第17話 王国の代行者③

 ヒロが代行者になってから一ヶ月が経った。

 溜まった報酬を受け取りに行ったとき、受付嬢から「大切な話がある」と呼び止められた。


「ヒロ・ナカジマさん。白猫の爪団キャトナイラは、貴方の類稀なるスキルを評価し、最高位の代行者ランクを授与することにしました」


「……」


「そのため、『ランク十』家事代行者の称号を、ここに授与します!」


「やっぱ家事代行限定だよな!? ちくしょおおおお」


 そうヒロは慟哭しているが、共働きの多いプロキア王国で家事代行の需要は非常に高いため、周囲の空気は歓喜と祝福に満ちていた。


「おめでとうヒロ、最高ランクだぞ! ランク八のミライを抜かしたぞ!」


「私は八だから。ヒロは家事代行以外、まだ三だし」


「それが問題なんだよ。俺、もう真央を探せないんじゃないかってくらい家事代行やらされてるし!」


「いえいえ、本当に助かってます。街の掃除のお手伝いもしてくださってますし」


「俺じゃなくてもいいでしょう。転生者の無駄遣いでは」


「だいたいの家事代行者は素人に毛が生えた程度なので。プロの料理人さん、清掃業者さんは珍しいんですよね」


 受付嬢が笑顔を浮かべながら内情を暴露する。


「俺、高校生だったんですよ!? 料理人や業者と違う!」


「ダウト。バイトとはいえ、前世で巨大企業の食堂の厨房を任せられるのはプロだよ」


「それに特技は家事と料理だと言ってたらしいな!」


「やばい何も言い返せなくなった……!」


 ぐぬぬ、と歯噛みしているヒロに、受付嬢が特別な依頼を提示する。


「そんな最高の家事代行者さんを指名した依頼が届いているんですよ」


「むっ……高収入バイト」


「おぉ、ついにヒロにも指名の依頼が来たか!」

「いや、家事代行って指名のハードル低いんだよね。もう八回目だよ」


「む、言われてみればそうか」


 どうやらサリエラの家事代行ランクは一のため、知らなかったようだ。


「それで。誰が依頼してきたんです?」


「そ、それが……」


〜〜〜〜〜〜


「久しいな、赤髪の料理人」


「お久しぶりです、ウォルター卿。あと僕は料理人以前に転生者です」


「知っている。だが貴様の料理は美味すぎる」


「嬉しいんですけど、コレジャナイ感が凄いんですよね」


 依頼主はウォルターで、ヒロはプロキア城に招かれていた。

 RPGでよくある石造りの城に興奮しかけていたが、それよりも「料理人ではなく勇者として招かれたかった」という感情が理性を保たせていた。


「依頼の内容は頭に入れているな?」


「はい。貴族の方々が指名した国中の著名なシェフ同士で、料理の出来を競い合う……と」


「そうだ。明日の国王様の生誕祭で、我々は最上の料理を提供せねばならないのだ」


「社交界も大変そうですね……」


「赤髪の右に出る料理人を我は知らないものでね。ついでに他の貴族どもの品性なき舌を溶かしてやろう、とな」


「何もそこまで」


 既にヒロはやる気を殆ど無くしていた。上級国民による権力争いよりも、転生してきた可能性のある幼馴染の捜索に時間を割きたかったためだ。

 そして何より、お高く止まった連中が周囲に散りばめられた空気が、あまり好きではなかったのだ。


「それに、是が非でもナカジマの料理を食べさせたい者がいるのだ」


「食べさせたい人、ですか」


 そう噂をしたウォルターは、一人の少女と目が合う。

 どうやら、彼女が件の料理を食べさせたい人らしい。


「あ、お兄様」


「おお、メリア。こっちに来い!」


 そう、ウォルターがメリアという少女を呼ぶ。ラピスラズリのような深い蒼色の髪を、白く可愛らしいリボンでサイドテールに纏めた、いかにも令嬢といった風貌の少女だ。


「紹介しよう、妹のメリアだ。可愛いだろう?」


「へえ。確かに、可愛らしいお方ですね」


「は? なに庶民が貴族に軽いクチ叩いてるわけ?」


 社交辞令を交わしたヒロを、メリアは汚物を見るかのような目で睨みつける。

 貴族階級とはいえ、とても十代前半と思しき少女がしていい目ではなかったため、思わずヒロの首筋を冷や汗がなぞった。


「こ、これは大変失礼いたしました」


「おいメリア」


「何ですの、お兄様。私は、このような下民に身分というモノを教えてあげただけですわ」


「下民と言うのも辞めぬか。それに、は我の見込んだ」


「いま、なんと――?」


 周囲の空気が凍り付いた。まるで珍獣を見るかのように、視線がウォルターに集められる。

 そして何より、メリアの表情は絶望と失望の混じった酷い顔になっていた。


「お兄様。まさか、など――」


「正直、面倒くさいのだよ。この風習」


 バツが悪そうにウォルターが溜息を吐く。

 そして、同時に目を伏せていたため。


「ッ!?」


 襲撃者への反応が、遅れてしまった。


「散るがいい」


 視線を上げたウォルターの目の前に、鎖帷子を着た茶髪の女性が、トゲ付きのメイスで命を奪おうとしていた。


「危ない!」


 すかさずヒロが間に割り込み、メイスの柄を腕で外へ押し出し、軌道をずらす。


(正規の王国兵ではない。武器の感触からして、転生者か!?)


 腕から伝わってきた力量から、彼女がヒロと同じ転生者だと推測する。

 暗殺者が後ろに飛び距離を取ると、まるでメリアを護るように前へ躍り出た。


「なぜウォルター卿の命を狙った!」


「これは警告だ」


 ヒロの怒号に対し、メリアの護衛は冷徹に返す。


「今度メリア様に不遜な態度を取ってみろ。そのときは、貴様の腸を引きずり出す」


「不遜って、ただ他愛もない話を」


「口を開くな、ということだ。貴族と下民では言葉の価値が違う」


「もういいですわ、時間の無駄だもの。とにかく、人に指図できるだけの口の利き方を覚えてくださいね、お兄様」


 そう、メリアと護衛は嫌味を残して去っていった。

 他の貴族も、まるで庶民と密接に関わるウォルターがおかしいと言いたげな視線を向けていた。


「ありがとう。ナカジマが守ってくれなかったら、我は今ごろマナとなっていた」


「……あの悪役令嬢に、僕の料理を食べさせたいとか言いませんよね」


「そ、そうだが。悪いか!?」


「殺されかけてるじゃないですか!?」


 ヒロの中では、ウォルター以外の貴族に対する好感度が最底辺にまで落ちていた。


「庶民あってこその貴族なのだがな……それをわからぬ者が多すぎる」


「複雑なんですね」


「もうやる気が無さそうだが……報酬は期待していいぞ」


「いや、もうやる気ほぼゼロなんですけど」


 目の死んでいる料理人に対し、貴族はニヤリと笑みを浮かべる。


「『マオ・シロヤマ』の捜索」


「――!」


「我々も、持てる力を使って手伝おうじゃないか」


 瞬間、ヒロの眼に生気が戻る。

 そしてやる気に満ちた笑みを浮かべ、手を差し出す。


「人情のわかる貴公が居れば、プロキアは永劫安泰えいごうあんたいだ」


「当然だな。では、仕込みに取り掛かるがいい」


 対するウォルターも差し出された手のひらを握り、自慢の料理人をキッチンへと送り出した。

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