ひどいのはどっち?

みおさん

ひどいのはどっち

 スタバで税込み660円のフラペチーノを飲むのは、二か月に一回くらいの、私たちの贅沢。

 今どきの高校性はお金持ちで、毎日スタバとかサーティワンで放課後を過ごしていると思ってる大人が多いけど、そんなわけがない。


 お小遣いは月に五千円。

 携帯代は家族おまとめで払ってもらってるけど、それ以外は洋服も化粧品も、漫画もお菓子も、お小遣いでやりくりする。

 洋服が欲しい月は、他に何も買えない。

 見たい映画とか、友達と遊びに行く約束は、早めに計画しないと予算オーバーになる。

 そんな感じ。


 だから「今月は行ける」と思って、親友の果乃とふたりで来るスタバは、ちょっと特別な日だ。




『犬の散歩してたら、道にヤマトのメジャーが落ちてた。クロネコのロゴと荷物サイズとか書いてある。別のヤマトのトラックが来たんだけど、犬がうんちタイムで声かけられなくて、ドライバーさんすぐ荷物持って配達に行っちゃった。窓空いてたから、メジャーはそっと運転席に入れておいた(´-`)』


 顎マスクでフラペチーノを吸い込みながら、片手でスマホをスクロールする。

「凛子、何見てんの?」

 果乃が半端にマスクを耳にひっかけて聞いてくる。

 私はストローを咥えたままもごもごと返事した。

「ツイッター」

「また?」

「また」

 最近ツイッターにハマっている。

 インスタよりTikTok派で、エモより映えより面白系が好きだった。

 アカウント登録だけして放置してたツイッターに貼りつくようになったのは、ある人のツイートが見たいから。


 最初にシマシマさんに出会ったのはyoutubeだった。

 友達が推してるVtuberを見に行ったら、シマシマさんとのコラボ会で、カラオケ大会をやっていた。

 歌がうまいなぁと思ったら、本業はカメラマンで、ライターで、絵も描いている。投稿サイトにエッセイと小説を書いて、ブログを書いて、あらゆるSNSにアカウントを持っている人だった。


『次は写真集というか、写真と文字の本を出したい。あ、自費出版の方です。まだなんも決まってないけど。やっぱり一度ヨーロッパを巡って、琴線に触れるものを収集したいなあ……素材がまだまだ足りない。しかし、資金も足りないwwwまあ、頑張りますわ。』


『今日も肩こり腰痛対策ストレッチ!メタトレさんの動画なくして私の命はない……!!世界中のクリエイター諸氏、デスクワーカー、研究職、とにかく座りっぱなしの仲間たちよ、ともにトレーニングしよう。生き延びよう。 http://www....... サボると肌に出るからすぐ分かっちゃう。』


 140字ギリギリまで文字数を使うのが、シマシマさん流。

 そんなにバズらないけど、一枚の写真と文章のワンセットが心地よくて何度も読んでしまう。

 飼っている犬の写真、道端の花の写真、仕事用のパソコンの写真。

 お洒落カフェとか、最新コスメとかの話題が少ないのもホッとする。

 シマシマさんの顔写真もたまに載っていて、まあまあ美人だと思うけど、多分加工もしている。狙ってやればキラキラ系のインフルエンサーとかも、できなくはなさそうだけど、それをしないのが好き。

 シマシマさんは写真が好きで、犬が好きで、お仕事が好きなのだ。

 それを見るのが私は楽しい。


「さすがにスマホ見過ぎ。マナー違反」

「ごめんて。じゃあ、一緒に見よ。この人、前に話したじゃん、写真で小説で歌ってみたの人」

 スマホを果乃の方に向けてローテーブルに置く。

 顔を上げると、果乃がすっごく機嫌悪そうな顔をしていた。長い脚を見せつけるように組んで、テーブルの横から爪先がはみ出している。


 果乃は完璧な「若い女の子」だ。

 ヤンキーでもない、ギャルでもない、オタクでもない。最先端ファッションじゃないけど、絶対に流行遅れじゃない。

 私と同じようなお小遣いの中で、着回しとかですごくお洒落にしている。

 果乃を見てると、お金がなくても頭が良ければお洒落になれるんだなって思う。


「ツイッターを一緒に見るって、無理じゃん。そっちから読めないでしょ」

「私はもう読んだからいいの。読んで。シマシマさん、超イイ人。尊敬する」

 私は果乃に画面を向けてスマホを差し出した。

 果乃は反射的にそれを受け取って、少しだけ目を大きくしてこっちを見た後、画面に視線を落とす。


 果乃が勝手に他のとこ見たりしないって、信頼してるからできること。

 これが親なら絶対に渡せない。操作を間違えて、関係ないアプリとか開きそう。

 機器の扱いも、人の信頼だよなあ、なんて。フラペチーノで冷たくなってしまった手のひらを擦りながら思った。


 果乃の長い親指がスイスイと液晶の上を往復する。

 私は指が短い。手の甲に肉がつきやすくて、十七歳になっても赤ちゃんみたいにプクプクしてる。

 骨がうっすら浮き出るスラっとした手元になれる日は来るんだろうか。


 減ってきたフラペチーノをストローで勢いよく混ぜていると、果乃が顔を上げてスマホをテーブルに置いた。


「感想言っていい?」

「うん!」

「別に、いい人ってほどではなくない? 普通じゃん。せいぜいが落とし物拾ったくらい」

「そうなんだけどさあ」

 私はよく混ざったフラペチーノを啜った。

 果乃もストローを咥える。

「にじみ出てるじゃん。イイ人臭が」

「どの辺?」

「えー、行間から?」

 スマホを取って、もう一度ツイッターを開く。

「まあ、私がファンだからってのは、あるかもね。なんでも一人で全部やって、すごいんだよシマシマさん」

 果乃にもシマシマさんの写真とか、webで見れる作品はオススメしてみたけど、そんなにハマらなかったみたい。




 私達は趣味が合うようで合わない。

 でもそれがいい。


 果乃はよく、安くていい化粧品を教えてくれる。その中に欲しいものがあれば私も買って、あれ良かったよって言うけど、果乃ほどたくさん化粧品を集めていない。


 私が漫画アプリで面白い漫画を見つけたら、とりあえず果乃にシェアする。無料でアプリ内コインを効率よく集める方法とかも教えてあげる。

 LINEの期間限定スタンプとかも、果乃に教えてあげると二回に一回はダウンロードして使っているのを見る。

 そういう情報は、私の方が持っている。


 果乃は週に一度家庭教師が来ていて、学校の授業では聞けないテストで有利になる話があると私にも教えてくれる。

 私はもう理系は受験に使わないから、英語とか古文とかの話だけ熱心に聞く。


 うちの母親はお菓子作りが趣味。最近はアイシングクッキーにハマって、毎日カラフルなクッキーを作ってはネットにUPして楽しんでいる。

 食べきれないクッキーは家族に配られ、私はクラスで適当に配る。

 でも、一番可愛くておいしそうなのは、果乃と半分ずつ食べる。

 私はアイシングの色がかわいいって話をして、果乃は口当たりがいいとか、甘さ控えめとか、そんな話をよくする。


「だから、スマホ見るのやめろって」

「あ、ごめんごめん。癖で」


 慌ててスマホをテーブルに伏せて、両手でフラペチーノのプラカップを持った。

 最近、息をするようにツイッターを開いてしまう。ツイ廃ってやつ。アプリを閉じたのに、次の瞬間またアプリを開く、みたいな。


「自分で分かってんじゃん。癖になっちゃってるのも。大したこと書いてないけど、好きだから見ちゃうってことも」

「ちょ、言い過ぎ。私は好きなんだからいいじゃん。分かったよ、もう果乃には見せないから」

 残りわずかになったフラペチーノをすする。

 ズゴゴ、とカップも底から間抜けな音が鳴った。

 いつもならここで二人で笑う。たまに来れるスタバで、たまにしか飲めないフラペチーノの最後に、下品でかわいくない音を聞いて笑う。


 でも今日は、私も果乃も全然笑わなかった。


「……ごめん、ホント。無視したみたいになって、ごめん」

「そういう扱いされるの、普通に傷つくよ。最近ずーっとそればっか見てるの、ちゃんと自分で分かってる? てか、何回も言ったよね、スマホ見過ぎって」


 甘いシロップがなくなったプラカップを弄んで俯く。

 確かに最近、休み時間や、移動中のちょっとした時間も、果乃としゃべりながらでもスマホを見ている。

 でも、画面を見ながらダラダラするのは、以前からだ。急にスマホ中毒になったわけじゃない。私も果乃も、周りのみんなも似たようなもの。


「何見てもいいけど、結局こっちの話聞いてないとか、そういうのやめてって言ってるの」

「聞いてるよ。スマホいじりながらとか、別に果乃だってやるじゃん。なんで私だけこんな責められてんの?」

「聞いてないから言ってんの。そのシマシマって人のツイッターとかインスタ見てる時、あんた全然話聞いてないからね。他のもの見てる時と、違うの」


 果乃はストローに嚙みついた。

 プラスチック削減のために紙製になったストロー。私は気にならないけど、果乃は口当たりがザラザラして苦手だと言っていた。だからいつもスプーンをもらって、クリームを掬って食べている。でも、最後の溶けかけたクリームとシロップが混ざり合ったとこは、ストローで吸うしかない。


「てかホントにさ、その人の何がいいの? 写真も小説もアマチュアなんでしょ。カラオケもちょっと上手いくらいだし」

「は? アマチュアじゃないよ。ちゃんと本とか出してるよ」

「それで生計が成り立ってると思ってんの? 売れないクリエイターでしょ。そんな人、いくらでもいるじゃん。なんでその人が特別なの?」

「ひど……そこまで言わなくてもよくない?」


 ショックだった。

 果乃は大人っぽくて、冷静で、幼稚なことを言わないタイプだった。

 クラスには高校生になってまでいじめとか、ふざけて人のもの隠すとか、そんなバカみたいな子もたまにいる。

 趣味が合わないと知ると急に冷たくなったり、逆に突然馴れ馴れしくなったりする。

 果乃はそういうところがない、安定してて、一緒にいて安心する人だった。


 でも私も馬鹿じゃない。

 馬鹿でいたくない。

 果乃を落ち着かせる言葉を必死で探す。


 飲むところがなくなったプラカップを持って、無意味にストローを回した。

 平日の夕方の、駅ビルの中のスタバ。一番端のソファ席だけど、他のお客さんが私たちを見てるのが、なんとなく分かる。

 まだ仕事帰りのスーツの人はいない。でも、大学生とか、フリーランスっぽい若い人はいて、店内の席は半分以上埋まっている。

 女子高生がきつい口調で言い合ってるのは、不快なのか、面白がっているのか。


「別に、ただ、なんとなく面白いから見てるだけだよ」

「あっそう。じゃあ、そのなんとなく見てるだけもののせいで、ずっと無視されてるんだ、私は」


 果乃は完全に怒っている。

 こんなことは珍しすぎて、どうしたらいいか分からない。


 好きに理由なんかないだろう。

 でも、SNSの憧れの人と、親友の果乃とどちらが好きかなんて、比べる必要もない。

 むしろ、なんで比べるなんて発想ができるんだろう。

 私が果乃とシマシマさんを比べて、果乃のことをどうでもいいと思ってるからスマホを見てるなんて、本気でそんなこと考えてるんだろうか。


「ひどいのはどっち」


 果乃も残ったフラペチーノを啜り上げて、あの間抜けでかわいくない音を立てた。














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