第5話 灰の村④
少年少女が手を取り合い、おもつろに地面へ剣を突き刺した様子を見て、灰の村を襲撃したホムラが大気中に溶かしていた姿を露わにする。
「無駄なんだよ。浅知恵が!!」
そして気圧で腕から飛ばした拳で、傷だらけの少女の身体を穿とうとする。
しかし次の瞬間、二人を中心として高温のスチームが辺りに勢いよく広がった。
「あっづ、焼ける!!」
途端に煙男がスチームに流されるようにして吹き飛ばされた。流れに逆行しようと思えばできたが、密度を広げているせいですぐさま全身火傷となる恐れがあるためまごつき始める。
(畜生、だがアイツらやっぱガキだ。意味のない事しやがって)
そう嘲笑するように、空中でホムラが呟いた。
彼の能力は、身体を煙状にし、空気との一体化を可能とする。
村人を逃さないように身体の一部を薄く伸ばして灰の村を包めるほどの障壁を張り、その中であれば空気の振動で全ての人の行動を把握できる。
彼の能力の範囲内で少しでも喋ったり、行動すると全て筒抜けとなってしまう。そうして得た情報をもとに先手を打つことができるのだ。
そして空気として何処にでも侵入し、音も立てず相手を完封する。ホムラは、こうして強盗を繰り返していた。
(あの、斬ったものを燃やす剣に魔術の水を当てて、スチームを起こして俺を近づけないつもりだ。なるほど確かに、高温の蒸気は上へ昇る性質があるせいで、俺は近づけてねえ)
いま灰の村は白い蒸気が霧のように包み込んでいる。それらが上へ上へと登ってゆくせいで、大気化のため体積を広くしているホムラは全身を大火傷する可能性があるため地上の標的に攻撃ができない。
ヒロは我慢比べを仕掛けようとしていた。これで煙男が痺れを切らせて襲いかかったところを叩き切ろうと画策していた。
(だがな。建物の中はどうだろうなぁ?)
しかし再び人型となったホムラが、教会の窓へと一直線に向かってゆく。
まだ蒸気の薄い屋内に侵入し、中の人間を皆殺しにしようと画策した。
「お前らが守りにばっか入るから、この中の奴らはここで死ぬ! お前らの判断ミスで」
「そう来ると思ったよ」
「死人、が?」
突如として、教会の扉の前に薄く広がる水蒸気から炎が走り、煙男の身体を捉えて切り裂いた。
「ッガァ!?」
断末魔を上げながら、ホムラが地面に叩きつけられる。そして何もなかったところに、ヒロが剣を携えながら立っていた。
「なんで鎧戦士がここにいるんだよ、あそこでスチーム起こしてるんじゃねえのか!?」
「あれは土人形だよ。蒸気は炎魔術と水魔術を組み合わせて、風魔術で舞い上げている」
「クソ、あの女の魔術か。何もかも、何もかも!!」
蒸気が晴れた先を見ると、ミライの土魔術で作られた、剣を突き立てている人間を模した粗雑な土人形があった。
当初、ヒロが提案したスチームを起こす作戦に、ミライが『怪我人のいる教会を襲おうとした敵を、スチームの中をコッソリ移動したナカジマが両断する』という作戦を付け加えていた。
それも、密談がホムラの能力が及ばないスチームの中で行なわれたせいで、慢心したホムラは準備万端だったヒロに斬られることとなった。
「熱い、あつい熱いあつい!! 嫌だ、このまま死ぬなんて、また焼け死ぬなんて!!」
傷口から発火したせいで火だるまになったホムラがのたうち回る。しかし、ヒロはゆっくりと剣を構えながら近付いた。
「終わりだ」
そう告げ、切っ先を振り上げる。
「――ッ」
しかし、眼前で苦しむ男の目を見た瞬間、ヒロは手の震えが止まらなくなってしまった。
(俺は人を殺すのか? ためらうな、相手は外道だ。ここでやらなきゃ、さらに被害が増える!)
つい先日まで命のやり取りとは無縁の世界に居たヒロには、人を殺すための覚悟が足りなかった。
その未熟な心は致命的な隙を生んだ。我を忘れたホムラが悪あがきとばかりに、今まで見たこともないようなスピードでヒロの体内に突っ込んでゆく。
次の瞬間、体内で焼けた鉄球がバウンドする感覚を覚えたヒロは、絶叫をあげて口から血を吐き出してしまう。最強の装備とはいえ、身体の内側を守る機能は存在しなかった。
「嫌だァアーー、ママァーーッッ!!」
燃えた煙男がヒロの体内で狂乱しながら叫ぶ。だがヒロは敵を睨み付けると同時に掴みかかり、力いっぱい引き剥がそうと試みた。
「ナカジマ!」
「ヒロセさん、俺ごと燃やしてくれ!!」
「火葬には早すぎる!」
仏頂面を貫いていたミライが動揺する。
「はやく!!」
『……燃えろ!』
それでも懇願してきたため、渋々といった様子で彼に炎魔術を放つ。たちまちヒロ達は火だるまになり、煙男も気温が上がったせいでヒロの体内から引っ張り出されてゆく。
「ゲゲゲゲゲゲ!!?」
「我慢比べと、行こうじゃんか……!!」
だがお互いに優位を譲る気は無かった。互いに最後の力を振り絞り、掴み合いを繰り広げた。
「このままじゃ、ナカジマが」
「騒がしい。これだから転生者は嫌いなんだ」
焦燥するミライの前に、苛立ち混じりの口調で一人の老人が躍り出た。
顔は皺だらけで白髪ばかりだが、細身で筋肉質、そして古傷を蓄えた身体をしており、威厳のある顔つきや口調と合わさり彼が歴戦の猛者であることを連想させる。
「貴方、寿命を迎えるのは今じゃないはず。はやく避難したほうがいい」
「どういう意味だ。クソガキ」
「転生者は、同じく転生者じゃないと倒せない。実力が違いすぎる、命を無駄にするようなもの」
だから逃げて、と付け足そうとするミライに対して老人が返したのは、戦場に身を投じる姿勢だった。
「随分と大それた自信だ。偶然強く生まれ直しただけで気が大きくなる、本当に碌でもない生き物だな、お前らは」
「あぁ、もう知らない」
ミライは咄嗟に目を背けた。
「どれ。あの赤いのには孫も世話になったし、少しばかり老体にムチ打つとするか」
老人はそう告げると同時に、懐から小瓶を取り出しす。
「何してるんですか……逃げ、て」
炎に包まれる転生者たちに、ゆっくりと近付く老人を目にとらえたヒロは、息も絶え絶えになっている中で逃げるよう促した。
「――シッ」
次の瞬間、煙男の身体がヒロから離れ、人の形を取り戻して地面に落ちた。
「……えっ」
解放されて咳き込んだ後、火の勢いも弱まったおかげで目の前で起きた現象を認識したヒロは、思わず頓狂な声を漏らした。
なぜなら転生者は転生者でしか倒せないと聞いていたはずなのに、村の老人が一撃で致命傷を与えてしまったからだ。
「っ、っっ!!」
ホムラはもがき苦しみながら、何が起きたのか探ろうとしていた。
「いま、いったい何を……」
同じく詳細を聞き出そうとした転生者に、老人は『喉仏のような煙の塊』が入った小瓶を見せた。
「灰の村名産ポーションの飲み残しに、ドクの木の皮を混ぜて毒化させたものだ。瓶も、完全密閉の形に作られてある」
ホムラの身体は空気と一体化した際、身体機能もそのまま引き継がれる。そのため腕から飛ばした拳など、質量を持った自在な攻撃が可能となっていた。
しかし、それが仇となった。気道を猛毒入りの小瓶の中に封じ込められたせいで、呼吸するたび致命的なダメージを受け続けるようになってしまったのだ。
「つまり、あの中で一瞬で近づいて毒で仕留めた……」
「強大な力の弱点を突けば、倒すなど造作でもない」
「……凄い」
もはやヒロは感嘆するしか無かった。
「ナカジマ、無事!?」
「うん。ゲオルクさんが、一撃で倒しちゃったんだ」
「嘘。だって、嘘だよ……嘘だよね?」
「語彙力失くすよね、わかるよ」
常識が覆されて戸惑うミライを、ヒロは同情するように優しく宥めた。
「……てくれ……」
そんな中、地に這いつくばっている煙男から、今にも消えそうな声が聞こえてきた。
彼の身体からは灰色の光の粒子が舞っており、脚や背中の一部が既に欠けてしまっていた。
「……ぁさん、火を、つけないで……父さん、もっと、がんばるから……」
「死に際で悪夢を見ているのだろうな。相応しい最期だ」
そうゲオルクが言い放った瞬間、ヒロの剣が小瓶を切り裂いた。
「貴様、いま何をしたか」
「わかっています。でも、わかったときには身体が動いていた」
煙男の欠けていた喉が戻り新鮮な空気を取り込めるようになったが、もはや回復するほどの体力は残っていなかった。
「この人のした事は決して許されません。だけど、せめて最期くらいは」
そしてヒロは険しい表情のまま、ホムラに近付き手を取った。その声には、やるせなさと憐れみが込められていた。
慈悲を受けたホムラは戦士の顔を見上げ、もう片方の手で何処かから盗んだであろう金貨を託す。
「……これで、おこづかい、足りるか……?」
そう言い残す同時に、彼は灰色のマナとなって消滅した。
「……写真?」
ホムラが消えた跡には、一枚の写真が遺されていた。
そこには若い頃の穂村とその妻、そして幼い娘と息子が満面の笑みを浮かべていた。
尋が高校生に上がる頃に閉園した古い遊園地で撮られた写真を、慎重に拾い上げる。
「……こんなに純度の高い
「いい加減、その遺物ってのが何か教えてよ」
「……転生者やモンスターが死んだ後に遺される、高純度のマナの塊。いろんな魔道具にも使えるから超高値で売れる」
「売れないよ」
渋々と答えながら遺物を回収しようとしたミライの腕を取り、首を振る。
「これは、この人の大切な思い出だ」
「……そういうと思った」
ミライはくだらないと言いたげに目を伏せる。
そしてヒロはゲオルクのほうへ向き直し、渡された金貨を差し出した。
「どういうつもりだ」
「これは倒した人の物でしょう」
「いらん」
「俺だって本当は盗まれた人に返してあげたいですけど」
「自分で使おうと思わないのか」
「俺が稼いだ金じゃないので。もし持っておけと言われても、この村の復興ために使います」
「……全く。殴り飛ばす気も失せたわ」
「じゃあ私が貰う」
「おう、この流れでそれを言うかお前」
空気の読めない少女に対して青筋を立てる少年の様子を見て、老兵はため息を吐く。
それと同時に、傷だらけの転生者たちへと声を張り上げた。
「貴様らは弱すぎる。心も身体も、何もかもだ」
「承知しています」
「え、私はそんなことない」
転生者たちは、それぞれ別の反応を見せる。
「この世界は過酷だ、悪意を持った侵略者で溢れている。今の貴様らでは半年も持たないだろう」
ヒロは頷き、ミライは首を傾げる。
「儂が直々に鍛えてやる。覚悟しろ」
そして二人は、アルテンシアの厳しさを思い知ることとなる。
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