第2話
「この家幽霊がいるぞ」
「そりゃあんただろ」
「お供え物なら飲み食いできるんだがな。これは飲めない。悪いな」
「あんた人の心が読めるのかっ?」
思わず構える柳之介に渉青はククッと小さく笑いを零した。
「そんな訳ないだろ。俺はただの幽霊だぞ。柳之介が分かりやすいんだ」
「なっ」
「そんなんじゃ幽霊どころか女狐たちにもつけ入られちまう。都会は恐ろしいんだぞぉ」
両手をだらりと下に向け茶化すように「うらめしや」のポーズを取る男に柳之介はあからさまにむっとした。そういうところが分かりやすいと言われてしまう所以だということに本人は全く気づいていない。柳之介はそっぽを向いて吐き捨てた。
「僕は今あんたが一番怖い。心配してくれてるんならさっさと出ていってくれ」
「だからこの家には幽霊が憑いてるって言ってるだろ」
「だから、そりゃあんただろ!」
柳之介の狂犬チワワ並みの剣幕に渉青は困ったように頭を掻いた。後ろに撫でつけた少し長めの癖っ毛がはらりと前に垂れる。
「分かったよ。全く、頑固な弟子だな」
「勝手に弟子にするな!」
「誰でも弟子になれるわけじゃない。俺が見えるってことはお前は見込みがある。だから遠慮するな。じゃあまたな」
もう二度と来るな、と柳之介が反論する暇も無く、渉青は姿を消した。あまりに一瞬だったので男の行方は分からない。どこに行ったか分からないのが一番困る。Gから始まるあの虫と同じくらい、どこに行ったのか気になってしょうがない。
「とりあえず塩を撒くか。僕は撒くぞ。撒いちゃうからな!」
柳之介は虚空に向かって語りかけながら、渉青がいたあたりに満遍なく塩を撒いて回った。
そうこうするうちにいつの間にか日は暮れかかっていた。いつもなら貧乏性を発揮してぎりぎりまで粘っているが、今日ばかりは早々に明かりを点けた。そして、今日は風呂に入らないと決めた。一日くらい入らなくても大丈夫だろう。そういうことにした。毛布を被り部屋の隅っこに収まる。これで部屋全体が見渡せる。こうしてこの家の大部分は柳之介の監視下に置かれた。
「とりあえず今日はここで過ごそう。うん、そうしよう」
屈んだ足元にはスーパーで割引されていたときに買いだめていた菓子パンやコーヒーの入った魔法瓶、読まずに積んでいた単行本が乱雑に直置きされている。夜ふかしセットの出来上がりだ。
柳之介は朝まで起きているつもりだった。意気込みはすごく良かった。しかし、彼の体には「早寝早起き」の言葉が入れ墨のように濃く刻み込まれていたし、強めのストレスが睡眠を誘発させるタイプの人間でもあったので、この日の柳之介はつぶあんのアンパンを食べながらとても早くに寝落ちした。
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