借り?今すぐ返すよ。恩?それは返す側が言うこと! 親の脛齧り貴族は早く帰れ!!!!!

 ルミナリア呼びでもなく、ルミィ呼びでもなくルミナリィ呼びという変な感性を持っているな、というのが俺が最初に抱いた印象だった。


 だが、これは口論の意識を逸らす絶好のチャンスだ。


「この人は?」


「あぁ……えっと……そうだ。私の家と仲の良い貴族の息子だ」


 ルミナリアは頭の奥底の記憶からなんとか引っ張り出してきたような感じだった。


「俺だよ、ケーワイ! まさか忘れたわけないよな!?」


「……」


 馬車から出て来たケーワイは黒髪の目つきが鋭いのが特徴的な貴族だった。


 そのケーワイの呼び掛けにルミナリアは目を逸らした。


「…………ああ」


 絶対嘘だ。俺以外のメンバーもジト目でルミナリアを見ていた。


「だよなあ。ほら、せっかくの機会だ。一緒に秋祭りを見て回ってやるよ」


「……は?」


「この俺が誘ってやったんだからついてこいよ」


「触るな」


 そう言ってケーワイが伸ばした手をルミナリアがはたき落とした。


「いっつ……き、貴様!?」


「この私に触れて良いのはシロだけだ」


「むぎゅっ」


 手を思い切り引かれ、その胸に抱き寄せられる。


 ルカが一番大きいが、ルミナリアのも一般的な人と比べると大きい。


 そして何故か下着をしておらず、その柔らかさがダイレクトに伝わってくる。


 胸から香るのは濃く甘い、僅かに汗の匂いも混ざったフェロモン。


 離れ難い誘惑が、甘い蜜が布を隔ててすぐそこにある状況から逃れることなどできるわけがない。


「な……! お、おい、貴様が魔王討伐に出る前に言っただろ。無事に魔王討伐が為されたときには、貴様を妾にしてやると!」


 目の前に自分以外の男を抱いた意中の女がいることに激昂するケーワイ。


 しかし、話を聞く限り一方的に結婚してやる、と命令しただけであり、カエデとは違って婚約しているわけではないようだ。


 現状ただの勘違い野郎だ。


「一度でも私がそれを了承したことがあるか? 妄想をするだけなら……不快だが、勝手にすればいい。だがそれを周りに押し付けるな」


 ルミナリアは俺を抱きしめる力をさらに強め、ど正論を叩きつけた。


「ルミナリィ……貴様ぁ! 俺の援助がなければ困窮していた家族の面倒を見てやった借りを忘れたのかぁ!?」


「ふん、それなら今ここで返すさ」


「っ……!」


 懐に入れていた白金貨を数枚弾き飛ばした。


「利子含めても十二分にあるだろう。文句はないな?」


「今金を返されたとしても、当時俺の支援がなければ今の貴様はいないだろ! その恩はどうした!」


「恩は要求するものではないだろう。受けた側が返したいと想い、自発的に返すものだ。こんな風にな。ちゅっ♡」


 胸に埋もれていた俺の顔を上に向け、雛鳥のように唇にキスを落とされる。


「んむぅ……」


「ごめんねぇ……へんなやつとしりあいで……ん、でも、このからだも、こころもはじめてはしろのだからぁ♡」


 上から唾液を次から次へと飲まされ、舌を吸われる。


 ーー勝てない。そう確信した。


「でねぇ、るみなりあってよばれるのもいいけど、るみぃって呼んでほしいなぁ♡♡」


「ぅ……るみぃーーっ」

「♡♡♡」


 ちゅ〜、と激しい吸引。


「ふざけるなッ!!! 誰の許可を得て俺の女とキスしている!?!?」


「誰がお前の女だと?」


 ケーワイの咆哮に、ルミナリアがとろとろに溶けた瞳を一気に吊り上げて睨みつけた。


「そもそも母さんの事業を妨害して貧困に引き摺り込んだのはお前だろう? それを善人面して金を貸して、いいようにしようとしたのは分かっている。それにお前の金ではなく、お前の親が稼いだ金だしな」


「ぐっ……貴様ぁ! 俺に逆らえばどうなるか分かっての発言だろうな!?」


 魔王という脅威に立ち向かう貴族は高潔な人物が多い。


 それはひとえに民を守る、その強い意志と頭脳が必要だからだ。


 だが一定数民を守ることを義務だと知っているのか疑うような人間性を持った貴族もいる。こいつのように。


「貴様の母親がどうなっても知らんぞ!」

 

「おい、度が過ぎるんじゃないか?」


 俺もずっとルミナリアと彼女の母親への発言を聞いていて、我慢ができなくなっていた。


「お前、その発言を別の貴族に聞かれたらお前の家は終わるぞ? それに、そもそもお前の思考は民を守り、領地を発展させる義務のある貴族として終わってるよ。だからーー」

「シロ、ありがとう。大丈夫だよ」


 腐った性根を踏み潰してやろうと思っていたら、ルミナリアがそれを止める。


「ケーワイだったな。ハッタリは程々にしておくことだ。私の母親が街から出たことは手紙で知っている。なにより、私たちは勇者パーティだぞ? お前程度の木端貴族、潰そうと思えば簡単に潰せることを忘れるな?」


「ひっ……!」


 ルミナリアが対魔王のときぐらいの圧を出しながらケーワイに躙り寄る。


 踏みしめられた地面はべこり、と陥没する。


「私を妾にする? やれるものならやってみるといい。力ずくでも、パパの力に頼ってもいいぞ?」


 ぬくぬくと後方で遊んでいるこの男に、世界最強最悪の敵を倒した者の威圧が耐えられるわけがなかった。


 ケーワイは情けなく尻餅をつく。


「だが、そのときは死ぬ覚悟をしてから来るんだな」


 その言葉には明確な殺意が込められていた。


「ぼ、ぼっちゃま!!」


「ご無事ですかー!!」


 ケーワイが尻餅をついたことに違和感を覚えた彼の付き人が駆け寄って来た。


「あ、あぁぁ……」


 ケーワイは呆然としながら、誰とも目を合わせずに立ち上がる。


 そしてそのままとぼとぼと出てきた馬車に乗り、静かに去っていった。


「……男としてのプライドをへし折られて帰ってったね」


「俺もああはなりたくないな」


 親の威を借る息子。親の脛齧り。


 俺もお金はあるし、地位ももちろんある。


 それを悪用して私欲を満たすような人間にはなりたくないものだ。


 それを全てへし折られて帰るような情けない男にも。


「大丈夫ですよぉ、そんなことにはなりませんからぁ」


「え? それってどういう意味?」


「いいえなんでもないですよぉ?」


 聞かなきゃいけない気がする。


 だが、これ以上踏み込むとまずい気もする。


「……そっか」


 俺は結局話を流すことにした。


「シロ、庇ってくれて嬉しかったぞ?」


「ルミナリア、頭を撫でるな」


「…………」


「わっ、ちょっと、無言で激しくするな!」


「ルミナリアじゃないよね?」


「……ルミィ」


 ぴくり、と一瞬手が止まったあと、少し雑にまた頭を撫でられた。


 後から聞いた話だが、その時のルミナリアは緩みそうになる口を必死に閉じて、頬を染めていたらしい。







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