13・迷路で追いかけっこ

 キナトがナフナドカ王家の一員になってから、初めて国外に出たのは、WA8694の11月15日。彼が13歳の時。その次の年から入学が決まっていた"サブフレグキ"という魔法学校のあるキッカオン共和国を直接に知っておきたいと、ウィルミクが立てた1ヶ月の旅行計画に付き合わされた形。

 まだこの頃は、外で単独の護衛を任されたことのなかったキナトだが(彼はウィルミクより1年だけ若いから、本来は規定の年齢より下なのだが)同級生として一緒に寮生活を送る予定の魔法学校においては(もちろん魔法学校自体の強固なセキュリティもあるのだが)必然的に単独護衛となる。実のところ、彼を権限なき王子でなく、単に影武者従者として見ていたほとんどの王族関係者にとっては、その旅行は、彼が務めをしっかり果たせるかどうかを確認する最終テストでもあった。


ーー


 WA8694。11月21日。


 ふたりの王子はキッカオン最大の都市ドゥラウマティミに来ていた。

 テクノロジー文明が発達していて、ほとんどヒトか、ヒトの亜種族である住民たちの他、様々な専門の役割が与えられているロボットたちが、あちこちすれ違う都市。ほとんど10階以上であるような建物群は、ほぼ無機質な銀色のようであるが、それらだけで何かネットワークを築いているような印象もある、単純な図形のような、しかし時々は動物のようなバーチャル映像が色彩豊かでもあり、知的生物たちのテクノロジー世界をよく演出している。

 しかしナフナドカという小国と比べたら、まさに未来の世界でもあった大都市だが、特に都会への憧れとかもなかったので、ウィルミクは観光にもすぐ飽きた。それで、この都市に滞在する予定だった残りの2日。彼はずっとホテルの部屋で、キナトとゲームばかりしてるつもりだった。

 ただ、ウィルミクもキナトも予想外だったのが、突然に合流した3人。


「よっ、オタクン共、女の子たちが遊びに来てあげたぞ」

「ね、姉さま?」

「やっばりか」

 ウィルミクにとっては3歳下の妹、キナトにとっては2歳下の義妹である双子、ミルル(ミールルエシェ)とメリメ(メリーメノア)を連れてホテルの部屋を訪ねてきた、ウィルミクにとっては4歳上の姉、キナトにとっては5歳上の義姉であるフィルル(フィールルカ)。

「あ、隙あり」

「いっ」


 その時、モニターに表示されたキャラクターを、手で持って指で操作する古くさいコントローラーを使って操作する、ナフナドカにおいてもかなり骨董品であろうレトロゲームで対戦していたが、いきなりの姉の登場に動揺したウィルミクの隙をつき、(卑怯にも)見事大技をヒットさせたキナト。


「て、やっぱりって、キナト、おまえは気づいてたのか?」

「誰か来る気配を感じたから。消去法で」


 護衛係でもあるキナトは、近づいてくる誰かがいることに気づく能力にも長けている。そしてそういう警戒をまったく気にしてなさそうな、言ってしまえば素人である誰かが、自分たちの部屋に近づいているのに気づいていた訳である。

 その近づいてきてる数名の目的地まで直接的に把握できたわけではない。ただホテルは実質貸切で、他の部屋にいるのは自分以外の護衛の者たちだけ。その者たちの客とは考えにくいし、加えて彼らに何も対応する様子がないということは、つまり自分たちの身内である可能性が非常に高い。


「しかしまあ、メリメはともかく、ミルルまで来るなんてな」

 ウィルミクがそう言ったところで、フィルルは自分の方を見て、メリメも見てくるというか睨んできて、少し気まずく感じるキナト。

「わたしだって、たまにはね」

 ウィルミクやキナトと同じように、ミルルもあまり積極的に外出するようなタイプではない。しかし単に室内の遊びを好んでるふたりと違って、ミルルは体の弱さのために、外での楽しみの多くが実質制限されているという事情もある。

「あっと、いいんじゃない。ぼくが言うのもおかしいような気がするけど、せっかく珍しく遠出したんだしさ。確かにこう、ひきこもってばかりじゃ、いつもと同じで、もったいないような気もする」

 特にまだ、何か言われてるわけでもないが、どこか話をそらそうとしている感じだったキナト。

「そうだよ、あなたたちはもうすぐ一般学校の学生にもなるんだからさ。オタクブームなんてもうとっくに過去のものなんだから。最近は都市でのデートもうまくこなせないようじゃ女の子にモテないんだよ」

 ナフナドカでは、義務教育期間に王族の者が通う学校は、王立の貴族学校"テュンルス"と決まっている。しかし王族の者たちからしてみれば、宮廷内の教育や社交の場と、感覚的にほぼ変わらない。フィルルが一般学校の学生と言ったのは、よくも悪くも、ウィルミクたちにとっては(少なくとも表面的には)特別扱いとかもないだろう学校に通うのが初めて、というような意味合い。

「いや、そもそもオタクブームって、ナフナドカのやつだろ」

「むしろぼくは、そんなブームがあったこと自体に今衝撃受けたけど」

 流行りに関しても、歴史に関しても、キナトはウィルミクよりずっと疎い。

「しかしまあ別に、誰にどう思われようがどうでもいいけど。確かに少しはシティボーイて感じになっておいた方がいいはいいよな。それは、おれは普通にかっこいい王子様だけどさ、それならそれで女の子たちの期待にもしっかり応えれるようになっとかないと」

「ウィルミク、微妙に、いえ正直けっこうめんどくさいです」とは言いつつも、楽しげな雰囲気も今やかなり出していたキナト。


 そうして結局、義姉や義妹たちと一緒になった旅行。


ーー


WA8694。11月26日。


 キナトにとって、かけがえのない思い出。

 実のところ、なかなか上手くいかなかったけど仲良くなりたいと思っていたメリメや、自分のことを好きだと言ってくれていたミルル以上に、フィルルとのいろいろなやり取りは、強く印象に残っている。

 完全に自分たちのためだけに強引な手段で取り入ってきたキナトたちを、最初から歓迎してくれて、最初から優しくて、色々なわだかまりなんて全部無視して、簡単に家族になってくれた明るい義姉。


「ごめんね、ほんとはさ、カノエちゃんも連れて来たかったんだけど」

 当たり前ではあるが、キナトにとってはウィルミクたちの誰よりも長い付き合いであった実妹。

「いや、わかってますから。どうせあいつが行かないって言ったんでしょ」


 なぜそういうことになったのか、流れははっきり覚えていない。ただウィルミクと双子だけで出かけ、キナトとフィルルがふたりだけホテルに残った時があった。


「ねえキナト、あなたはさ、ミルルちゃんのこと、どう思ってるの?」

 それはまた唐突な問いだった。

「あ、いや、突然何ですか?」

「うむうむ、その感じは、やっぱりわかってないって訳じゃないんだね。むしろあなたって結構そういうこと鋭そうだもんね」

「あの、言ってきますけど、ぼくはその、恋愛とかそういうことはまだわからないんですよ」

「いやいやいや、お気に入りの子に先に告白するために、主な兄に勝負ふっかけるような子が恋愛に興味ない?」

「いや、何で知ってって、いや知ってておかしくないか、あいつから聞いたんですね」


 よく考えなくてもなかなか恥ずかしい。女の子キャラを恋愛対象として攻略する"バクラブ"というシュミレーションゲームにおいて、わりと本気で恋心というようなものを抱いたキャラへの、(仕様的に、最初のそれが1回だけの特別なイベントであった)告白シチュエーション調整の全権を賭けて、(それも結局ゲームでのだが)勝負をウィルミクに持ちかけたという話。


「わたしはそういうこと普通に理解あるよ。むしろわたしもわりとオタクなわけだしね。いやというか、そこは別に今問題なんじゃなくて」

「ミルルのことは」

 しかし、それこそオタクらしく、ゲームのキャラクターとの妄想恋愛と違い、現実リアルでのそういう話なんて、この頃のキナトにはあまり実感持てなかった。

「でも、普通に立場的に難しいですよ。ぼくはその、ずっとウィルミクの味方でいるつもりなんですから。場合によっては敵になるかもしれない子なのに、そ」

 しかしその続きは口にしない。そもそもその頃から、すでに彼が恋なんてしていたのだとして、それは義妹が相手なのではなくて、まだウィルミクの婚約者でもなく、婚約者候補だった貴族の友達に対して。

 

「でもさ、まだ謎があるんだけど」

「何ですか?」

「いや、あの子があなたと関わることになったきっかけね。だって、どっちかって言うと、メリメちゃんの方があなたと話してたりする印象があるからさ。家族以外の男の子と話したことあるかも怪しいようなあの子と、いったいどこでどうなって恋されるような関係になっちゃった訳よ、あなたは」


 実際、キナトも忘れられない。自分に対してどういうイメージを持っていたのかは知らないが、初めて会った時、明らかに怯えた様子を隠せず、ちょっとした質問に答えるのにも、必死に勇気を振り絞っていた様子だった彼女のこと。


「えっと、それがわからないんですよ。ぼくにも」

「ふうん、嘘ね、絶対」

「何か根拠、あるんですか?」

 別に信じてもらえないだろうとは思っていたが、意地でも言うつもりなどなかった。

「まっ、お姉さんにはお見通しってやつよ。そういうわけで、もうわたしは確信しちゃったわよ、男の子。さあ白状しなさい、あなたたちの運命の出逢いってやつ」

 実のところ少し面白いとも思った。もしも自分たちが最終的に一緒になるのだとしたら、あれは確かに運命的な出会いだったと言えたかもしれなくて。

 しかし、絶対に言うつもりなんてなかった。

「だから、わかりませんって」


 ただ、確かなこといくつか。間違いなく、なんて幸福の日々だったろうか。


ーー


 WA8712、3月4日


 管理者となっていたメリメとの再会、衝突、そしてどうにか逃げてからほぼ1日。レザフィカという球体スフィア世界において、位置的にはまだナフナドカの領土からそれほど離れてはいなかったキナトとネリー。

 つまりは"ユム・ミリ氷雪地帯"と呼ばれる、万年、雪が降り積もっている、おそらくレザフィカの球体大地において最大の寒冷地域。

 キナトたちは、かまくら、つまりは雪で作った半球型の仮宿で、自分たちの簡単な魔法の操作により、周囲の風を暖かくして、今後の自分たちの行動に関して色々話し合っていた。


「キナト」

「うん」

 ぼんやりしていたところ、相棒であるバーチャルアバターのタカの声により、目覚めたかのようでもあったキナト。

「もう隠しもしないよ。いくらかね、昔のこと思い出してた。ナフナドカの王族だった頃のこと」

 それだけでなく、今の可能性のことも。

「みんなが死んでると思ってたって、それは嘘じゃないけどさ。でも、そうでなければいいって何度も思った」

 そして実際に、メリメは生きていた。

「ただ、この世界に今もいるってだけじゃなくて、管理者ならさ」

「キナト、駄目ですわよ」


 考えてみればこうなることを望んで、別に今話すことでもないことを自分は話したのかもしれないと、キナトは少し思う。


「メリメが仮に、わたくしたちの話を信じて、協力してくれるつもりになったとしても、他の管理者も同じかはわからないし、それに彼女が、管理者にコントロールされている存在でない、という保証も今の時点ではないですわ。一番厄介なことは、管理者がすでにアレと繋がってる可能性だってありますわ。それで、もしアレに情報が漏れたとしたら最大の失敗。そうなれば、わたくしたちにとって、アレに対する最初で最後のコンタクト手段になるかもしれないこのレザフィカが、全くの無意味になってしまうかもしれないんですから」

 そう、自分たちが、自分が、一部を共有してもいる新しい友達と、この世界に再び帰ってきた理由。機械の神と繋がること、ソレがこの、これ以上なき底世界で、いったい何をしようとしているのかを理解すること。それはたしかに、自分の個人的な何よりも重要と思えていた。

「うん、ネリー」

 ただ、しっかり自分の気持ちを読んでくれて、バカな決意もする前に止めてくれる相棒に、彼は素直に感謝もする。

「ありがとね。本当は少し聞いてほしかった。それで、もう冷静にもなれた」

「キナト、わたしは」

「わかってる。これでも友達だぜ、ぼくは」


 昔の自分なら、どんなふうに今の自分を見たろうか。

 どれだけ思い出そうとしても、その疑問の答のためのヒントは何も思い出せない。フィオミィと出会った時、ウィルミクが死んでしまった時、ネリーと出会った時、自分の哲学はいくらかでも変わったろうか。きっと変わった。だけど、どんなふうにかは、キナトにはもうよくわからない。自分でも。

 

「さあ、いつまでもだらだらしてないで、行こう」

「ですわね」

 無理してる笑顔には気づかないふりをして、キナトの肩にくっつくような形となったアバターのタカ。


 もう、これからどうするかの結論は出ていた。

 ふたりはとりあえずは、(公共ネットの情報によると)ユクミリにも1つあるらしい、複数国家の情報技術社と、政府の共用らしいネットインフラ施設に行くことに決めていた。

 ふたりの目的からして、場合によっては、レザフィカという世界の背景システム自体のハッキングを目指すこともありえたが、そのための調査の一環。


ーー


 WA8712、3月5日。


 ユム・ミリ氷雪地帯の、雪に覆われた大地。その全域に張り巡らされている"石道せきどう"と呼ばれている地下通路網。ナフナドカはもうないがかつてはそれも含めて、現在は、ユム・ミリに残っている"エミオン"、"フライア"、"ワルグゥ"の3国を繋ぐ道でもあるが、ほとんど関係ない枝分かれした道に、さらにはあちこちにある"休憩所"と呼ばれる小さな村のような共同体コミュニティなど、それだけでもう、迷路ダンジョン世界と言っていいようなもの。


 断片的に事実を含んでいるようである、いくつかの噂話を合わせて解析し、ユム・ミリのネットインフラ施設のすぐ近くに通じている、非公式の石道のルートの情報を掴んでいたキナトたちは、道を利用する他の者たちのことも特に気にせず、堂々と、目的地への道を目指していた。

 しかし、結果的には少し寄り道することになった。


「おそらく何かが、わたくしたちのことを追っていますわ」

 非公式の道に順調に近づいているためなのか、他の誰かをほぼ見なくなってから少しして、そんなことまるで気づいていなかったキナトを驚かせた相棒のお嬢様の声。


 声自体は、キナトの内部から響いているようだったが、ネリーのアバターが姿を見せていないわけではない。アバターは、それ自体が映像であるキナトの前を進むローラー付きカゴの中。直接触れず見ただけなら、普通は単に鳥籠と思ってくれるだろう。

 別に遊んでいる訳ではない。ネリー自身、アバターを表示している方が多くの情報を取得しやすい。しかし一部の都会を除けば、レザフィカではバーチャル生物は珍しいから、なるべく怪しまれないように、普通の生物に見せかける工夫。


「ぼくにはわからないけど、きみにだけ感知できるのなら、機械?」

 フィオミィによって昔よりさらに強化されている、キナトが近づいてくる気配を察知する感覚技術は、生物限定のもの。

「その可能性もありますが、しかしわたくしとしては、これは自然生物だと考えるのが妥当な気がします」

「なぜ?」

「こちらの、レザフィカのシステムにひっかかってる感じがありませんから、機械生物だとしたらかなり器用にすり抜けてます。としたら相当高度な存在で、逆にわたくしにこうして捕捉されたのが妙です。でも自然生物だとすれば、その辺りの説明は簡単です。単にこの世界において、それほど異質なものではないから、管理者のシステムも警戒するに値しないと考えているような生物とか」


 レザフィカはそもそも、自然生物による自然生物のための世界というようなものだから、機械生物はどうしてもシステムに警戒されるはずだった。例えばネリーのような、もともとこの世界に生きていた自然生物内部というような、見事な隠れ場所に適応してたりしないなら。


「でも、自然生物なら。しかもきみに捕捉できるのに」

 正直少し悔しさもあるが、それ以上にまず奇妙だった。結局のところ今のキナトの強化感知能力も、ネリーのシステムも、フィオミィが与えてくれたものだ。そして彼女は、あえて性能差を広げたりとかそういうことはしていないはず。


「具体的な確率、どのくらいだと思う? 本当にその誰かがぼくらを追ってる可能性」

 とにかく、今肝心なのはそれだろう。

「どう計算すればいいのかわからないですが、まあ一桁とかそういう感じではないと思いますわ」

「難しい状況だな。本当に何か目的があってぼくらのことを追ってきてるなら、どう対処するにせよ、さっさとした方がいい。場合によっては、長い夜に突入する前に」


 もうそれほどの時間もなく、必ずやって来るはずだった長い夜。つまりは太陽船からのエネルギー供給の停止。


「実際どうか、追いかけてきてるのかどうか確かめる方法、あると思いますわ。相手が本当に自然生物ならですが」

「どうするの?」

「わたくしには、この地下通路の迷宮が、単純な線を重ねたネットワークとして理解できています。特に相手がわたくしたちのことをつけてきてるだけというのなら、偶然ではありえない道筋を使うことによって、仮説の可能性を大きく高めることが可能と思いますわ」

「その方法、相手が機械生物なら何か問題あるの?」

「時空間認識と、バーチャル操作など関連する機能がわたくしより優れているならば、どうあってもわたくしをごまかすことだってできると思います。ですが先ほども言った通り、それほど高度機械であるならば、わたくしが今の段階で気づけたことがまず奇妙ということになります」

「正直理解できたか怪しいけど、つまり今追いかけてきてるのは生物の可能性が高い。で、生物だったらきみの方法で、本当に追いかけてきてるのかどうかわかるはず、てことだよね?」

「まさにそういうことですわ」

 要点がうまく伝わってよほど嬉しかったのか、何かもっと違う気分的な演出なのか、楽しげなダンス(?)を見せる籠の中の鳥。

「それじゃあ、試そう。どうすればいい?」

「では単純に、わたくしの言う通りに、進んでください」


ーー


 そしてほんの十数分程度の後、キナトが予想していたよりずっと短い時間だけで、ネリーは自信たっぷりに結論を出した。

「もう確実ですわ。やはり機械ではないと思います。わたくしたちに気づかれたことにも気づいてないと思います」

「なら、こっちが気づいたことをわからせることはできる?」

「おそらくできますけど、でも危険ではありません?」

「少し考えてみたんだけど、逃げるより、ぼくらに何の用があるのか、接触して直接確かめるのが得策と思う。どの道ここまで何もしてこないなら、管理者関係ではないと思うし。わざわざぼくらを泳がす理由がないしね」

「でも、今の段階で、管理者関係以外、いったい何があるわけですの?」

「それを確かめといた方がいいかもって話。だからそいつに知らせるようにして。ぼくらに気づかれてるってこと」

「それなら、ちょうど200メートル先に……」


ーー


 そうして、また十数分ほどの後、キナトたちは、小さな休憩所の1つに来ていた。正確には以前に放棄された休憩所跡。そこで暮らしている生物もいなくて、実質ただの広場。

「まあ、上手くいったみたいですわ、近づいてきます、その誰か」

「うん、もうぼくにもわかる」


 確かにそれは生物なのだろう。ただ普通の自然生物ではないことも、ほぼ間違いなかった。キナトが気づけなかった理由も、もうかなりはっきりしている。距離が離れすぎていたせいだ。迷路の複雑さと、ネリーの認識のための方法のためにわかりにくかったのだが、とにかく、実用的な意味での距離がかなりあったのだ。

 明らかにその生物が普通でないのは、つまり気配を感知可能な範囲が異常に広いこと。(常識とかけ離れた能力を、たいていいくつか持っているものである)魔術師かもしれないと考えせられるほど。


「その鳥、何か特別な鳥なのか?」

 広場に入ってきて、彼はまずそんな質問をしてきた。

「わたくしはバーチャル生物ですわ、彼と共に、レザフィカ外から来ましたの」

 かなり簡潔だが、ネリー自身が答える。

「あなたは誰?」とキナト。

 初対面なのはほぼ確実だった。

 青いロープに、グルグル巻きの包帯で顔を隠した、背丈から判断するなら少年と思われる何者か。 

「おれさまは」

 そして、ずっと昔、大樹世界にスフィアの世界が造られるよりも昔、遠くの世界ルゼドで生まれた彼は、それこそ数千年ぶりに名乗ることになった。

「シェイルーク」

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