15・自然の怪物
「おまえこそ、本当に何者だ? 絶対におかしい、おまえの構造、おまえのその構造がそんな」
キナトらの魔法による風の球体に閉じ込められたまま、質問に質問を返してきた、水属性だろう精霊。
「精霊か。精霊にはやっぱりわかるんだね。そうだよ、ぼくは、魔法に関しては本当はダメダメなやつだ」
自然生物が決して免れることのできない絶対的運命。生まれついての生物としての絶対的優劣。キナトは魔法使いとして、その構造的にあまりにも劣等種である存在。
「でも彼女が、ぼくのことを助けられる」
手に止まったようなタカ、ネリーのアバターを前に出すキナト。
「そういうシステムがあるんだ」
「機械システム。なんて高度なテクノロジー、と驚くべきなのか。今、外では普通なのか?」
「外って、レザフィカ外のこと?」
だとしたら、彼はこの
「そうだ。おれさまはもう100年はこのスフィア世界にいる。だが機械の事も知ってるんだ。おまえたちのシステムも何か機械生物の技術なんだろう。機械はどこまでも恐ろしい存在になりうる。おれさまもそんなことは知ってる」
キナトたちとしては、かなり興味深い発言。
「シェイルーク、きみは、機械の神のことを?」
「神、神まで造ったのか? だが、おれさまはそんな話は知らないぞ」
「じゃあアルカキサルを?」
「それは知ってる」
キナトとしては、期待していなかったわけではないが、実際に彼がその名を知っていたのはやはり驚き。
「だが直接は知らないぞ。それについて書いてるという本も読んだわけじゃない。ただ、読んだやつを知ってた。とても特別なバーチャル生物だった」
「その生物が、あなたを改造したんですの?」
ネリーも、彼への興味をもうかなり強めていたようだった。
「違う、あいつも召喚されたんだ。おれさまを半分機械に変えた奴らに。あいつら自然生物だった、魔術師だ。狂気みたいな、自然が生んだ怪物だ」
(「イカれた魔術師、と言ってましたわね、確か」
「ぼくにとっては、きっと今でも昔でも同じ、ただ恐いものだ」)
キナトもネリーも、少し前の自分たちの会話を思い出す。
「これは呪いなのだと言ってた」
「魔術の呪い」
キナトの知識としては、自然生物に与えることができる呪いというのは、普通は創造の時に"
だが、普通は'創造の時'にしかそれは与えられない。魂に関連する構造を、そんな特殊な要素を仕込むことができるくらい自由に調整できるのはその時だけだから。
「ありえないですわ」
キナトのように、ただ知識があるだけじゃなく、フィオミィが与えてくれた、自然生物を理解するための様々な計算システムを使って、確かめもしたのだろうネリー。
「おれさまは特別な自然生物だったからな。ただの精霊じゃない。おれさまはジン。最も偉大な水のジン、マーリドのシェイルーク様だ。だからこそ」
そこで、そのヒト姿の体が薄れたかと思うと、キナトたちは知らなかったマーリドという精霊の最大の特殊な性質、その本体構造から離れて存在している魂を、シェイルークは自身のすぐ横に出現させた。
そうそれは魂だった、明らかに。キナトたちがそんなものを直接見たのは初めて。だが彼らには他の可能性など考えられない。キナトもネリーも、その青い煙の塊みたいなものが、モノもテクも関係ない、周囲の物理的実体に対して、完全に透明であることがすぐ理解できたから。
「そうだ。改造された」
「それは」
それが、あるひとりの自然生物の命そのものであること以上に、ネリーには信じがたい。
「機械」
そう、ネリーにはそう思えた。解析するまでもない。独立して動いているそれの動力は、テクの元素のシステムだった。だが考えてみればサイボーグの精霊ということはつまりそうなのだろう。彼はつまり……
「魂を機械化した、いえされたんですの?」
「ああ、そうだ」
その魂が消えると、薄くなっていた体もまたはっきりしてきたサイボーグ精霊。
「おまえたちのような物理的実体も持った」
「シェイルーク、きみはでも、なぜぼくらを」
結局それはわかっていないので、あらためてキナトは聞いてみる。
答は、ある程度予想していたものそのまま。
「手がかりを求めてだ。おまえも、ヒトではあっても、機械の部分を与えられているのはわかったからな。おれさまと同じ、部分的に機械である自然生物。そんなやつをおれさまは自分以外にはじめて見たんだ。だから、どうしようかは考えてなかった。ただ、おまえたちを捕まえようとした。悪かったな」
すっかり白状してしまったのは、シェイルークとしても、おそらく今実際に話して、キナトたちが表層上だけでなくより深いところまで自分と同じような存在である、という期待がもうかなり薄れていたからだろう。
そしてまさにその通り、彼のさらに先の目的が、その呪いからの解放であろうと、その呪いについて完全に理解することであろうと、キナトたちはまず役に立てないだろう。
今のキナトたちは、完全な機械テクノロジーの産物であって、魔術は一切関係ないのだから。
「キナト」
「これは」
ネリーに続いて、ネリーとは違うが関連あることにキナトは気づく。
「なぜ」
そうキナトには、どうしてそうなったのかはわからなかった。
「きみも機能が」
急な変化は2つのこと。明らかに通信インフラ施設の塔の影響のためだったのだろう。周囲の物質環境にあった妙な流れが消えたのが1
つ。そして、実際そのためのノイズがなくなったからだろう。ネリーの機械認識システムの不調がほぼ消えていたのが、もう1つのこと。
物理波の送受信のペースがキナトにもわかりやすくなっていたのだ。それはつまり、
「おそらくまずいですわ」
ネリーの、復活した感覚は、すでに捉えていた。
「8名ほどはいます、おそらくヒト、が6名に、クジラ、と、トカゲが1名ずつ、かしら。とにかく近づいてきます」
トカゲはやや細長い体で、普通は四肢で這うように動く生物。
そしてヒトもクジラもトカゲも、他の可能性こそ言わなかったが、実際にそうであるのか、ネリーはやや自身なさげだった。
「ネリー、そいつらの姿をモニターに直接再現できる?」
「簡単ですわ」とネリーが答えた時には、もうキナトの前に画面が現れていた。
その画面に、重なっているようだが、キナトには見分けがつくよう表示された、確かに6名のヒト、それに1名ずつのクジラとトカゲ、というより、トカゲの上半身を持ったヒトみたいな3Dシルエット。クジラも、部分的に妙にトゲトゲしい印象がある。
6名のヒトは、シルエット的には、5名が女性ぽい。
「おそらくその女性らしき5人の内3名はバーチャル機械生物です。2名は自然生物と思われますが魂構造が奇妙な感じします。男と、ヒト以外は自然生物みたいですわ」
「そうだろうとは思った」
実際キナトはよく知っている。
自然生物の場合、知的種族はほぼ例外なく、例えば戦いに関するあらゆる能力が、女と定義される構造では貧弱なことが多い。しかし"魔女"と呼ばれる特殊な創造の産物だけは別。何か部分的に、本来の設計プランから外れた異常を有することも多いのだが、代わりに、それこそ異常に強い魔法の能力を有している者たち。
そして機械生物の場合、特に、普通の機械生物以上に、その能力の設定を設計段階で自由に調整可能なバーチャル生物の場合は、理由はともかくとして、知的生物における男女の強さが完全に逆転していることも多い。
ようするに今、自分たちに迫ってきているヒトの中で、女は構造が特殊な魔女か、強力な戦闘能力を設定されたバーチャル生物なのだろう。つまりは明らかに彼女らは、戦闘に長けた者たち。
「クジラもトカゲも、多分ある種のキメラ族だ。トカゲの方はヒトみたいだしほぼ確実に」
「トカゲにヒト。リザードマンか」
位置的に画面は見れないシェイルークの推測。
「多分ね」
キナトも、シェイルークにその名前を出されるまで、名も忘れてはいたが、知識として知ってはいた。
「インフラ施設を止めたのは、向こうも探査や通信の機器を使えないからでしょうか?」
ネリーの疑問。
「だとは思うけど」
(でも、止めれるなら。そもそもこれほど早いなら)
明らかにインフラ施設側にも、自分たちの魔法を使った戦いが影響を与えてしまって、それで、施設を守る役割を与えられている者たちが迫ってきているのだろう。向こうが何者であれ、向こうから見た自分たちは、おそらく非公式エリア、あるいは立ち入り禁止のエリアに突然現れた謎の魔法使い。
警戒も当然ではある。
「ネリー、でも今なら、多分簡単に施設にアクセスできるだろ。それなら少しだけ確かめて。この施設を中枢とした通信経路網が、レザフィカのどこと一番繋がり強いか、明らかに多くつながっている場所があるなら、それがどこか」
「確かに1つ、線の重なりが極端に多いポイントがありますわね。地図では、レイジェの北側ですわ」
(リザードマン、レイジェ、通信施設を守ってる、魔女にバーチャル生物の兵、未知の魔法使いに対してのこれだけ早い対応)
いま得られるあらゆる手がかりの情報が、1つの答を示していた。
「"クリキズウェ"」
「クリキズウェか」
同時にその答にたどり着いたキナトとシェイルーク。その名を口にしたのも同時だった。
「それって確か軍事会社の」
ネリーも、事前に聞いていた名前。レザフィカにおいて、最も強く警戒すべき民間組織の1つとして。
レザフィカ最大の大陸エンデナの、五体国家と呼ばれる5つの大国の中で、レイジェ連邦という国は、この自然生物のための
極端すぎる自由資本主義精神が、多くの文化において、非道徳とか、悪しきこととされているようなことも含め、他の国家にはほとんど見られないような因子、要素、特色をいくつも生んできた。
民間の組織でありながら、国内で最大の軍事力を有し、その力を持って広い範囲を実効支配する軍事会社クリキズウェも、そのような国であるからこそ誕生した組織。
「ネリー」
幼い頃に離れたとはいえ、キナトも元はレイジェの出身。だからこそ、キメラ、魔女、バーチャル生物、それら全てを抱えている、その非公式軍隊のことは昔からよく知ってもいる。
「正直、今のぼくらが、あいつらと関わるのは非常にまずいと思う。逃げよう」
しかし、その場から数歩だけ動いたところで、まだ自身の魔法の風で大きな動きを封じられている精霊を見たキナト。
「キナト」
彼がどうするのかも、その行為が今の自分たちにとって最善の行動である可能性は低い事も、ネリーは理解していたが、相棒を止めようとはしない。
「縁があったらまたね、精霊様」
そんな自身の言葉をおかしくも感じ、笑みを見せたキナト。
そして彼は、その聖霊様を一時的に縛っていた風のコントロールをやめた。
「行こう」
「ええ」
今度は自分の体を押すように風を使い、キナトらはその場を去った。
「やっぱり、こっちが逃げる動きに気づいたみたいですわね。向こうも加速しましたわ」
「どれくらい速い?」
ふたりの速度は今や早すぎて、普通の音波による会話は難しいのだが、ネリーはキナトの聴覚器官に直接的振動で、キナトは音では伝えられていないのだがその口の動きからネリーは読みとってくれる。
「かなり早いですわね。普通に逃げられるかかなり難しいくらいですわ。リザードマンと魔女ふたりの速度は、わたくしたちの全力と同じかそれ以上くらいかも」
「ネリー」
思いつく策が少ないことも悪いことばかりではない。いちいち選択しなくてすむ。
「きみも推測した通り、通信施設の方を一時停止したのは、あいつらも探査装置や通信装置を使うのにそれが起動してると邪魔だからのはずだ。で、今ここは雪で普通に視界も悪い」
そう、それも何かの調整か、ただの偶然か、通信施設の辺りはどうもかなり気候が穏やかだった。そこからある程度離れた今の自分たちは、吹雪に溶け込んでいるような状態といってもいい。
「こっちが形成した一時的な通信場を使って、物質の波動を狂わせて、施設の場合みたいに、今、相手の機器を惑わすことができると思う?」
「かなり確実に可能ですわ。ですが、あまりこちらも大きな動きをとれなくなるでしょう」
ようするに時間稼ぎにしかならないだろう。それは指摘されるまでもなくキナトもわかっている。
「時間稼ぎで今はいい。どうにか打開策を考えるまでの」
少しの間、冷静に考えれば何か思いつく自信もあった。
現在の状況は、言うなれば外部のハイテクな機械生物に改造された特殊な自分たちと、あるスフィア世界のテクノロジー文明から生じた軍事的産物との勝負。だが情報的なアドバンテージは明らかに自分たちの方にある。自分たちが何者か相手はほとんど推測もできていないだろうが、自分はレイジェのクリキズウェという軍事組織のことならある程度知っている。
「いっそのこと、こっちから攻撃を仕掛けるのはどうでしょうか? だめですか?」
「あまり得策じゃない、今ここを切り抜けることができたとして、レイジェ連邦でかなり知られてしまうと思う。あいつらを全員ここで皆殺しにしてしまうならともかく。でも、完全に感情的な問題を考慮しないとしても、それは難しい」
そこで、ネリーの準備が整ったことを悟り、また足を止めたキナト。
「キナト、おそらく上手くいきましたわ。こちらはまだかなり、あちら側の動きを認識できていますが、あちらはおそらくこちらを見失いました」
もう必要がないので、すぐ耳元ではあるが、普通の音で伝えてきたネリー。
「あと、少しの動きなら大丈夫ですわよ」
「それじゃここは少し離れよう」
そうして、さっきまでよりははるかに遅いが、歩くよりはまだかなり早いだろう速度で、その場を少し離れるふたり。
「キナト」
「何?」
また適当なところで止まった時。
「キナト、彼が話をしたがってますが」
「彼って?」
「あの精霊です。シェイルークと名乗っていた彼です。どうも彼専用の通信装置を使っているらしいです。近くには来ているようですが、わたくしたちの妨害が彼にもわりと有効なようで」
「シェイルークが?」
精霊である彼専用の通信装置とは、また興味深い話だ。
「彼からの今きてるメッセージそのまま伝えますわ。なぜおれさまを助けた?」
「返事を返せる?」
「それより、おそらく彼だけなら、こちらの場所を伝えることができますけど。そうします?」
「そうして」
そういう訳で、早い再会。
「あいつらなら、おれさまにもおまえたちにも興味を示すだろう。実験対象としても、商品としてもな」
実際それが自然的なのだろう、顔をぐるぐる巻きの包帯で隠した、ローブ少年の姿を見せたシェイルーク。
「おれさまもこの世界で長いしな。レイジェという国のことも、クリキズウェという組織のこともよく知ってる」
それぞれ事情はともかく、ほぼ間違いないことは、キナトらもシェイルークも、レイジェの民の基準では、レザフィカ外からの不法侵入者であること。ようするに公式の社会の法などで保護されることがない存在。レイジェという国家では、単に物として扱われておかしくない存在。
加えて、実際に外部の機械テクノロジーの産物に、外部の魔術による産物。実験動物、見世物、兵器。文字通りに生ける物としての価値はかなり高いだろう。
つまりは、捕まらないとしても、存在が知られてしまうリスクがすでになかなか高い。だからこそキナトらは即座に逃げようと考えたわけである。
「おまえたちは、おれさまを囮に使えたろうに」
「わたくしは、正直それでもいいと思ってましたわ」
実際、ネリーだけならばそうしていたろう。
「だいたい、わたくしたちに先に仕掛けてきたのはあなた。そもそもこうなったのだって、わたくしからすればあなたのせいだと思いますしね。でもキナトが決めましたから。あなたを解放すること。わたくしは相棒の意向を尊重しただけですわ」
「ぼくは」
キナトとしては恥ずかしくて、正直あまり言いたくなかった理由だが、まさに自分を尊重してくれた相棒の圧も感じ、言うしかなかった。
「そんなに深い話じゃないよ。ただね、ただぼくは、自分の哲学が定義する"善きもの"として行動したかっただけだよ。多分ね」
結局のところ、そんなに深く考えている時間自体など実際なかったのだから、あまり論理的なことは彼自身言えない。
(「ねえ、シェイルーク。聞いて……ぼくはさ、こんな世界なんて関係ない。友達でありたいから、きみを助けたいんだ。ここにあったものはずっとそうだっだろ。ぼくときみとの間にあったものはずっとそうだったんだ。他にないよ……ここはどこだ? ぼくらの世界だ。ぼくらが生きる世界だ……」
「ああ、運命でも、設定でも、哲学でも、何か深い崇高な話なんかでもない。ただぼくは、自分が大好きなものだから、彼らを守ろうと決めた。これがぼくの生き方だ。この世界でも、あんたたちが決めたものでもない。ぼく自身が決めたぼくの生き方だ」)
シェイルークの心に、どうしても浮かんできた過去の記憶いくつか。
忘れられない。忘れたくない思い出。
「今、きっとおまえたち、精霊の手も借りたい、て感じだろ」
剣を両手で持ったシェイルーク。
そして彼は変わらず、偉そうに続けた。
「おれさまも今はおまえたちに協力してやる。あいつらと戦うにせよ、逃げるにせよ、おれさまの力はきっと役に立つぞ。やつらは自然のヒトも、バーチャル生物のこともよく知っているだろうし、もしかしたらいくらか精霊のことも知っているかもしれないが、この世界じゃジン族は珍しい、マーリドはもっとだ。それも呪いにかかった変わり者の事なんて、さすがに想定してないだろうぜ」
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