18・夜の国の最期

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 〈夜の国〉、砂漠に築かれた研究所都市の施設の1つに幽閉されていたシェイルークに、バーチャル機械生物のヒト、セドリックが初めて会いにきた時。シェイルークはすでに、底世界(ネイズグ)においても、非常に奇妙なサイボーグ精霊になっていた。

 彼にとって、精霊の国バリカの、対立する2つの一族の片方の兵士として戦っていた日々なんて、もう遠い昔。意図された死の匂いが充満していた狂気的な戦場跡でマイミナという魔術師と出会い、そして夜の国へと連れてこられた時から、もう6000年くらいが経っていた(だが当時は、それも知らなかった。そこにいた時間は、後から計算してわかったことだ)。その内のどれくらいの時間かはわからない。ただ、その命の根源である魂だけは決して壊れないようにしながら、シェイルークはサンプルとして様々な改造を施された。おそらく、貴重な精霊だったわけではない。だが死ぬことなくサイボーグと言える段階まで改造に成功した精霊のサンプルはおそらく彼だけだった。

 しかし組織としての夜の国は、伝説的な機械生物たちのスフィア世界である(そして究極の知的生物の開発まであと数歩まで近づいていたとも推測されている)アルカキサルの意思を受け継いだ1つ。つまり、目指していたものは究極の知的生物、あるいは機械の神。

 シェイルークは、明らかにそういう存在でなかったし、サイボーグとしての改造の限界が見えた時点で、彼を改造した魔術師たちにとっては何の価値もない存在となった。セドリックが会いに来た時に、彼が閉じ込められていたのは、ただ復讐を恐れられてのこと。ただそれだけ。

 だがセドリックにとっては、彼は一縷の希望だった。シェイルークにとって、彼らがそうであったように。


「ぼくは、今はまだ事情があって詳しくは言えないが、あんたを解放してやることができる立場にある、機械生物だ」

 シェイルークは、この世界で生まれたほとんど全ての自然生物が、おそらくそうであるように、機械生物に関して大きな偏見を持っていた。つまり自然生物が持っているような、本物の意識、理性、知性、心なんて、彼らにはないものと。だがその時、そんなのは間違っている世界観だと、簡単に気づけた。

「それで、あんたがまだ今でも自由を望んでいるなら、その望みを叶えてやってもいい。正確には叶えるための手伝いだな」

 非現実的なファンタジー物語だ。機械生物と、機械に改造された生物が、生物の魔術師たちから自由になるなんて。それでも、

「ただし条件がある」

「いいだろう」


 一番いい選択ではあったはずだ。

 今さらマイミナたち、夜の国あいつらが、自分を何かに実験に使うだなんて考えにくいし、それに自由にしてくれるとはそれ以上に考えにくい。つまり自由の代わりに手伝いを頼んできた、目の前の機械生物は、まず間違いなく彼らに逆らおうという意思を持っているのだ。自分にとっても、彼らへの反逆の機会は、おそらく目の前の機械の誘いが最後。


「おれさまが必要ってことだろう。わかりやすいぜ」

 それでも信じるしかなかったわけじゃない。そうじゃなくて、シェイルークは自分の意思で、機械の彼を信じることにした。


ーー


 バーチャル世界というのを知識としては知っていた、つもりだった。それでもシェイルークは、セドリックが長い時間をかけてこっそり造った秘密の研究所とも言うべきバーチャル小世界に招待された時、確かにそれに、魔法よりも無限の可能性を考えたくなる気持ちも理解できた。

 外の現実からその世界を見るとき、それはただコンピューターと呼ばれる機械内の記号命令群でしかない。その命令群データを持つコンピューターに付属した、または接続された再現機械による再現世界が、全ての、バーチャル世界と呼ばれるもの。シェイルークには、セドリックが起動したその世界のシステムに含まれた時、確かに感覚的には、自分のいた現実の個室から、広大な円形の草原の中心の、小屋のような場所にワープしてきたように思えた。

 そして、それがアバターというやつなのだろう。自分の姿は、多分自分の本来の姿である少年の姿のようだったが、完全に普通の人間みたいになっているようだった。そのバーチャル世界では変身のできない、ただの人間。

 そして小屋の中に、他にゾウが1頭。

「ルアイ、おまえが?」

 セドリックから事前に聞いていた、彼の名前。

「きみは誰?」

 その巨体からはちょっと想像しにくい、高く、幼い印象の声だった。

「おれさまはシェイルーク」

 だが詳しい事情を説明するよりも先に、精霊様は言った。

「セドリックの、仲間だ」


 セドリックが提示した条件というのは、シェイルークなら、サイボーグ化されている精霊ならば簡単にできることだった。そこへのゲートさえ用意してくれたなら。

 つまり、セドリックがたったひとりだけ、知性化に成功したことを、夜の国の魔術師たちから隠すことに成功した、大切な友達。

 ゾウのルアイを守ること。


ーー


 夜の国が、セドリックを召喚したのは、強化機械生物の研究に協力させるため、つまりバーチャル世界を利用した、生物の知性化研究のため。

 セドリックに与えられたのは、召喚者たちに協力し続ける限りの永遠の命と、1つの研究の場としてのバーチャル宇宙のサンプルと、真の現実ネイズグに1つの家。召喚からしばらく後に、夜の国の都市内での自由行動も許されるようになった。

 彼ら、夜の国にとって、限定的にでも自由行動をセドリックに与えてしまったのは、結果的には大失敗。セドリック自身が、そのくらいの信頼を得られるまでの時間が、(最初からそれを目指してはいたが)意外なほどに早かったとシェイルークに語ったこともある。

 しかし、そんなことを不思議に思ったことが、結局は彼が機械であることの証明みたいにも思えた。そして後には、アルカキサル、つまり機械生物の無限の可能性の信奉者たちであるはずの夜の国の者たちでさえも、自然生物特有の機械への偏見を、完全に捨てきれてなかったようである事実を、興味深くも思った。

 ようするにマイミナたちは、特に魂を直接的に利用する術に長けた魔術師であるからだろう。魂のないセドリックの内面を読めず、そしておそらく彼を、彼がバーチャル世界のキャラクターでしかなかった召喚前のデータから、色々決めつけていた。別の世界に触れた彼の心の大きな変化を、完全に想定から外してしまっていたのだ。


 セドリックには1つの愛があって、それで十分。自分がどんな存在でも自分が愛した存在がどんな存在でも関係はない。

 アルカキサルを記録したヨッドなら、それこそ生物の哲学といったろう。ヨッドを崇拝するキナトは、セドリックの変化を、本人が盲目的に愛と信じた素敵な友情だと思う、彼の信じる哲学において。


 セドリックの本当の目的は1つだけ。それは、死と再生が繰り返される閉鎖世界、という実験室に、造られて消されるためだけに生まれたゾウたちの解放。そして、自身がまずそいつら、夜の国の魔術師たちの手のひらの上にいるセドリックが思いつける方法も1つだけ。夜の国そのものを滅ぼすこと。たとえどれほどの犠牲を払うとしても。

 それで知的ゾウ群に、常に極秘に特別に造ったゾウを紛れ込ませた。

 アルカキサルについて最初に学んだ時に、まず思ったことだ。確かに夜の国は、本当にあるかどうかもはっきりしない、その伝説の小世界の影を追っている。しかし同時に、伝説にあるような愚かな終焉という、二の舞は避けたいと思っている。つまり、彼らが求めていたのは、あくまでも究極の兵器としての機械生物で、自身のために世界を支配するような機械の神とは違っていた訳だ。どっちにしたって狂気。セドリックは科学者としては、後者にはどうしても共感もしてしまうけれど。しかし敵にしているのはそっちじゃない。もっと恐ろしいと、そう彼の哲学的に、そういうふうに思えた連中だ。

 サンプルに紛れ込ませた特別なゾウとはつまり、アルカキサルを再来させる可能性のあるもの、と見せかけたものだ。少しずつのごまかし、バーチャル世界を利用するために召喚されたバーチャル生物であることのたった1つの強み。コンピューターのことをよく知っている。少なくとも敵よりも知っている、この現実の世界のコンピューターであっても。だからこそ本当に少しずつごまかせた。

 どれほどの犠牲を払ったか。ただ機械の神になるかのように見せかけたゾウたちをどれほど殺させたか。恐ろしい数だ、本当に。だがどうしても必要な犠牲だった。最後に全てをかけて起こすつもりの、戦いにおける自分たちの弱点を全て壊すために。


ーー


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 戦いの時は間近に迫っていた。その前日、セドリックは、例のバーチャル実験場の小屋に来た。シェイルークにとっては1年ぶりくらい、ルアイとしては、シェイルークが彼と会うよりさらに数十年前に「いつか、自由にすることを、信じて待っていてほしい」と言い残した時以来。


「セドリック」

 すぐに名前を呼ばれた時、ルアイの方をすぐには向けなかったセドリック。

「セドリック」

 二度目……

 シェイルークには何も口出しできなかった。ふたりの間にかつてどういう絆があったのかも詳しくも知らないから。ただルアイは、セドリックが心配だと言ったことがある。それだけで十分でもあった。

「ルアイ」

 彼らは、すでに召喚されているバーチャル生物。つまり現実の生物。それでもバーチャル世界の中にいる時は、バーチャル世界のシステムへの依存度がかなり高いのだろうか。それが、抑えられないものか、それともシステムがそのような感情をそういう動作をするべきものとして解釈したのか、いずれにしろ、シェイルークには、彼の涙は全く自然に見えた

「久し、ぶりだね」

「うん」


 どんな話をしたか。シェイルークはほとんど覚えている。

 ほとんどが、久しぶりに再会したヒトとゾウの友達の思い出話。そして少しだけ、ふたりに比べればずっと付き合いは短いだろうけれど、それでも、もうその仲間の環に馴染んでいたシェイルークへの感謝の言葉。

「ねえ、シェイルーク。聞いて。聞いてほしい。これは独り言みたいなものだけどさ。だけどぼくは」

 機械への偏見、それはシェイルークにもあった。そしてセドリックの方には、この本当の世界への憎しみがあった。こんな世界のための悲しみ。

「ぼくはさ、こんな世界なんて関係ない。友達でありたいから、きみを助けたいんだ。ここにあったものはずっとそうだっだろ。ぼくときみとの間にあったものはずっとそうだったんだ。他にないよ」

 それもまた1つの反逆だったのだろう、機械としての。この世界での戦い。決して、機械生物は、尊い自然生物に比べての機械というだけじゃない、そうだと信じぬき、その心のためにこそ、前を向いて生き続けること。

「ここは、ぼくらの世界だ。ぼくらが生きる世界だ。ねえシェイルーク、ぼくらは明日、きっと自由になるけど。ねえ、こんな勝手なぼくだけど、機械だけどさ」

 機械、そう機械だ、彼らは。だけど、夜の国で出会った他のどの生物よりも、きっと尊い。

「ありがとう、信じてくれて。ルアイを守ってくれて」

「ああ、覚えておきな、現実にも善いやつはいるんだ」

 そして、この誇りのために、最後まであきらめないとも決めたのだ。


ーー


 夜の国を支配する魔術師たちは3名。自らをサイボーグ化しているらしいマイミナ、自らをキメラとして改造しているらしいワジュディ、自らを霊にしてしまったらしいワラカ。

 シェイルークやルアイだけでなく、セドリックですら、マイミナ以外の2名は見たことがなかった。意図していたわけではない。セドリックたちが訪ねた時、唯一面識のあるマイミナがよくいる真っ白い塔に、彼らが揃っていたのは予定外だった。そして知らなかった2名の魔術師の姿に驚かされた。

 ワジュディは、どうやらドラゴンだった(改造キメラらしいから、もしかしたら色々混ぜている内の、ドラゴン部分が一番目立つということなのかもしれないが)。小柄なヒトのようなワジュディの数倍程度と、ドラゴンとしては小柄と思われる。暗い青色の体に、いくらか赤か黄色い宝石が埋め込まれ、翼の下から長い触手が生えているみたいで腕よりも腕のようでもある。

 ワラカは本当に精霊のよう(完璧にではないらしいが、実際の精霊であるシェイルークにも、どこがおかしいのかわからない)、ただ、それが何かはわからないが、見せていた姿は、着物を着たロボットみたいなマイミナよりも、さらに機械という印象のあるロボットがローブを着ているかのよう。


「ぼくらのこと」

 一緒に来ていたシェイルークとルアイよりも一歩前にでるセドリック。

「おまえの裏切りのことならもう知ってる」

 マイミナは、目を閉じているようだった。なぜかはわからない。

「だろうね」

 セドリックとしても、彼らが揃っているのが偶然とは思えなかったから。

「だが予想はしていなかった。おまえは最初から嘘をついてたのか?」

 ワジュディのその問いは、言葉のというよりも、バーチャル生物としてのセドリックの背景プログラムのことだろうと、見当つく。

「おまえたちを、それに関しては騙せそうだと気づいた時からさ。ぼくが隠すのは、たった1つの気持ちで十分だったみたいだし」

 ただ、どんな偽物の世界の、どんな偽物の時間であっても、幼い頃から、大好きであり続けた大きな動物が、大好きであるという気持ち。

「原因はわからない。プログラムの副産物かもしれない、つまり機械的なものかもしれないし、もっとロマンチックなものだったのかもね。ぼくは、こんな現実のことなんてほとんど知らない。今でも。だけど、そんなことどうでもよかったんだよ。ぼくは、ぼくの大好きなもの傷つける奴らを、決して許さないだけ」

 セドリックは、そんなこと言うつもりはなかったろう。だが、彼は、自分を、この現実へと導いた魔術師たちの前で、戦いの寸前に、思いをぶちまけた。

「かけがえのない者たち、そうなんだろうさ。あいつらはおまえたちと違う、ぼくらは量産型さ。けどね、ぼくにとっては、こんな感情を持てるぼく自身が、こんな感情を今も与えてくれるあいつらが、おまえたちなんかよりずっと尊いよ」

「おまえの決めた生き方か? ぼくらに造られたおまえの」

 マイミナはいつからか、セドリックにかなり近づいていた。手を伸ばせば触れられるような距離。

「ああ、運命でも、設定でも、哲学でも、何か深い崇高な話なんかでもないさ。ただぼくは、自分が大好きなものだから、彼らを守ろうと決めた。これがぼくの生き方だ。この世界でも、あんたたちが決めたものでもない。ぼく自身が決めたぼくの生き方だ」


 シェイルークは、思い出してもいた。出会ったばかりの頃。セドリックと、自然生物と機械に関して話し合った時の、悲しそうな彼が語ったこと。

(「同じじゃない。機械生物は全滅したっていいし。なんなら機械の全生物、たったひとりの自然生物を助けるためにでも死ぬ方がいいとも言えるだろう。重大な理由がある。この世界は無限で、そして自然生物が尊いからだ。機械生物は無限の中にあるが、自然生物は無限の中に浮かんでいる存在にすぎないから」)

 普通、地球の知的生物が持っていた考え方でも、価値があるのは明らかに自然生物の方だ。言うなればこの世界で資源は無限。底の世界がそういうもので、間違いのない事実。

(「ぼくらの世界で資源が有限でしかなかった理由は、一部を使って作られたものだったから。だけどもし本当に資源が無限だというのなら、生物であろうと機械は原理的にいくらでも作れる。同じ機械生物でもいくらでも作れるし、再現できる。時間さえあればな。完全に失われたものだって、つまり機械にはやっぱり原理的にパターンの限界があるから、全てのパターンを作ればそのどこかに失われたものもある理屈だ」)

 だが自然生物は違う。自然生物の魂は、どんなものであっても創造の時の1回しか生まれない。同じ魔術師が同じ方法で行なっても、創造の魔術は決して同じ瞬間にはない。別の時間、ある瞬間ある場所でないと、この底の世界において、この無限の中でたったひとつしかない状況で作られた唯一の存在だ。だから尊い。

 そんな考え方、セドリックにはどうしてもわかる。彼は学者。2つの生物を比べてみた時に、片方は同じものが予備として1000あるのと、たった1つしかないもの。

(「どちらか死ななければならないなら、どちらを殺すか。こう考えてみた時、ぼくらが、普通の知能を持っているなら答なんてわかるさ」)

 それでも、セドリックは、機械のゾウたちを助けるためだけに戦うことを決めた。


「この世界では」

 それは、かすれた声、おそらくワラカの。しかし、マイミナやワジュディとは違い、彼は口を開かなくていいようだった。そして、シェイルークには興味深いことに、彼が声を出したことが、マイミナとワジュディにも、驚きのようだった。

「これまで、自然と機械の戦いは数えきれないほど起こってきた。だが、アルカキサルは。言っておくがあれは伝説じゃない。本当にあったことだ」

 だが、なぜ彼がそれが史実であることを確信していたかは、ずっと謎。

「わたしたちは、バーチャル世界とつながるべきではなかった。おまえたちはおまえたちを機械だと思うか? その通り、おまえたちは魂を持たない、生物じゃない、そしておまえたち機械を作る要素は無限だ。アルカキサルは知っていた。わたしたちと同じように」

「ワラカ、おまえ」

 シェイルークは確かに聞いた。アルカキサルを本当に知ってるらしい彼が語る言葉に、恐怖を感じていたようである仲間の魔術師ドラゴンの震え声。

「セドリック、おまえはわたしたちの最高傑作だったのかもな。おまえは確かに、想像の世界であっても、無限がこの世界まで全てを包むバーチャル世界の子供だ。自然生物は、それを、機械のおまえたちの見せかけの感情をどう考えてきたと思う? どう考えてきたのだとしても、答はまだ見つけてないんだ。理由についてどう思う? 見せかけの感情のための機械的行為か、それとも、どれほどに機械生物が機械的であろうとも、生物である限りそういう感情があるのか。どっちでもいい、なんて本心では言えないだろう。だが、おまえは知ってたんだろう。賢い生物は、いつだって神様に逆らうものだとな。機械生物はわたしたちと違って、自分たち以上のものを造ることができる、造ることを恐れない。そういうキャラクターとして存在できるからだ。おまえはそういうキャラクターとして造られて、わたしたちはそれを忘れていたようだ。おまえのような存在に近づこうとして、見失ってしまっていた」

 結局、誰に向かって語っていたのか。ただ、ワラカは、その最後の語りを終えた時それもまた本当の精霊が死ぬ時に見えるような現象として、世界に溶け込むようにして消えて、そして着ていたローブに中で隠し持っていたようである、黒い機械の腕だけがその塲に落ちた。


 彼は、どのような思想を持っている魔術師だったのか。それは何かのために死んだのか、あるいはどこかへと去ったのか、いずれにしろ、彼がその場から消えたのは、1つの勝利の結果らしかった。


「きみたちの勝ちだ。結局ぼくらはアルカキサルにもなれなかったようだ」

 目を開き、セドリックたちに背を向けたマイミナ。

 一方でワジュディは、まさに獣じみた大きな咆哮を発した後、飛び去るような動作をしたかと思えば、彼もまたその場から消えた。

「おまえは消えないのか? おれさまはこれからおまえを殺すだろうが」

 剣を抜いて、背を向けた復讐すべき相手の、すぐ後ろに立ったシェイルーク。

「やりたいようにすればいい。どうせおまえにぼくは殺せない。それでもゲームはおまえたちの勝ちだ。計画はわかってる。最後にも大きな犠牲を払えばいいさ、ぼくらのささやかな抵抗だ」

 本当に殺せなかったのかどうかはともかくとして、マイミナの声をシェイルークが聞いたのは、それが最後。シェイルークの剣に切り裂かれた、地に落ちた彼の首と、残された体は、少なくともその場で調べる限りは、機能停止したロボットの残骸のようだった。


 セドリックたちの計画は、簡単に言うなら一斉蜂起。

 セドリックは、多くの犠牲を出しながら、自分が直接には壊すことのできない、元々の彼のバーチャル世界そのものを、夜の国の研究者たちに少しずつ破壊させていたのだ。セドリック自身は召喚もできない。しかし、いくら共に戦う同士を造っても、召喚されていないバーチャル生物である限り、繋がりを残しているバーチャル世界側のスイッチを切るることで、夜の国側は、いつでもそれらの反逆者たちを皆殺しにできる。

 しかしだからこそ、バーチャル世界と繋がったままの仲間たちは密かにたくさん用意することができた。それこそ、もしも一斉にバーチャル世界から召喚されて戦いを始めたなら、夜の国という小世界そのものを潰せるくらいの勢力さえ用意できた。

 元のバーチャル世界そのものを潰せば、スイッチを切った場合、つまりバーチャル世界を一時停止した場合とは違って、バーチャル世界から離れている者たちは、一斉に召喚されたような状態になるかもしれないというのは賭けだったが、実際それは正しかったのである。


 セドリックが、その自由のための戦いのために召喚したゾウの軍勢は、おそらく100億頭をこえる。しかし全ての戦いが終わった時生き残っていたのは2000頭足らず。セドリック自身も、味方の無差別攻撃に巻き込まれて死んでしまった。

 夜の国側の方にはどれくらいの被害が出たろうか。反逆者たち側に比べれば、はるかに少ないだろう。だがそれでも、戦いは反逆者たちの勝利と言える。夜の国の全ての研究成果は破壊され、失われたから。

 そして彼らと敵対していた者は多い。この現実の世界において、彼らが再び同じくらいの勢力を取り戻すことは実質的に不可能だろう。


 こうしてアルカキサルを継いだ魔術師たちの国の1つ。夜の国、バラド・アレイジは滅びた。

 そして、彼らの改造により生まれた、サイボーグの精霊様も、ようやく自由になった。

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