第20話 伝説の煌龍①

 プロキア王国は古来より、邪悪を打ち払う煌龍の物語が伝承として伝わっている。

 一定の周期で生贄を欲する代わりに、プロキアの秩序を守る存在として。


「ギャアオオオオオオオオオンン!!」


 だが今や、その眼は狂気に満ち、守るべき者たちに牙を向けようとしていた。


「なんだよあのドラゴン!?」


「アウレオラ……我々の守り神みたいなものだ」


「守り神って、なんか祟り神みたいになってるんだけど!?」


「なぜだ、なぜアウレオラは怒り狂っている……!?」


 演劇などで煌龍の話を幼少の頃から見聞きしていたウォルターは、身体の底から震え上がり、力が抜けて膝をついてしまった。


「グオオオオオオ……」


 逃げ惑うプロキア国民を瞳に捉えたアウレオラが低く唸ると、年若い少年少女の身体が宙に浮かび、龍が創り出した光の球へと吸い呑まれてゆく。


「なに、え、なになになにこれーー!?」


 その中には受験勉強に励んでいたエリーゼの姿もあった。

 慌てふためきながらも手足をジタバタと動かし、ヒロへ助けを求めながら光球へと飲み込まれた。


「まずすぎる……ミライ達を呼ばないと」


「寝たい。うるさいよ……」


「ふははははー、世界に光が満ちたのだー!!」


「ダメだ二人とも機能していない!!」


 昨晩、プロキア城の地下でモンスターと死闘を繰り広げていたため、二人とも情緒がおかしくなっている。


「流石に寝ないとヤバいでしょコレ!? ミライは不機嫌MAXマックスモードだし、サリエラに至っては何か危ない世界に入ってる!!」


「何いってんらー、ヒロー。アレは太陽だー、朝が来たのだぞー!」


「お前がなに言ってんだよ!!」


 目の焦点の合っていないサリエラに、ヒロのツッコミが突き刺さる。


「ヒロは寝なくても平気なの」


「平気なわけないだろ、昨日から上級国民のイザコザに巻き込まれるし、ネズミの子を孕まされるしで疲れてるよ!」


「浮気者」


「不可抗力だわ! ってそんなことやってる場合じゃねえ、エリーゼ達を助けなきゃ。『戦士装備レッドフォーム』!!」


 目にクマを作りながら睨みつけるミライにもツッコミを入れるが、目的を思い出したヒロが赤い鎧兜を顕現させ、飛び出す。


「アウレオラの鱗は如何なる刃も通さない! プロキアの民なら誰もが知っている!!」


 ウォルターが必死の形相で訴えるも、石造りの道を踏み壊すほどの勢いで飛び出したヒロには聞こえていなかった。

 そして緋色の剣を金色の腹を目がけて振るうと、そこから血飛沫が噴き出て、悲鳴にも似た咆哮をあげながら龍が墜落する。


「斬れた!」


「嘘であろう!?」


 すかさず熱光線を口から吐いて応戦しようとするが、ヒロの左腕に備えられた盾により阻まれる。

 そのまま剣で2撃目を放とうとするが、集めたプロキア国民を閉じ込めた、バランスボールほどの光球を前に掲げ、盾にしようとした。


「それでもプロキアの守護龍か、えぇ!?」


 怒りの形相を浮かべながらヒロがスライディングで足元に滑り込み、切っ先を上に向けて股から切り裂こうとする。

 それを見た煌龍はすぐさまジャンプし、そのまま逃げ去ろうとした。


「おい待て! 国民を解放してから……!?」


「ナカジマ、どうした!?」


「やべ、徹夜の影響が、俺にも……」


 突然視界がふらつき、そのまま倒れながらヒロの装備が解除されてしまった。

 そのため煌龍を追う者が居なくなり、生贄と共に悠々と飛び去られてしまった。


「くっ……!」


「ウォルター卿、これは!?」


「アウレオラだ。ご乱心であらせられた龍に、生贄を十倍以上は持っていかれた」


「何という……!?」


 駆けつけた王国兵が状況を把握し、戦慄する。

 だがそれを見越したウォルターが「黙れぇい!!」と一喝し、号令をかける。


「親愛なる兵士諸君に次ぐ! もはやアウレオラは我々の守護龍ではない。プロキアに仇なす存在である!!」


「なっ、何を!?」


「プロキアの伝説を、切り捨てようというのか!?」


「討伐の是非は後でよい。まずは、拉致された国民を奪還する!!」


 貴族は王国軍の正式な司令官ではない。だがウォルターは国の危機に備え、一般国民と共に軍事訓練を受け、また士官課程も踏んでいた。

 そのため、こういった緊急時に軍へ指令を出すことを許されていた。


「ですが、奪還隊の編成には時間がかかります。サリエラ様、ヒロ殿、ついでにミライも戦闘不能」


「むっ」


 自分だけ兵士からぞんざいな扱いを受けている事実に腹を立て、ミライが寝不足で倒れながらも頬を膨らませる。


「それ以外でアウレオラに敵う者は、いまのプロキアには居ません!」


「……いや、一人いる。そろそろ遠征から帰還する頃であろう」


「僕の名を呼んだかい?」


 そうウォルターが告げると、丁度よく件の人物が軍を引き連れながら姿を表した。


「こりゃ酷い。久方ぶりに帰って来てみれば、この有様だ」


 それはサッパリとした金色の髪に、甘いマスクと銀縁のメガネを顔に貼り付けた美男子だった。

 だが白金の鎧に赤いマント、そして非常に良く鍛えられた剣が、彼の実力を雄弁に語っている。


「ジーク・ワァグナー。にして、プロキアの英雄だ」


「え……勇、者……?」


 ヒロが目指す『本物の勇者』が、プロキア王国に帰還した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る