて、駅から出てくる連中は心底疲れたといった様子で歩くグループ、心の底から大喜びしているグループ、そして途中で崩れ落ち涙を流すグループなどだ。泣いている連中を気の毒そうに見る奴らもいるが、声をかけることはない。駅前では触れない、いつからか、それがマナーになったらしい。
そんなカオスとも言うべき様相の東京駅入り口前の広場で、一際目立っているヤツが居る。年齢は成人しているかしていないか、服装は頑丈そうで地味な色合いの作業服、小さくややボロボロの背嚢、頭には頑丈そうなヘルメットをつけ、腰には拳銃の刺さったホルスターと弾倉ポーチが三つ、反対側には黒い箱がぶら下がっており、靴は古めのデザインのブーツ、身長は男としては低く女性としては高く、顔立ちも中性的、目をキラキラさせながら周囲を興奮気味にキョロキョロと見渡している。こいつほどお上りさんといった言葉が似合う人物はいないだろう。
「やめろよ恥ずかしい……」
俺はそのバカに、一人でキョロキョロしているそいつに言った。声は中性的、男としては高く女性としては低い声、と俺は思う。
「大丈夫、僕は恥ずかしくない」
見た目に反してやたら渋い声がバカの口から飛び出した。よく見れば喉仏が確認できて、そいつの外見で男っぽいのはそこぐらいだろう。それを指摘すると不機嫌になって面倒くさい。
「俺が恥ずかしいんだよ!」
「別にお前が見られることはないからいいじゃん」
バカはフンと鼻を鳴らして言いやがった。身体的特徴のせいで今すぐにお前から離れられないんだよクソが。
腹が立つが、そこを指摘したところでこの羞恥攻めが終わるわけじゃない。俺は先に進むように促すことにした。
「燿、お前は東京駅を見に来たわけじゃねえだろうが」
「もちろん。しかしな、僕の夢と野望が今日ここから始まるのだと考えるとね! テンションが」
「良いから黙って行けや!」
遊園地ではしゃぐ小学生の子供のようなバカに俺は思わず怒鳴った。周囲の人間が驚いたように俺たち、いや燿を見て、そして腰にぶら下がるプラスチックの箱を見て納得したように、そして物珍しそうにしていた。腰にぶら下がるプラスチックの箱、正確に言えばその中身が俺、武蔵だ。いわゆる電子生命という種族で、世界併合後に生まれた若い種族ゆえに絶対数が少ないから珍しいのだ。いやまぁ、誰かの腰にぶら下がっている電子生命など殆どいないというのもあるが。
「よし、行くか」
ひとしきりはしゃいで満足したのか、燿は東京駅に向かって歩き始めた。
人の流れに沿って駅、丸の内中央口から入り、中央通路を進むと、かつては東北・上越・北陸新幹線の南北のりかえ口があったらしいところに出る。しかし、いまそこにあるのは奥の見えない下り階段だ。数段下った先から不自然に暗く、先が見通せなくなっている。
世界併合後に突然世界各地に現れた、ダンジョンと名付けられた正体不明の異空間。世界にいくつか存在するウチの一つが東京駅にある。外の機銃とミサイルはダンジョンに向けられた物、正確に言えばダンジョンから化け物が出てきた場合に備えてのことだ。
このダンジョンへ侵入し、ダンジョン内部を調べ、化け物を倒し、内部の拾得物を持ち帰る者達のことを日本では探索者と呼んでいる。燿は、ちがう燿と俺は今日初めてダンジョンへと侵入する新人探索者となる。
探索者達は元新幹線改札口で武器を持った兵隊、正確には警察官だが、の誘導に従いグループごとに纏まって階段を降りていく。その様子は遊園地のアトラクション待ちにそっくりで、現実とのギャップが大きくてなかなかにユーモラスな光景だ。
「入ってからだぞ」
「……分かってるよ」
ホルスターから拳銃を取り出すかのように手を置いた燿は、俺の注意にバツ悪そうにしながらホルスターから手を離す。弾倉は抜いているとはいえ、人が大勢いる中で拳銃を抜くのは撃たれても文句が言えない御法度だ。まあ、東京駅内であれば抜いたとしても警告に素直に従えば注意ですむらしい。燿のような新人が緊張して無意識に抜いてしまう事故は多いそうだ。今からこちらの事を躊躇うことなく殺しに来る相手と殺し合いをするわけで、極度に緊張してしまうのは当然だ。
暫くして燿の順番が回ってきた。警官に促されて先の見えない階段を降りていく。数段先しか見えない真っ暗闇、カツンカツンと燿の足音が響き、呼吸音がまるで深呼吸のように大きく聞こえる。
一般的なビルの一階分ほど降りると正にダンジョンと言うべき石畳の通路に出た。今までの暗闇が嘘のように晴れ、通路先の丁字路までくっきりと見渡せるようになっていた。振り向くと当然上り階段があるが、上の方は同じく闇で見えなくなっている。燿はその場にしゃがみ込んで床を調べる。年代を感じさせる石畳には薄く砂埃が積もっている。
「本当に前のパーティーの痕跡がないね。まるで僕らが初めて来たみたいだ」
「聞いてはいたが確かに不思議だな」
ダンジョンの謎の一つして上げられるのがコレだ。集団がある程度間隔を空けて階段を降りると、全く別の場所に出る。一応、同じ階層にいるらしいが、出会うことは殆どないらしい。そして、階段からある程度離れると階段が消え、別の場所に上り階段と下り階段が現れるそうだ。今日は階段が消えるのを見る予定は無いが。
「分かってるだろうがあんまり遠くへ行くなよ」
「はいはい」
燿は空返事をしながら銃を抜く。金折製作所の十ミリ自動拳銃「空蝉」だ。堅実な作りでジャムなどの故障が少ない名作拳銃で、ブローニング・ハイパワーまんまじゃねえかとの呼び声が高く、探索者の予備武器として使われているとのことだ。中古品も大量に出回っているため、金のない新人探索者が最初に選ぶ武器の一つだろう。
弾倉を手に取り弾薬を確認、弾倉を込めて遊底を引く。遊底を遊底止めまで引くと、弾倉から弾薬が押し出されて蹴出器で止まる。遊底を戻すと弾薬が推され、薬室に装填される。右手の小指から握把を握り直し、右手の後ろから左手を添えるようにして握把と引き金、用心金まで包むようにして握ると、手を伸ばして銃を構えて照門をのぞき込む。そして最後に安全装置を外して引き金に触れない程度に指をかける。基本的な姿勢を一つ一つ確認した燿は銃を下方に構えて歩き出した。
音を立てないように歩き、階段のすぐ近くにあった扉をそっと開ける。中には十歳前後の子供ぐらいの背丈の二足歩行の生物がいた。不潔そうな緑色の肌に不自然なほど大きな鼻とギョロリとした濁った目玉、ボロ布を身につけた醜いそれはゴブリンと呼ばれる化け物だ。四体のゴブリンが部屋の中をぼんやりと歩き回っていた。
東京駅ダンジョンで最初に出会う化け物として有名な化け物がゴブリンである。雑魚としてよく知られる存在だが、それに殺されたりパーティーを壊滅に追い込まれたりする新人探索者が後を絶たない化け物でもある。子供のような背丈で子供のような体格、そして子供のぐらいの知恵を持つ化け物であるが、逆に言えばその辺の子供ぐらいの戦闘力があると言うことでもある。悪知恵の働く悪ガキが武器を持ち、本気の殺意でもって集団で襲いかかってくると考えればその脅威も計り知れるだろう。
ゴブリン達に気付かれてないことを確認した燿は、射撃を安定させるため縦枠に体重を預けながら引き金を引いた。火薬の弾ける音と同時に一番手前のゴブリンの顔が炎上する。突然の状況にゴブリンが混乱し、その間に燿は次の標的に狙いを向ける。発砲。今度は槍のような形をした炎がゴブリンの腹部を貫いた。血飛沫と同時に焼け焦げたような臭いを放ちながらゴブリンが倒れる。
ようやく状況を理解したゴブリンが燿を見つけ、走り出す。殺意を向けられつつも燿は落ち着いて狙いをつけて撃つ。銃口から放たれた火焔が弧を書いて手前のゴブリンをよけ、背後にいたゴブリンに当たり、全身が燃え上がった。仲間の惨状にもかかわらず、ゴブリンは恐れることなく燿へと向かってくる。
狙いを定めたところでゴブリンが手に持っていた棍棒を投げてきた。咄嗟に避けようとするが縦枠に体重を預けていたのが災いして一瞬遅れてしまう。下手な投擲がゆえに当たらなかったが、姿勢は崩れてしまう。その間にもゴブリンが近寄ってくる。まだ距離はあるが、燿は少し慌てたように照準をつけて発砲。一発は外れ地面をえぐり、二発目、三発目がゴブリンの胴体に当たった。そして、地面がはぜ、ゴブリンの胴体も二度ほど爆ぜて上下に分かれた。
戦闘終了。息を止めていた燿が思い出したかのように空気を吐き出した。
「魔術は良かったな。魔術は」
震える手でホルスターに拳銃を戻す燿に俺は言った。
古の魔術師達は天然の魔法水晶を触媒にして魔術を行使していたが、世界併合後に科学の力で分析された魔法水晶は人工的に大量生産されることになった。天然水晶よりも純度の高い魔法水晶は弾頭に加工され消費されることでより強力な魔術を、魔術の知識のない者でも行使できるようになった。魔術の知識がなくとも魔法は放てる、しかし魔術の知識のある者は弾頭の魔術を書き換えることで様々な魔法を放つ。現代で魔術師と呼ばれる物は弾頭の魔術を書き換えて魔法を扱う者のことを言う。つまり燿は魔術師なのだ。
最初の一発目は弾丸に刻まれたそのままの魔術。次の槍のような魔法は一部書き換え。次は弾道を変えるような魔術を添付し、最後は魔術を完全に別物へと変化させたのだ。つまり、魔術の実戦運用を今回試したことになる。
「やっぱり怖えな実戦」
深呼吸をして息を整えた燿はニヤリと笑いながら言った。実戦終了直後に怖いと言いつつ笑えるこいつはきっと探索者としての才能があるのだろう。それが良いか悪いかは、俺には分からない。
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