10・機械の神

 ヒト型ヒューマンロボット、フィオミィ・クーは、ユグドラシルという世界をさ迷う機械国家ニーケアで造られた。WA3240の11月のこと。そしてまだ幼い頃に、もうひとつのユグドラシル機械国家であるウィーズに移住した。

 彼女がウィーズの領域に初めて入ったのはWA3251の6月頃。


 機械生物とハイテクロボットを分ける基準とされているもので、例えば生理的特性の有無がある。おそらくネイズグ全土で最も一般的であるその基準的には、確かにフィオミィは生物でなくロボットである。

 フィオミィを構成する生物構造の各小単位、いわゆる"細胞"は、普通の機械生物らしく、自然生物のモノ元素を核とした魂ネットワーク上での(例えば意識的な緩みなどによる)固の自律的動作は再現していない。

 ようするにフィオミィという個の生物の核と言える、彼女の中のコンピューターチップは、生体組織(?)が覆う金属メタルの各部に対して完全他律的。例えば機械動物の各部分をコントロールする神経系などでも、そこまで完璧な全体支配システムは原理的に実現できない。むしろその特徴だけに注目するなら、逆説的とも言えるが、ロボットこそ魂が全てを支配する自然生物に近いのかもしれない。

 いずれにしろ、フィオミィはヒトらしく、自分の意識を持って、考えることができて、学ぶことができて、成長することができて、楽しみや喜びや悲しみや恋心まで、つまりヒトが感情と呼ぶものすべてを持っている。それでも彼女は、たいていの基準において生物とすら言われない。魂も共生構造(あるいは自律的遺伝子ネットワーク)もなしに知的機械(複雑構造の生物)として生きれるからだ。そういう存在は、機械生物でもなく自律機械ロボット


 そしてWA3819の9月に、彼女は大樹世界に下りてきた。その時にはもう、後にキナトたちを使うことになった、ある計画も持っていた。


 WA8699の7月。キナトたちとの出会いは予想外のことではあった。

 そしてある時に、彼女は自分のことを少し話した。

「わたしは元々、知的兵器として造られたの」

 最初、その時にはキナトにだけ、ネリーには話さないことを約束させてから。

「あまり詳しく説明しなくてもあなたならわかってくれるでしょう。わたしは開発者としてプログラムされたの、そういうふうにデザインされた存在。だからとても賢くて、あなたみたいな学のあるヒトでも驚くような機械システムだって造れるわけよ」


 しかしそれから考えが変わったのか、彼女自身の計算機構が「キナトだけでは役不足」という結果を示したのか。結局フィオミィは、内緒にしてほしいと前置きしたその話を、ネリーにも語ることになった。



WA8705、12月1日。


 明らかにフィオミィは、以前の時よりも詳しく語った。キナトたちを確実に協力者にするために考えた結果だったのかもしれない。


 フィオミィはウィーズにいた頃、〈うしなわれしとき修道会しゅうどうかい〉という組織に所属していた。それは大樹世界にいくつかある、機械生物の理想郷を求める機械生物たちの社会集団という集合体の1つ。


「正直言うとね、わたしは別に、機械生物を自由にしようとか、そんな思想ないし。共存とか戦いにすら興味ない。わたしがあんな組織にいたのは、わたしの製作者マスターのエルメスがいたから」


 自分が彼のために生きているロボットであることを彼女は誇りに思っていた。愛とか友情とかそういう気持ちかもしれない。ただフィオミィはいつも、彼のためだけに、彼が従う正義の武器になった。彼の役に立つこと、確かにそれは彼女にとっての幸せだった。


「これから話すことも、正確には彼にとって重要だったこと。あなたたちに協力してもらおうと思っている計画も彼が考えたものです」 

 もっと正確には、それをどうにか実行し、成し遂げることこそが、彼が彼女に与えた最後の命令だった。

 

 ウィーズとニーケア出身の機械生物と知的機械たちが始めた、全機械生物を(彼らそれぞれの基準で)救うための共同体の中で、特に具体的な勢力として長く続いてきた3つがある。フィオミィが属していた〈失われし時の修道会〉の他、〈夢追ゆめおいのものたち〉と〈雪月会せつげつかい〉と名乗る組織。それら3組織は、最終目的を共有しながらも、思想の違いのために時に対立しあい、それでも常に、水面下で繋がりを保ってきた。

 いつから、どこからソレの潜入があったのか、始まっていたのかはわからなかった。エルメスがソレに気づいた時、すでに各組織の中枢システムにソレは食い込んでいて、ある見方では慣らされているとすら言えた。


「ようするに、わたしたちの中枢機械群のシステムに、何かが不正侵入クラックしていたの。そして物理領域の大半のコントロールを奪っていた」


 単にそれが目的なのか、あるいはそういうことをする先に、もっと別の真の目的があるのかは不明だが、おそらく現在のこの世界ネイズグの中で、最大級のハイテクノロジーであるコンピューターネットワークシステムを部分的に得たその何かは、ネイズグ中のバーチャル世界システムの基盤コンピューターをひそかに順次攻撃していた。

 異変に気づいている者は外にもいたろう。WA3600年頃にエルメスが確認できた時点で、その始まりの記録はもう1000年以上古くまで遡ることができた。

 つまりは、少なくともWA2629の11月頃には、小世界領域フィーアルで、バーチャル世界を管理するコンピューター群の、明らかに意図的と思われるのに、どうしても原因の謎だった破壊を示唆する記録があった。


「それからネイズグ中で、もちろん偶然の可能性もあるのですが、しかしそんな可能性はあまりにも低すぎる、管理コンピューターの謎の崩壊クラッシュが定期的に確認されてきました。わたし自身もこれまでに3度、原因不明に崩壊する管理コンピューターを確認しています」


 実のところ、その最後、フィオミィが3度めに崩壊を確認したのが、ネリーのバーチャル世界の管理コンピューター。


「全てが同じ何者かの仕業と考える者たちは、その何者かに"God of machines"すなわち〈機械の神〉という名称すら与えていました。そして、わたしたちのシステムを利用していたその何かが、おそらくまさにその〈機械の神〉でした」


 神、Godとは、つまり究極的に万能であり、ある世界の全存在を超越している何か、あるいはネイズグも含めた全世界の制作者と、よく語られているもの。機械生物の典型的な妄想産物ともされるが、バーチャル生物がこの現実ネイズグにもたらした概念という説もある。

 〈機械の神〉というのは名前通りに、全世界でもネイズグでもなく全機械、あるいはテク元素系における神とされる。全ての機械に対し超越的なコントロールが可能である何か。


「原理的なことはどうしてもわからなかったけど、ただそれが確かに、想定されているような存在、例えば全ての機械に対して一方的と言えるようなコントロールを可能な機械と考えれば、長くの間、誰にも気づかれることなくハイテク機械の共同体、つまりわたしたちみたいなのに勝手に紛れ込んで、利用できていたことも説明できる」


 ただし、どうしても、すぐには理解できないこともあった。

 どういう原理かはともかく、仮にソレが本当に〈機械の神〉であるのだとしても、機械、というかテク元素系に対して神(超越的な存在)であるだけなら、ネイズグ中で起きてきた管理コンピューター破壊の罪の全てを、ソレに負わせることができそうになかったのだ。

 管理コンピューターの破壊の影響はどうしても誰かに知られる(実際知られていたろう)。神が(そんなことも考えにくいが)例え、自然生物にも理解しがたい、まさに超越的なシステムによって機械への支配を実現するのだとしても、その支配のための変化は、物理的現象なのだから(そうでないなら、本当に誰にも気づかれることはなかったろう)。

 また(もともとたいていの研究者はそう考えていたわけだが)仮に〈機械の神〉を全ての機械のネットワークを利用して、どんなバーチャル世界、管理領域、ようするにテク系領域にも移動でき、どこでも自身のためのコントロールの最上層を構築可能(あらゆる系において、常に最も根本的な原理として機能できる)というようなデータ存在(バーチャル生物?)とすると、広いネイズグの各地で、管理機械を破壊していくのに、空間距離の問題がどうしてもある。


「例えば、全ての機械を生きる場にできるバーチャル生物。それはつまり、自然生物とはまた異なる、機械的な物理学で説明できない要素を持ち出さないで説明できる、その神なる存在についての唯一の説でもあったけど」


 やはりそれでも、機械を最大に利用できるだけのものだから機械自体の限界を超えられるなんて考えにくい。

 ようするに、神でもなんでも、管理機械に影響及ぼすような機械生物が、ここまで見つからないで、これまでやってきたと思われることを成し遂げるには、"ネイズグ"の未開地域を移動するしかないが、その場合すら、理論上可能な最高速度(原理的に光の速度)でも、生物園間や、コンピューター都市間を移動するのに、かなり遠回りの経路を使うしかない(でないと誰かがネイズグを移動するソレをもう見つけているはず)。


「まあ詳細は込み入ってるけど、肝心なことは簡単だと思う。ネイズグの独立世界として見れる小世界領域間は距離が大きすぎです。〈機械の神〉でも、領域から領域の移動だけでも10年はかかるくらい。それに管理コンピューター自体を見つけるまでの経路も謎。わたしたちだって、そんなこと把握してなかったし、一時的に把握できたとしても、安定してるような情報ではないから。どこにも気づかれないで探すことは非常に難しいはず。可能としても、やっぱり時間がかかる」


 ところが、バーチャル世界管理コンピューターの破壊は、遠い小世界各地で、数年に1度ほどのペースで起きていた。


「正直でも、全バーチャル世界の数からすると、これは大した問題でないようにも思えた。わたしたちが把握していないケースがもっと大量にあると仮定したとしても」


 だが、そんなことが可能であること自体が重要な問題だった。


「エルメスは、それが機械生物に可能だという可能性を探した。本当の神であるとは考えなかった。仮にそういう存在なのだとしたら、どうせわたしたちが理解できる存在ではないだろうから。いえ、それが機械でない訳がなかった。なぜならエルメスも学者で、これまで起きたことがないことより、これまでにも起きたかもしれないことが再び起きる可能性の方が高いとしっかり理解してた。キナト、彼も」


 つまり生物学者ヨッド・ヘンルト・スプゲジャの本を読んでいた。アルカキサルについての彼の仮説も知っていたのだ。


「本来の生物である自然生物と違って、機械生物は複雑性という無限の可能性が生んだ生物であることを理解してた。そしてその無限の可能性が、さらに先の存在を造ってしまうことがありえると。つまり、それは本当の神じゃない。あくまでも機械生物、機械の神にすぎない。再現された神です。ですが、あなたの哲学できっとそうであるように、機械生物が生物であるのと同じ意味で、それは神です」


 そしてエルメスは数百年かけた研究によって、神のシステムまでも明らかにした。


「おそらく〈機械の神〉は、この空にいます」


 正確には他の誰も手が届かないような領域、ただし次元数を減らした場合、例えば三次元を二次元映像に変えた場合に重なりはする領域。


「計算上、わたしたちが知っている全大地の外側はないです。地下は、考えてもいいですが、空であることよりもずっと奇妙な考え方になるんです。だから、ほぼ間違いなくと言えます。それはこのネイズグで、誰より高い領域にいて、そして」


 おそらくはすでに、ネイズグの全世界と重なることができるほどなスケールで、〈機械の神〉として存在し続けるためのネットワークを広げている。


「でもやっぱり目的はわからない。だけど、おそらく聞けば、少なくともたいていの機械生物が、それを聞けば止めたくなるようなことだと思います。だからこそあれは」


 キナトには、それを告げる時でも、彼女の本心とか抱いていた感情を見抜くことが難しかった。だけど、説明中ずっと続いていたその無表情は、きっと嘘と思った。


「あれはエルメスを殺しましたから。〈機械の神〉の息がかかっている修道会を抜けようとした彼を。方法はわかりませんが、ただ組織は、彼を殺したのはわたしだと思っていました」


 しかしどうにか、ひとり大樹世界に逃げることに成功したフィオミィは、おかげで完全に確信できた。

 〈機械の神〉は実在し、しかしやはりあくまで機械の神でしかないこと。それに、自分を探るエルメスのことを警戒していたこと、すなわち機械のために生きる機械生物をも敵にするかもしれない目的を持っていること。


「エルメスは、それとの出会いを求めてた。対話をしようと考えていたの」


 それで彼は、はるか高くに存在しているはずのソレとの通信システムを開発する計画を立てた。だが、考えられるその距離と、セキュリティを突破するために必要になるコンピューターのスケールを考えると、見つかることなく、つまり邪魔されることなく、それを開発可能な場自体がかなり限られる。


「スフィア世界しか考えられなかった。スフィアシステムを機能させている大半の原理はテク系だけど、それを閉ざしているのはモノ元素の殻だから。そしてこれまで集めることができたすべての手がかりが、〈機械の神〉でも直接的にはモノに干渉できないことを示してる、それは所詮は機械だから。つまりスフィアシステムは、神にもアクセスできない閉鎖系かもしれなくて、しかもレザフィカは自然生物のために設計された小世界」


 そう、フィオミィが、キナトたちに与えた任務は、レザフィカという世界システム、つまりは星系システムを、〈機械の神〉に繋がるための通信システムの開発場にしてしまうことだった。


「これは、"世界泥棒計画"よ。最終的にはどれでもいいけど、5つのバージョンのどれかを、あなたたちに実行してほしい」


 世界泥棒計画。5つのバージョン、プラン(パターン)1~5。つまりその計画こそが、キナトとネリーが、フィオミィに与えられた目的。



 レザフィカ世界泥棒計画。

プラン1=外部からの乗っ取り。普通に直接的に太陽船の管理者たちを出し抜いて星系システム乗っ取る。

プラン2=内部からの乗っ取り。レザフィカ内部から星系システムを乗っ取るか、勝手に使わせてもらう。

プラン3=管理者たちの心を掌握

プラン4=レザフィカ住民の心を掌握し、管理者たちに圧力かける

プラン5=最終手段。管理者たちに全てを伝えて協力を求める



Ch1 end

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