第4話

「ママー!」

 声がした方を見ると、ママが大きく手を振っていた。反対の手には陽介の手をしっかりと握って、こっちにやって来る。

「よぅ、すけ……いた…」

 ほっとして力が抜けて、その場にしゃがみ込んだ。

 あれだけ探して見付からなかった陽介を、ママが見付けて捕まえてくれていた。さすがママだなぁとほっとすると、今度は腹が立ってきた。勝手にいなくなって心配かけたのに、陽介はわたしが見えていないのか、全然違う方を見ていた。

「陽介! あんたどこに……」

「ごめんね、ひなちゃん。陽介のこと、探してくれてたのよね?」

 陽介を怒ったら、陽介の代わりにまたママが謝った。ちょっと気まずくなって顔を上げていられなくなって、下を見た。お気に入りのスニーカーが、ちょっと汚れてた。ちょっとだけ、涙が出た。

「ママ……ごめんなさい……」

 陽介は悪くない。ママも悪くない。陽介をちゃんと見てなかった、わたしが悪い。

 ママの期待に応えられなかった。言われたことをちゃんとできなかった。スニーカーが汚れてしまった。最悪で、悲しくて、涙が出てきた。

「ううん。ひなちゃんは悪くないわ。陽介は、ママの言う通りにしただけよ」

「?」

 言われた意味が分からなくて顔を上げると、にっこり笑顔のママと目が合った。

「陽介ね、ママを迎えにトイレまで来たのよ。ママね、陽介に『公園は人がいっぱいだから、ママから離れないでね』て、伝えていたの」

「えっ?」

 陽介は、ほとんどおしゃべりできないけど、言ったことは大体分かっている。だけど、そんなにしっかり理解してるのは、思わなかった。

「ママがトイレに行ったって分かってて、ママについて来ちゃったの。本当にごめんね、ひなちゃん。心配かけて」

 ママのところに行くなら、そう言ってくれればいいのに……

 陽介に、そんなこと出来ないのは知ってる。だけど、ママの言い付けをちゃんと守ろうとするなんて、そんなことできるようになったなんて、知らなかった。

「何? どうかした? 陽介」

 わたしとママが話してる間ずっと、陽介はぐいぐいとママの手を引っ張っている。また、林の中で遊びたいんだと思っていたら、陽介が「しーしー」と言った。

「まあ、大変! おしっこ!」

 慌ててトイレに向かって走る。だけど、ちょっと遅かった。トイレに着く前に、陽介はもらしてしまった。

「困ったわね。着替え、車の中なのよ……」

 ママが車まで戻ろうと言っても、陽介はトイレの前から動かない。きっと車に戻ったら、家に帰ると思ってるんだ。だけど、濡れたズボンのままじゃ遊べない。

「仕方ないわね。車まで取りに行ってくるから、ここでお姉ちゃんと待っててくれる?」

「えっ?」

 さっき陽介を見失ったばかりのわたしに、また陽介を預けるの?

 信じられない気持ちでママを見ると、ママはしゃがんで陽介と目を合わすと

「陽介。ここでお姉ちゃんと待っててね。お姉ちゃんから、離れないでね」と言った。

 陽介は返事をしない。ママの言ったことをちゃんと分かってるように見えない。だけどママは「すぐ戻るから!」と、わたしに言い残して、走って行った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る