勝手に寝取ったやつみたいに思われても困るんだけど
叫んだのは黒髪の美男子だった。
「カエデ! 俺だよ、タロウだ! 帰ってきたら結婚するって約束したじゃないか!」
「……? あぁ、タロウか……」
妙な間があった気がする。
「俺との約束はどうなるんだ! もう婚約のことも発表して、式の準備もできてるんだぞ!」
カエデと結婚すると疑うことなく、先走って国民に発表までしてしまったらしいタロウはこちらに分かるくらい焦っている。
「……悪い、婚約はなかったことにしてくれ。もうそこらへんの男になんの魅力も感じないんだ」
そんな彼に向けられるのは非情な言葉と、無機質な瞳。
発言からも、態度からも「お前には興味がない」というのがひしひしと伝わった。
「う……なぜだッ! 洗脳でもされているのか!? その男に何をされた!」
何故か俺に飛び火する。勝手に寝取ったクソ野郎みたいな認識されており、非常に不服である。
「……ほ、ほら、そこのタロウ? くんもそう言ってるしちゃんと話し合えば?」
ていうか婚約者がいるなら先に言えよ。あとせめてちゃんと問題解決してから俺にアプローチしてくれ。
そんな俺の思いは届かない。
「うーん……。すまんタロウ。私が命を賭けて戦っているときに支えてくれたのはシロなんだ。料理も美味いし洗濯、野営、メンタルケア全部完璧なんだ。そんな男が……わ、わわ私に尽くしてくれた……。も、ももももうそんなのすすすす好きになっちゃうだろ!!!」
突然の、顔を真っ赤にした公開告白。
この場にいる、カエデ・シノノメという一人の女性を知らない人ですら理解した。
あ、これガチで好きなやつだ、と。
「そ、そんな……。俺だって必死に物資を送ったり、兵士を寄越したり、毎月手紙だって書いてたのに……」
昔馴染みなだけにその本気さを誰よりも理解したタロウは、相当効いたのか顔を青ざめさせて項垂れ、自分のやったことをこぼす。
「あ〜、一般兵たちが行けるような場所には私たちはいないし……物資は中抜きで私たちに辿り着く前に無くなってるだろうし、兵士なんて気にしたことないし手紙なんて届ける余裕がある場所にいないから知らんかったわ、すまん」
ぽりぽりと頭をかいて謝るカエデ。
彼が戦場から遥か離れた国で、少しでも貢献しようと、好感度を上げようと試みたことは全て無に消えていた。
割と思ったことをすぐに口にするカエデは、トドメを刺す。
「それに、安全なところから支援してた〜って言われても、男気のないやつはタイプじゃないし……ま、今回は縁がなかったってことで諦めてくれ!」
「ふ、ざけるな!!」
掌を顔の前で合わせて謝罪するカエデにーーいや俺にもか……激昂するタロウ。
「ハポン国の皇子たる俺を振るなんて許されない! カエデ! お前は騙されている! そうでなくとも、吊り橋効果で一時的な感情に違いない!」
「……しつこいなァ。シロ」
「んあ?」
逆ギレ皇子にドン引きしていると、胡乱げにその様を見ていたカエデが俺の頬に手を添え、
「んっ」
ちゅ、と手が添えられてる方とは反対側に瑞々しい唇が落とされる。
「ぁ、あぁぁぁぁぁぁ!!!!」
発狂するタロウ。
「おぉぉぉぉぉぉ!!」
救世の英雄たちの恋路に歓声を上げる騎士たち
「きゃー!!!」
乙女なら誰しもが夢見る英雄との恋愛に黄色い歓声を上げるメイドたち。
「い、いまはほっぺだけ……だからな」
照れ照れと耳まで真っ赤にして顔を隠すカエデ。
もはや城内は混沌としていた。
「く、そがぁぁあ!」
愛する人にこっ酷く振られ、目の前で別の男にキスを落とされる屈辱に、我を忘れたタロウが隠し持っていたナイフを俺めがけて投げつけた。
「ふんっ!」
安全圏で引きこもっている奴のぬるい攻撃が俺たちに通用するわけはなく、カエデが手刀で叩き切る。
……うん、通用しないけど、手で金属を真っ二つにできるのに関しては意味がわからない。
「おい、いい加減にしろよ?」
そしてゼロだったタロウへのカエデの感情がマイナスに転じた。
「昔のよしみでシロへの侮辱を少しは聞き流していたが、それは許せないぞっ!」
研ぎ澄まされた鋭い圧がタロウを捉える。
「ひっ……!」
その圧は命のやり取りもせず、ぬくぬくと育ったタロウに耐えられるものではなかった。無様に腰を抜かしてへたりこむ。
「二度と関わるな」
情けない姿のタロウを睥睨し、カエデは視線を切った。
「じゃ、行こっか」
「ま、待ってくーー」
二の句を告げる暇もなく、アルマダは俺たちを連れて転移魔法を起動した。
その場に残ったのは、莫大な魔力の残滓と呆然とする各国のお偉いさんたち。
彼らにとって予想だにしなかった展開に、想定していた外交の流れが劇的に変わることを誰しもが悟った。
ある国は唇を噛み、また別の国は内心でほくそ笑む。
今後、俺たちが救った世界がどう変貌するのか、予想するのは困難だった。
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