第12話 宮廷の魔術師③
朝日が昇る頃、ヒロとミライは灰の村に舞い戻った。
その様子を見た王国兵が、広間に捕らえた村人たちを解放させまいと前に躍り出る。
「もー、遅すぎだぞ反逆者ー!」
「そんな友達待ってたみたいな口調で言うんじゃあ無いよ」
無邪気に笑みを浮かべながら杖を展開する魔術師に、思わずヒロがツッコミを入れる。
その後、村の皆に被害が無いか見渡した。
「……なるほどな」
「どうしたの?」
「いや、何でもない」
ミライが首を傾げるのを見たサリエラが号令をかける。
「さあ、死ぬ覚悟は出来たか! 出来たってことだよな、ヨシ!」
「ヨシ、じゃ無いんだが!? とにかく、村の皆は殺させないからな!」
「当然、約束は守るとも!」
今まで挫折をしたこともないような自信に満ち溢れた笑みを浮かべながら、杖を構えてサリエラが叫ぶ。
「さあ、装備を出すといい! 半分くらいの力で相手をしてやろう!!」
捕虜のエリーゼが「え、えぇ……」と声を漏らすくらいに、堂々とした舐めプ宣言を放った。
しかし、それを受けたヒロは、不敵に笑っていた。
「……じゃ、遠慮なく」
「む?」
そして顔を上げると同時に右腕を曲げ、ポーズを作る。
「イメージしろ。どんな魔術だって行使できる、最強の自分を!」
同時に周囲を風が舞い、マナが青色へと代わりながらヒロを包み込み始めた。
〜〜〜〜〜〜
「ヒロ、魔術に特化した装備は出せる?」
「どういう意味?」
「魔術の属性には相性がある。そして、あの礼装は水魔術の加護がついている」
魔術には、炎、風、土、水の四つの属性がある。
相性の悪い属性に対する攻撃は、どうしても威力が軽減されてしまう。
そして生まれつき属性への適性は決まっており、それに対応した魔術のみ行使できるのだという。
「ヒロの武器に直接、サリエラの礼装と相性の良い属性……土属性を付与すればいけるはず」
「いや無理くない? 俺、炎属性しか適性ないんだろ。調理用でも火が出せるのはありがたいけどさ」
「だから無理やり装備で補う。能力の応用は、転生者の基本だから」
「……そっか。魔術用の装備を出せれば」
納得したヒロはデコに指を当て、最強の魔術師をイメージする。
「だめだぁぁ……」
「もっかい」
「全然出ない……」
「もっかい!」
しかし何度やっても装備は出なかった。
「ワゥ!」
日が落ち始めた頃、白い狼が戻ってくると同時にヒロに触れると同時に。
「なっ……!?」
「眩しっ」
青い光が、ヒロの身体から放たれた。
〜〜〜〜〜〜
「ふぅーーっっ……」
風向きが変わり、ヒロの周りを包んでゆく。
ヒロが左腕を天に向けると同時に、魔力の渦がヒロを包む。
「セァッ!!」
左手を顔の前まで下げて掛け声を放つと同時に、グルグルと回っていた青色のマナが強く発光する。
「青い、装備……」
「すっげぇ、まるで魔術師みたいだ!」
囚われていたエリーゼが感嘆し、クルトも興奮して声を上げる。
青い帽子、左手に握られた紺の魔術書、細やかな装飾の施された絹のローブ。
いかにも『魔術師』といった装備を、ヒロは身に纏っていた。
「じゃあ、ヒロの世界のエイ語で言うなら……今までのが『
「いいなその名前。貰っちゃおっと!」
気分よくアイデアを採用すると、エリーゼは小さく「やった」とはしゃぐ。
そしてヒロは真剣な面持ちを作り、サリエラと向き合う。
「物理が効かないとわかれば今度は魔術か。だが付け焼き刃の腕前で宮廷魔術師のワタシに勝てるとでも?」
「勝てるように、この装備を出したんだ。今なら、どんな魔術だって最大火力で出せる自信がある!!」
「サリエラ様! 彼の適性が、炎だけでなく土属性も付与されています!」
「へえ! 先天性の属性を、無理やり装備で変えるとはな!!」
サリエラが声を上げて笑い、そして杖の先の宝石を虹色に輝かせながら構える。
「面白い、面白いな君は! さあ、もっと未知の力を見せるがいい!」
「言われなくとも。この悲劇を、ここで終わらせ……」
「ヒロ、どうし」
書を開きながら固まったヒロの後ろから、ミライが覗き込み、すぐさま顔をページから離し始めた。
「に、日本語……しかも全部カタカナ」
「凄く読みづらい……」
その最強の魔術書には、ヒロがアルテンシアの神秘を理解できるよう、概要や呪文などが全て、カタカナ化したプロキア領の言葉で書かれていたのだ。
「む。これ撃っていいのか?」
「ごめんちょっとタンマ!!」
「う、うむ」
サリエラが引き気味に同意する。
その隙に魔術書の目次で土魔術の項目を探し、パラパラとめくり始めた。
「やっぱり全部カタカナ。自由帳みたい」
「言うなよ! 気にしてるんだからさ!!」
「……もしかして、こういうの書いたこと」
「俺は無いよ!?」
「ということは、真央って人は」
「と、とにかく! これ詠唱すればいいんだよな!?」
「誤魔化した」
探していたページを見つけたヒロは、待ってくれた魔術師に合図を送った後、大魔術の詠唱を開始する。
『千里の父よ、万物の母よ
我が心願を聞き届けたまえ
いま、大地に生けとし民を代表し
生命の器を脅かせし巨悪を討ち滅ぼさん!』
すると足元に橙色の魔術陣が展開され、大地から巨大な人形ゴーレムが生成されてゆく。
『
そして主が奇跡の名を叫ぶと同時に、ゴーレムの額からビームが放たれた。
「この程度!」
すぐさまサリエラは風属性の防壁を展開して応戦する。
「凄い威力だな。これが新たな《最強の装備》か!」
ビームを出しながら巨兵は接近し、拳を防壁に振り下ろし始める。
『
しかし極限まで圧縮された空気弾がゴーレムの核を撃ち抜き、崩壊させた。
「ヒロ、次は!?」
「大丈夫。詠唱は終わった!」
ヒロの足元に無色の魔術陣がグルグルと回りながら展開される。
『
そして奇跡のトリガーを起動する。
……が、何も起こらなかった。
「……ん?」
「あれ」
水を出してくれない魔術書をペシペシと叩くヒロに、天から土魔術の流星が降り注いだ。
「あぶねええええ!?」
すかさずヒロは防壁を張り、ミライと共に身を守る。
「これもしかしてだけどさ!?」
「ヒロ、これでも水と風魔術は使えない。適性なし」
「畜生、やっぱそうか!!」
「でも全属性よりも二属性特化のが強い。さすがは最強装備」
「なんだよそれ、褒めてるの!?」
ヒロは焦っていた。いまは防壁で流星は防げているが、追撃が来たときに耐えられるか怪しかった。
「……っ」
ミライも対抗しようと手を広げるが、師への恐怖で再び手が震え、翻訳した魔術を唱える余裕がなくなってしまう。
「ミライ!」
すかさずヒロが叫ぶ。
「俺の本、使って!」
そう告げ、紺色の魔術書を押しつけた。
「なに言ってるの。私、サリエラには勝てない! それにヒロの武器が!」
「大丈夫」
ヒロが自信を持って頷く。
「守りたい人を守るための、『最強の装備』だからな!!」
そう告げ、ヒビの入った防壁を解除して、流星を魔術耐性のあるローブを纏った拳で打ち砕いた。
「っ……!?」
「あっはははは! 無茶苦茶だな!!」
ミライが目を丸くし、サリエラが爆笑する。
「確かに、ミライの力だけでは倒せないかもしれない」
「……でも、2人なら」
「ああ。最強だ!!」
二人は向き合い、頷き合う。
「これより、サリエラ・ヴァイスハイトを撃滅する!」
「この悲劇を、ここで終わらせる!!」
そして、サリエラに向けて殲滅を宣言した。
「そんな決め台詞を吐いている間に、ワタシの詠唱は終わっている!!」
サリエラの足元に展開された水と風の魔術陣が重なり合い、銀色に輝き始めた。
「水風融合――『
そして、相性の関係ない水と風の属性を融合した『雷』を冠する属性の魔術が放たれる。
空が灰に染まり、天から、そして地からも強烈なエネルギーが放出される。
『光あれ!!』
それに対し、ミライは炎と土を融合した『陽』属性の魔術を、翻訳して放つ。
ヒロの魔術書を媒介にして放たれた光は、雷雲を晴らし、ヒビ割れた地面を再生させ、サリエラを焼き尽くしてゆく。
「あの魔術書のせいか! やるな、ミライ!」
『神罰を!!』
パラパラとページを捲り、お返しと言わんばかりに雷魔術を放つ。
「ッ!!」
白銀の魔術陣から放たれた雷の一閃がサリエラの礼装に直撃する。
辺りが強い光で照らされ、雷鳴が村のはるか外まで轟く。
「だが、ワタシの礼装は打ち抜けない! 雷属性と相反する陽属性に」
「そうすると思った」
そしてヒロは手元から、青い炎を顕現させ、蒼炎で剣の形を作り、切りかからんと全力で振るう。
サリエラの望む属性に変えられる魔術礼装もヒロのスピードには耐えきれず、ついにサリエラの身体を刃で舐めた。
「くっ! だがこの程度なら反撃は容易」
「魔術師ってのは」
後ろに飛んだサリエラを、踏み込み拳を振りかぶったヒロが彼女の頬に追撃する。
「近づかれたら終わりって、相場が決まっているだろ!!」
そして、宮廷魔術師の頬を捉えた拳を、そのまま身体を一回転させるほどの勢いで打ち抜いた。
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