お化け? 怖いわけないだろ……ひぃ! やっぱ無理ぃ!! 

「こちらが例の家になります」


 不動産屋から十分ほど歩いたところにある、中心街からもアクセスの良い場所に建つのがその家だった。


 立地も良く、外観も空き家とは思えないくらいには綺麗にされており、初見の印象は悪くない。


「結構綺麗じゃん」


「アルもびびって損したきぶーん気分


「うふふ」


 カエデが拍子抜けした様子で呟くと、周りもそれに同調する。


「で、ではいきましょうか」


「お願いします」


 対照的に硬い表情の不動産屋さんに声をかけるとキッと睨まれる。


「……絶対誤解されてるわ」


 悲しい気持ちになりながら俺は家へと入った。


「こちらがリビングになります」


 玄関を入ってすぐに大きなリビング。広いキッチンも併設してあり、料理する際に困ることはなさそうである。


「シロちゃんの本気のご飯が作れるね!」


「これだけあれば作りがいがあるなーーっと」


 アルマダが太陽のような笑みを浮かべる。


 一方で妙に静かなのがルミナリアとルカ。


 二人を見てみると、肌を寄せ合い顔を青くしていた。


 そんな時、ぎしっとアルマダの足元の床がわずかに軋んだ。


「「ひぃっっ!?!?」」


 二人は悲鳴を上げてぺたりとへたり込む。


「お、脅かすなよ!」


「ぼ、ぼく幽霊だけはシロを守れないかも……」


 逆ギレするルミナリアと珍しく弱気なルカ。


 そんな対照的な反応を示す二人の背後にマリア忍び寄る。


「わっ!」


「「きゃぁぁぁ!!!!!」」


「ほげぇ!?」


 マリアにおどかされた二人はパニックになり、なぜか俺に突撃してくる。


 こんな家の中で回避などできるはずもなく、俺は二人に勢いのまま押し倒され、胸に顔を埋められた。


「し、しろ〜……私、おばけだけは本当に無理なんだ……! 名の通ったパーティとかかっこつけてたけど、心の中じゃ怖くってぇ……!」

 

「ぼ、ボクはシロの騎士だから守らないとって我慢してたけど……! ゆ、幽霊だけは守ってよぅ……」


 二人は先程お風呂ある〜! とか、大丈夫、名の通ったパーティだ、とか強がっていたが、内心とても怖がっていたのだ。


 こういうのはカエデとかが一番苦手そうだと思っていたが、ルミナリアとルカが頭抜けて苦手らしい。


 逆にマリアなんかは異常に落ち着いている。


 ただ、普段前線で凛々しく戦っている姿を見ている分ギャップがすごくて、なにか心にくるものがあった。


「よしよし、苦手なら仕方ないよ。俺が守ってやるから」


「「し、しろぉ」」


 頭を撫でながらそう言うと、二人は半泣きで俺の服をぎゅっと握る。


「ず、ずるい……」


「私もあんな感じでいけばよかった……」


 アルマダとカエデは何か悔しそうだ。


「と、とりあえず次を見ましょうか」


 俺たちが落ち着いた頃合いを見計らって不動産屋さんが先導し、先へと進む。


「こちらがお風呂です。混浴をするために広めに作ったそうですよ」


「なんで俺を見るんだよ」


 ただ風呂は本当に広く、全員で入れそうな大きさだった。


「お風呂で血の巡りが良くなったところで血を……最高かもしれません〜」


「お、お風呂はやばいぞ! 早く出ようシロっ」


「ぼ、ボクこんな事故物件のお風呂なんて入りたくないよぉ!!」


「ぐぇ……く、首しまる……」


 確かに水周りは幽霊が出やすいと聞く。


 そんな情報を知ってか知らずか二人は服をぐいぐい引っ張って俺を連れて風呂場から逃げ出そうとする。


「し、シロ早く出るぞ!!ーーうわぁぁぁ!?!?」


「え、なにどうしたのーーきゃぁぁあ!?!?」


「ゔっ……どうしたんだよ……」


「み、水が首に!」


「ボクも!!」


 ギチギチと締め付ける二人は泣きながら俺に縋り付く。


「ほ、本当か? まあ風呂場だからあり得るだろ……く、苦しいから力弱めて……!」


「「ご、ごめん……」」


 落ち着いた二人は普通のハグくらいの力に戻してくれる。


「で、では次に」


 次の部屋はベットルーム。


「こちらは故人が全員同じベッドで寝れるように」


「「わぁぁぁ!?!?」」


「こちらが屋根裏」

「「いやぁぁぁあ!?!?」


「こちらーー」

「「むりいぃぃぃ!?」」


 それからあらかた全ての部屋を見て回ったが、そのたびに二人は騒ぎまくっていた。


「う、うぇぇ……無理だ……私に剣聖なんて向いてなかったんだぁ……」


「ボクも、シロを守る騎士失格だよ……」


 二人は度重なる恐怖にメンタルまでやられ、超ネガティブになっている。


「大丈夫だよ。ルミィは立派だし、ルカも信頼してるから!」


 なんとか励まそうとするも、効果は芳しくない。


「でも……お化けにビビる剣聖なんて聞いたことないもん……」


「大好きな番一人も守れない騎士なんて、存在価値ないんだ……」


「いや……ん?」


 項垂れるルカの頭から、何か生えているような……。


「ルカ、お前ーー」

「出たぁぁぁぁぁ!?」


「なにが!?」


 ルミナリアの指差す方向を見てみるも、そこには何もいない。


 他のみんなも頭に?マークを浮かべている。


「いないぜ?」


「い、いたんだ! 中年のおっさんが空中に浮いてたんだっ!」


 ルミナリアは俺の胸で号泣していた。魔王討伐の頃の凛々しさは欠片も残っていない。


「そ、そうか……。ルミィは霊感があるのかもなあ」


「うぅ……そんなのいらない……」


 否定すると話が拗れそうなのでせずに、背中をとんとんと叩き、落ち着かせる。


 そしてこの家に来てから妙に冷静なマリアを見ると、楽しげに微笑んでいた。


 その様子から、彼女に起こっている事象が分かっており、静観しているのだと予想する。


「うそ!? ルミィほんとに幽霊見たのっ!? 怖い幽霊だった? 怖くないやつだよね……? 危なくないやつだよねっ!?」


 ルカもまた比較的大きな身体をできる限り縮こまらせて俺の元へ寄ってきた。


 初めて見るくらいに怯えているので、俺は二人を抱きしめて安心させる。


「落ち着けな? みんないるから大丈夫だよ」


「すー、はー、すー、はー……うん……わたしちょっとおちついてきた……」


「くんくん……この匂い好き♡ 落ち着く……」


「…………」


 俺の首筋に鼻を当てて深呼吸するルミナリアと嗅いでは顔を擦り付けを繰り返すルカに俺は言葉を失う。


「ぐぬぬぬぬ……!」 


「……?」


 微かにおっさんが怒ったような声が聞こえた気がする。


 声が聞こえた空を見るも、そこには何も見えない。


「声……?」


「「っ」」


 俺の言葉にびっくりした二人は縮こまる。


「ごめんごめん」


「……許さん! 許さんぞぉぉぉ! 俺のハーレム用に作った家を!! 別の男がハーレムに使うなど、許せるものかぁぁぁ!!!」


「!?」


 それは、この世に悔いを残して死んでいった男の怨嗟だった。


 生前に果たせなかった無念、それを別の男が目の前で達成する屈辱。


 その負の感情が、かつて女性への告白千戦全敗、ハーレムへの野望が"ハ"の字もできることなく潰え、この世に絶望して命を絶った一人の亡霊の力を増幅させた。


「殺す! お前を殺して女を全部俺のハーレムにしてやる!!! うおぉぉぉぉっ!!」


 そしてパワーを得た幽霊は実体化し、霊感のない俺たちにも見えるようになった。


 その姿は青髭やニキビが目立つ、禿頭の中年。


 金はあれど容姿は恵まれなかったことが容易に窺えた。


「コロス!!」


「ちょ、二人とも一旦手離して……!」


 コロネみたいな丸い手を固め、幽霊が俺目がけて拳を振るう。


 それを防ごうにもルミナリアとルカが俺に夢中になって腕を離してくれない。


 一発受けるしかないのか。


 俺は来る痛みに耐えるために身を固くし、目を閉じる。


 …


 ……


 ………


 来るはずの痛みが来ない。


「……?」


 不思議に思い、目を開けてみると中年の首をマリアが締め上げているところだった。


「ぐ、ぐぇぇ……ぐ、ぐるぢぃ……」


 ばたばたと暴れる中年だが、マリアの力の前には無駄な抵抗でしかない。


「ぐぐぐ……美女にころされるのも……また……幸せ、か……」


 そして、流石にキモい言葉を残して中年の幽霊は霧散したのだった。


「これは心残りが強すぎてゴースト化した、元人間のモンスターですねぇ、うふふ」


「は……? 知っていたならなぜ教えてくれなかった!?」


「言ってくれたらシロにボクの情けない姿を見せずに済んだのにっ!」


 にやりと笑うマリアに、ルミナリアとルカが突っかかる。


 しかし口論ではマリアに勝てる者はこの中にはいない。


「あら、わたくしは不動産屋でおふたりが『お風呂も完備されてる!』だとか、『幽霊など恐るるに足らない』なんて仰るから、伝える必要がないと思っただけですのにぃ……シロくん、酷いと思いませんかぁ?」


 マリアはよよよ、と俺の腕に抱きついて二人を見る。


「そ、それは……」


「し、シロから離れてっ! 性悪がシロに移っちゃう!」


「うふふふふ……。シロくん、こわ〜い♡ はむっ」


「うひゃ!?」


 いつの間にか俺の背後に回ったマリアは俺の首をはむはむと甘噛みする。


 ぞくぞくと背筋が痺れるような感覚になる。


「それ、やばいぃ……! くすぐったいっ」


 舌を這わせ、唇で啄まれ、歯で優しく痕を付けられる。


 まるでマリアの所有物だという印を付けられたような気分だった。


「ふふん」


「ーー! やってやる!」


「二人で倒そう!」


 勝ち誇るように鼻で笑って見せたマリアに何かがぷっつんしたルミナリアとルカが剣を抜く。


「わーっ! 待て待て待て待て! 落ち着け! あとでハグでも頭でも撫でるから!? なっ!」


 新居を住む前から壊されてはひとたまりもない。


 俺は二人の納得のいく条件を提示して、なんとかその場を丸め込んだ。





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