02・少年とタカ
WA8712、2月30日。
レザフィカの球体大地を包む、実質的な夜空である半端な外殻。大地の回転のために、
大地の者たちからすれば、殻の夜空には星々すら見えるのだが、それらは複雑な光学的反射ネットワークの影響によって実際よりもかなり遠くに見えたりする。
そうしたネットワークは演出上のためだけでなく、このかなり機械的原理と言える、世界の管理のためのシステム(星系システム)に関わっている。
そもそも空の海を漂う太陽船というのも、 球体大地側からすると、朝と昼間の空に置かれたエネルギーの恵み。システム構造の重要な要素。言うなればレザフィカという巨大機関の"第一エネルギーの場"。
その太陽船のジャンプウィンドウ、つまりは時空跳躍機能を利用して、スフィア世界のレザフィカに何者かが入ってから5時間ほどが経った。
第二モニタールームには、エルフ族とマーメイド族と、それにヒト族がふたり。まだ5時間前と同じ顔ぶれがそろっている。ただし、エルフのラクゥは壁にもたれて寝ている。マーメイドのエミヤも、部屋の水中エリアでただわずかな流れのままの動きだけで、まだ目は開けているものの、かなり眠たそうだった。
そしてヒトふたり、メリメとケアンは、ラクゥが寝てからはずっと無言で、それぞれに船内システムを利用して調べ物していた。
「面倒なことになったな。ただ逃げてばかりではないと思ってたけど」
沈黙を破ったのはケアンだった。
「逃げてばかりじゃなかったの?」
反対の方を向いていたメリメだったが、振り替えって見た時、8つのモニターは、どれも船内の特定区画を表示していて、何か解析中なのか、網の目のような画が重なっている。
「どうもね、"PFC"をあちこちにセットしてたらしい。しかもどれもかなり捉えにくい」
ケアンがそこまで言ったところで、モニターの1つだけ網の目が消える。
「ピーエフシー、て何それ? ゲーム機?」
眠気を振り払い、話に参加してくるエミヤだが、その問いは、同じくPFCなるものが何かを知らないメリメとしても、なかなかにバカみたいだと感じる。
「正式名称は"パーティクルファンクションキャンセラー"。対象範囲の"テク元素系"の動作を無効化するための装置のことだよ。まあ、きみらにもわかりやすく言うなら」
メリメもわかっていないことを、しっかりと悟っていたケアン。
「ハイテク機械を停止させる機械装置みたいな。で、今重要なことはこの船に仕掛けられまくったそれらを除去するの大変そうなことと、除去できないなら、メモリーから新たなエネルギーの抽出ができないみたいだから、多分あと1週間くらいでこの船自体の平常運転を続けるためのエネルギーも尽きること」
「それじゃあ」
レザフィカという小世界、星系システムと、太陽船という要素機械、それらについて自身が理解していることすべてを踏まえ、メリメは自分なりに1つの推測をする。
「レザフィカはずっと夜? この船のシステムが復旧するまで」
「まあそういうことにもなるだろうけど」
実際、回転する球体大地の半分ほどに常に供給されるエネルギー、つまりは1日の半分くらいを明るく照らす太陽光がなくなるのだから、そこに生きている者たちにとって、ずっと夜になるというのは間違っていない。
「あの侵入者、こっちに何か物理的な攻撃をしようって感じはなかったし、PFCも、状況的には単に足止め目的と考えられる。となると、このまま太陽船が止まってしまった場合の、ぼくらにとっての最重要の問題は、ぼくらを嫌ってたり、星系システムを奪おうて奴らだ。特に"クロバナ"の監視がまったくできなくなるのは正直恐ろしいし」
クロバナは、レザフィカの球体大地でいくつか知られる、管理者から星系システムを奪おうと企んでいるらしい非国家組織。ウィッチ族と呼ばれる、非常に強力な魔法の力を有するヒトの亜種族ばかりの少数精鋭なのだが、総合的な軍事力はケアンの言う通り、かなり恐ろしいものがある。
「とにかくPFCを除去しないと、1週間ではかなり無理そうだけど。それと、あまり期待はできないと思うけど、星系システムの本体機械たちの方にも連絡しといた。仮に本当にシステムがダメになるとしても、その時まではなるべく球体大地の連中には知られたくないから。可能なら占星術師たちにもバレないようにって」
星系システムは、つまり球体大地の生物圏に安定したエネルギー供給を行うためのもの。エネルギー発生源となる太陽船と、それを調整または制御するための"星々"と呼ばれる機械群の物理ネットワーク。
特に"
そこで、惑星機械の動作や、その意図を正しく読み取ることで、その小世界の未来における様々な変化を予測し、利用するある種の魔術を"
「おれたちが普通にどうにかするよりも」
いつから起きて、どこから話を聞いていたのか、壁にもたれたままだが、目はしっかり開いたラクゥ。
「レザフィカに入ったやつを捕まえて、この船に仕掛けた細工を解除させる方が早いんじゃないか」
「捕まえて、ついでに言うこと聞かせられるなら、確かにそれが一番手っ取り早い方法とは思うけど」
そしてメリメの方に顔を向けるケアン。
また、エミヤも彼女を見た。ケアンもマーメイドの彼女も、今やメリメに抱いていた疑惑は、ラクゥと同じだった。
「メリメ、おまえ。あの侵入者に何か心当たりが」
単刀直入なラクゥ。
「そうね」
メリメも、別に慌てたりはしない。本当に、あの侵入者が彼だというなら、おそらくずっと隠せもしない。
「でも低い可能性かもしれない」
ずっと死んだのかと思っていた。だけど確かに、死ぬところを直接確認したわけではない。
「ただ、もし」
そう、もしもあれが彼なら、死んだはずの自分の兄、ウィルミク・ネド・ナフナドカなら、メリメには、実際に会って聞きたいことが山ほどある。
「もし彼が、今も彼なら、わたしが必ず見つけだしてやるわ」
しかしメリメは、連れてくる、とは言わなかった。
ーー
太陽船を利用してレザフィカに入った、その彼は、泥にまみれていた。
追跡を恐れ、PFCを早めに機能させたこともあり、結果レザフィカ内に繋げた経路の到着地点も、かなりランダムになってしまっていた。
「ここは」
船でクジラの管理者の土魔法の攻撃を防いだ時に比べたら、あまり勢いあるとは言えないが、自身の風の魔法により、足場の空気を圧縮、逆に頭上の空気は減らすことで、泥深い沼から体を浮き離した少年。
泥水まみれになった体も、やはり船の時ほどの勢いでない風によって、簡単に洗い乾かす。
「"ヴェノ湿原"?」
「地図データによると、そうですわね」
少年の内部から響く、しかし明らかに少年のものではない、女性的な声。
「それで、これからどうします?」
もう少年の内部からではない。その問いは、彼の隣に投影された、膝くらいまでの大きさしかない、タカらしき鳥の3Dモデルから発せられていた。
「プラン1はまず失敗、予想はしてたけど、いや正直予想以上だったけど、太陽船を直接に奪うのはぼくらじゃ無理。けどレザフィカに潜入はできたから、とりあえずはプラン2でいこう」
「一気に手間でしょうけど、仕方ないですわよね。でも具体的には?」
「まずナフナドカの跡地に行こう。王宮のコンピューターがまだ少しでも機能するなら、今のぼくらには何かの役に立つかも。ただ、ルートに関しては少し慎重になるべきかもしれないけど」
ナフナドカはかつて、というより、ほんの13年ほど前には、レザフィカに存在していた小国。13年ほど前に、恐ろしい悲劇によって滅びた国。
「何か気になること、ありますの?」
少し飛んで、少年の肩に乗った格好となる映像タカ。
「気になると言うか、ちょっと不安なことがある。多分、関係ないとは思うんだけど」
そう、メリメが放った秘密のメッセージが、おそらく彼女から彼に送られたものであることを、少年はしっかり認識していた。
だが、なぜそうなっているのか意味がわからなかった。
実のところ、逆に少年の方も、彼女は死んでいるだろうと考えていたのだが、生きていたのならそれは嬉しいことではある。だが、なぜ彼女が管理者になっているのか。
直接に話がしたいとも思ったが、しかし自分たちの方の現在の事情のために、管理者となった彼女を簡単に信用するわけにもいかなかった。例え、彼女がかつての家族であろうとも。
「ここがヴェノ湿原てことは、ナフナドカはちょうど南の方だよな?」
「地図データによると、ですわね」
「ちょっと考えてみたんだけど、まず事前に、
「地図、以下略です」
キッカオンは、今ちょうど少年たちもいる、レザフィカ最大の大陸エンデナに存在する、5つの大国家の1つ。
「それじゃ、やっぱり先にそっちに行こう」
「了解ですわ」
そして、会話の終わりと共に、映像タカも消えた。
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