第6話 命の線引き①
悪意ある転生者から村の危機を退けた3人は、村に建てられた教会で一休みすることにした。
そこには先ほどまで怪我人を介抱していたエリーゼと、怪我をしていたため椅子に寝かせられているクルトと村人がいた。
しかし彼らを教会まで運んでいたはずの白い狼は姿を消していた。モンスターを良く思わない人も多いため、また一悶着が起きる前に去ったようだ。
「マジか、勝ったんだな!」
「二人とも無事だったのね!」
知り合いが勝ったことに金色の瞳を輝かせながら、エリーゼがパタパタと三人に駆け寄る。クルトも駆け寄ろうとするが、まだ身体の痛みが引いていなかったため椅子から転げ落ちてしまった。
しかしゲオルクは、そんな孫娘に軽いデコピンを喰らわせ、たしなめた。
「無事なものか、満身創痍だ。女は腕を抉られ魔力も枯渇気味、男に至っては内臓を破壊されている」
「ならポーションを使わないと。持ってくる!」
村娘は、そう言い残すと教会の奥へと走っていった。
「うぅ、もう無理……」
「私も……」
とうとう身体に限界が来たヒロが装備を解除し、力なく床に倒れ込む。
そしてミライのほうも疲労と頭の痛みで、壁にもたれるようにして座り込んだ。
「でも、あの煙男を倒したんだろ!? どうやったんだ!?」
クルトが起き上がり、エリーゼと入れ替わるように駆け寄る。
「ゲオルクさんがワンパンした……」
「なんで村の老人が転生者に勝てるの……」
「嘘だよね?」
「お前には奴等が嘘をついているように聞こえるのか?」
「じっちゃんが言ってたことは本当だったのかよ……」
「転生者など、多少強く生まれ直しただけの存在に過ぎん」
どうやらゲオルクは、普段から孫にこのようなことを言っていたようだ。
そんなわけがないと日頃から思っていた孫たちも、常識が覆されたようだった。
そしてエリーゼが教会の奥に貯蔵してあったポーションを取ってきて、二人の口に押し込んだ。
「んむ!?」
「ほら飲みなさい! すぐ治るから!」
「お前は加減というものを知らんのか」
孫の破天荒ぶりに思わず頭を抱える。
(やっぱ甘くて飲みやすいな、これ)
ヒロの口内には爽やかな甘さがいっぱいに広がっていた。薬草の苦味が広がる通常のポーションとは違い、柑橘系のような飲みやすい味も灰の村名産ポーションの特徴らしい。
「おっ、身体が治ってく感じがする!」
「骨折も治ってく。これはビジネスになる、間違いない」
「もちろん。これ目当てに各地から行商人がいっぱい来るんだから!」
秘伝の万能薬の噂を聞き付けた金持ちや商人が金を沢山積んで灰の村を訪れるせいか、その道中で盗賊に襲われることも多いらしい。
ホムラも、そういった盗賊の一人だったのだろう、とゲオルグが付け足した。言葉はわからなくても、金目のものや食糧を強奪する手段は熟知していたようだ。
「治ったら早速訓練を始める。まずは肩慣らしだ、正午までに、壊れた家を全て直せ」
「それ使い走りでは」
「頭と身体の訓練でしょ。時間制限あるし」
ヒロはそう思っていたが、実際は灰の村の人々との交流も兼ねていた。
建物の構造を教えてもらいながら、手際よく直してゆく。もし村人から飯炊きなどの家事を頼まれれば、それも並行して行なう。
二人とも転生者だったおかげで、村の修繕は正午までに済んだ。ミライは思考力と体力に長けていたため建物の修繕を、ヒロは村人から頼まれる雑務を主に行なっていた。
「ヒロ、貴様は昼食をこしらえろ。残った翻訳女は儂のもとに来い」
「はい、わかりました!」
「構わない」
指示されたヒロは布巾で赤い髪を隠しながら、村の共同キッチンへと急ぐ。
そしてミライは、村の広場でゲオルクと対峙していた。
「貴様は未だに転生者が優秀だと盲信しているようだな」
「事実じゃん」
「煙男の末路を見なかったのか」
「私の能力に、そんな弱点は無いもの」
澄まし顔で答えるミライに、ゲオルクは睨みを返す。
「言ってくれる。では試してみるか?」
『裂けろ』
返答の代わりに風魔術が放たれる。ゲオルクの居る空間が空気で切り裂かれてゆくが、老兵は涼しい顔で避けてみせる。
「全力で来い。どうせ貴様は勝てんよ」
『隆起しろ』
今度は強力な土魔術で地面から巨大な土壁を発生させ、老兵の周りをドーム状に覆い被さるように隆起させた。
「蒸し焼きにしてやる。『焼き尽くせ』」
そして炎魔術でドーム内に業火を発生させた。土壁は赤熱し、内部は数千度もの高熱が広がってゆく。
「流石に死んだでしょ」
「いいや。その油断が命取りだ」
そもそもゲオルクは土壁の中に居なかった。突如姿を表した敵に、ミライは驚き隙を見せた。
そして抜き手を喉に一閃。呼吸ができなくなったミライはそのまま、苦悶の表情を浮かべながら地に伏した。
そのまま老兵は、彼女の首めがけてナイフを抜く。
「……っ」
すかさず右手を敵に向けるが、喉が潰されているため魔術が出せない。そして、そのまま為す術もなく首を斬られそうになる。
「魔術を一言で詠唱できる強みに頼り過ぎて、それを咎められたら終わりだ」
そう告げて転生者の頸をナイフの峰でパシッと叩く。
「っ」
「弱点は、あったな」
「……」
現実を突きつけられたミライは、ばつが悪そうに顔を背けていた。
一方、ヒロは村の共同キッチンで野菜を炒めていた。
「凄いよ、この台所! 炎の魔術をスイッチひとつで起こせて、しかもツマミで火加減も自由で! ガスも電気も無いのにコンロを再現できるなんて、どんな文明してるのここ!?」
「それで出来たのが、このドデカいキノコステーキとサラダ、と」
味見係として呼ばれたエリーゼが、皿いっぱいに盛られたキノコステーキにドン引きしていた。
サラダは緑野菜や根菜を彩り良く散りばめ果物のドレッシングをまぶしたものだったが、コンガリと焼けたキノコに甘辛く仕上げられたソースをかけたインパクトの強い料理を十代の男子が作る光景は斬新としか表現できなかった。
「冷蔵庫って凄いんだよ!? 食料の貯蔵問題がどれだけ人類を苦しめてきたか、それも水の魔術の閉じ込められた水晶で解決しているってんだから」
「落ち着け」
「あだっ」
模擬試合から戻ったゲオルクはデコピンを一発喰らわせる。
「いちいち興奮しなければ気が済まんのか。この先が思いやられる」
「でもですよ、料理には自信があるんです。いっかい食べてみてください!」
「見ればわかる。では、いただくと」
「んま」
普段は仏頂面を崩さないミライが、皿を運ぶ前に目を見開きながらキノコステーキにがっついていた。
「つまみ食いとは感心しないな」
「うま、んまい、うまうま」
目を輝かせて夢中になっており、もはや聞く耳を持っていなかった。
「喉つっかえちゃうから、ゆっくり食べなよ」
共同キッチンでご飯を貪っている転生者はそのままにして、クルトを合わせた四人は広場で昼食をとる。
「サラダくそ美味え! 五杯くらいおかわり!!」
「確かにこの味付けは評価できる。野菜嫌いなクルトがここまで食べるとはな。だが」
「このソースは濃すぎるわ。もう少し薄くできる?」
「そっか、濃口は舌に合わないんだな。次から気をつけるよ」
アルテンシアの人々はサッパリとした味付けを好むらしい。そのため、ヒロが疲れた身体に元気を吹き込もうと濃口のソースを作ったのは良くなかったようだ。
しかし、転生者にはアルテンシアの料理は味気なく感じることも多いらしい。そのため久々にしっかりした味付けを楽しめたミライにとっては、語彙を失うほど嬉しい昼食となったようだ。
「でも、肉が無いのが少し残念です。作れるものも限られますし」
「生物は基本、死んだらマナに還る。だから肉も魚も基本は食べられない」
「ってことは例外が!?」
「その内わかる」
そう冷静に返す祖父を見てから、今度はとエリーゼは頭に浮かんだ疑問をぶつけた。
「ヒロって料理人だったの?」
「いや、平凡未満の高校生だったよ。真央に毎日弁当を作ったり、あとはバイト先の厨房を任されたりとかはしたけど」
「幼馴染に、毎日、弁当?」
ミライが引き気味に問い詰める。
「毎日喜んでくれるから、つい作っちゃってさ。バイト先の社員さんも、低カロリーで美味しい料理が楽しめるって言ってくれるし」
「低カロリーで美味しい、そしてこの味付け……」
ミライが記憶を探り、ヒロに問う。
「もしかしてだけど。勤め先って火煉重工?」
「え、よくわかったな。真央の両親が紹介してくれて」
ミライは予想が当たった途端に顔から血の気が引いてゆき、震えながら指を刺して報告する。
「ナカジマ、普通と違う。そこ百年以上続く超大企業、あとレシピ本がベストセラーなってる。凄いとこ」
「えと、つまり?」
「無茶苦茶すごい料理人の卵」
「ヒロ」
「は、はい」
「貴様は二度と、平凡未満と騙るな」
「……はい」
自称平凡未満の高校生は、ゲオルクに詰められて萎んでしまった。
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