第3話

 ブランコの女の子がブランコから降りて、お母さんと別の遊具の方に走って行った。ブランコの女の子が見えなくなってから陽介に視線を戻すと、そこには誰もいなかった。

「陽介! 陽介!」

 名前を呼びながら、慌てて辺りを見回す。木の影を覗いて探しても、陽介の姿はどこにもない。

 ぞわりと背中が寒くなった。


「陽介ー! 陽介ー!」

 大きな声で名前を呼びながら、公園を走り回る。遊んでいる知らない子が、わたしを見る。大人も、心配そうな目でわたしを見る。その目の中に、陽介はいない。陽介からの返事もない。

 陽介が返事をしないのは、当たり前だ。陽介は、名前を呼ばれても返事をしないし、振り返ることもしない。近くに行って肩を叩きながら名前を呼んで、それでやっと、自分が呼ばれていることに気付いてくれる。だから、陽介から目を離しちゃいけない。見失うと見付けるのが大変なことを、わたしもよく知っている。

 今日の陽介の服装を思い返す。今日は、いつものオレンジのTシャツに濃い緑のズボン。

 陽介は、万が一見失ってもすぐ見付けられるように、いつも目立つ色の服を着せられている。わたしの服よりも、派手な色の服が多い。

 たくさんの色の中でオレンジ色を探すけど、全然見つからないから、公園の奥まで探しに行くことにした。

「陽介ー! 陽介ー!」

 無駄だと分かっていても、大声で呼ばずにはいられない。

 危ないことをしていない? 行っちゃいけないところに、行っていない? 汚い物や、危ない物を触ってない?

 姿が見えないだけで、すごく心配になる。パパやママが陽介から目を離さないわけが、今ならよく分かる。

 滑り台の順番待ちの列に、オレンジのシャツを見付けた。陽介かと思って近付くと、陽介よりずっと小さい子だった。

 そうだよね……陽介が、1人で列に並べるわけないもんね……

 滑り台から離れ、再び陽介を探して走る。

「ぅわーん!!」

「!!」

 小さい子の泣き声が聞こえて、ドキリとした。一瞬、陽介が小さい子のおもちゃを取り上げたのかと思ったけれど、ただの兄弟ゲンカみたいだった。側にはお父さんがいて、小さい子を泣かせた男の子をすごく怒ってた。

 わたしは、パパやママに怒られた覚えがほとんどない。怒られるより、謝られることの方がずっと多かったから。

 陽介が誰かに迷惑をかけたら、陽介の代わりに誰かが謝らないといけない。今はママがいないから、わたしが代わりに謝らないといけないんだ。

 ふと、足を止めてしまった。


 このまま陽介が見付からなかったら……


 さっきまで考えていたことが、頭に浮かんだ。

 このままずっと見付からなかったら、陽介の代わりに謝ることも、陽介が何かやらかさないか、心配することもなくなる。


 ママとパパとわたし、3人だけになったら……


 ぽろりと涙がこぼれた。陽介のいない家が、考えられなかった。

 泣いて叫んでうるさくて、パパやママやわたしや、周りの人にいっぱい迷惑をかける大嫌いな弟なのに、いなくなることは考えられなかった。いなくなることが、すごく怖かった。

 陽介がいなくなったら、きっと家は静かになる。だけどそれは、良い静けさじゃなくて、お葬式みたいな感じの、寂しくて悲しい良くない感じの静けさだと思った。

 ぐっと目をこすって、顔を上げる。

「よーーすけーーー!!!」

 さっきより、ずっと大きな声で名前を呼ぶ。

「よーーすけーーー!!!」

 陽介にも、自分が呼ばれてるって気付くような大声で。

「陽菜乃!」

 返事の代わりに名前を呼ばれた。だけどそれは、陽介の声じゃなかった。


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