08・彼の機械の仲間

 WA8712、3月3日。


 レザフィカに戻ってきて、管理者になっていた義妹と再会し、そして戦うことにもなったキナトは、負けるところだった。負けて、管理者のところに連れていかれるところ、つまりは、もうレザフィカの球体大地から離されてしまうところだった。

 ホログラムのフィオミィは、そう何度もは使えない、彼らの切り札。そして彼女が現れたために、形勢は逆転した。


「そんな」

 メリメには防御する暇もなかった。そして、そんな暇があったとしても、彼女がとれるどんな防御の方法も無駄だったろう。


 通常、管理者が自由に使える、レザフィカの球体大地のあちこちの部分と重なっている、特殊なバーチャルコンピューターシステム。それを利用し、時空間要素構造として捉えたキナトの魔法を、メリメは大幅に弱化した。つまりは、彼がコントロール可能な周囲の風の量を大幅に減らした。だが、今やフィオミィに大部分の物理構造を操作されていたキナトにとっては、残されているわずかな風だけで十分だった。


「ぐっ」

「メリ」

 数秒続いていれば死んでいたろう、しかし1秒ほどだったその攻撃は、直接的な魔法攻撃ではない。メリメは精神に異常な負担を与えられて、意識を失った。それだけですんだのも、彼女が自然生物だからだ。フィオミィが行ったのは、レザフィカのバーチャルコンピューターを逆に利用した、物理的な神経系、脳への攻撃。魂の調整ありきな自然生物よりもかなり複雑なそれに、精神プログラム自体が組み込まれている機械生物だったなら、その心も完全に壊れてしまっていたろう。


「この子の使ったコンピューターを逆に利用したんですわよね。でも、どうやって?」

 それは紛れもなく仲間であるフィオミィの、キナトと自分のため、彼女自身が開発した魔法システムを利用した攻撃であったが、恐怖を隠せないでいたネリー。

 キナトにはよくわかる。彼女のタカのアバターがその時姿を見せたのは、地についていた彼の手の上。そのアバター出現の時点から、彼の体と接触しているのは、いつも彼女がひどく動揺している時。

「どんな機械でも、モノスケール以上の機能を実現するための背景プログラムは、外部からでも動作パターンとして読み取れる」

 というか、キナトもそれほど自信を持って言えるわけではないが、おそらく魂が関係ないどんな物質構造の動作も、その背景プログラムとして定義できる情報コードを読み取ることは可能。ある程度以上ハイテクな機械はテク系でしかありえないはずだが、テク系は、単に極的な複雑さが可能なだけで、全て物理的な(物理的情報として定義できる)ものでもある。

 しかし普通に考えるなら、あるコンピューターのシステムパターンを直接的なコード読み取りなしに解析し、直接的なアクセスなしに逆利用するなんて、必要な演算処理のため、相当にスペックが上である機械が必要となるはず。

「本当にそういうこと?」

 もちろんフィオミィが、自分たちにまだ隠している事が多いだけということはありうるだろう。しかしそれにしたって、レザフィカというか、スフィア世界というものだって、言ってしまえば驚くべきテクノロジーの産物なのである。その管理者たちのためのコンピューターのシステムを、これほどリアルタイム的に奪えるなんて、キナトとしても信じがたい。

「ええ、そういうことよ」

 平然と答えたフィオミィ。

「わたしが、ヨッド・ヘンルト・スプゲジャが恐れたのと多分同じ意味で、アルカキサルを恐れる理由がわかるでしょう。これが、機械生物の可能性よ。キナト」

「フィオミィ」


 こういう時には、自分はやっぱり冷たい学者タイプなのかもしれないとキナトは思う。おそらくヨッドも実は同じだった。フィオミィが言うような恐ろしさはあっても、それ以上の好奇心もある。

 そして、自分はそれでも、ちゃんと普通の知的生物でもあると思う。目の前で倒れてしまった家族のために、怒りも隠せない。


「メリメを」

 精神攻撃を止めたのは彼女でなく、彼女のコントロールに抗った彼の意思。

「殺すつもりで、攻撃したの?」

「正確には、あなたが止めれる程度の力でよ。正直わたしとしては、この子はここで殺しておいた方がいいと思う。あなたのことをよく知ってるみたいだしね」

 本当に平然と言う。ウィルミクでも、倒れてるメリメも、フィオミィ自身ですら、それがつまり「機械的であること」と言うかもしれない。だけどキナトにはそれもまた信じがたいこと。

「今のぼくらのことは知らない。それに」

「悪いけど、あなたの方も問題なのよ。彼女に関してあなたが何を言おうと、今わたしが簡単に信じてくれるとも思わないことね。あなたは彼女のことに、船の時点で気づいていたみたいじゃない」

 別にフィオミィは、キナトたちの行動をずっと把握できているわけではない。しかし、ネリーの持つ記録から、今ここまでの経緯を知ることはできた。

昔の家ここに来るなんて、明らかに彼女と会うリスクもあった。だけど本当は、あなた自身がそういう展開になってほしいと、ほんの少しでも考えてたんじゃない。そうでなかったなんて言えないでしょう」

 それはそうだった。実のところ、かなり思っていた感じとかけ離れたものになってしまったが、キナトも再会を望んでいたのは事実。 

「でも、彼の感情的な問題はなしにしたって」

 何も言えないキナトとフィオミィの間に来て、今やまるで、彼を庇おうとしているようだったネリー。

「仮に彼女、メリメを殺したとして、管理者の怒りを買うだけですわよね。それはわたくしたちにとってもあまりよくないことでなくて?」

「それで困るのは最後のプランだけよ。だけどそれって本当に最後の手段なのよ。それならわたしは、最後のは早々に放棄して、それ以外のプランの成功確率を高めるのがいいと」


 ちょうどその時、プラスチックか何かが割れるような音がして、会話は一旦止まる。


「いきなり負担をかけすぎたみたい。思ってたより早いわね」


 キナトの物理構造には、ネリーとの共生を実現するためのコンピューターが組み込まれているが、それはキナト自身や、内部情報領域コードライン上のネリーが、それ自体コントロール可能な、言ってしまえば彼らの一部となっているもの。一方でキナトの構造内には、閉鎖系である(つまり彼の中にあるだけで、構造的には独立している)装置もいくつかある。そうした独立装置の中でも、"シクフォン"と呼ばれるものが、遠く大樹世界の家にいるフィオミィの、キナトの構造コンピューターへの一時アクセスを可能とするもの。

 つまりは、それが機能している間は、フィオミィはキナトたちと情報を共有し、彼らのシステムをフィオミィも利用できる。そして実のところキナト自身より、ネリーより、フィオミィは上手くそれ(キナトの物理構造を介した魔法)を使える。ようするに今のキナトは、フィオミィにコントロールを任せている場合に、魔法を使う自然生物として最も物理的に強くなれる。

 ただしシクフォンというのはかなり特殊な媒介装置。フィオミィがそれを利用できるのは1つごとに1回と使い捨てであるし、起動中の装置自体にかかる負荷も半端でないため、あまり長くも使えない。キナトの物理構造に無理なく組み込めたシクフォンはたった4つ。そしてキナトたちだけではそれを新たに造ることもできない。だからこそ、回数制限のある彼らの切り札というわけである。


「フィオミィ、ありがとう」

「礼はいらないと言ったはずだけど」

「ぼくらを助けたことじゃないよ」

 そう、おそらく彼にとっては、もっと大切だったこと。

「彼女を、ぼくの家族を殺さない選択を残してくれたこと」

「結局はあなたのためで、わたしのためよ。仮にもし、わたしがここで彼女を殺していたら、あなたたちはきっと、わたしの敵になってたろうから」

 ちょうどそこまで言い終えたところだったのか、もう話すこともないと思ったのか、いずれにしろフィオミィの映像は消えた。


「キナト、わたくし、余計なことをしちゃったでしょうか」

 シクフォンの起動は、キナトもネリーも可能だが、今回はネリーの判断だった。

「いいや、助かったことは確かだよ」と、倒れた義妹を見下ろすキナト。

「その子、どうするんですの?」

「今は、今の時点では、管理者であるこいつを信じる訳にはいかないと思う。ぼくもね。今は、早くここから離れよう」

「王室コンピューターは? それが本来の目的だったでしょう」

「こうなったらこうなったらでちょっと収穫もあったよ。まずぼくらというか、多分フィオミィも、思ってたよりも星系システムについてわかってなかった。それで、まだ王室コンピューターがここにあるとしても、探すのにも利用するのにもある程度の時間がかかるかもしれない。その間に他の管理者がここに来る可能性もあるから」

「でも他に何か、プランのための当て、あるんですの?」

「まだいくつかはね。それに、ここまでで思いついたことというか、試したいことが少しある」


 そしてふたりは結局、管理者のひとりであるメリメと戦った以外には、他に何をするでもなく、崩壊したナフナドカの跡地を去った。


ーー


 WA8712、3月4日。


 実際は、キナトたちには本来、それなりに余裕があった。

 レザフィカの他の管理者数名が、ナフナドカ跡地の宮殿にやってきて、その時まで寝ていたメリメを目覚めさせたのは、キナトたちが去ってから8時間ほどもしてから。


「悪いねメリメ、きみのログ勝手に確認させてもらった」

 気分の悪さに耐えて、体を起こしたメリメが最初に聞いたのは、ケアンのそんな言葉。

「キナトくんのことも可能な範囲で調べたよ。サブフレグキ魔法学校の生徒時代の成績もね」

 そう言ったのは、ケアンの隣にいた、体にフィットした普通の服の他、皮膚との間に数十センチメートルほどの隙間がある半透明な保護服をまとい、空中に浮いていた、マシェランの半分以下くらいに小さいが、それでもヒト族の数倍はあるだろう大きさの、クジラ族の女性。

 彼女、キイウィも管理者。ケアン同様、球体大地に暮らしていた頃に技術者だったらしく、ハイテクな機械の扱いに長けている。

 そしてその場にはふたりの他、部屋の隅の方で何か探っているようであるラクゥ。それにさらにもうひとり。手袋や長靴、ローブで覆ってはいるものの、明らかに長く鋭い爪を持ってる指や、背中に何かがついてるのを隠しきれていないが、後はヒト族らしき青髪の少女。

「昔は、少なくとも魔法使いとしては大したやつじゃなかったそうじゃない。だけど、マシェランもあなたもやられて、いったいどういうことなのよ?」

 青髪の少女、ヤイミィの問い。

 キナトたちのテクノロジーには特に興味なさそうな彼女だが、戦闘能力的には不安なケアンたちの護衛だろう。彼女が手袋と靴、ローブで隠してるのは、フェアリー知的種の中でも、おそらく平均して最も強き存在、ドラゴンの手足と翼。


 ドラゴンは、トカゲとかヘビといった"爬虫類"と呼ばれる生物群に近い形態で、たいていクジラ並に巨大な知的生物。創造者やその他条件にかかわらず、全個体が、非常に強力な魂と物理構造を有するとされる。ただし、創造自体が難しい生物でもあるので、どの世界においても通常は珍しい。

 ヤイミィは、ドラゴンではなくドラゴンメイド族、ドラゴン混じりだが、一応はほとんどヒトであるキメラ種。しかし、わずかなドラゴン部分のために、彼女の種族も普通かなり強力。


「自分では、半分機械生物とか言ってた。どんな方法で協力しあっているのかわたしにはわからないけど、バーチャル生物の仲間もいるみたい」

 別にこうなったら隠す気もない、というかメリメにとっては、隠す意味もなかった。

 キナトたちの目的が何であろうと、彼は管理者に捕まることにはっきり抵抗した。ということは、管理者にとって何か問題があることをこのレザフィカでしようとしている可能性は高い。自分が何と言おうと、仲間たちは彼を探そうとするだろう。 

 ただ、別に予想外のこともあった。


「少しだけ姿を見せた、黒服の女の方だけど、メリメ、きみに見せていたのはホログラム映像の姿だったけど、多分彼女は、バーチャル生物じゃない。多分」

 あまり自信はなさげ。むしろ自分で自分の考えを疑っているようでもあったケアン。

「どういうことだよ?」とすぐさま聞いたのはラクゥ。

「バーチャル生物は、テク系のプログラムライン上で生きてるものだけど、ネイズグ機械生物なら、テク系自体が機構になる。彼女が現れてからのことを考えると、その演算処理速度はとんでもないから。バーチャル生物のための、そんな操作ができるようなバーチャル生物のプログラムをいれた上でのものだなんて考えるのは、ちょっと、いやかなり難しい。まあ、まず間違いなく外部から、レザフィカここにホログラム映像と、機器操作のための情報共有空間を、おそらくとっさに構成するだなんて、それですでにおれの理解なんてかなり超えてはいるんだけど」

「ウィーズかニーケアの機械生物かしら」

 キイウィが口にした、その2つの小世界のことは、一応はその場の全員が知ってはいる。基本的にはユグドラシル世界でともにある小世界レザフィカの管理者として、警戒すべき対象として。

「確かに、それならあのハイテクノロジーも不思議じゃないね。機械の楽園の誰かが、自然生物が支配するこの小世界に何の用があるのかはわからないけど」

「機械の小世界か」

 別に、ケアンがだした機械の楽園という表現が、一般的なものというわけでもない。そもそもメリメは、彼のそんなふうな例え自体、初めて聞いた。

「この世界の機械生物の奴隷を解放しに来たとか」

 メリメも噂では聞いたことがある。全ての機械生物の解放を謳う機械生物の組織がある。

「だけど、そういうことなら自然生物を使うのかな?」とヤイミィ。

「キナトなら、そういう思想の相手に協力する可能性はある。彼は、わたしが考えうる限り、完全な生物平等主義者だった」

 本当に真剣に、時には悲しげに、時には楽しそうに、彼が兄や妹や、それは珍しかったけど自分にも、語っていた場面を、メリメはいくつも思い出せる。そしてその内容はほとんど、そういう類いのものだった気がする。魂なんて特別じゃないだの、機械の知性も自然生物のと同じだの、それにヨッド博士はああ言った、こう言ったとか。

「でも、そのことを考慮に入れても、やっぱりそういう目的とは考えにくい。そういうこと考える機械生物が、たとえどんな思想を持ってようと、自然生物と手を組むなんて」

 実のところ、ケアンのその推測にメリメも同感ではあった。


 確かにキナトなら、どこかの機械の奴隷解放作戦を手伝う気になる可能性は十分にあるだろう。だが、それなら彼のここまでの行動は妙に感じた。彼は明らかに自分にも会いに来た。というより、出会う危険があるにも関わらず、ナフナドカここに来た。それはわかっていたはず。そして、管理者である自分と敵にならないですむことも願っているようだった。そうなる事を必然と思っていない。

(でも、この世界の機械生物を奪う気なら、管理者わたしたちは必ずそれを許さない)

 しかし、結局のところ彼は判断ミスをしたのかもしれない。

(ねえキナト、あんた、わたしに会いに来てよかったの? そのためにわたしを殺せもしないくせに、今のあんたの異質なところも見せてしまってさ)

 まず間違いなく、太陽船からレザフィカに入った時点よりもずっと、他の管理者たちはキナトを警戒している。それに、おそらく今やそれだけでもない。

 太陽船のエネルギーストックが切れるまで、もうあまり時間もない。球体大地で管理者システムが使われたことだって、占星術師や技術者たちにはすぐ気づかれてしまうだろう。

(そんなこともわからないあなたじゃないでしょう。きっと、ずっとひどい形であなたを利用しようとする者もこの世界には大勢いるわ。キナト、あんたはひとりで、いえ、その機械のお友達とだけで、この世界を相手にどうするつもり?)


 今のメリメには、聞こえることもない心の声で、問いを投げかけるくらいしかできない。今はまだ……

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