世界を救ったら次は国の奴隷に? 嫌だよ。
フランク王国王城。
魔王が棲む地と隣り合わせの国であるフランク王国の王城は、他所と比べてよく言えば無駄のない、悪く言えば質素な造りをしている。
それは世界第一の防波堤として他国からの援助こそあれ、国の予算が莫大な防衛費に消えていき、権威を顕す城にさえ無駄なお金を割く余裕がなかったためである。
そのシンプルな王城は、他国民がどう思っているのかは分からない。
しかしフランク王国の国民は王国の魔物に脅かされながらも一度も屈することのなかった歴史を見守り、歴史を創ってきたこの城を恥ずかしむことなどなく、むしろ誇らしく思っていた。
そんな王城内部では、勇者パーティを出迎えるために世界の主要なメンバーが顔を揃えている。
彼ら彼女らの表情は、長年の宿敵魔王を討ち倒したにも関わらず、あまり明るくはない。
魔王という共通の敵を前に仲間割れをする余裕はなく足並みを揃えて戦ってきたが、これからはそれぞれがある意味は仲間であり、違う意味では敵になるのだからそれも当然である。
なにより、魔王に脅かされる前の政のノウハウなどとうの昔に失伝しており、今後どのように外交をし、バランスを取っていくのかが分からないことによる緊張が大きかった。
そして足並みを揃えるといっても、全ての国が平等に魔物や魔王に対峙したわけではない。
直接魔物に対処する機会が多いのはやはり魔王の棲む土地に面する国々であり、そこに対する支援の積極性は各国でバラバラだった。
例えばフランク王国の隣に位置する国では、王国が滅びれば次は自分たちが魔物の被害を被るために、多額の支援をした。
一方でそこから遠く離れた国では、少なくとも自分の代では切迫した危機に陥ることも、まさかこの脅威が排除されることもないとタカを括って雀の涙ほどしか協力をしなかった国も存在する。
そこに、歴代勇者パーティの輩出ーー特に今代のパーティメンバーの出身国であるか否かといった貢献度も、今後の世界情勢に大きな影響を与える。
今日の謁見と、以降の会議で自国が世界においてどの立場、地位になるのかが決まる。そんな状況だった。
それゆえに、生存している勇者パーティの面々には今後も旗頭として国の顔になってもらう必要があった。
そのために各国は血筋の良い美男との結婚や、たとえ名ばかりでも大きな役職などを用意していた。
英雄一人の献身で、自国が今後豊かになれるのだからーー。
俺たちは王城に招かれ、各国のお偉いさん方の前に跪く。
「我々は勇者エクス・グエスを失いながらも、魔王アルビオンと死闘を繰り広げ、なんとか討ち倒すことに成功しました」
亡き勇者の代わりに剣聖ルミナリアが奏上すると、周りに控える騎士や大臣たちからわぁっ、と歓声が上がる。
特に嬉しそうなのは騎士たちで、日頃からいつ死ぬか分からぬ恐怖に、家族や国を守るために立ち向かい、戦ってきたからこそ嬉しさもひとしおだった。
「人類の宿願である魔王討伐、ご苦労であった」
地面を震わすような低く威厳のある声。
フランク王国国王、ピーン。
亡き勇者エクス・グエスの祖国であり、その国王がまずは口を開いた。
長年最前線で戦いを請け負い、今代の勇者を輩出し、そして殉職した国の王がまず対話をすることは、誰であっても口を挟めることではなかった。
「ありがたきお言葉」
「うむ。我々の祖先から何百年間も脅威となり続けた魔王を打ち破ったことは、今後何百年経とうとも語り継がれていくだろう。諸君らはそれほどのことを成し遂げた。褒美は私たちにできることならなんでも叶えてやる」
これは事前の会議で決まっていたことだった。
出資の配分の取り決めはいろいろあったが、勇者パーティには最大限の褒美をやらねば、世界の人々に示しが付かないことは共通認識であったためである。
首脳陣たちは褒美を与えた上で、今後国の要役に就いたり、結婚して身をおいてもらうことで政治や支持集めに利用しようと画策している。
「ありがとうございます。……では、まずこの六人全員が一生涯生きていけるお金をいただきたいです」
「うむ。もちろんだ」
「ありがとうございます」
この願いは想定内。むしろ言われずともその程度の金額は保障するつもりだった。
だが、この後の願いを国王たちは想定していなかった。
「そして、私たちは今後勇者パーティという肩書きを捨て、何にも縛られずに自由に暮らします」
「ーーは?」
ピーン国王の顔を見据えて告げたその言葉に、どこからか腑抜けた声が漏れた。
国王もまた、声こそ出さなかったものの口を半開きにして呆然としていた。
「ーーな、なんと? 勇者パーティの肩書きを捨てれば、今後受けるであろう賞賛も、栄誉も全て受け取らない、ということだぞ!?」
「はい。必要ありません」
「そ、そんなことがあってはならぬ!! 世界を救った英雄として国を引っ張って行ってもらわねば祖国はどうなるのだ!?」
キッパリと言ってのけるルミナリアに、他の王から悲鳴に似た声があがる。
それはルミナリアたちからすればあまりに身勝手な言葉だった。
思わず俺もその発言をした男に負ける視線が厳しくなる。
「……悪いけどよ、私たちは十代から最前線で命を懸けて敵を屠り続け、魔王を斃したんだぜ。ここまで世界に貢献してなお、自分の国のために犠牲にならなきゃいけないのか? もしそうなら、どこまで強欲で汚ねえんだよあんたら」
言葉を吐いたのは眉間に皺を寄せ、険しい顔付きのカエデ。
死ぬことも辞さずに何年も孤独に戦い続けた俺たちに、世界の奴隷から今度は国の奴隷になれ、と迂遠に言われて、俺たちも不快だった。
「な……! そんなことは言ってはいない! ただ私はルミナリア様にこれから快適に過ごしていただきつつ、後進の育成に携わっていただきたいだけで……!」
どうやら先ほどから騒いでいるのはルミナリアの国の人らしい。
「だってよ?」
「お断りします。私は……私たちは今まで人類が成し遂げなかったことをしました。それを人間六人が不自由なく生活できる程度の金銭と、一切の不干渉のみで満足してあげよう、と言っているんです」
「ボクも聖騎士なんてくだらない称号いらない」
「私もー」
「わたくしも、聖女なんて不似合いなものいりません」
「俺も、余生は一人で静かに暮らしたーー」
「みんなで、だよな?」
「……うん」
「ですので、これでもまだ食い下がるのなら、今すぐに全世界の人々にわたくしたちの願いを公表し、それを認められなかった、と伝えてもいいんですよぉ?」
「ぐっ……」
貴族はメンツが大事な生き物である。
統治する民から信頼が失われれば、近い将来滅びることになる。
『ただ静かに過ごしたい』という願いすら聞き入れられないと喧伝されれば現在の統治者たちの権威は失墜し、最悪の場合氾濫分子からのクーデターすら起こり得る。
だから、彼らは呑むしかなかった。
「……わかった。各国通貨を同額ずつ用意している。受け取ってくれ」
「はい」
どさり、と数人の騎士が運んできた何百枚もの白金貨。
それにアルマダが手を翳すと、白金貨は消失する。
異空間に転送したのだ。
「これが……」
周囲から驚きの声が上がるが、それも仕方のないことである。
畏敬の念を込めて魔女と呼ばれるアルマダは、市井には広まっていない多くの魔法を習得している。
なかにはこの収納のように非常に便利なものもあり、その価値は今後爆発的に高まることが予想できた。
「……色は付けてある。だから、万が一のために移住する場所を教えては」
「嫌だよ。じゃあね」
「ま、待て!」
その場を去ろうとする俺たちを止めたのは、一人の男だった。
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