第1話

 きっかけは単純だった。


 推しと喋りたい。


 ただそれだけだった。


 別に彼女と会うのに有名になる必要はない。


 何故なら少し言い辛いがその……あの子の視聴者は殆どいない。


 俺は一般的に信者と呼ばれる部類に入るが、そんな俺が言おう。


 Hikariの配信は全く面白くない!!


 面白くないというのは語弊があるが、ぱっと見で目を引くものがない。


 別に企画なんてのも殆どなく、顔も出していない上にゲームもあまりしない。


 実際、俺が彼女に初めて出会った時も


 ◇◆◇◆


「今日は学校でですね」


 目に映ったのは何の変哲もない画面。


 どうやら雑談動画らしい。


 こういう時は普通コメントが流れるものだが、彼女の配信にそれは一切見受けられなかった。


 見ている人間がいないのに喋る続ける少女。


 そんな彼女を見て、俺は一言


「何やってんだこいつ」


 そんなコメントを送ってしまった。


 何故あんなことをしてしまったのか分からない。


 ネットでの誹謗中傷なんてバカのすることだと考えていた俺が、ついそんな一言を送ってしまった。


「あ、謝らないと!!」


 送ってすぐに後悔した。


 多分俺も疲れていたのだと思う。


 人生の楽しみも幸せも見つけられない俺が、勝手に八つ当たりしてしまった。


 こんなに頑張ってる人に対して俺はなんてことを


「あ、初めてのコメント」


 そしてその瞬間、俺の世界は動き出した。


「嬉しい!!」


 顔は見えない。


 見えないはずなのに、俺にはその向こうにいる女の子が笑った気がした。


 屈託のない笑顔を送ったのだ。


「あ、返事をしないとですね。えっと、コメントありがとうございます。そうですね、確かに私何をしてるんでしょうか。あはは」


 乾いた笑いが聞こえる。


 俺の胸はキュッと締め付けられた。


「私は多分、才能はないです。面白いことも言えないし、ゲームもあまり上手にできません。それに頭も特にいいわけでもない。それでもですね」


 いつの間にか俺は画面に引き込まれていた。


「こうして見に来てくれた人が、少しでも私を知って、そして私があなたを知る。そんな関係が築けたら、なんだか幸せな気持ちになりませんか?」


 相手を知る。


 これまでの人生、他人に興味を持ったことなんてなかった。


 勝手に他人は俺に興味がないと身限り、俺もまた他人を拒絶した。


 決して大きな溝ではなくとも、そこを超えることは今まで一度も無かった。


 だが


「あなたのこと、教えてくれませんか?」


 ただのネットで偶々見つけただけの人間。


 今後一生、出会うことがないであろう人間。


 そんな人に俺は


『とりあえず、Hikariのアーカイブ全部見てきます』

「ええ!!し、知って欲しいとは言いましたけど、流石にそれは恥ずかしいといいますか、昔の私は多分結構恥ずかしいこと言っておりまして……あの……」


 可愛い。


 生まれて初めて湧いた興味。


 それが果たして恋と呼べるものなのか、はたまた動物や赤子に対する思いなのかは分からない。


 それでも俺は


『推しになりました』


 その時、彼女のファンとなったのだ。


 ◇◆◇◆


 そして彼女とコラボがしたいという欲求に駆り立てられ、配信を始めてみた。


 見栄を張りたかったというか、もし話をする時に凄い奴だって思われたいというエゴを持った。


 どうしたら見てもらえるのか


「そういえば昔、歌が上手いと褒められたな」


 そんなガキじゃあるまいしと思ったが、失敗したらそれはそれでネタにでもされるだろう。


「名前は佐藤を文字ってサトュンとかでいいか」


 軽く無敵の人となった俺は全力で歌い、バイト代をぶち込んでそれなりの完成度の曲を作り、ネットの海へと放流した。


「なんだ?タダでいいって随分と太っ腹だな」


 曲をMIXした人物からお金が返金された。


 代わりに今後もお付き合いしたいという旨の内容がきたが、安上がりに過ぎるならそれに越したことはない。


 とりあえず難しいことは明日の俺に任せて


「寝るか」


 Hikariの最新の動画がないことを確認し、俺は一度眠りについた。


 そして次の日


「……100万?」


 目を疑った。


「夢かバグかの二択だが」


 コメントを読む。


『カッコいい』

『耳が溶けた』

『こんな凄い人が現代に生きてる幸せ』


 そこにはびっしりと書かれたコメント。


 その内容は俺を褒め称えるものだが


「……なんか怖い」


 今までなんの変哲もなかったネットが一気に恐ろしいものに見えた。


「……そういえば今日は学校休みだったな」


 俺と同じく高校生のHikari(実際どうかは知らん)


 休日は昼から配信をすることがあるため、もう少しで始まる可能性がある。


「とりあえず、Hikariに相談してみよう」


 コラボしたいというのは伏せ、今後について聞いてみよう。


 リアルに友達がいない俺にとって、この世で唯一心の許せる存在はHikariだけなのである。


『皆さんこんにちは。あ、今日も侍さん来てくれたんですね』

「当たり前だ。俺は君を一生推すと決め……違う。今はそうじゃない」


 俺はコメントを打ち込む。


 視聴者は今現在俺一人しかいないため、確実に拾ってもらえるだろう。


『もし急に配信者として有名になった時、私は怖くはないのか……ですか?』


 自分で送っておいてあれだが、なんだこの質問。


 意味が分からないだろうな。


『えーと、なんだか想像も出来ませんね。私が有名になるなんて考えもしたことありませんでした』


 Hikariなら有名になれるよ!!と言いたいが、正直難しいだろう。


 もし可能性があるとしたら


『もし本当にそんなことが起きたら、私は多分死んじゃいますね』


 死ぬんだ……え?


 死ぬの?


『嬉しさとか、昔の動画を見られたら恥ずかしくて死んじゃいます』


 なんでこの子配信者してるんだろ。


『それでもなんだかんだで続けんだと思います。私の目的は見てもらう人の数に関係ありません。皆さんと一緒に楽しむ、それは侍さん一人だろうと、100万人いようと変わりません』


 目的は……


「変わらない」


 俺の目的は


「コラボがしたい」


 そして彼女に会った時に、惨めな人間だと失望されたくない。


 何もない俺が唯一誇れるものを作るために


『え?よく分かりませんが、侍さんが元気になったなら何よりです』


 彼女のような高尚なものではない。


 あまりにも邪で、下劣で、それでもやっぱり


「胸を張れる男でありたい」


 胸の中で、一つの思いが出来上がる。


『あ、すみません!!今日はお友達と遊びに行く約束をしてたんでした!!ごめんなさい侍さん。今日の配信はここまでにしても……』

「やっぱりHikariは良い子だな。俺なんかと全然違う」


 いつもならメンヘラムーブをして文句を垂れていたところだったが


「生まれて初めて目標が出来たんだ」


 今は、その為に頑張りたい。


 必ず、君に誇れる人間になって帰ってくるよ。


『……はい!!行ってきます』


 Hikariの配信が終わる。


 生まれた人生の空き時間。


 だが、今日からそれは


 ◇◆◇◆


 そして一年が経った。


 あっという間の一年。


 人生とは充実しているとどうも早く感じてしまう。


 それが嬉しくもあり、切なくもある。


「とか感傷に浸ってたら何も出来ん」


 あれから俺は本格的に動画投稿を始めた。


 どうやら俺は本当に歌の才能があったらしく、カバー曲はみるみる内に再生回数を伸ばしていった。


 それからHikariの動画のような雑談に憧れ、特に意味もなく推しの尊さを語る放送をすると何故か大好評。


 なんかコメントには普段とのギャップがどうたら、共感出来過ぎてマジ辛たんやらの言葉で埋まっていた。


 そんなこんなで登録者も既に数百万となり、今一番熱い男として巷で有名である。


 ……なんでだろう、事実を言ってるだけのはずなのに凄く恥ずかしい。


 ま、まぁいいや。


 とりあえず俺は自他共に認められた有名配信者となったわけだが


「……おかしい。手が、震えてしまう」


 俺はHikariに催促して作らせたアカウントからDMを送ろうとする。


『初めましてサトュンです。よかったらコラボして頂けませんか』


 消去


『いつも配信楽しみにしています!お時間がありましたら折り返しご連絡をーー』


 消去


『フッ、おもしれー女』


 消去!!


「プハー、ダメだ誘えね〜」


 結局何も出来ずにベットに飛び込む。


「……クソォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!」


 バタバタと子供のように暴れ出す。


「有名になったところで、俺って結局俺なんだな……」


 有名になった。


 ちょっとだけ、他人に誇れる人間になれた。


 今なら行けると思い込んだ俺が馬鹿だった。


 もしかしたら逆にHikariを困らせてしまうのではないか。


 Hikariに話しかけられた俺の理性が耐えられるのか。


 てか普通に何喋ればいいのか。


 そう考えると手が止まる。


「何か合法的に喋れる機会があったらな〜」


 そんな犯罪者スレスレの思考をしていた俺の元に


「ん?誰だ?」


 メッセージが届いた。


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推しとコラボするために配信者始めたが、有名になり過ぎてしまった件 @NEET0Tk

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