第13話 宮廷の魔術師④
「取った!」
ヒロの拳には手応えがあった。頬を起点に空中で一回転したサリエラの身体は、そのまま地面に倒れ伏せようとしていた。
「サリエラ様!」
王国兵が悲鳴に近い声で呼びかける。ミライも顔を晴らしながら、友人の勝利を確信していた。
「ぐぅッ!?」
しかし、ヒロは後頭部を何者かに強く殴打された。そのまま体勢を崩し、サリエラよりも先に地面へと倒れ伏せた。
「な、なんで!?」
捕虜の村人たちも、ミライも、ましてや王国兵たちも何が起きたのか、すぐに理解できなかった。
サリエラは、左手を突きながらも着地し、魔術用と思われていた杖を横向きで右手に構えていた。
「せっかく美少女に生まれたんだ。整形はゴメン被るよ」
「そういうことか……俺に殴られた直後、自分から回転して衝撃を受け流しやがった」
サリエラ・ヴァイスハイトという稀代の天才魔術師は、体術にも長けていたらしい。
「ヒロ、これ!」
「大丈夫。お守り代わりに持っといて!」
ミライがヒロの魔術書を投げ返そうとするが、彼は武器を友人に託して魔術師と向き合った。
そして華奢な腕で身長ほどはある杖を振り回しながら、サリエラが嬉々として叫ぶ。
「まさかワタシに本気を――
「……魔術師が物理も強いのはチートだろ」
「君が言えたことか!!」
狂気とも狂喜ともつかない眼孔の開かれた表層で、杖を槍の如く中段に構え直してヒロに突撃する。
「喜悦、喜悦だよ! はじめて思うように戦える。これを喜悦と言わずに何というか!!」
「だったらその全力、真正面から打ち砕くだけだ!!」
ヒロも右手に炎、左手に大地の魔術剣を作り出し、サリエラと真正面から対峙しようとする。
互いの間合いが極限まで近付いたとき、先手を取ったのはヒロだった。
右手に握られた炎の魔剣を振るい、サリエラの身体を切り裂かんとする。
だが、それに対する魔術師の解答は、風魔術を組み合わせた急速な「引き」の動作だった。
ヒロの斬撃を紙一重のところでかわすと同時に、生まれた一瞬の隙を縫って「突き」が放たれる。
「かはっ……!」
ヒロの喉元を捉えた杖先の宝石が、赤い輝きを放ち始める。
「
そのまま熱光線を放ち、ヒロの首を焼き切った。
「ヒロっ!!」
ミライが友達を心配し、叫ぶ。
「いや、血が出ていない。これは土人形か」
「ミライの技の、アレンジだ!!」
土人形の陰から飛び出した魔剣士が力強く踏み込み、大地の剣で斬りかかる。
それをサリエラは杖で受け止め、そのまま捻り体勢を崩そうとする。
何とかバランスを保ちながら、ヒロは右手の剣でサリエラの心臓めがけて振り下ろす。
しかし杖で、魔術師の首横へと軌道をずらす。
それからも、剣術、杖術、魔術の応酬が続いた。
互いに打ち、受け、そして打ち合う。
「セァアアアアッ!!」
「フッ、ハァアッ!!」
観客たちは、二人だけの世界に入り込む隙も見つけられず、ただ固唾を飲んで見守ることしかできなかった。
やがて壮絶な乱舞を繰り広げていると、今いる場所では回復手段が限られているためか、2人の体力は限界に近づいてくる。
「そろそろ終わらせようか!!」
そう叫んだサリエラは、ありったけの魔力を杖に込め、極彩色に輝く槍へと変えた。
「確か、炎と土を足したら陽属性だったよな!」
対するヒロも、炎と大地の魔剣を合成し、陽光を纏いし一振りを編み出す。
二人が飛び出すのは同時だった。そして間合いが詰まると、互いに渾身の力を込めて武器を振るう。
「――っ!!」
打ち合いに勝ったのはサリエラだった。剣を極彩色の武具で吹き飛ばされたヒロは、大きく体勢を崩し倒れかけてしまう。
「練度はワタシが上だ! では死ぬがいい!!」
勝利を確信したサリエラが、敵の心臓めがけて全身全霊の突きを放った。
迫り来る死。アルテンシアを構成する全属性を込めた裁きの一撃。
そんな絶体絶命の中。
「やっと、勝ち筋が見えた」
ヒロは、笑っていた。
「なっ!?」
虹の槍はヒロの心臓を外し、左脇腹を抉っていた。サリエラの杖は柄を掴まれ、突いた方向に引っ張られたのだ。
身体を構成する組織が崩壊するような痛みで顔を歪めながらも、ヒロは右手に炎の魔力を込める。
「死ぬほど痛いぞ」
予想外の力が働き前のめりになったサリエラの腹に、渾身の力を込めたグーパンチが放たれた。
「ぶふぉおおおお!?」
背中から拳が突き出るほどの強烈なカウンターを食らったサリエラは、吐血しながら後方へと吹き飛ばされてゆく。
対するヒロも、脇腹が抉れるほどのダメージを受けたため、そのまま装備が解除され膝から崩れ落ち、気を失った。
「はは……これが、気絶という感覚、か――」
サリエラも身体を起こそうとするが、体力の限界が来たため、そのまま大の字の形で意識を飛ばしてしまった。
「ヒロ、成人前に死ぬ気!?」
「サリエラ様、すぐに手当を!!」
ミライと王国兵が出血しながら気絶した二人に駆け寄り、一斉に教会へと運び始めた。
「これ……どうなったの?」
「引き分けだ」
王国兵が離れて緊張の解けた孫娘の問いに、ゲオルクが答える。
「もともとヒロは武器が壊される前提で、あえて手を離し後ろへ飛んだ。それがヴァイスハイトには勝機に見えたため、必殺の一撃を放ったのだ」
「それでも、あの杖を掴むなんて普通できねーよ!」
「あの装備が、対魔術性に長けていた」
「だから最強の装備……」
「やっぱヒロって凄すぎる、ってことだろ!?」
エリーゼが感嘆し、クルトが興奮する。
「ああ……よく、ここまで強くなったな」
そう、ゲオルクも素直に成長した転生者を褒め称えた。
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