第15話 王国の代行者①

「ヒロ・ナカジマさん。転生届を正式に受理いたしました」


「ああ、よかった……」


 アルテンシアへ戸籍を登録するために多くの書類や面接をこなしたヒロは、どっと疲れが出たせいで役所の入り口付近で倒れかける。

 それを見て、手続きの終わった彼を迎えに来たサリエラが両手で受け止めた。


「これで正式に君を迎えられるぞ! ようこそ、アルテンシアへ!!」


「疲れた……甘いもの食べたい……」


「長かったね」


「まったく誰のせいだろうね?」


「本当だぞ。何度書類を添削したことか」


「むっ」


 サリエラと共に来ていたミライは、上司と友人から責められたため不服げに頬を膨らませる。

 だが、ミライが不機嫌な理由は他にもあった。先ほどサリエラから共有された、隣国のバサナ共和国が攻めてくるかもしれない、という報告だ。


『まだヒロには言わないほうがいい。シノハラが転生したなんて知ったら、絶対に混乱するから』


『まあ、いま言う気はないが……そのうち、生活に慣れたら伝えねばならんぞ』


『むっ……』


『ヒロのためだ。知るなら早いほうがいい』


 ヒロの幼馴染を取った相手が、転生者として隣国で権威を有し、プロキアを攻めようとしている。

 この爆弾がいつ爆発するのか、気が気でなかったのだ。


「というかさ、各地に役所とか設けられないの? 首都に役所仕事を一任してたら忙殺もいいところだぞ」


「プロキア国民の七割強は城下町付近に集まってるんだぞ。なら一括管理したほうがいいだろう」


「ああ、そういうことなのね……」


 それなら郷に従うか、と諦めたヒロだった。


「さて、先日の詫びも兼ねて王国で流行ってるスイーツをご馳走したい! 着いてきてくれるだろうか?」


「マジで!? ありがと、俺スイーツ作りは苦手だけど食べるのは好きなんだよ!」


「ふっふー。ならばビックリするだろうな! なにせ世にも珍しい――」


 そう目を輝かせたサリエラに連れられた場所は、やたらと煌びやかなアイスクリームの店だった。


「え、アイスの店だよねここ?」


「こんな豪華な内装、する?」


「当然! つい数年前まで保存が効かなかった牛の乳を、魔水晶を使ってまで凍り付けにした新感覚のスイーツだからな!!」


「牛乳がそんな貴重って……あ、たしかにバターの代わりとしてマーガリン使ってたな」


 アルテンシアのマーガリンは、クリーミーな味わいの木の実から抽出された油から精製されるらしく、ヒロのいた世界のバターと味や食感も殆ど変わらないらしい。


「まあ、それなら貴重ってのも納得できたよ……」


「牛の乳は大体チーズにして保存するもの、という常識を覆す逸品だからな!」


「あ、チーズはあるのね」もうわけんかんね、とぼやく。


「まあチーズも流行りだが、アイスクリームは特段貴重なのだ。なんと一個三十万円の代物だからな!」


「おいちょっと待てや」


 ヒロが思わずツッコミを入れた。


「どうした? 確かにジアースはアイスクリームが安く食べられるとは聞いていたが」


「そうじゃない! え、アルテンシアって通貨が円単位なの!?」


「何を言ってる。アルテンシアは『ギル』単位だろう。この十万円一枚が十万円になっていて、十万円が三枚でアイスクリーム一個分だぞ?」


 そう不思議そうに言いながら、サリエラは金貨を三枚取り出した。

 プロキア王国の通貨単位はギルで、一ギルは銅貨一枚、百ギルは銀貨一枚、そして一万ギルは金貨一枚分とされている。

 また一ギルは十円分の価値があり、サリエラもギル基準で話を進めていた。

 つまり。


「ミ〜ラ〜イ〜?」


「……ふ〜、ひゅるる〜」


 ミライは『金貨一枚が一万ギル』の翻訳ミスを隠そうと、下手な口笛で誤魔化そうとしていた。


「おいコミュ障、なんだよ十万円三枚って! 金の数え方が江戸時代みたいになってんじゃねえか!!」


「ヒロは日本語しかできないから。あと長さの縮尺もメートル法」


「だったらせめて通貨はアルテンシア基準にしてくれよ! 不便だよこれ!」


「むっ」


「むっ、じゃありません!!」


 それから三人はアイスを食べ終わった後、翻訳指輪のアップデートへと向かうことになった。


「そういや、もう魔力切れ対策は大丈夫なのか?」


「うん。今まで魔力切れを起こしたことがなかったから、バグに気がつかなかっただけ」


「たしか、あの道具屋のおっちゃんに頼むのだろう? なら丁度いい。ヒロ、ギルドに興味は無いか?」


「代行者ギルド? 冒険者じゃなくて?」


 ヒロが何気なく返すと一瞬沈黙が走り、すぐさまサリエラが腹を抱えて笑い出した。


「あははは! 言うと思った、はははは!!」


「あれ、俺そんな変なこと言った?」


「ヒロがイメージしている冒険者は、アルテンシアだと『代行者』って呼ばれてる」


「そりゃまたどうして」


「家事、捜索、戦闘などなど、依頼されれば何でも代行する。それで代行者だ!」


「ちなみに冒険者は、無職って意味で使われてる」


「自分探しばかりして働かない人ってことだな!」


「うえぇ、ひっでぇ言われよう」


 勇者と似た職業が酷いスラングとなっていることにドン引きしていると、白猫の手が交差した看板の掲げられた巨大な建物へと連れられた。

 プロキア王国の代行者ギルドにも多くの種類があるが、中でもサリエラとミライは依頼の種類が豊富で層も広い『白猫の爪団キャトナイラ』を強く勧めていた。


「おぉ、見事にイメージ通りのギルドって感じがする! ゲームで言うなら、酒場って感じ!」


「未成年飲酒はダメ、絶対。一般向けに料理や雑貨も提供してるし、活気はトップクラス」


「うんうん。ここで仲間を見つけて、依頼を受けてモンスターと戦って……!!」


「むぅ。おいミライ、このゲーム脳が自分の世界に入ってしまったぞ」


「うん。ゲーム脳は叩いて戻すしか」


 不貞腐れたサリエラが、魔術と武術に使用する杖を展開し、振り上げる。


「待って、ごめんごめん。ここで、代行者の登録をすればいいんだよね?」


「うむ! ちなみにワタシも登録しているぞ?」


「え、本業は?」


「もちろん代行者は副業だ! 城下町に住んでいる人の大半は、何処かしらのギルドに登録しているんだぞ?」


「意外と戦闘や討伐の依頼は少ない。だいたいの代行は、家事や物探しだから」


「そ、そうなんだ……そうだよね……」


「あからさまに落ち込んでる!?」


「彼、RPGで義務教育を終えてるから」


「イメージと違っただけだろう、人生そんなこともあるぞ!」


 師匠が放つ光のオーラとヒロが放つ病みのオーラが合わさった空間を見て引き気味な表情を浮かべた後、ミライは踵を返して受付へと向かう。


「じゃあ、私はここで。指輪をアップデートしてから、討伐依頼を受けたパーティと合流するから」


「ずるい、俺も入りたい!」


「まずは代行者登録しないと」


 そう返して手続きを済ませようとしたとき、メガネを掛けた受付嬢から一通の手紙を渡された。


「ミライさん。貴方あてに、お手紙を預かってます」


「ん?」


 さっそく開いたミライは表情を凍らせた。

 二人が翻訳少女の両肩から覗き込むと、そこには前パーティのリーダーと思しき人物からの伝言が書かれていた。


『先日は討伐依頼に助力してくださりありがとうございました。弊パーティへの続投希望ですが、ご期待に添えない結果となり』


 ここまで読んだところで、ミライは手紙を床に叩きつけた。


「お、お祈り書き置き……」


「これで追放十三回目だけど、こんな形式は初めて」


「だろうね、てか追放されすぎじゃね!?」


「これも人生だな!」


「もう怒った。ギルドの掲示板に、この書面を貼り付けて批判してやる」


「二度と依頼を回されなくなるぞ!?」


 復讐に走ろうと邪念を込めるミライを止めるヒロを、受付嬢が呼び止めた。


「おや、そこのお方は……」


「あ、はい。代行者の登録に来ました」


「でしたら、簡単な適性検査と面接を行ないます。奥の部屋でお待ちいただけますか」


「また面接かぁ……」


 ヒロは引き笑いを浮かべながらも、受付嬢の後に着いて行く。


「……ヒロ」


「登録するまで待ってて」


「むん……」


 待てと言われたミライは、しょぼくれた犬のように小さくなっていた。

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