第4話 灰の村③
「……クルト?」
「一瞬で消えた?」
三人の首元を、冷えた汗がなぞる。突如として消えたクルトを探しに行きたいが、不用意に動けば襲われるかもしれない。
怪我人の救助をしたくても動けない焦りと恐怖が精神を支配しようとするが、これを紛らわそうとヒロが口を開ける。
「どうする……敵の正体もわからないし」
「まずは、この人を教会に運ばないと。命を助けなきゃ」
「ここで治療するのはダメなのか?」
「ドクの木が近くにある。ここで治癒魔術やポーションを使うと、逆に毒化しちゃうの」
プロキア王国領で最大の面積を誇る豊穣の森に生息しているドクの木は、頑丈かつ魔術への耐性もある木材として重宝されている。
その代わり多くの栄養を必要とするため、近くで息絶えた生物から発せられるマナを糧とするらしい。
その木のエキスに含まれる有毒物質には動物の体内を巡るマナを分解する効果があるが、通常、人体には直接身体に打ち込まれなければ大した害はない。しかし回復魔術やポーションを使った場合は強毒化して身体中に回り、マナや細胞を破砕して死に至らしめるのだ。
傷や体力を回復しようとしたせいで死ぬという皮肉な結果を産んでしまうため、灰の村では昔話として、この教訓を子供の頃から刷り込まれるのだという。
「だから俺も洞窟で目が覚めたのか……」
ヒロは怪我をした村人を背負い、三人で固まりながら村の教会へと運ぼうとする。
『裂けろ!』
空気の変化を感じたミライが、咄嗟に風魔術を放ち空間を切り裂く。
すると何も無かったところから痛めつけられたクルトが落ちてきた。
「クルト!!」
エリーゼが叫ぶよりも早くヒロは動き出し、クルトを両手でキャッチする。
そして裂かれた空間を見ると、身体が煙状になっているボサボサした黒髪の男が姿を表した。くたびれた紺スーツと黒眼鏡を着用しており、人相の悪さも相まって如何にも怪しい雰囲気を纏っていた。
「おぉ、怖い怖い。急に空気の刃で切ろうとするなんて、親の教育どうなってんだか」
「コイツ、身体が……」
「気をつけて! 奴も転生者、私たちじゃないと勝てない!」
「っ!!」
転生者は強大な力を持つが故、暴れられると甚大な被害をもたらす。そのため、各国では徹底した管理がなされている。
昨日転生したばかりのヒロも危険性を熟知していたため、野次馬のように群がっていた村人たちに向けて大声で呼びかける。
「逃げてください! ここは危険です、離れてください!!」
「でも荷物どうすんだよ!」
「まだ飯食ってる途中だったのに!」
「赤ちゃん! 赤ちゃんが居るの!!」
しかし村人たちは各々が勝手を叫び、一向に離れようとしない。
「グルルル……」
「モ、モンスターだぁあああ!!」
見兼ねて颯爽とヒロの前に躍り出た白い狼が唸り声を上げると、村人たちの顔が恐怖に染まり、一斉に村の外へと逃げ出していった。
「この人たちをお願い。あの教会に運べば治療できるから」
「ワゥ!」
傷ついた二人を狼に託すと、頷き器用に背中へと乗せた。
そしてエリーゼに顔を向けて来るよう促し、共に教会へと走っていった。
「モンスターと会話できるの?」
「いや、言葉はわからない。だけど、気持ちは伝わってる気がするんだ」
「……」
ミライは怪訝な視線を向けた後、煙の転生者へと視線を戻す。
「へえ。お前、それ日本語だろ。なのに赤い髪とか不良かよ」
「悪かったな、生涯黒髪だったんだけどな」
「クハハ、やっぱそうだ。日本人って、この世界にも居るもんだな。俺は『
「なら聞かせろ。どうして灰の村を襲うんだ、なんで他の人を傷つけるんだ!!」
「あー、ここ『灰の村』っていうのね。まあ興味ねえけど」
ホムラは心底だるそうに続ける。
「アイツら何言ってるかわからねえもん、日本語で話せよな、英語でもいいからさ」
「……そんな理由でか?」
「割とあるケース。言語が通じないと生活に支障をきたすから」
ミライの能力から作られた『翻訳指輪』は、聞いた言葉を装備した者が一番理解できる言語で翻訳するだけでは無い。話した言葉も、指輪なしの相手にも伝わるよう翻訳してくれるのだ。ただしこれはプロトタイプで、話し相手が魔力切れを起こしていた場合は伝わらなくなるらしい。
しかし、そういった対策を持たない転生者は、まず言語問題へと行き当たる。コミュニケーションを取れないため生活に馴染めず孤立し、生きるため凶行に走るしかなくなる。
そうしてタガが外れて暴走する転生者も多いのだ。彼もそのうちの一人なのだと、ミライは推測していた。
「だからって、他人を傷つけるのは間違っているだろ!」
「別に俺だって無差別にやってるわけじゃない。子供は見逃してんだよ、悪いことしないからな」
「……お前なに言ってんだ?」
ヒロが思わず耳を疑う。
「それ以外はカスだカス。高校に入ったらもうダメだ、ロクでもないことしか考えねえ」
やれやれ、と言った様子で額を押さえていたホムラに、鬼の形相を浮かべた老婆が杖で殴りかかった。
杖は確かに頭を捉えたはずだったが、煙と化した身体をすり抜け、そのまま地面に当たったせいで前のめりの体勢になってしまう。
「よくもワシの息子を!」
「お婆さんダメだ! 逃げろ!!」
咄嗟にヒロが駆け出す。
「うっぜえなババア。死んどけや!!」
まるでこの状況を楽しむように、煙の男は拳を放つ。鳩尾を貫いた拳は心臓を背中から吹き飛ばし、拳を握りしめると共に力尽きた老婆をマナへと還してしまった。
「……は?」
ヒロには理解ができなかった。笑顔で人の命を奪える悪魔が目の前に居る恐怖で、思考が回らなくなってくる。
だが、それ以上に湧き上がったのは、理不尽な悪意への怒り。
「やっぱし、お前もわかってくれねえの、なぁ!!」
少年の怒気を愉しむように宙を舞いながら、ホムラは拳を振りかぶって標的へと一直線に向かってゆく。
だがヒロは、恐怖を焼き尽くすほどの憎悪を宿した視線を向けていた。
「――もう、お前を人間とは認めない」
刹那、赤い光が身体を包み、神話の英雄を彷彿とさせる紅い鎧兜を纏った戦士へと変身した。
ホムラは勝ち誇った顔で拳を振り抜く。しかし戦士が構えた盾を貫けず、逆に拳を砕かれたため後方へと下がってゆく。
「っ、マジか。なんなんだよその装備」
そう悪態をつきながら、砕けた拳を大気に溶け込ませて元の形へと修復してゆく。
「ヒロセさん。俺、あのロリコン空気人間をぶっ飛ばさなきゃ気が済まない」
「うん。同情しそうになった私が愚かだった」
「確か法令違反をしたらモンスターと見做して断罪、だったよな?」
「当然。これより転生者ホムラを、殺人の現行犯で殲滅する」
「ああ。この悲劇を、ここで終わらせる!」
「一丁前にカッコつけてんじゃねえよ、ガキどもが!!」
切っ先と掌を向けられた煙男が煽るように罵声を浴びせる。
『潰れろ』
「うげっ、飛べねえ!?」
ミライが呟くと同時に周囲の重力が数倍にも跳ね上がり、大気と一体化したホムラの身体を地面へと叩きつける。
しかし、ニヤリと笑った男は身体を煙にし、薄く横に伸ばしてミライへと急接近する。彼女の脚に近付くと同時に人型の輪郭を取り戻し、足を切断しようと手刀を放つ。
『吹き荒れろ』
「ちょ、お前マジか!?」
それを読んでいたミライが風魔術で竜巻を起こし、ホムラを巻き込み、かき回す。
「やめろ、死ぬ、死んじゃう、降参だぁああああ!!」
「身体が煙で出来ているのなら、風魔術は辛いはず」
ミライは澄まし顔で言い放つ。
「……なあんちゃって」
しかし、ホムラは暴風に身を任せるようにして勢いをつけ、煙状にして長く伸ばした腕をミライ目掛けて鞭打した。
「あぅっ……!」
「クハハ! 効かねえんだなぁ、これが!!」
暴風の速度と増大した重力が乗った鞭打の衝撃で、ミライは勢いよく吹き飛ばされてしまい、民家を突き抜けて、村を覆う障壁に強打してしまった。咄嗟に防御姿勢を取っていたおかげで致命傷には至らなかったが、打撃をモロに受けた右腕が抉れ、背中を強く打ったせいで血を吐いてしまう。
トドメと言わんばかりに暴風や重力から脱出したホムラが、ジェット機のような速度でボロボロの少女へと襲い掛かる。
「させるかッ!!」
しかし、紅い戦士が間に割って入り、剣を振るう。刃は空を掠めて火炎の渦を発生させたが、逃げる煙男は空気の壁を作り防いでみせた。
「チッ、邪魔すんなクソが!」
苛立ちを露わにしながら煙男が空気に溶け込み姿を隠す。
「大丈夫?」
「平気、助かった。けど、高度な魔術は暫く使えないかも」
「盾で攻撃を防げたんだ、きっと俺の装備ならアイツを斬れる。手伝って欲しい」
「どうすればいい?」
「アイツは煙だ。だから」
ヒロが、思いついた作戦を耳打ちする。
「賭けみたいなものじゃん」
「決まればアイツは何もできなくなる。俺に賭けてほしい」
「……手を貸して」
ヒロは言われるがまま手を差し出すと、その上にミライの手が重なる。
そして二人は地面に剣を突き刺し、反撃の狼煙をあげた。
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