14・サイボーグvsサイボーグ

 不気味な存在。

 それがキナトとシェイルークが初めて出会った時のお互いが抱いた感想。


「おれさまはシェイルーク」

「ぼくはキナト、鳥のアバターの彼女はネリー」

 お互い素直に名乗りはしたが、どちら側にとっても重要なのは名前ではない。

「外から来た、か。太陽船に何かしたのはおまえたちか?」

「正確には帰ってきただけどね、ぼくは」

 シェイルークと名乗った少年の見事な推測に、キナトは驚きもしない。


 つまり、もう星系システムに乱れが生じはじめているのだろう。占星術の心得がある者ならば、そのことに、その原因にまで気づいても、そうおかしくもない。


「あなた、ヒトじゃないですわよね」

 キナトより早くネリーが言った。

「ああ、ヒトでない」

 シェイルークの、顔の包帯をほどくような仕草、中身は何もなかった。さらに数秒後には、また包帯巻きの顔が現れていた。

「シェイプシフターでもないんじゃないか?」


 ヒトではない、しかしヒトの姿に変身しているようである知的生物。普通に考えるなら変身能力を有する存在、つまり彼、シェイルークはシェイプシフターなのだろうが、キナトはそうでない可能性が高いと推測していた。


「あなたの魂の感じ、魔術師じゃない。そうでしょう」

 魔術師の魂や物理構造は、今のキナトになら簡単にわかるくらいに奇妙なことが多い。

「それにぼくは前にレザフィカこっちにいた時、シェイプシフターの知り合いがけっこういたし、いろいろ話聞いたことあるけど、ヒトの姿をしながら、ヒトどころかほとんどどんな自然生物にとっても絶対ありえないような感知能力。あなたは」

 もう答はひとつしかない。

「精霊なの?」

「驚きだな。おまえはこの世界、このスフィアだけじゃない。大樹世界以外の世界のことは何か知ってるか? おれさまはルゼドという世界から来た。ジンと呼ばれる精霊の一族の者だ。水のジン、マーリドに属する者。シェイルーク」

 再び名乗りもした水の精霊

「ジン、ジーニーですの?」

「知ってるの?」

 ネリーの反応に、シェイルークよりはるかにキナトが驚かされる。

「わたしの昔の世界では、けっこう有名な伝説でしたわ。アラビアという地域で昔から語られてきた精霊ですの」

「そっか、地球モデルだから」


 よく考えてみたら、それもおかしなことではない。

 キナトは、大樹世界以外のネイズグ小世界など、どれも名前くらいしか知らない。しかしバーチャル世界で一般的である地球という惑星の各地域は、ネイズグの大地の各小世界がモデルになっているという話は聞いたことがあった。

 つまりは、地球のアラビア地域というのは、ネイズグ小世界のルゼドが参考になっていて、それでルゼドの精霊一族が昔話の精霊ということになっているのだろう。


「本当に召喚されたバーチャル生物なのか。だがそうだとすると、やはり奇妙な組み合わせに思えるな」

 よく見ようということか、垂直に飛び、消えたかと思うとさっきまでより数歩分はキナトたちに近づいてきていたシェイルーク。

「何か、特殊な生物に関心でもあったの?」とキナト。

 結局、管理者関連ではなさそうだが、自分たちを追ってきていたのは、何か気になることがあったからだろう。

「異質な感じがした。魔術師かもしれないと思ったのさ」

 包帯のためにわかりにくいが、少し笑ったような感じだったシェイルーク。

「だが、おれさまにもわかる、おまえたちも魔術師じゃないんだろ。まだ奇妙な感じはするが。自然生物のようでいて、機械のようで」

「その印象はこっちとしても興味深いよ」

 極端なことを言えば、キナトとしては精霊という存在そのものが非常に興味深かったのだが。

「しかしまあ、テクノロジーだな、おまえたちのは。なら、おれさま的にはあまり興味はない。ここに何しに来たのか知らないが、不安にでもさせたのなら悪かったな」

 そこまで言うだけ言ったシェイルークは、今度は普通に少し飛んで離れて、後はあっさりその場を去っていった。


「偉そうなやつでしたわね。精霊って基本あんな感じなんですの?」

「えっと」

 ネリーの疑問に、キナトはすぐ答えられない。

「ぼくも、精霊と言葉を通して会話したことなんて初めてだから。あれが性格的に平均的なのかとかもわからないよ」

 そういう訳だった。


〔「それよりも」〕

 キナトの感覚的にも、ネリーの感知機能も、シェイルークは実に素早く自分たちから離れていったが、精霊の能力自体、キナトたちにはかなり謎の部分がある。

 だからこそキナトは、あまり聞かれたくないその話を、表示させた小さなホログラムスクリーンに、メッセージとして表示させた。

〔「さっきの精霊、普通でないことは間違いないよ」〕

〔「なぜですか?」〕

 少しでも音を出すやりとりは避けようというキナトの意図をしっかり理解し、ネリーもメッセージで問いを返す。

〔「精霊は、なわばり意識が非常に強いと聞いたことある。ユム・ミリは風の精霊が非常に多い、あれはでも、そうじゃないはず。風属性じゃない。偶然ぼくがそうだから、そうじゃないともわかったんだけどさ。何者か知らないけど、ぼくらのことを知らないから、ぼくが元々レザフィカの、しかもこの辺りで育ったことなんて、多分予想もしてなかった。それに属性までわかるとも考えてなかったろうから、気にもしないで声をかけてきたんだと思う」〕

 つまりシェイルークは他の精霊たちのなわばりにいて、しかし平気でいた可能性が高い。それはキナトには妙に思えていた。

〔「ジンとかルゼドとか具体的な名前も出してたし、あれが外から来た存在なのは本当だと思う。だからこそ」〕

〔「つまり、あれは精霊からも隠れる術を持っているかもしれない精霊?」〕

 ネリーにも、そういう話だとわかった。

〔「でも、それは精霊として異常なのでしょうか?」〕

〔「ヨットの本での知識頼りだけど、異常だと思う。精霊はなわばりでは魂をよく見れる。自然生物には魂が必ずある。特に物質構造を持たない存在がそういうなわばりに入って、そこの精霊に気づかれないですむなんて、すごくありえないはずだよ」〕

〔「やっぱり管理者の関係でしょうか? 管理者なら、レザフィカ内では、システムでそういうことができるかも」〕

〔「わからないけど、管理者が精霊を使うかな。管理自体は機械仕掛けなわけだから、精霊は相性が悪いはず」〕


 だが、ふたりで少しばかり議論しても、シェイルークと名乗った彼の正体も、結局自分たちに近づいてきた目的も、まったくわからなかった。


 しかし再会はすぐだった。


ーー


 WA8712、3月6日。


 噂としては広く知られているが、実際に探して利用するのは難しいだろう、石道の非公式ルートを抜けて、目的の施設からほんの数百メートルほど離れてるだけの地上に出てきたキナトたち。

 その施設は、送受信機だろうか、斜めに傾いた先の尖った金属の柱のようなものが、大量にあちこちに付いた塔のようだった。その周囲は、建設時の時のそれが残っているかのような枠組みの足場が、おそらくちょうど1階ずつぐらいにある。その階層の数からすると、おそらく塔自体は30階建てぐらいなのだろう。


「ここはまだ、ユム・ミリだよね。地図上のどの辺りかわかる?」

 雪は降っていなかったが、どの方向を見てもどこまで真っ白であるから、ほぼ間違いなかった。そもそも非公式とはいえ、石道が通じている時点でかなり確実なことだが。

「難しいですわ、ここでは物理波が使いにくいです」

 通信インフラの施設の影響であろう。

 物理的な波動現象は、ネリーの空間情報と関連するすべてのシステムにおいて、最も基礎的な要素。いわばその、外部空間情報と、自身の機械的認識領域との接続の、媒介となる現象が、ほとんど想定どおりに機能していない。

 ようするに、ネリーは感覚がかなり麻痺していた。

「直接繋がれば、ここでもシステムへのクラッキング、いやぼくらに必要な情報の解析は可能だと思う?」

 現実問題として、すぐ近くの通信インフラが、この世界レザフィカの全背景システムに繋がっている訳ではないだろう。むしろ、表面上の一部の領域エリア中核コアでしかないと考えるべきだ。だが、場合によってはもっと広く、この世界を乗っ取るつもりであるキナトらにとっても、そのわずかな領域から得られる情報の全てが、まるで意味ないということも考えにくい。

 レザフィカは知的生物のための世界だ。そこに生きている多くの技術者たちは、常に自分の時点で実現できる最大限のテクノロジーを望むものだ。部分的なものであっても、全体のテクノロジーの程度を知る参考になることも多い。

「どうかな?」

「おそらく大丈夫ですが。というかそれが上手くいくかは、わたくしも、フィオミィの与えてくれている機能次第という他ありませんわ」

「それじゃ」

「キナト」


 そこでネリーは気づく。こんな場所でなかったら、つまりは不規則現象の悪影響ノイズさえなかったら、もっと早くに気づいていたろう。


「何?」

「わたくしの感知機能、狭い範囲ではまだかなり有効です。それでわかりました」

「シェイルーク?」

 キナトは、まだ感覚的に気づけなかった。だが状況的にそうでないかと推測できた。

「ええ、あのシェイルークという精霊、彼(?)がいます。上から2つ目の足場、かなり右の方です」

 しかし、場所の情報があっても、キナトには見えない。周囲の空気に溶け込んでいるかのよう。

「キナト。どうもこっちが気づいたことに気づいたみたいです。剣を抜いた、のはただの演出かもしれませんが、明らかに今こっちを警戒してます」

「ここから気づいた? きみの感知に?」

「ええ、奇妙ですけ」


 それは、ネリーよりキナトの方が気づくのが速く、そしてかなりギリギリだった。

 雪を溶かしたのか、地下水を放出させたのかはわからないが、かなり勢いよく、大量の雪を吹き飛ばした、下からの水。

 明らかにただ爆発しただけではない。集めたらキナトを沈められるくらいにはあるだろう、その水物質群の動きは、明らかに知的存在にコントロールされたもので、体が水であるいくつかのヘビのようにくねくねと、しかし素早くキナトたちに迫ってくる。

 たがその攻撃に使われているのはあくまで物質であって、キナトなら、ネリーの助けを借りるまでもなく、かわせる程度の速度。


「魔法、やっぱり機械じゃない?」とネリー。

 変身能力や魂の時点で明らかなことだが、しかし機械の機械的システムを逆探知したのは、自然生物とは思えない芸当。だがそれ以上に魔法は、機械生物にはありえない。

「ぼくと同じようなものなのかもしれない。自然生物だけど、部分的に機械として改造しているのかも」

「サイボーグの精霊? そんなこと」

「ありえないような話だけど、他の可能性の方がもっとありえないから、これが一番ありえる」

 ただ、よく考えてみると別の結論も出るかもしれない。しかし水の攻撃をかわせはするが、余裕綽々という感じではないキナトに、じっくり考えている暇はない。

「ネリー、ぼくの魔法を、それと位置を指示して。こっちからも攻撃してみるよ」

 そこで一旦止まり、すぐさまネリーにより強められた自身の風の魔法で、圧力の壁を作り、水ヘビ群を全て弾いたキナト。

「やっぱり」

 互いにコントロールしてるそれらの物質群のぶつかりから読み取れた。

 モノ元素とテク元素が混じった物理空間内で、直接的に動かされているのは全てモノ。つまりは、自然生物が自らの魂の構造とリンクできる物質群。

 つまり明らかに、キナトの風が魔法によるものであるように、水を動かしていたのも魔法。

「キナト、あなたの視覚情報に位置を付け加えました」

「うん」

 キナトの感覚的には、ネリーが捕捉したシェイルークの位置が、赤い光の点として見えるようになる。

「攻撃する」

 彼も集中力が切れてしまったのだろう。キナトたちへの水の攻撃は止んだ。しかしキナトが発生させた風の球体の攻撃が、彼に衝撃を当たえることもなかった。


 精霊は本来物理的実体を持たない。だが、シェイルークは物理体は消さないで、ただ彼自身が不定形の水に姿を変えて、足場から足場へと次々降りていく。キナトは風の球体攻撃に追尾させるが、液体の逃げる方がわずかに早い。


「キナト」

「わかってる」

 一番下、地上まで降りてきた時点で、また、剣を持った人の姿になった精霊。もうネリーの機能に頼らなくても、キナト自身がその姿をはっきり確認できる。

 それが地を蹴って、液体状態の時と変わらないような速度で、今度は直接に迫ってくる。

 キナトは離されていただけの風球体は消して、シェイルークが、あと数メートルというところに迫ったところで、さっき水ヘビ攻撃に対してそうしたように、風の壁の圧力で迎え撃つ。

「これは」

(魔術?)

 ネリーにはまるでわからない、キナトも確信はない。

 ほぼ確かなことは、それはただの魔法の攻撃ではなさそうなこと。シェイルークの斬撃と違い、風の壁で、防げたはずなのに防げなかった水の針いくつか。

 防ごうと思えば防げそうだったが、本当に何か魔術的なもので、またすり抜けてきたら面倒なので、後ろに飛び退いたキナト。


 しかし魔術的な技を使ったのならば、おそらくさっきまでよりも、他の能力は落ちている。


(それに)

 その物理体自体はしっかり弾くことができた。そのために、今は捉えやすい。

「うっ」

 その水でできているようであった実体を、風の球体に今度は閉じ込めたキナト。内部への圧力を一瞬だけかなり強めるが、すぐに弱め、これ以上戦う気がないことも示す。

 それで、シェイルークとしてもやる気を削がれたのか、針だけでなく、周囲の水全て、コントロールを止めてくれた。

 後は重力で落ちるまま、水が地面を叩く音がすぐ響く。

「なぜ」

 キナトの知識的には、まさに奇妙で不気味だった。これまでのことから、そうかもしれないとは思ったが。

「シェイルーク、あなたは精霊なのに物理的実体があるの?」


 そうとしかもう思えなかった。やはり彼は、改造された自然生物。改造された精霊。

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