第18話 王国の代行者④
「色々と疲れた……」
前日の仕込みを終えたヒロは、疲れを紛らすように身体を思い切り伸ばした。
ヒロの疲れの原因は、厨房をはじめとした城の各所で、ネズミが暴れたせいだった。
おかげで、怒った貴族たちによって王国兵が多数動員され、緊張状態のまま仕込みをせざるを得なかったのだ。
「衛生管理どうなってんだよ、
プロキアは中世ヨーロッパを彷彿とさせる文化を持つため、どうしても前世で学んだ負の歴史が頭によぎっていた。
「けど、いかにも凄腕シェフって人ばかりだったな。場違いじゃないのは誇らしいな」
厨房は共同で、鏡のように磨かれた料理道具が一面に並べられていた。そこで、いかにも一流レストランで修行しましたと言わんばかりのシェフに囲まれながら仕込みを一緒に行なえたことが、ヒロは誇らしかった。
「しかもなー……下見に来た貴族たち、護衛に転生者を連れていたし。でも明らか俺のほうが強いだろうけどな、アレ」
また、メリア以外の貴族も転生者を保有しており、それらが自分より弱いことに驚いていた。
ヒロも、それなりに荒くれ者やモンスター、転生者と対峙していた。その経験から、彼らの練度は簡単に見抜けるようになっていたのだ。
「基礎のなっていない転生者の寿命は短い、か」
師の教えを何度も実感していたヒロは、彼らより強いのになぜ飯炊きばかりしているのかと嘆きたくなった。
「……けて」
しかし、提供された自室に戻り不貞寝しようと考えたヒロを、掠れた女の声が呼び止める。
「んですか。もう店じまいですよ、明日またお願いしま」
「そうじゃ、無いぃい!!」
必死に絞り出したような大声に、ヒロは思わず視線を向けてしまう。
その先には、月明かりに照らされた女性がいた。
「お前は……てか、その腹!?」
彼女は、メリアの護衛をしていた転生者だった。だが、朝方のような強気な態度は見る影もなかった。
なぜなら、彼女の腹は鎖帷子を破り、身長の2倍ほどの大きさまでに膨れ上がっていたからだ。
「んんんん、んぎぃいいいい!!」
朝方はトゲ付きのメイスを有していたが、いまはロングソードを引きずりながら歩いていた。
そして異様に膨らんだ腹を見るに、何者かの襲撃を受けたのだろう。
「なんだと!?」
ヒロは構える。ボコボコと内側から腹を破ろうとしている何かに、警戒の姿勢を見せる。
「ゔまっ……う、ゔまれる!!」
直後、血と体液のシャワーと共に、勢いよく歯の出張った小人が外へ飛び出した。
小人の体躯はヒロの胸ほどしかないが、各々が異なる武器を有しており、そして気味の悪い笑い声を上げていた。
当然、中身を食い破られた転生者は瞬く間にマナへと還り、その跡にはメダル型の
「何だよコイツ……!」
そう戦慄するヒロを目に入れた小人たちは、それぞれ武器を構えながら飛びかからんとした。
「クソッ……『
すぐさまヒロは青き魔術礼装を顕現させ、振り払わんと炎魔術を詠唱する。
炎は地を駆け小人の群れを呑まんとするが、奴らはバックステップで避けた後、武器を盾に変形させてスクラムの陣形を組み防いでみせた。
「まさか、能力を受け継いでいるのか!?」
彼女の得物が朝と異なっており、また小人も武器を変形させている。
これを見るに、恐らく子供は母親の『変形する武器』の能力をコピーしているのだろうとヒロは判断した。
「その背を咬め。
逃すまいと、ヒロは冷静に土魔術を詠唱する。石やレンガで築かれた床や壁から獣のアギトが造られ、背後から小人たちの肉を噛み切っていった。
「ギィィイ!!」
十体ほど居た小人は半数以上が石のアギトにより喰われたが、残った四体は魔術から逃れて逃げ去ってしまった。
ヒロは追いかけようとしたが、ようやく騒ぎを察した王国兵が駆けつけてきた。
「おい、何があった。なぜ魔術の痕跡がある!」
王国兵の隊長と思しきアゴの割れた面長の男が、魔術師の装備を纏ったヒロに状況を問いただす。
「敵襲です! 転生者一名死亡、敵に能力をコピーされた可能性あり。至急応援を要請します!!」
「アンタ料理人だろ、他の者たちは既に避難している。ここは我々に」
「大丈夫です。俺だって転生者ですから!」
決意のこもった瞳を王国兵に向ける。
「転生者!? ならば、これほど心強い味方は居ないな!」
「こっちの台詞です。これだけの兵力があれば」
「隊長、大変です!」
「どうした!?」
ヒロと向き合っていた兵隊長が、部下の報告に耳を傾ける。
「既に東に配置した十人隊が全滅。そして、一部兵士の腹から新たに敵が産まれて」
「馬鹿を言え! 十人隊は全員男のはずだ、それが敵の子を孕んだとでも言うのか!」
「……あり得るかもしれません。敵が転生者で、対象を妊娠させる能力なら」
「貴様まで何を言っているんだ、まだ童貞も捨てれてない者もいるんだぞ!?」
「ただ、どうやって妊娠させるかがわかっていません。そうなった以上、慎重に動かなければいずれ敵軍に食い破られるかと」
「貴様は新兵か!」
「申し訳、ございません……腹を、やられて」
すると新兵の腹がボコボコと膨れ上がり、中から十数体の小人が飛び出してくる。
「ひぃいいいい!?」
「せめて
本能のままに襲い掛かろうとする小人たちを、まとめてヒロが焼却処分した。
殺されかけた兵士は尻餅をつき、身体をプルプルと震わせていた。
「た、助かった……」
「……どうか安らかに」
ヒロは手を合わせた後、兵隊長に向き合う。
「ですが、これでハッキリしました。敵は腹部を攻撃すれば相手を妊娠させられる」
「ならば、腹をプレートで覆えばいいだろう」
「おそらく意味はないかと。彼の腹に、それといった外傷は無かった。服の上からでも攻撃すれば妊娠できるのでしょう」
ではどうするのだ、という兵隊長の問いに対し、ヒロが連絡用の石板を取り出し、指を走らせる。
「いちど増援を呼びます。
『城の地下にモンスターが出現した、ミライも対処中だ! あと夜はキノコシチューが食べたいぞ!!』
「呼べませんでした、知り合いは城の地下です!」
「駄目ではないか!?」
サリエラとミライはモンスターの対処中で、ゲオルクも村に隠居中。
白い狼も、灰の村周辺の警護を頼まれているため助太刀は見込めなかった。
「いちど廊下から離れるぞ、挟み撃ちにされては全滅しかねん!」
「承知しました、では何処に行きますか」
「厨房は、
「わかりました。殿はお任せを!」
殿を買って出たヒロにとっては一瞬でカタのつく敵だったが、王国兵にとっては苦戦を強いられていた。
しかし兵団は仲間同士での連携が非常に上手くできており、おかげで四方から襲い来る化け物を振り払いながらも厨房へと辿り着けた。
「よし、到着できたな」
「やっぱり心強いです。皆さん無事ですし!」
「我々はプロキアの要だからな。では、さっそく拠点として――」
若者の羨望を受けて鼻を鳴らした兵隊長が、厨房の厚い扉を開ける。
しかし、その先に散らばっていたのは、赤黒い液体と白い服の端切れ。
そして、数十匹はいるであろう、人間によく似た異形だった。
「なッ……!?」
気がついたときには、屈強な兵隊は異形に制圧されていた。
首をかじられ、手足をもがれ。
そして、腹を攻撃され、子を孕まされていった。
「がぁああああああ!?」
「やめろ、やめ、やめてくださいぃい!!」
ある者は情けない断末魔を上げながら、マナへと還ってゆく。
またある者は、腹に抱えた爆弾に苦しめられ、涙を浮かべ命乞いをしている。
「道徳を知らぬ獣に裁きの礫を……
そんな中でヒロの放った石の弾丸が、正確に異形の眉間や心臓を捉え、吹き飛ばしてゆく。
反応と詠唱が遅れた事実を悔いながら、さらに残った化け物へ追撃を放とうとする。
「カ、ンシャ、シャアアアア!!」
「しまっ――」
だが、天井に張り付いていた人型が、腕を伸ばしながら牙を剥き出しにして飛び掛かる。
反応が遅れたヒロは、避けられないと腹を括り、生き残るため腕を犠牲にしようと差し出した。
「食らえぇええい!!」
「ジェエエエエ!?」
異形が腕を噛み切ろうとした瞬間。
青い閃光が、化け物を切り裂いた。
「ウォルター卿!? その御姿は」
「特注の鎧に、代々伝わる宝剣『リバイアサン』だ。周囲の生命力を喰らい、力を増す魔剣でもあるがな」
脂肪と筋肉で膨れ上がった全身を鋼で覆い隠したウォルターが、蒼く光る魔剣を携えて参戦してきた。
本来なら貴族を守るのは、直属の護衛や王国兵の役割だ。
しかしウォルターはそれを好まず、自らの力で国の危機を守ろうと奮起したのだった。
「生命力……そうだ、ならお願いがあります」
助っ人の力を理解したヒロは、苦悶の表情を浮かべる王国兵を見渡してから、貴族を視線の先に捉える。
「妊娠させられた胎児の生命力を吸い取って、出産を遅らせられませんか」
「愚問だな」
「え?」
ヒロが惚けている隙に、ウォルターは宝剣を掲げて青い輝きを強くする。
「国民の上に立つ貴族が、国を守らずして何とするか!」
そして、青い光が周囲の王国兵を包み込み、兵たちの腹の膨張を止めてみせた。
「この剣を振るうべく研鑽を重ねてきたのだ、ここで振るわずして貴族の名は語れぬぞ」
「はは、最高に心強いです。ウォルター卿」
安堵して表情を緩めた後、すぐに気合を入れ直す。
(恐らく、この妊娠の能力は転生者由来のものだ。貴族たちも、どこかに避難していると聞いた)
ヒロは危機的状況だからこそ、現状を把握して最善手を打とうと思考を巡らせていた。
(そして、他の貴族の護衛に転生者も大勢いた。彼らの中に犯人がいると考えるのが自然だろう)
今回の蛮行を働いた転生者を無力化できるのは、自分を除いて居ない、とヒロは考えた。
(けど、何か引っかかる。誰が、この能力を使ったんだ?)
ウォルターが王国兵たちの出産を遅らせてはいるが、それも時間の問題だ。
残された短い時間の中でヒロは焦りつつも、敵を必ず見つけ出して無力化してやる、と心に誓うのだった。
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