第11話 宮廷の魔術師②
「はぁ、はぁ……!」
ミライは、装備が解除されたヒロを抱えながら、ただひたすらに走っていた。
土地勘は無いため、今いる場所はわからなかった。叛逆者を探す王国兵を避けているうちに、やがて小さな洞窟へと辿り着いた。
「手も足も出なかった、でも死ぬよりマシ……!」
そこに身を寄せヒロを下ろし、岩肌を背にして息を整える。
「あれ、俺」
ヒロが目を覚まし、身体を起こす。
「負けたよ。完膚なきまでに叩きのめされて」
「……ありがと。助けてくれて」
「もともと、こうなったのは私のせいだから」
ミライの表情は普段通りだったが、少し肩が落ちていた。
「しっかし、ありゃ何だよ。
「サリエラは、私の師匠は規格外。
「え。じゃあ、ヒロセさんの魔術は」
「詠唱ほぼ無しで、威力はベテラン魔術師よりちょい上くらい」
「十分凄いと思うけどな……」
「魔術工程をすっ飛ばしてる分の代償がこれ」
「ん、先生に教えてもらったことがある。たしか、プロキアの魔術は三工程に分けられるんだっけ?」
「そう」
ミライが頷いたのを見たヒロは、道具袋から鍋を取り出して掌を向ける。
「まず、魔術が起こす奇跡をイメージする。物を作るとか、燃やすとか」
「うん」
「次に、魔力のこもった触媒を用意する。魔力は魔術陣や術者の身体を経由して、外に放出される」
「そうだね」
「そして、起こす奇跡の内容を、呪文として詠唱する……」
そう告げ、意識を集中させる。
『
「あ、とろ火が出た」
「料理に使えて便利なんだよね」
「呪文のノウハウが無いから、弱火しか出せないの間違いでは」
「うぐっ」
ヒロの適性では
そんな中でも日頃の癖で、道具袋からボウル、ハトの卵、マーガリン、ジャガイモを取り出し、底の浅い鍋に火をつけ始めた。
「本当はタマネギも入れたいんだけどね」
「いや、なに当たり前かのように料理はじめてるの」
「大丈夫だよ。手も消毒したし」
「そういう意味では……あと、これオムレツ?」
「まあね。真央が好きだったんだ、俺の作ったオムレツ」
だから一番得意になったんだとヒロが思い出話をしていると、白い狼がヨダレを垂らしながら洞窟の中へと入ってきた。
「あの狼」
「いつの間にか、俺の料理しか食べなくなっちゃったんだよね」
「なんとグルメな」
「あれ、首に何か下げてる?」
すかさずヒロが狼の首にかけられた小瓶を取り、頭を撫でた後で紙を広げる。
「ええと。『明日、日が昇り切るまでに灰の村へと戻ってこい。さもなくば、国家転覆の容疑で、村人全員を処刑する』って」
「やりかねない。あの人、無茶苦茶だし」
「うえぇ」
ヒロがドン引きした様子で、紙から顔を遠ざける。
「戻っても死ぬ、戻らなくても死ぬ。詰んでる?」
「……そうだな」
「……」
洞窟の中に沈黙が広がる。オムレツを食べ終えてからも、落ちる水の音のみが広がっていた。
暇を持て余した白い狼が立ち去った後も続いた静寂に耐えかねたヒロが、無理やり口を開く。
「……なにか話さない?」
「どうして」
「何も話さないでいるの、すごくもどかしくてさ」
「私は平気だけど」
「うへえ、いいなぁ……いや、いいのか?」
「友達いなかったし」
「そっか」
ヒロが手を口に当て笑った後、そのままミライに目線を向ける。
「なら、俺は最初の友達だな」
「――えっ?」
ミライの声色が変わった。しかしヒロは、微笑みながら続ける。
「だってそうだろ? これだけ気軽に話せるんだから、そりゃもう友達でしょ」
「……よくわからない」
「実のとこ、俺だってよくわかってない。友達の条件がこれで合ってるのかもね」
「……友達が一人でも居た人だから説得力がある」
「本当は、もっと居たほうがいいかもだけどね」
今度は自嘲気味な笑みを浮かべながら、続ける。
「ヒロセさんは転生する前から強いって言ってたじゃん? 俺、それで何で友達が居ないのかわからないんだ」
「どういうこと?」
ミライの純粋な問いを受けたヒロが、洞窟の天井に目線を向けながら答える。
「俺さ。転生する前は、力が強いだとか、顔が良いとか、金持ちとか。そういう自分に持っていないものを持っている人としか、友情関係は成立しないって思ってたんだ」
「ナカジマは弱かったの?」
「うん。俺、自分で言うのもアレだけど弱かったじゃん?」
「私に勝ったくせに」
「師匠が見捨てなかったおかげだよ。普通、自分より下の相手には容赦しない。それが人間だしね」
「……」
「お陰で友達は真央しか居なかった。チーム分けではいつも余り物だし、テストでバツが付かなかったことはない。クラスメイトには、何度サンドバッグにされたことか」
「そんなのおかしい」
ミライが食い気味に問い詰める。
「本当に弱いだけなら迫害を受けることもない。私がそうだった。もっとこう、その能力にも関係する何かがあったからでは」
「待ってホント勘弁して」
「ごめん。でも知りたい。友達のことを、もっと」
「いいけど……俺のこと知ってどうするのさ」
「……会話を膨らませるための、ネタに、する?」
「はは……わかった、わかったよ。俺が友達いなかった本当の理由だけどさ。笑うなよ?」
「もちろん」
ミライが、友達に向けて少し身を乗り出す。
ヒロがひと呼吸置いてから、重い口を開ける。
「俺さ、勇者になりたかったんだ。昔っから」
そう、喉につっかえていた幼い頃からの憧れを吐露した。
「え。RPGとか、ファンタジーとかに出てくる、アレ?」
「そそ。俺だって、何度『正気かコイツ』って自問自答したことか」
ヒロは自嘲気味に笑い、続ける。
「おかげでキモオタ扱いされて酷く虐められたよ。俺も周りも、中嶋尋って人間を醜く思っていた」
「それでもマオって人だけは、ずっと一緒に居てくれたの?」
「うん。でも、何も恩返しできなかった」
〜〜〜〜〜〜
中嶋尋は勇者になりたかった。
剣を振るい、魔法を使い、モンスターや魔王を倒す勇者に、子供の頃から憧れていた。
しかし剣道は強くなれず、勉強も分数のあたりからつまづいた。そして、現代日本に魔王は存在しなかった。
「ごめんね。尋くん、これから一緒に居ないほうがいいかも」
昼休み、屋上に呼ばれた尋は、十年以上縁の続く幼馴染の
「え、どうして?」
「……付き合うことになったの。
「そっか。まあ、真央は人気あるしな。うん」
篠原響弥はサッカー部のキャプテンで成績も優秀、バレンタインにはチョコを毎年十人以上から貰うほどの人気者だ。
対する真央も、綺麗な長い黒髪と清楚な雰囲気で、男子の羨望を集めている。
響弥は悪い噂こそ立っていたが、尋は「スクールカースト上位の人間なんてそんなもの」と割り切っていた。
「寂しくなるけど……でも、真央が好きだと思うなら、いいと思う」
「……そうやってまた、他人を優先してる」
「え?」
「昔からそう。自分の気持ちを大切にしない。本当のこと、言ってよ」
尋は思わず目を下にそらして黙り込んでしまった。本当は好きだと伝えたかったし、行かないで欲しいと止めたかった。
「ねえ、尋くん……」
しかし、決して叶わぬ幼稚な夢を追い続ける若者が本心を一度でも曝け出したら、いつボロを出して咎められるかわからない。
「……俺だって、言いたいよ……」
尋は歯噛みしながらも、最愛の人の幸せを優先していた。
それでも、真央は黙ったまま尋を見つめていた。まるで、何かを待っているように。
「っ!?」
沈黙を破ったのは大自然だった。まるで地球が上下にシェイクされているかのように、小刻みに、そして大きく揺れ出した。
尋は反応が遅れたため身体が宙に投げ出され、そしてコンクリートの床で強く背中を殴られてしまった。
曇り空と映り込む手すりがぼやけて見える。痛みを感じる余裕もない。
真央は無事なのか。尋は意識を集中させる。
「尋くん! 尋くん!!」
真央は壁に背を寄せて揺れに耐えていた。幼馴染の名を何度も呼び、手を伸ばしている。
取らなければ。亀のように這いつくばりながら、尋は伸びた手を取ろうと必死になっていた。
もう少しで手を取れる。尋も懸命に手を伸ばしたとき、足元が崩れ、再び身体が宙に浮いた。
曇り空が遠くなってゆく。真央が何かを叫びながら見下ろしている。
身体と共に意識が落ちてゆく。
最期の時、尋は真央と隣に立てるよう、最強の力を願いながら、空に手を伸ばしていた。
〜〜〜〜〜〜
「何もできなかった。この世で一番大切な人に、何も返してやれなかった」
半年以上溜め込んでた無念が止めどなく流れ出る。
「俺のほうが幸せにできるって、本当は言いたかった」
やがて涙も溢れ出て、空を切り地面に落ちる。
「子供の頃は、何でもできると思っていた。けど、大人に近付いていくごとに、何もできないんだって思い知らされた」
現実に打ちひしがれた少年が身体を縮める。
「それでも勇者になりたいって気持ちは離せなくて、そんな資格もないし子供っぽい自分も嫌いになって」
「ナカジマ……」
「でも、ずっと一緒にいてくれた人に……ずっと、ずっと好きだった人に、何も」
そのとき、ヒロの手に温かい感覚が広がった。
「側に居るだけで幸せだったと思う」
「え……?」
目の前に躍り出た友達がヒロの手を取っていた。
「私はマオがどんな人かは知らない。けど、本気で私を想ってくれる人が側に居るだけで、私は幸せ」
「……っ」
「それにさ。マオは何処かで生きてるんでしょ」
その言葉を受け、ようやくヒロは思い出した。
どこかで生きている真央を探し出す。
そして今度こそ一緒に居れるよう、強くなった自分を見せる。
それこそ、ヒロが転生した意味なのだと。
「……ありがとう。心配かけてごめんな」
「ううん。友達、だから」
「そっか」
ヒロが涙を拭い、再びミライと向き合う。
「じゃあ、さ。友達なんだし、これから『ミライ』って呼んでいい?」
「……!?」
ミライが予想外の言葉に驚き、慌てる。
「ごめん、嫌ならいいんだ」
「嫌じゃない……嬉しい」
ミライは涙を浮かべる。
「なんだろう……言葉にできない。でも」
そして、心からの言葉を零す。
「嬉しい。嬉しいよ、ヒロ」
「ありがとう。俺ら、泣いてばっかだな」
「いいんじゃないかな。友達同士だし」
二人は互いに、くすっと微笑みを返し合った。
ヒロは初めて、彼女の笑顔を見たのだった。
「友達だから聞くけど。サリエラに勝てる?」
「それなんだよなー。今も思いつかないんだよ」
ヒロが再び頭を悩ませる。
「装備でゴリ押しても、相手に攻撃が通じなければ意味ないしさー。なんだよあの服、物理攻撃無効とかチートじゃん」
「ヒロは人のこと言えないと思う」
「それで魔術で攻撃するにしても、レベルが異次元すぎて素で通りそうにないしな」
「……それだ」
「えっ?」
頓狂な声を上げたヒロに対して、ミライは確信を得た笑みを浮かべた。
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