第4話

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああ」

 

 刀を腰に差した、肩まで伸ばした黒髪に宝石のような紫色の瞳を持った美しい傾国の美少女のような見た目をしている少年、アークライトが去った後の冒険者ギルド。

 アークライトが冒険者ギルドに入ってきてから張り詰めたように広がっていた空気は、冒険者ギルドからアークライトが居なくなった瞬間、一気に弛緩する。


「緊張しましたぁ」

 

 つい先ほどアークライトの受付を行っていた少女が深々と言葉を漏らし、息を深く吐く。


「お疲れ様」


「おー。新人の割にはよくやったじゃねぇか!」


「相変わらず……可愛いわよね。あの子」


「あいつに色目使うのだけは辞めておけ……何されるかわからんし、まだ勃つかもわからないような年齢だろ」

 

 静まり返っていた冒険者ギルドに喧騒が戻る。


「……あれが話題の『紫紺ノ狂人』ですか」


「そうね」

 

 アークライトの受付を行っていた少女がぽつりと呟いた声を、先輩の受付嬢が肯定する。

 

 ランク5以上の冒険者につけられる二つ名……当然アークライトにも二つ名がつけれられており、それが『紫紺ノ狂人』。

 

 基本的には髪の色と戦闘スタイルからつけられることの多い二つ名だが、アークライトの場合は見ているだけで魂が魅入られそうな美しい宝石のような紫色の瞳……そして、その異常な行動から得られる印象である『狂人』を二つ名として定められていた。


「本当に、HPポーションを使い切っているんですね」


「……そうだよ?一体どんな戦い方をしているのか、考えたくもないね」

 

 狂人。

 アークライトがそう言われるようになる所以はHPが削れることの躊躇の無さである。

 

 HPとは己を守る盾であり、痛みから守ってくれるものであり……HPがなくなると、動けなくなるほどの痛みを与えられることになる。

 過酷なダンジョンの中で己を守るものであり、なくなった瞬間に動けなくなるほどの激痛を与えてくるHPがなくなることは死を意味する。

 

 だからこそ、誰もがHPが8割を下回るだけで焦りだすし、5割削られたときなどこの世の終わりだと言わんばかりに発狂することになる。

 

 少しでもHPが削れないように動く冒険者の中で、アークライトは当たり前のようにHPポーションを毎回大量に使い切っている。

 これはつまり、アークライトはHPポーションを使い切るほど多くのダメージを喰らい、HPを減らしているということである。


 そして、極めつけは彼の職業である。

 

 職業とはステータスの上昇傾向の決定とスキルと呼ばれる特殊能力の獲得を決めるものである。

 

 アークライトの職業は剣士の上位職である侍。

 侍は自身を守る盾であるというHPを削ってスキルを発動するというイカれた職業であり、侍を職業としている冒険者は今までにいたことがない。

 

 前代未聞の冒険者……それがアークライト。


 他の人間であれば考えられないHPへの執着の無さを見せ、他者をドン引きさせている最年少の冒険者。

 他の冒険者の目撃情報で残りHP一割切っていてなお、笑いながら戦っていたという報告を受けている。

 今までの歴史の中でぶっちぎりの狂人であり、最悪の犯罪者と言われた男でもHPが一割切ったときには震えながら許しを乞うたのである。

 一割切っても笑っているとか正気の沙汰じゃない。

 

 天使のような美しさを持った常軌を逸す狂人。

 

 それがこの町の人間が持っているアークライトの評価だった。


「……彼が魔物の孕み袋になる姿なんてないといいんですけどね」


「……あの子が孕み袋にされている光景なんて見た日には病む自信があるわ」

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