第16話 王国の代行者②

「まさか即日で仕事を貰うとは」


 ヒロは渡された端末に従いながら、目的地へと足を進めていた。

 代行者ギルドは新規登録の際、筆記試験、実技試験、そして性格を診断するための簡単な面接の三種類を行ない、適性を割り出す。

 これらを経て割り出された十段階の評価を基に、ギルドは各代行者に見合った仕事をあっ旋するのだ。


「ナカジマさん、貴方すごいですよ! よくウチに来てくれましたね!」


「そうですか? いやぁ、俺実は転生者なんですよ。だからステータスも高かったんでしょうかねぇ〜」


「他ステータスが平凡未満なのに家事ステータスだけカンストですよ!」


「おいちょっと待て」


 そう受付嬢におだてられ、気がついたら家事代行の仕事を任せれていたのだった。

 白猫の爪団の依頼は、ギルドが支給する黒い石板から受注できる。

 ステータスに応じた最適な仕事を石版が提案し、気になった依頼を指差すと詳細が表示される。そのうえで受注申請を行ない、ギルドが許可を出したら仕事開始となるのだ。


「……初仕事なのはいいんだけど」


 情報社会に生きていたヒロには、その魔力を充填して動く石板には余りにも見覚えがあった。


「どう見てもスマホだよなこれ……」


 そのおかげか、難なく使い方を体得し、地図案内に従って目的地へと真っ直ぐ向かうことができた。


「こんにちは〜、家事代行で白猫の爪団キャトナイラから派遣されてきた者です」


 そう挨拶を交えつつ三階建ての集合住宅の戸を叩いたヒロを迎えたのは、とても見知った少女だった。


「エリーゼ!?」


「ヒロ、無事だったのね!」


 赤髪の少年の姿をとらえた金色のお下げ髪をした少女は、表情を輝かせながら手を取った。


「どうして城下町に? てか、その本って」


「そ。王立魔術学校の入学試験を受けるため、サリエラさんに連れてってもらったの!」


 よく手入れのされた古く厚い本を手にしながら、エリーゼは無邪気に笑ってみせる。


「ヒロはこれから仕事でしょ? 今日、アタシみたいに田舎から出てきた子がいっぱい来たらしいんだよね」


「なるほどね。その歓迎パーティの料理をこしらえるのを手伝って欲しいんだってさ」


「やった、ヒロの料理ならテンション上がる! はやくこの荷物も片付けちゃおっと!」


「オッケー。俺も依頼人に挨拶してくる!」


「それならアタシも行くわ。少し気難しい人だし、一緒のほうがいいかもだしね」


「ん、いいの? 俺は仕事で来てるのに」


「当然よ、アタシとヒロの仲でしょ!」


「それもそうだな、ありがと!」


 そう、二人は無邪気な笑みを返しあった。

 こうしてエリーゼの荷運びを手伝ったヒロは、少し前まで同じ屋根の下で暮らしていた少女と共に、管理人室のドアをノックする。


「失礼いたします。本日、白猫の爪団より」


「前置きはいい。入れ」


「あ、はい。失礼します」


 促されるように中へ入ると、ペンを走らせた跡のある書類が机に散らばった部屋が視界に入る。

 そして何より、部屋の主人は大柄な体格をしていた。

 ツーブロックで分けられた青髪と、金銀の刺繍ししゅうの入った正装から、彼が高い階級に属しているのだろう、とヒロは推測する。


(それに脂肪もだけど、筋肉も十分蓄えられている。この人)


「日頃から鍛えし美しい肉体だ、とでも言いたげだな?」


「っ!?」


 近いところを突かれたヒロは、思わず驚きの表情を貼り付ける。

 それを見た大男がニヒルな笑みを浮かべ、尊大な態度で転生者に近寄る。


「我は名門ヴォルフガング家が長男、ウォルターだ。庶民の浅知恵を見抜くなど、造作でも無いのだよ」


「プロキアの名門貴族!? 何故、貴方がこのような場所に!」


 プロキア王国には、その領土の殆どを治める十の公家がある。

 そのうちの一つ、ヴォルフガング家はプロキア建国から続く伝統ある血筋であり、また貴族でありながら商いも多く営んでいる名門だ。


「ハハハッ! 最高のリアクションだ、気に入った。存分にこき使ってやるから覚悟しておけ!!」


「お任せください。では早速、失礼いたします」


 上機嫌になったウォルターに一礼をし、ヒロは書類を分別し始める。


「何している貴様」


「書類の整理です。散漫していると業務に支障をきたす可能性があります」


「いらん。いつでも見つけられるよう最適化されているのだ、余計なことをするな」


「これは失礼しました。では、本日のパーティの献立をお伺いしたいのですが」


「あるもので作っとけ。何とでもなるだろう」


「しかし、ウォルター様の権威をお示しになる絶好の機会かと」


「郊外から上京した若者に部屋を貸しているだけで十分だろう!」


 その後も、ウォルターは家事代行の提案を辛辣な言葉と共に却下してゆく。

 瞬間、痺れを切らした金髪の田舎娘が、偉ぶる貴族の前に躍り出る。


「不健康すぎんだよ、この牛野郎がーー!!」


「ブフォオ!?」


 そしてヒロの目の前で、頬にグーパンチを一閃。

 そのまま椅子の後ろの壁まで吹き飛ばした。


「おいエリーゼ、お前なんて事を!? その気になれば斬首も止む無しなんだぞ!?」


「ヒロをここまでコケにして黙ってられるもんですか。それにね、アルテンシアの宗教上、デブに容赦なんて要らないの」


「へ、ヘイトスピーチ……!」


 そんな邪教なんて無くなってしまえ、とヒロは心の中で吐き捨てた。


「貴様! 腰が入っていない醜い拳だな!?」


「いやそこですか!? とにかく治療を」


「この程度で治療をしていたら仕事が終わらんわ!!」


「やっぱり仕事は各所で分散させたほうがいいだろ!!」


 殴られ慣れ、また忙殺されかけている貴族に思わず同情を向ける。


「とにかく、金輪際我を殴るのは禁止。わかったな!?」


「お優しいんですね」


「何だその生温かい目は、貴族に向けて良い目では無いだろう!!」


 口は悪いが苦学生の支援もする独創的で個性的な人なんだな、という最終評価を胸に、ヒロは仕事に取り掛かり始めた。


〜〜〜〜〜〜


 その後、集合住宅を隅まで掃除したヒロは、厨房でパーティ用の料理を盛り付けていた。


(プロキア城下町に馴染みのない料理を出すのはアウト。変なイメージを植え付けちゃダメだからな、欧州系の料理がいいだろう)


 掃除中、村から城下町に引っ越してきたばかりの少年少女と挨拶しながら、ベストマッチする料理プランを用意し、食材も仕入れて腕に寄りをかけていた。


(かといって、フランス料理みたいなコース系にするのも厳しい。せっかくの懇親パーティだし、盛り上がれるものにしないと)


 こうして用意された料理を見た受験生たちは、生まれて初めて見る色彩鮮やかな料理に目を奪われていた。


「おぉ〜!!」


「おっきいパンだ!!」


「ええ、巨大チーズピザです。アツアツのうちに、どうぞ召し上がれ」


 ヒロは、プロキア城下町では馴染み深いトマトをふんだんに使った料理が良いと考えていた。

 そこでチーズをはじめとした乳製品が流行りと聞いていたため、トマトとチーズ、そしてサッパリ風味の薬草ソースをふんだんに使った巨大なマルゲリータをメインにした。


「ヒ、ヒロ。これ一人で……?」


「本当はカリカリのピッツァ生地のほうが良いんだろうけど、今回はパーティだしフワフワのパン生地で」


「豊穣神に感謝を!!」


「って最後まで聞けよ!?」


 ヒロの味を知っているエリーゼは、我先にと本気の料理に手を伸ばす。

 そして、身体中に電流が走ったかのように目を見開き、美味ぁい、と思わず笑顔で叫んだ。


「何これ! 旨味がガツンと来るけど手が伸びちゃう!!」


「アルテンシア風味に仕上げたからな。カロリーも低めで罪悪感もゼロだ!」


「それに、この付け合わせも超おいしい!!」


 付け合わせは、トマトとモッツァレラチーズを合わせて食べるカプレーゼ、そして甘味の強いトマトに飽きないよう爽やかな苦味のある緑野菜のサラダだ。

 先陣を切ったサリエラは無我夢中で、手にとっては胃に入れるを繰り返していた。その様を見て、他の受験生たちも料理に手を伸ばし始める。


「うっま! 何これ美味っ!!」


「街の人たちは、いつもこんなの食べてるの!?」


「あぁ〜、脳が溶けそ〜!」


 焼きたてのピザを口に入れた瞬間にトマトのジューシーな果汁と溶けたチーズの旨味が口いっぱいに広がる。

 それがパン生地の香ばしい食感と合わさり気分と食欲をみるみる向上させていった。

 結果、テーブルのド真ん中を占めていた巨大ピザは瞬く間に完売し、数枚ほどの追加補充を余儀なくされた。


「せっかくの懇親パーティなのに目の前の馳走にしか目がいかんとは。教養のない連中だ」


 厨房の前から見守っていたウォルターが、こう憎まれ口を叩いていた。


「僕は、これだけ喜んで食べてくれるのは嬉しいですよ。そうだ、ウォルター卿も一切れいかがですか?」


「な、何を言う! そもそも我は貴族だ、庶民の食事に口をつけるなど」


「先ほどから、目線ずっとピザに行ってましたよ」


「うぐっ」


 図星をつかれたウォルターは口ごもり、周りを見渡し始める。


「ああ良いさ、今回だけだ。今回だけ、特別に、貴族の我が味見を」


 そして少女たちの目線が料理に向いていることを確認したところで、ヒロが持ってきたピザを一切れフォークで突き刺し、思い切り口に押し込み、すぐさま目を見開き口元を押さえた。


「脳汁が満ちる!!!!」


「そ、それは何よりです。もし周りが気になるのであれば、余った食材で簡単なでもいかがですか?」


「なに!? なら今回だけ特別に厨房へ入ってやろう!!」


 こうして貴族であるはずのウォルターも、目を輝かせながら暴食の限りを尽くしたのだった。

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