晴れ時々悪霊退治
イツミキトテカ
第1話
良くも悪くもみな無関心。
一緒に住んでいながらどこか他人のような距離感の瀬戸家に、幼少からいたたまれなさを感じていた柳之介は大学進学とともに実家から遠く離れた都会で念願の一人暮らしを始めた。
学費や家賃は両親が払ってくれることになっていたが、柳之介はできるだけ負担を掛けたくなかった。端から見れば親思いの良い子だと思われるだろう。その気持ちが無いわけではなかったが、それよりも何よりも、親に自分のことを少しも負担に思われたくないというなけなしの自尊心のほうが大きかった。同じようで微妙に違う。この違いは強情っぱりの柳之介にとってはとても大事なことなのである。
だから、初めての一人暮らしに格安で家を借りられたことは柳之介にとってラッキーなことだった。立地も良く日当たりも良い。バス・トイレ別で二口コンロまで付いている。こんなにいい物件がこんなお値段で…! 柳之介は無宗教だが、この時ばかりは神に感謝したものだ。
(「ところがどっこい」)
それは4月の初め。新居に住み始めて2日目のことだった。
柳之介は1DKの洋室をキッチンから見ていた。すぐ横のコンロでは、湯を沸かすため火にかけたヤカンがコトコト言い始めている。しかし、柳之介は洋室の光景から目を離すことが出来なかった。
「嘘だろ…」
思わず漏れ出た言葉に慌てて口を塞ぐ。あいつに気づかれたらどうするのだ。自分の家の洋室で見知らぬ男が一人、窓の外を見つめ突っ立っている。その後ろ姿だけでも怖いってのに、その男は今どき珍しく着物姿で、そして何より体が透けている。
柳之介は家賃が安すぎる理由がようやく分かった。神様のおかげ? いや、違う。
(「幽霊がでるなんて聞いてない!」)
柳之介は瞬きもせずその半透明な男の後ろ姿を見続けていた。目が乾燥してゴロゴロする。しかし、どうしても瞬きするわけにはいかなかった。
目を閉じてもまだそこにあいつがいたら、それは見間違いでもなく本当になってしまう。
逆に、目を閉じていなくなったとしても、そこにはいないだけでこの家のどこかにはまだいるという可能性は捨てきれない。Gから始まる嫌われ者の害虫が目を離した隙に目の前からはいなくなったとしても家から出ていったわけではないのと同じである。
だから、柳之介はなんとしてもあの透き通った男がこの家から出ていく瞬間をその
(「これは長丁場になる」)
柳之介はゴクリと生唾を飲み込んだ。拳にも自然と力が入る。腹を括ったその瞬間―
ピーッという甲高い笛の音が柳之介の右耳をつんざいた。ヤカンが「お湯が湧いたよ」と叫んでいる。お湯を沸かしていたことをすっかり忘れていた柳之介は驚いてコンロに目をやった。
「―しまった!」
慌てて洋室に視線を戻す。そこにはもう何もいない。その代わりに生温い感触が柳之介の顔をなぞる。顔を上げるとすぐそばに透き通った男の笑顔があった。
「お湯湧いたぞ、坊主」
「うぅわぁあー!!」
柳之介は尻もちをついた。その拍子に男の足を蹴り上げそうになったが、そんなことは起こるはずもなく、柳之介の足は男の足を通過した。通過した瞬間生温い感触が走る。柳之介はゾッとして急いで足を引っ込めた。自然と体育座りになっている。柳之介は恐る恐る上を見上げた。
「お湯湧いてるぞって。俺じゃ止められないんだ」
「…うぅわぁあー!!」
やっぱり男はそこにいた。見間違いでもなんでもない。またしても叫び声を上げる柳之介に、男はうんざりしたようにため息をついた。
「びびりすぎだろ。まったく最近の若者は…」
ヤカンは猛々しく鳴り響いていた。まるで柳之介を守ろうとする番犬のようだ。透き通った男はうるさそうに耳をかっぽじると、柳之介から距離を取るようにひらひらりとバク宙し、そのまま胡座をかいてニカッと笑った。
「まずは自己紹介だな。俺は
男はそう言って、何が可笑しいのか快活に笑っていた。そして、壁際に寄って目を白黒させる柳之介に穏やかな視線を向けた。
「お前なんだかほっとけないな。しょうがないから弟子にしてやる。悪霊退散術を仕込んでやるよ。これからよろしくな」
「ひゃ!?」
素っ頓狂な声を上げた柳之介に、男は声を上げてまたしても大笑いした。ずいぶん明るい幽霊である。ヤカンはさらにギアを上げ鳴り響いていた。
柳之介はまだ知らない。この
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