04・宮殿での再会

 WA8712、3月2日。


 レザフィカのどこでも、その時点での時間は共通である。結果的に、球体大地の地域によって、夜が明るかったり朝が暗かったりする。キッカオンという国は、夜が普通に暗い。そして、少年たちがそのキッカオンの領土に入って、メリメのいるドゥラウマティミとは別の、キッカオン第二次の都市"フィータフ"に着いた時は夜だった。しかし多くの通りは、機械的な明かりのおかげで、まっ暗闇とは言えない。

 フィータフは、単純に区域の広さこそドゥラウマティミよりもかない小さいが、一定の高さごと、全部で3つの空間からなる層状構造により、実用的には同じくらいに広いとも言える。この都市の住居者のヒト以外はほぼ水生生物であるクジラ、マーメイド、ケルピー、アッハイーシュカ、エンカンタドで、第一層と第三層は陸であり、ヒト以外はみな保護服をまとっている。一方で第二層は水域となっていて、逆にヒトだけが保護服をまとっている。

 ケルピー、アッハイーシュカ、エンカンタドのいずれも、"シェイプシフター"と呼ばれるフェアリー生物の亜種だが、ヒトと、ヒトキメラ(ヒト族と多種のキメラ族)とクジラ族以外の自然生物種を、都市でよく見かけるというのは、かなり珍しいことで、道行くそれらの生物群たち自体、フィータフという都市の特徴として有名。


 シェイプシフターは、厳密には複数の全く関係のないいくつかの種族グループを含む、ようするに物理的姿の自由性が高い、端的にいえば魔術のような技でなく、性質として変身能力を有する自然生物群の総称。ただしその共有する特徴としての変身能力もなかなか多種多様である。例えば、変身形態の数や、その際に変化する要素数もいろいろ。また、変身のきっかけに関しても、自分の意識というより周囲の環境が関係している場合がよくある。

 ケルピーとアッハイーシュカは種として近い存在とされるが、エンカンタドは、水属性しかいないシェイプシフターというところくらいしか、それらとわかりやすい共通点はない。

 ケルピーもアッハイーシュカも、本来は知的種とされない水棲馬ウォーターホース、ようするに水生のウマ族の亜種であり、本質的にもウマ寄りらしいが、ヒトに変身する能力を持ち、高い知性を得たその状態の方を好む者もけっこういる。変身時の姿に関して、アッハイーシュカの方が美しいとよく言われる。

 エンカンタドは小さなクジラの姿が本来とされるが、実際の構造的には、むしろヒトに近いようで、男性しかいないのだが、基本的には唯一変身できるヒトの姿に変身して、誘惑したヒトの女と遊ぶことを好むとされる。


「普通の都会の夜て感じですわね」

「そうだな」

 どこでも、知的種族たちが普通に歩く都市の中で、ネリーは姿を見せなかったが、声は気にせず響かせ、少年も普通に言葉を返す。

 彼は、前にレザフィカにいた頃、この都市には何度か来ていて、知っていたから。ここでは通信機越しの会話や、MIとの会話は珍しくないが、"解放"された"バーチャル生物"は目立つだろうこと。


 そう、ネリーは機械生物メカニカルであり、さらに機械生物を分ける二分類、"リアル生物"と"バーチャル生物"の後者。

 つまり彼女は、"現実リアルの世界"と呼ばれるネイズグではなく、元はコンピューターシミュレーションのテクノロジーにより創作された実在仮想現実バーチャルリアリティのキャラクター。そのお嬢様的な言葉遣いも、そういうキャラをこれまでの生涯かけて作ったというわけでもなく、そういう設定を制作段階で与えられたというだけ。

 バーチャル世界のキャラクターは、元のバーチャルキャラクターであるうちはプログラムを背景にして動くだけの文字通りの完全な機械的存在。しかしそのような存在が、バーチャルではなく、紛れもなくリアルとされるネイズグ世界のネットワーク領域などに再現エミュレートされた場合、それは元の背景プログラム(バーチャル世界)から独立したも同じ。つまり実質的に、もともとネイズグに存在する機械生物との違いが、構造の実体が存在するのがコンピューターの外部環境か内部環境か、ということくらいしかなくなる。

 だから、機械生物を生物と考える者は誰でも、ネイズグのコンピューターにエミュレート、一般的には"召喚"とか解放とか言われるが、とにかく元のバーチャル世界から離されたバーチャル生物は、普通に機械生物と定義される。

 ネリーも、本来は"冬の時代の起爆剤ゴールドエイジデトネイター"というゲーム用のバーチャル世界内で流行っていたスポーツ"ライクスノーボード(LSB)"に参加するプレイヤーキャラクターをサポートする作中MI(ヒトしか知的種がいないバーチャル世界ではありがちだが、人工知能(AI)という名称の方が一般的)。多くのバーチャル世界で採用されている、"太陽系(ソーラーシステム)"という世界観の「AD27世紀」という時代に生きていた(つもりだった)。しかし今は、お嬢様な言葉遣いや、タカのアバター(キャラクターイメージ)という設定を維持したまま、さらにいくつかのアバター、機能、知識を得て、ネイズグの機械生物となった。そして、そういう設定だからじゃなく、ネイズグここで、自分の意思で新しい友情を見いだして、受け入れた。


「テクノロジー的には近しい感じもしますが、わたしの知ってる都市は、普通のヒト族ばかりの都市だから、ここはすごく不思議な世界のようにも思います」

「ネイズグでも、テクノロジー都市は、ヒトか、さもなきゃヒトキメラが多いはずだよ。クジラもそれほど珍しくはないけど、でもここみたいに、シェイプシフターが多いのはかなり珍しいと思う」

「あなたが昔通ってた魔法学校、近いんですか?」

「近いかって言われると微妙なところだけど、でも一番近い都市は確かにここだ。それで、実際その繋がりはあると思う。学友だったシェイプシフターたちの仲間や家族は、みんなここで住んでたから」


 そう、以前の時、彼は魔法学校に通っていたこともあるが、彼が通ったサブフレグキ魔法学校には、珍しい、シェイプシフターのための特別クラスがあったのである。

 魔法学校は普通、自然生物が通える、魔法を専門的に学ぶための学校。ヒトとクジラ族の場合、多くの国で義務教育の終了年齢である14歳以上の者が3年間通う。シェイプシフターなどは、生物種ごとに成長速度などにバラつきがあるため、あまり年齢は気にされない。


「フィオミィのテクノロジーを信頼するなら」

 自分たちにある頼み事をして、この小世界によこした女。

「太陽船でも、ぼくらがまいたPFCを消去するのは難しいはず。だけど星系システム、まだ問題になってなさそう」

 太陽船での細工が上手くいってるのだとしたら、おそらくまだ星系システムの損傷は隠しているのだろう。

「わたくしたちにとっては、都合のいいことですか?」

「多分ね。少なくとも、まだ気軽に公共ネットも使えるみたいだし」


 そして彼は、同じ国土の中にいるとはいえ、かなり遠くで、まだ生物学を学んでいるメリメと同じように、公共のコンピューターを介し、それもまた彼女と同じく、"アジアンネット"にアクセスした。


 まず最初に調べたのは星系システムの現状だったが、やはりまだ管理者たちは、太陽船が一時停止を余儀なくされるかもしれないことを隠しているようだった。もっとも、PFCを取り除くのにもう成功し、何でもなくなったのかもしれないが。


(メリメがもし今、管理者のひとりなら、わりと適当に選ばれるって噂、本当だったわけかな)

 今、球体大地の自分の位置から見て、どっちの方向にあるのか正確にはわからないが、適当に太陽船、仮に昼間の空でも大地からでは船には見えないだろう、それがあるかもしれない方向を見る。しかしすぐにコンピューターのモニターの方に視線を戻し、調べものを続ける。

 

 調べたのはナフナドカのこと。自分の記憶がおかしくないのなら、自分がレザフィカを去った時まで、というよりあの男、あの恐ろしい生物により、レザフィカの外に飛ばされた時まで。ほんの13年前までこの小世界レザフィカに存在していた国家。彼の、故郷。

「あなたたちって暴君だったのですか?」

 ネリーの質問に、とっさには何も返せなかった。


 彼としても、その現状はあまりにも予想外だった。なぜなら彼が理解できた限り明らかだったからだ。突然に正体を明かして、ナフナドカを滅ぼしたあいつが、外から来た魔術師だなんてこと。それなのに。


「ナフナドカだけではなかった」

 ネリーの言葉が、自分の思い出せるあの日、あの男の言葉と重なる。

(「おまえたちが王家の宝物だと呼んでいるものが目的だ。だからおれはこのスフィアに来たんだ」)

 本当はそれだけが目的じゃなかったのだろうか。だが、そうだとしたって。

(違う、あいつは他に何か目的が。そしてそのためにこの世界でまだ目立たないでいるために)

「ぼくらに、ナフナドカ王家に全ての罪を着せたんだ。周囲の国々にまで破壊をおよぼして」


 そう、彼はずっと勘違いしていた。あの王のお付きとして王家に探りを入れていた男、おそらく何千万という民を殺して、ナフナドカという国を滅ぼした魔術師。あの男が求めていた王家の宝というのが実際に何であれ、おそらくまだ、この悲劇も終わってはいない。

 彼はまだレザフィカに来た目的のすべてを遂げてはいないのだろう。だからこそ、また潜むために、ナフナドカ王家という悪夢を創作し、演出した。

 すべてだ。ナフナドカを滅ぼし、その周辺国家にも多大な被害を及ぼしたのは、国民を実験動物として、危険な魔術実験に手を染めていた悪の王家の者たちが産み出した殺戮兵器。というのが、今やレザフィカ全土で通説となっているらしかった。


「フィオミィは、知ってたのでしょうか」

「知ってたとしても言わなかったと思う」

「あなたを、止めるため?」

「きっと、ぼくの方じゃない」


 そう、あの悲劇の舞台から離された後、怒りと憎しみばかりが自分たちの心を震わせていた時に、その怒りと憎しみの矛先の相手が、まだレザフィカで平然と生きているかもしれないと知ったなら、自分たちはどうしたか。


「ぼくなら、きっと迷った。けど」

 自分の意思よりも、考えよりも大切なことがあった、あの時は。

「ウィルミクなら、復讐を考えたと思う。それでぼくらはもうここにいなかったはずだ。生きてるとしても、死んでるとしてもね」

「あなたが」

 ネリーに気づける感情はきっとそれほど多くない。しかしわかりやすいものもある。例えばそれは、不安や恐怖。

「あなたが気になってたことは、管理者にあなたの、家族が?」

「ああ、船にばらまかれてた意味不明なメッセージあったろ。あの暗号、ぼくにも意味は読めないんだけど、知ってはいるんだ。ウィルミクとメリメが、こっそり意志疎通するために使ってたやつなんだ」

「あなたをウィルミクと間違えた、ということでしょうか?」

「多分ね。船で一度、ぼくらの風の魔法使っただろ。あんな強力な魔法、ぼくだけじゃ絶対使えないしね。で、それは彼女もよく知ってる。でもだから、きみのことはまだ管理者たちも気づいてないと思う」

 今の彼の、その強力な魔法の力の秘密。


「メリメて、確か双子の子の、あなたと仲が悪かった方ですわよね?」

「言っとくけどぼくの方は仲良くしたい気持ちもあったんだよ、だけど向こうが、もうすごく嫌ってたからさ」

「わたしの感性的には、仲良くなれないことを女の子の方のせいにするなんて、男としては情けないですわ」

「文化的なこと無視したら、機械生物基準じゃ、性別なんて実質的にただの記号みたいなものだろ」

「でもあなたたちは自然生物だったのではなくて」

「まあ、そうなんだけどさ」

「よかった、ですわ」

 少し、暗い雰囲気も薄まった感じにネリーはほっとする。

「何が?」

「いつも通りのあなたみたいですから」


 はっきりと言ってくれたことはないが、彼はほぼ間違いなく、自分の故郷とともに、家族もみな死んだと考えていた。だがそこに、少なくともひとりは生きていたかもしれないという情報とともに、まだ同じ世界に、その離れ離れになってしまった悲劇の元凶もいるかもしれない、という話。自分こそ死んだと考えられていたろう13年もの空白期間を、彼がどうしようもなく不安に思うのも無理はない。

 だがもちろん喜びもあるだろうから、暗いばかりでもなかったのだろう。


ーー


 WA8712、3月3日。


 ひどいものだった。ネットで見た現在の地図では、遺跡と書かれていたナフナドカ跡地。実際来てみると、時々見られる壊れた文明の残骸の他は、どこまでも雪に覆われた不毛そうな土地ばかり。

 ナフナドカの存在したのは、レザフィカの球体大地の中でも、特に寒い、名前通りに年中雪で地面が埋もれている"ユム・ミリ氷雪地帯"。しかし、かつては都市でなくとも、あちこちに"空質くうしつ"、すなわちレザフィカ世界に特有らしい反重力物体を利用して浮かんだ、民家や除雪機械が見られたと、彼は悲しげに語った。

「だいたい、国の領土全体が前は浮いてたんだ」

 ユムミリに存在したナフナドカを含めた4つの国全てに共通していたことは、その雪の積もった土地に浮いていた巨大な円盤という領土の基盤。おそらく他の3国は今でもそうだろう。たがすっかり文明の崩壊したナフナドカの土地は、もはや浮いてなどいない。

 空質というのは、基本的に消費されるとしても、非常に消費しにくい物質とされているが、新しく生み出すことができないものともされる。もう誰も住んでいない文明跡地から、それがなくなる流れは想像しやすい。


「もう昔の面影もないけど、宮殿は残ってると思う。あそこは、最高の避難所とにもなるくらいに頑丈なものだったから」

 ある程度以上の規模のネイズグ内世界なら、どの世界でも、記録に残っていない初期の頃に、おそらく魔術師が造ったか、持ち込んだのだろう、特別な何かがいくつもある。謎の物質を基盤としていて、ほとんど何をやってもおそらく壊せないナフナドカ王家の宮殿も、そのような古代の魔術遺物の再利用品だった。

 宮殿内の機械に関しても、宮殿自体に備わっている設置台のようなものがあって、システムの保存、バックアップの機能もあったから、そこに王室コンピューターが残っている可能性すらも、決して希望的観測でない訳である。


「今じゃ平地ばかりで、障害物もあまりなさそうだし、"レーダー"での探りもしやすいと思う」

 彼らが持ち込んでいた特殊な機械の機能の1つ。つまりは、テク元素系に特有の"電磁波"という波の反射を利用した探査機能。レザフィカではあまり一般的でないが、それは自然生物にはより使いやすい似たようなテクノロジーがいくつか開発されているためで、決してこのテクノロジー自体の(探査方法としての)有用性が低いというわけではない。



 実際、レーダーによって、ワンパターンの殺風景の中でも、やはり壊れないで残っていた宮殿を見つけることは容易かった。

 彼の記憶にあった通り、雪降る中ではなかなか幻想的に見える、銀色の巨大な宮殿。

「誰か、いますわ」

 もう、開きっぱなしのようである門の1つを前にして、ネリーはその存在も探知したようだった。

「ヒトの女の子じゃない?」

「シルエット的にはその可能性が高いですわね」

 互いに名前は出さなかったが、考えている相手は、彼もネリーも同じだったろう。


「あいつ、今」

「ごめん、見失いましたわ」

 宮殿の大広間の1つにいた時。ネリーのその報告のほとんど直後だった。

「ウィルミク兄さん、なの?」

 いつの間にか後ろに来ていた彼女に、なにか言葉を返すよりも先に、ちゃんと振り返って顔を見せる。

「メリメ」

 別に隠す気もないし、そもそも隠せられないだろう。その再会の相手が、彼女の慕っていたあの兄でなく、彼の影武者にすぎなかった自分であること。

「あ、あんた」

「久しぶり」

「キナト?」

 彼の名前。

 かつて、ナフナドカの王子であったウィルミクの従者で影武者でもあった義弟。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る