05・風属性vs風属性
太陽船にいきなりやってきて、それからレザフィカに入った謎の誰か。彼がウィルミクと考えたメリメは、いくつか気になることを学んでから、懐かしき、しかし心が痛むからあまり来たくはなかった、かつての大きな家へと戻ってきた。
彼が本当にウィルミクなら、いったい何の目的で、わざわざ外から、管理者のシステムを使ってまでレザフィカに戻ってきたのか。それはまだわからないが、一度は必ずここに、自分のと同じ、かつての家に戻ってくるだろうと考えた。そしてその読みは正しかったが、しかし結局、再会した彼は、兄ではなかった。
確かに兄と似ている体格、髪の毛のクセの強さ、いかにも女の子ウケしそうなかっこいい感じ。一方で光の加減でちょっとわかりにくくなっていた黒でない銀色の毛、それに兄に比べたらあまり鋭くない目つき。そもそも妹でなくてもわかるくらいには、似てはいるが違う顔立ち。
「キナト?」
もう13年も経ってるが、やっぱり家族だっただけある。単に驚きだけでなく、その失望も、表情からわりとわかりやすい。そしてそのあからさますぎる感情の変化のために、少しばかり傷ついたキナトを、彼女の方も察したのだろう。
「あ、いや、だってそう思って当然でしょ。太陽船であなたが使った風の魔法。あの侵入者、結局あなたなんでしょ。あの魔法、本当に兄さんのにそっくりだったじゃない。だから、兄さんと思って、あなたじゃな、く」
そう、13年も経ったのに、まだ自分たちは互いのことを、よく理解しているらしい。
「兄さんは? なぜ、今はあなただけなの?」
今はあなただけとは、なんて見事な、彼女にとっての彼らのための問いか。確かに彼女の見ていた世界ではそうだったろう。彼女の兄と彼は、ほとんどいつでも一緒だったろうから。
「ごめんメリメ。ぼくは、きみたちの兄さんを守れなかった」
「じゃあ、兄さんはやっぱり」
「ああ、死んだ。最後まで、きみたちのこと心配もしてたよ」
何が辛かったろうか。確かに彼女はキナトに怒りもいくらか抱いたようだった。だけど単にそれをぶつけてくれるだけなら、彼にとってはどれだけ楽だったか。
「覚悟はしてたんだけどね。だいたい、少し前まで死んでる、て勝手に決めつけてたくらい、だし」
どう考えても自分を気遣って、明るい雰囲気を無理にだそうとして、しかし失敗している感じの彼女に、キナトは何か言おうとしたのに、言えもしない。
「キナトは」
しゃしゃり出るつもりはなかったのだが、いろいろ不安らしく、言いたいことも言えなそうなキナトを見かね、アバターのタカの姿を見せたネリー。
「あなたたちのこと、メリメ、あなたのことだってよく話してくれましたわ」
「機械」
意外そうではなかった。魔法の異常な強さを考慮しても、自然生物だけで太陽船にPFCをこっそり放ったり、ジャンプウィンドウを勝手に使ったりするなんてこと、ほぼ不可能であるはずなのは、メリメにももうわかっていた。
「メリメ、わたしたちは、ここにある目的があってきたのですけど」
「太陽船を勝手に使って、それで、システムの邪魔したのはすごく悪いと思ってる。だけど他に方法がなかったから」
だがまだ、その目的を管理者である彼女に言うわけにはいかなかった。
「でも信じてほしい。ぼくらは別に、レザフィカそのものに何かをしようて気はない」
「キナト」と名前をまた口にしただけ。今度は、何も言えなかったのはメリメの方だった。
違う。目的なんてどうでもいいんだ。
「何、してたんだよ?」
沈黙を破ったその問いを、メリメ自身どうしようもなく発していた。
「もう13年もだよ」
そう、彼がウィルミクだったとしても、もちろんそれなら、キナトだって生き残ってる可能性があったのに。だけどメリメはきっと、そう考えたくはなかった。彼に死んでいてほしかったのだ。そうでないと、そうでないとあの子たちは……
「13年も経ってるんだぞ。あんた、あんた、わたしたちが、わたしたちのこと」
「何も知らないよ、きみが管理者になってたことだって、あの暗号メッセージ見るまで知らなかった」
「ふざけないでよ」
もう抑えられなかった。抑えるべきでもないと思った。それこそ、目の前の彼からかつて飽きるほど聞かされた言葉を借りるなら、「自分の哲学」の上では、今の彼女にはどうしても彼を許せそうになかった。
「キナト、悪いけどね、あんたももう知ってる通り、今のわたしは、このレザフィカの管理者よ。だから」
かつてのことをメリメは嫌でも思い出す。どちらも片手で数えれる程度しか行わなかった彼との模擬戦。 魔法なしではあっさり負けたが、魔法を使った戦闘では逆になった結果。
「あなたを捕まえて、今の仲間たちの所に連れて行くわ。 あなたがここに何しに帰ってきたのかは知らないけど、その目的のために今、わたしたちに捕まるわけにいかないなら、力尽くでわたしを退けてみろ」
キナトも覚悟はしていた。
だいたいメリメの立場なら、特に目的もはっきりしないレザフィカへの侵入者は、排除対象でおかしくない。彼女は今や管理者。レザフィカという小世界の守護者なのだ。
「ネリー」
言うまでもなかった。戦闘になった場合のことも事前に決めていたから。もうアバターも消していた相棒の彼女は、キナトの物理構造に仕込まれた機械システムを操作し、彼の魔法の力を強引に高める。
そのおかげだ。太陽船でのクジラの土魔法を防御した時も、今、メリメが仕掛けてきた、拘束しようとしてきた周囲の風全てを、別の風を用いた壁によって防げたのも。
「メリメ、こっちこそ悪いけど」
キナトの反撃の方がより攻撃的だった。真正面から風の圧をぶつけて、吹き飛ばしてやろうとする。
しかし、自身の魔法により、圧してくる風を分解し、続いて右からかかってきた第二撃の風圧も、やはり分解で勢いを殺すメリメ。結果的には少しよろけただけ。
「あんたさ、確か魔法学校じゃ、コネで入った落ちこぼれとか、一時期バカにされてたくらい魔法の才能なかったはずだよね。いったいどうやって」
そんな疑問も無理がないほど、かつて落ちこぼれであったなんて信じられないだろうくらい、キナトの魔法は強力に物質を操作できていた。
そして、キナトもメリメも自然生物なのだ。魔法に限らずどんな才能と呼ばれるものも、魂の強さという不変なものが、個々の限界を決定的に決めている存在。つまり、明確に優れた者と、劣っている者を決められる生物であり、キナトは魔法の劣等種。一方でウィルミクは明らかに魔法の優等種で、メリメもウィルミクほどではないが確実にそちら側と言えた。だからどうあっても、本来ならぶつかり合うふたりの魔法は勝負にもならないはずだった。
「今のぼくは半分機械生物だ」
まったくデタラメな答だ。半分も何も、機械生物が決して自然生物になれないように、自然生物が機械生物になることはできない。その分類の基準は魂の有無だけ。機械生物になるということは、魂を失うということだが、それは自然生物にとっては完全なる死を意味する。そして機械生物が決して魂を持てないからこそ、彼らは結局「機械」と呼ばれ続けるのだ。
確かに今のキナトは、自身の物理構造に機械仕掛けを設置し、ネリーという、いわば"共生"するバーチャル機械生物のコントロールによって、 本来は不可能な、つまり自身の魂と直接には繋がれないような物理構造を一時的に実現し、かつ、 魂が不可能な分のコントロールも、ネリーに肩代わりしてもらい、実現している。
だがネイズグで、生物学に詳しい者なら誰でも、この状態は、機械生物を武器として利用している自然生物(もしかしたら逆に、自身を利用させている機械生物)と言うだろう。
「言っとくけどさ。それが本当なら、ますますわたしは、あなたをほっとけないよ」
手加減する必要などないと完全に確信したらしい。かつてのキナトがまともにくらったら死んでいたろう、急速回転する風の塊の攻撃を放つメリメ。
(長くなったら不利)
それはわかっている。ネリーの協力で、魔法の力を高める方法は、言わば限界以上の動きを強引なコントロールで実現するものだから、身体に、魔法の場合は魂にかかる負担が大きい。
だからキナトは、メリメの回転風を単にかわすか防ぐだけなら容易にできたろうが、あえて別の戦法を選ぶ。
肉を切らせて骨を断つ。その攻撃性能の大部分といえる回転だけは止めて、攻撃はあえて防がない。圧力による衝撃を受け、その場にほとんど倒れてしまうものの、攻撃に集中してる分、防御が手薄になってるだろう彼女に、同時に攻撃を返す。
「くっ」
完全に狙いどおりではないが、彼女の不意はつけたらしい。ついさっきと違い、上手く吹き飛ばし、壁にぶつけてやる。もっとも壁側をコーティングさせた風のクッションでかなり衝撃を和らげたようだったが。
しかしキナトの方にかかる圧力ももう消えていた。
「終わりだよ」
同じ属性の魔法使い同士の戦いは、特に1対1の場合はほとんど、単に魔法の強さそのものの力比べになりがちだ。しかしキナトには魔法以外にも武器がある。魔法と違ってある程度の才に恵まれた高い身体能力と、それをサポートするネリーのシステム。だから、魔法の力に大した差がないなら、戦闘での有利はたいてい自分たちに分があるはずと、キナトらは理解していた。
(くるならこい)
今の自分とメリメが、魔法の属性だけでなく、その物質をコントロールする力も似たようなものということもわかった。だから、魔法の邪魔があっても、それを邪魔できるだろう。だから、魔法による反撃も恐れないで、物理的な攻撃のために、壁際の彼女にキナトは素早く迫る。
物理的な格闘の勝負に持ち込めるなら、メリメが管理者としての日々の中でどんな鍛え方をしていようが、上手く制圧できる自信がキナトにはあった。加えて、ネリーの小規模バーチャル空間を利用した先読み機能により、メリメの動きもかなり読めていた。
ただ彼らは失念していた。メリメは管理者であり、もちろんレザフィカ自体のシステムをいくらか自由に使えること。それは、レザフィカにおいては魔法以外の強力な武器にもなる。
「キナト」
先に感づいたネリーでも、すでに遅すぎた。
何か機械の武器があるのだとしても、それを起動、操作する手の動きを先読みし、それを事前に止められるはずと思っていた。しかしメリメは、キナトたちが使えるいかなる感知機能にも捉えられない、言ってしまえば管理者専用の透明なコントローラーを使って、すでに彼らに、別の攻撃の照準を定めていた。
(や、ば)
キナトはまた魔法により、周囲の風を操作しようと試みるまで気づけなかった。おそらく世界内の局所的な空間操作による魔法への対抗策。キナトの感覚的には、操作対象である風の大半を認識できなくなってしまっていた。しかしメリメの方は、まだいくらか風を操作できた。
「ああっ」
今度は倒れてしまうというより、地面に全身叩きつけられたキナト。
「あなたの方が」
恐らく意識を奪うための武器だろう。小さな鉄の板みたいなのを倒れたキナトの体に当てようとしてきたメリメ。
「終わりよ」
しかしそれも失敗する。
さっきまでよりもさらに強力な魔法の物質操作。キナトがまだ操れるわずかな風だけで発せられた異常な圧力により、メリメは退かされる。
「管理者にあなたの身内がいたなんて。
「ありがとう、フィオミィ」
体を起こし、すぐ後ろでその姿を見せていた、トゥニカにフード、言わば特定の世界において"修道服"と呼ばれる服を着た女性に、感謝を告げたキナト。
「感謝する必要ないわ。今あなたが管理者に捕まるのは、わたしだって困るからね」
その姿はやや透けていて、ホログラム映像であることがわかりやすい彼女フィオミィは、キナトたちをレザフィカに送りこんできた張本人。
「あなたは、いったい?」
フィオミィ自身がレザフィカの地を踏んだことはない。だから当然、メリメは彼女と初対面。
「はじめまして、メリーメノア・ナフナドカ。彼から話は聞いてます。それで」
そこで彼女ははっきりと、メリメに対する敵意を込めた視線を向けて、続けた。
「悪いけど、彼らの邪魔はさせないです」
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