19・自然でも機械でもなく

 DA4249年1月6日。その日、機械みたいだった魔術師マイミナにより、実験材料として捕獲された、青の一族の1004体目のマーリド種のジン。砂漠の小世界ルゼドの誇り高き精霊だったシェイルークは、恐ろしい魔術師の小国、〈夜の国〉で数千年の時を生きた。実験サンプルとしての扱いでさえ、ほんの数百年。それ以降はずっと、ただ復讐させないために、狭い牢獄に閉じ込められていただけ。

 同じように彼らに利用されるため、この残酷な現実、ネイズグに召喚されたゾウ学者のセドリック。彼の、シェイルークも加担した反乱計画が成功し、〈夜の国〉が滅びた時、ネイズグではWA(世界暦)という暦|(バーチャル世界の機械生物を、この現実に召喚するテクノロジーが開発されたのが、これの0年だということは、シェイルークも、まさにその召喚されたバーチャル生物の友達であるセドリックから聞いて、知ってはいた)が始まっていて、それからもう2000年ほど経っていた。


 〈夜の国〉も、マーリド種を創造した魔術師カーズィムが属する青の一族の国も、当時のシェイルークが知っていた全てを含むルゼドは広大な世界だ。だけどそのルゼドでさえ、ネイズグの大地のほんの一部分にすぎない。それでもこの本当の世界のほんの一部の世界は、シェイルークが知らない間にずいぶん様変わりしていた。

 本当に驚くべきことだ。バーチャル世界の、つまり本来はこの現実の機械などよりもずっと架空の存在でしかない、バーチャル生物が、この現実の世界に与えた多大な影響は、生物が生きているほとんど全ての場所で見られた。

 故郷バリカには、あいかわらず、色分けされた4つの、実質的な独立地域があった。だがその全て変わっていた。青の一族と赤の一族の長い戦いはとっくに昔々の物語。4つの地域の間では直接的な国交こそ完全に途絶えていたが、しかしハイテクな情報ネットワークがしかれていた。繋がりはある意味以前よりも強い、以前よりもずっと1つの国のよう。そして、その情報テクノロジーのセキュリティのために、シェイルークは故郷に帰れなかった。

 生物でも機械でも精霊でもないと判断されたからだ。〈夜の国〉が生み出した怪物を拒否するためのセキュリティが、異質な何かとして定義するもの。

 

 シェイルークは、三ツ目のクジラの姿をした、魔術師カーズィムを探した。もちろんそれは自分を作った想像の魔術師だ。つまり本来のシェイルークを知っている者。

 ルアイは、一緒についてきてくれた。〈夜の国〉の知的ゾウたちには、今の変わった世界に、たくさんの仲間たちがいて、ゾウだけではなく、様々な知的バーチャル生物の国さえいくつかあった。

 悲劇の後、生き延びた者たちの中で、本質的に孤独であったのはシェイルークだけだった。しかしルアイは、一緒にいると言ってくれた。それに、まだ希望はあると思った。


 カーズィムを探す旅はほんの数年。思っていたよりもずっと簡単に、彼は見つかった。本当にクジラなのか微妙だ。クジラだとしたら、空気を泳ぐクジラ。

 青の一族との縁はかなり昔にきれていて、彼はさすらいの魔術師となっていた。しかし彼に恨みを持つ赤の一族の出身の者がまだたくさんいて、ときたま激しい戦いをするから、創造の魔術師としては目立つ方。

 火山の噴火のような現象があったが、それが実は彼の戦いの場であるという噂を聞いたシェイルークらは、そこにやってきた。そして、焼け野原に囲まれた、なぜか緑の草が綺麗に残る円形で休んでいた彼と、彼の創った精霊は再開した。

「驚いたな。おまえは死んだと思っていた。〈夜の国〉にいたんだな。助けてやれなかったのは悪いな」

 何も言わずとも、勝手にいろいろ事情を察知したようである三ツ目クジラ。

「あんたがおれさまのことを覚えていたのは驚きだな。まあ、おれさまの関心は、おまえがおれさまの構造を元に戻せるかどうか、てことだ」

「おまえの構造なら覚えてる」

 それはいったいどういう仕草なのか、三つ目の内、カーズィムは真ん中の目を閉じる。

「だが今のおまえはもはや、おれの作品とは言えないと思う」


 カーズィムは、何もごまかすことなく、彼を創造したものとして、彼がどれほどこの世界で永遠に変えられてしまったのか、しっかり説明してくれた。


 シェイルークの魂には、呪いの構造が与えられていた。自然生物である限り、そんなことをされても生き続けていられることが異常だ。最初の時は、ただ生物であるのだというその誇りのために、彼は生きたのだろう。だがそれはわずかな時間だったに違いない。本来の創造者にもどうしようもできないような呪いを魂に刻まれても、まだ生きているのは、すでに彼が自然生物でも、かといって機械でもないような、奇妙な存在になっていたからだ、改造自然生物、あるいはサイボーグ精霊と言えるような存在。

 カーズィムにも確信はないが、推測はできるといった。理論的には、シェイルークの魂は、特殊なテク元素構造の中にあり、何らかのリンク構造によって、その外部構造も含めた総体となっている。しかし、それは多分、ある種の実験ミスの結果であり、その改造魂は安定性が非常に高く、しかも中にある基盤の魂に危害を加えることも非常に困難になっている。ようするに実質的にシェイルークは不死になってしまっている。

 さらに、シェイルークにとって残酷な真実は、テク元素のあまりない領域では、おそらく改造魂のリンクシステムがうまく機能せず、彼は死ぬこともできず、しかしひどい苦しみを味わうことになるだろうこと。彼がもう精霊とは言えないのもそのため。普通の精霊の領域には、テク元素が存在しない。彼は、今もまだ精霊でありながら、精霊の領域に苦しみしかない。かといって、ルゼドの機械の領域にも拒否されてしまう存在。


「シェイルーク、おれでも、おまえは助けられない。だがおまえは逃げることもできない。死ぬことができないから。おまえはまた旅に出るしかないと思う。いつかおまえは、その呪いを解く方法を見つけられるかもしれない。見つけられないかもしれない。例え見つけられなくても、おまえと同じような存在が、またこの世界で生まれて、おまえの仲間になってくれるかもしれない。いずれにしろ、おまえが今救いを求めるべきはおれじゃない。この世界のとてつもない大きさに、希望をかけるしかない」

 カーズィムはそれ以上は何も言わなかった。別れの言葉もなく、ただシェイルークらが去るまで、黙っていた。


 そうして、ずっと後、キナトたちに出会う時にまで続いていた、彼の、呪いを解く方法を探す旅が始まった。

 ふたりで話しあい、ルアイとは別れた。当時はまだ(あるいは今も)バーチャル生物に、故郷の小世界を離れての旅は難しかったからだ。しかし永遠の別れでないことも誓った。いつか、呪いが解けたならまた必ず会いに来ると。バーチャル生物は、機械生物として調整が楽で、長生きするのはそれほど難しくないはずだから。だから必ず、いつかまた会おうと。

 スフィア世界を知ってからは、それを探した。ネイズグのどこかよりも、答を見つけられる可能性が高いと考えたから。そして何千年もの旅で、彼は大樹世界ユグドラシルにたどり着き、スフィア世界のレザフィカも見つけたのだった。


ーー


WA8712、3月7日


「セドリックというのは」

 それは、シェイルークの昔話を聞いたネリーの、素直な感想。

「尊敬に値する生物ですわね。わたくしは、同じデジタルプログラムから生まれた生物として、誇りにさえ思いますわ」

「ああ、おれさまも、あいつのことは忘れないでいようと思ってる」


 この、本当の現実の世界で、造られた心で、大好きな友達のために戦った、造られた生物。


「それで」

「シェイルーク」

 また、その場を去ろうとする精霊様を止めるキナト。

「僕たちとさ」


 もう決して元に戻れないかもしれない、この現実の世界で異常な何か。彼はとても孤独になれていて、だけど、なんとなく疲れているように、キナトには感じれた。

 だから、あまり深く考えてなくて、ほとんど気づくと、誘っていた。


「一緒に来る気はあるかな? もちろん、元はあなたには関係のない、僕たちの戦いには巻き込んでしまうかもしれないけど。でも、僕たちだって、今はもうこの世界で特殊な存在でもある。あなたの探し物を探す手助けができるかもしれないし。いい友達に、なれると思うけど」

「おれさまは」

 精霊らしさはない。今の人の姿は子供で、揺れとかもない。

「付き合いは短いが、おまえたちのことは気に入った。だけど、簡単に一緒に行くなんて言えないさ」

「そっか」

 あくまでも彼がそう望んでいるのなら、キナトも、あえて深く踏み込もうとはしない。


「キナト」

 引き止められたのではなく、今度は自分で一旦立ち止まったシェイルーク。

「セドリックは、自然生物を、この世界をどう思ってたろうか? おまえは、どう考えた?」

「彼は、ゾウという生物が好きだった。だから造られた世界で生きてきたし、そして、この世界でも同じように生きようとしたんだと思う。それくらいしか言えないけど」

「いや、話してよかった。少し思い出したよ。おれさまはそういえば、もとは仲間のために戦うことが目的だった。そのために造られ、そして自分でも、そういう存在であることが大切な誇りだった」

 剣の切っ先を、地に当てたシェイルーク。

「おまえたちがおれさまの友達だというなら、またどこかで出会った時、その時におまえたちが助けが必要としてたら、また力を貸してやる」

「シェイルーク」

 キナトは、昔に読んだ、例の尊敬する生物学者の本の一節を思い出した。

「ヨッド・ヘンルト・スプゲジャの、2つ目のエッセイで、後天的な魂の呪いについての話があるんだ。それで僕は、今でも彼と同じ意見を持ってる」

 たとえこの世界で決して変わらないものを抱えているとしても……

「それでも、ぼくたちは哲学も開発した。それは、知的生物という複雑な構造に、この世界の普遍性とも関係のない、特別な意味を与えられるものだ。変えられない構造で、そうやって変わればいい。て」

 今となっては興味深いことは、おそらくヨッドは、そのような後天的な呪いの技術を開発したのがアルカキサルである説に懐疑的だったことだろうか。それに関しては、今のキナトの見解はおそらく逆。

「レザフィカでは、ヨッドの本は簡単に入手できるか?」

 シェイルークのその質問は少し意外だった。

「10冊のエッセイはね。ネットで探すのも簡単だと思う」

 キナトとしては、シェイルークにネットが使えるかは謎だったが。

「それじゃあ、それがいつかわからないが、もし次に会うことがあるなら、その時までに読んでおくことにしよう」

 そして最後にまた一言、彼は告げる。

「ありがとうな」


 その去りかたはかなり精霊的だった。その体が氷でできていて、溶けて水になって、そして水蒸気になったみたいになり、風にまぎれるようにその場から消えた。


「何に、対しての礼だったのでしょうか?」とネリー。

「さあ、わからないけど」

 さっきまで彼がいた場所に立ったキナト。

「また会えるといいな」

「そう、ですわね」

 そして、ふたりも、その場を離れた。

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プロトタイプ世界の気高い生物 猫隼 @Siifrankoro

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