第19話 王国の代行者⑤
「怪我人はこっちへ!」
「妊娠させられた人は、こっちに運べ!!」
ランプで照らされたプロキア城内は、相手の腹に触れることで妊娠させる能力を持つ転生者によって壊滅しかけていた。
ヒロ達が守る前線も段々と下がってゆき、後ろを振り向けば避難している貴族や料理人たちが見えるところまで追い詰められていた。
「私はいい。異形を産む前に殺してくれ」
ヒロと戦っていた兵隊長が、転生者の戦友に懇願する。
「なに言ってるんですか、生きるんですよ!」
「私は王国を守る兵だ、裏切るくらいなら死を選ぶ!」
その覚悟は、兵士としての誇りから来るものだった。
「……死ぬのは、とても怖いことなんです。俺は、なるべくならもう死にたくない」
しかし、一度も死んだことのない者の言葉は、前世の記憶を持ちながら転生した者とっては軽かった。
「だから貴方も死なせません。もう、誰かが理不尽に死ぬところも見たくないので」
「……」
「その人を、お願いします」
そのまま、一般兵に隊長を任せて魔術を唱え直す。
「ナカジマ、いつになったら奴らは片付くのだ!」
「まるでゴキブリみたいですね。一匹見たら沢山居る!」
「それに、段々と強くなっていないか!?」
ヒロとウォルターも次々と生まれてゆく異形を殲滅し続けているが、時間が経つにつれて味方よりも敵の数が多くなってゆくため焦りを感じていた。
(俺にとっちゃ大したことはない。だけど、王国兵やウォルターにとっては一対一でも辛くなってきている)
腹に一度触れられただけで男でも妊娠し、親の能力を引き継いだ子供が十体以上生まれてしまう。
この物量のせいで、地下で他の敵と戦うサリエラとミライの合流まで待っていられなくなっていた。
「このままだと不利になる一方です。一瞬で殲滅できる方法があればいいのですが」
「そんな方法があればとっくに試しとるわ!」
「ですよね!」
当たり前の進言を恥じ、改めて策を練る。
(『
そのため、まずは基礎を振り返ってみる。
ゲオルクは、どんな能力にも弱点がある、と言っていた。
(こんなときこそ、よく観察しろ。法則は無いのか? なにかこう、敵集団の中の違和感を……)
ヒロは目を凝らし、敵の行動を観察する。
敵は数百体、全てが何かしらの武器を持っている。
人のような形をしているが、独特の鳴き声に近い言語を放つ。
(あれ。あの最初の小人、前線から離れている……?)
そのような敵集団の中に一匹、大柄の人型に守ってもらいながら後ろに下がる、歯の出張った小人が居た。
他の異形は前進しているにも関わらず、ソレだけ異なる行動をしているのは違和感がある。
「
ヒロはすかさず、異形の群れの背後に石の壁を生成した。
「何をしている! 壁なんぞ作って」
「いや、コレでいいんですよ。あの小人が何か、カギを握っている!!」
そのまま、光の弾丸を構える。
「奴を撃ち抜け。
放たれた弾丸は大柄の怪物の間を縫い、小人の眉間と心臓を撃ち抜いた。
すると、群れの半数が頭や心臓を抑えて苦しみ始め、そのままマナへと還っていった。
「え、他の敵も消えた!?」
「親を倒すと、子も消えるということか?」
ようやく見つけた、敵の能力の弱点。
形勢再逆転の好機を得た王国軍は、まるで錦の御旗を掲げたかのように士気が高まってゆく。
「勝機!」
「今だ、陣形を立て直せ。我らが城を取り戻すぞ!」
「腹に違和感のある者は無理をするな、我が抑える!」
「恐らく後方に親個体が固まっています。そこを狙いましょう!!」
奮起した王国兵たちは力を振り絞り、段々と前線を押し返してゆく。
ヒロも後方の敵を撃ち抜いてゆき、みるみる敵の数を減らしていった。
「ぁああああああ!!」
「腹が、腹が裂けるよぉおお!!」
腹が元に戻った者も居たが、もうじき異形を産んで力尽きてしまう者も居た。
「まずい、このままでは……!」
「持ってあと五分、といったところか!?」
「はやく親転生者を見つけなければ!!」
深呼吸をし、敵が激減した周囲に視線を向ける。
(誰だ、この中にいるはずなんだ!!)
貴族の護衛をした転生者のうちの一人が最有力候補だ。
だが、兵士の中に擬態している可能性もある。
ヒロは疑心暗鬼に陥りかけていた。
「うおおおおおお!!」
「この先には諸侯もいらっしゃるのだ! ネズミ一匹も通すな!!」
そのとき。ヒロの頭に天啓が舞い降りた。
「……わかった!!」
「何がだ!?」
「転生者の、妊娠の能力を持った侵入者の正体がわかった!」
「何だと? 誰が転生者だと言うのだ!」
目を見開き戯言を叫ぶ転生者に、視線が向けられる。
「ええ。転生者は――」
ヒロは手のひらを、天井に向ける。
「あのネズミだ!!」
そして、天井に張り付いていたネズミを1匹、床に撃ち落とした。
「馬鹿な、あれが転生者!?」
「その、転生者は人間だけというレッテルが命取りでした。状況証拠から考えるに、それしかない」
転生者は、アルテンシアとは別の世界の生物が、異世界召換術式により呼び寄せられたものだ。
「能力は、腹に触った者を妊娠させ、生まれた子供を手駒にするものです。子供には両親の性質が受け継がれる」
ヒロは探偵のような口ぶりで続ける。
「そのため、メリア様の護衛から生まれた敵の姿は小さく、またネズミのような顔をしていた」
そのため最初はネズミと転生者一人の性質のみ有していたため弱く、段々と王国兵の力をコピーして強くなっていったのだと考えた。
「親を攻撃すれば、子もダメージを負う。あの親ネズミを駆除すれば、この悲劇を、ここで終わらせられる!!」
ヒロは魔術書を開き、陽魔術を唱えて光弾を拡散させる。
しかし、転生者はネズミであっても、並外れた身体能力も有していた。
「な、速っ!?」
目にも止まらぬ早さで迫り来る弾丸を
「がっ!?」
「ぎっ!!」
「ぐぅ?!」
反動を活かして、兵士の腹から腹へと飛び移り。
「ヂィイイイイ!!」
「げげげぇぇぇえええ!!?」
咆哮を上げると同時に腹が風船のように膨れ上がり、ネズミ面の小人が生まれ出でる。
「くそッ! 命を何だと思っているんだ!!」
魔術で小人を一掃したヒロの問いかけに帰ってきたのは、醜悪な笑みと、凶暴な肉食獣のような咆哮だった。
「ヂュギィオオオオ!!」
奇声を上げると同時に両手を床に叩きつけたネズミは、飛び散った石の破片からネズミ型の生物を産み出す。
「無機物を妊娠させた!?」
「ゴーレム、いやホムンクルスか!?」
咄嗟に魔術で対応するが、小型ネズミゴーレムの一体を撃ち漏らしてしまい、そのままヒロは腹を攻撃されてしまった。
「しまっ……!」
「ナカジマ!!」
それだけではなく、護衛の兵や転生者の抵抗も虚しく、ネズミゴーレムの小ささと素早さに翻弄され、次々と腹を膨らませた人が増えてゆく。
「お兄様、いやぁ、キモいぃ!!」
「メリアーー!!」
犠牲者の中には、ウォルターの愛する妹もいた。
形勢が一気に不利となったため、ウォルターは絶望で膝から崩れ落ちてしまう。
「やはり、転生者には、敵わないのか……?」
日頃から鍛錬しても、転生者という強大な存在に敵うはずもない。
「我は、愛する妹も……」
勝ちを確信したネズミが、狩られる側に回った狩人へ恐怖を与えるべく、ゆっくりとウォルターの出張った腹に近づいてゆく。
だが、そのときだった。
「罪ありき獣は磔となれ。
ネズミの踏んだ石畳が捲れ上がり、壁と一体化して
そして、今にもはち切れんばかりに膨らんだ腹を両手で抑えながら、ヒロが命を乗せて叫ぶ。
「ウォルタァアア! 決めろぉおおおお!!」
赤髪の転生者の発破に、ウォルターが思わずたじろぐ。
「わ……我が?」
「お前以外に誰が居る!」
「相手は転生者だぞ。無理だ!」
「愛する妹を救うんだろ! 無理を通せ、俺が付いてる!!」
ヒロも腹が急速に膨らんでおり、魔術をあと二、三発撃ったら子を産み力尽きてしまうだろう。
「う……」
腕を震わせながらも覚悟を決め、今まで吸収していた、ありったけのネズミの胎児の魂を魔剣に込める。
「うぁああああああああああッッ!!」
そして、今まで奪われた魂の無念も乗せ――
貴族の斬撃が、ネズミを真っ二つに切り裂いた。
「腹が、元に戻ってゆく……!」
「勝った、そして我々は生き残った!!」
ネズミは醜い断末魔をあげ、二つの玉の形をした
そのため、妊娠していた者たちも元に戻ってゆき、プロキアの危機はここに終結した。
「斬り飛ばした……ネズミを、家宝で、全力で」
「ただのネズミじゃなくて、世界を滅ぼしかねない悪魔です。見事な
「生臭い獣の血が……う、ゔぇぇ」
「うげぇ!? 誰か袋、袋ー!!」
緊張が解け、また害獣を斬ったという事実に精神が耐えかねたウォルターは、胃の中のものを一面にぶち撒け気絶した。
〜〜〜〜〜〜
翌朝。ネズミの転生者にトドメを刺したウォルターは、国王より武勲を賜る事となった。
他の貴族や王国兵、そしてヒロを含めた料理人たちの前で、ウォルターは堂々とした振る舞いを見せている。
「信じておりましたわ、お兄様! 貴方が私たちを守ってくださると!」
(ゴマスリ……そういやヘソのゴマ最近取ってねえや)
昨晩から傷ついた人々のために精のつく料理を作り続けたヒロは、回らない頭で適当なことを考えていた。
「ウォルター卿。貴殿は、王侯貴族に相応しき振る舞いを見せ、見事プロキアに迫る危機をその逞しき手で退けてくださりました」
そう祝福を告げながら、プロキアの王妃が前に出て、勲を付そうとする。
「よって、ここに」
「そこにナカジマは含まれておりますか」
瞬間、厳かな空気にどよめきが走った。
「なっ!? 転生者とはいえ下民の名を口に」
「ナカジマだけではない。命を賭して我々を守ってくださった王国兵の皆様。私に勲章を付するのであれば、彼らも同様に賞を受けるべきだと、私は考えております」
「なに言いやがりますの兄様!? 兵士が貴族に尽くすのは当然でしてよ!?」
「いいや。もし共に剣を取ってくれた兵を無碍にし、私にのみ勲を与えるというのなら……」
そして、一皮剥けた鋭い眼光を、王族ならびに貴族たちへと向ける。
「今すぐ勲章を粉々に砕き、一面にバラ撒いてみせましょう」
〜〜〜〜〜〜
「生誕祭ならびに授与式は中止。全く、とんだ無法者も居たものだ」
「いや、それ……」
ウォルターが国王陛下に向けて働いた不遜は、今回の武功と相殺ということで見逃される事となった。
「よろしかったのですか」
「当然だ。あんなちっぽけな武勲よりも、よほど価値のある物が手に入ったからな」
そのまま、清々しさに溢れた面持ちをヒロに向ける。
「ナカジマ。我と、対等の友になってくれ」
「えっ?」
「我を日頃から鍛錬していると一目で見抜いたのは、ナカジマが初めてだった。何より」
「何より?」
「誰にでも慈愛を向けるその精神。心から敬意を表したい」
そう、恥ずかしげに右手を差し出す。
「なら、改めて――これからもよろしくな、ウォルター」
「ああ。我の方こそ、な」
ヒロも手を握りしめ、互いに笑顔を返しあう。
だが、次の瞬間。
「ギャアオオオオオオオオンン!!」
地鳴りを思わせる甲高い咆哮が、王国中に響き渡った。
「何だ!?」
「あれは……まさか」
ウォルターが声の主を捉えた瞬間、身体の芯から来る恐怖で凍りついてしまった。
「煌龍、アウレオラ――」
それは、プロキア王国に古くから伝わる、太陽にも例えられた黄金龍そのものであった。
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