英雄たちの帰還

 勇者が死んだ。


 その訃報は全世界を駆け巡り、ヒトたちに動揺が走った。


 しかし、その気持ちの揺れは一瞬で終わる。


 遙か先祖から何百年も苦しめられてきた脅威がついに淘汰され、いつ死ぬかも分からない恐怖から解放されたその高揚感に、民衆は歓喜熱狂した。


 街や村では連日連夜宴会が開かれ、踊りを踊って未来に夢を見る。


 一方、勇者パーティを迎えるために各国首脳が集まる王都では、彼女たちの凱旋が行われている。


 文字通り世界を救った英雄たちの顔を一目見ようと馬車の通り道にはぎゅうぎゅうに人が押し寄せていた。


「剣聖様ーっ!!」


「アルマダちゃんこっち見てー!」


 民衆の呼びかけに、車窓からにこやかに手を振るパーティの面々。


 自分に自信がなく、そのせいか普段から表情が固いルカや、数少ない男であり実力も高くない俺への声は少ない。


 もしかしたら聞こえないくらい遠い位置から声をかけてくれてるのかもしれない。


 そうだと思いたい。


「すごい人気だな」


「うん」


 俺たち不人気組は傷を舐め合うように言葉を交わす。


「俺たちだって魔王を討伐したのにな」


「……ボクはキミさえいればいいもん」


 隣に座る聖騎士ルカはそう言うと俺の肩に手を回す。


「……」


 俺はその手を掴み、肩から離そうとする。


 抱き寄せたいルカとやめさせたい俺の無言の攻防。


「ふげっ」


 もちろんタンクであるルカに、平凡なシーフの俺が力で勝てるわけがなく、抱き寄せられてそのまま彼女の膝に倒された。


「むふふ……。ほぅら、ボクの膝でリラックス、して?」


 髪を梳くルカ。


 魔王の呪いの影響なのか、あれ以降俺はトイレとお風呂のとき以外必ず誰かと一緒にいた。


 どこに行こうにも全員俺についてきたがるし、なんならトイレやお風呂も俺が必死の説得でなんとか一人で行くことができたくらいだ。


 ……説得に、俺の下着を提供することになってしまったのは予想外だったけど……ぐすん。


「あ、ずる〜い! ルカ、抜け駆けはダメだよ!」


「私たちが愛想を振りまいている間、いちゃいちゃするのはいただけないな」


「ああぁ〜……」


 俺を抱えあげて膝に乗せるルミナリアと、薄い胸に抱くアルマダを残念そうに見つめるルカ。


「ちょ、ちょちょちょちょっと!! えっちなのは良くないぞ!」


「わたくしも混ぜてくださいなぁ?」


 そこに残りのメンバーも加わり、俺はもみくちゃにされる。


「うぐっ!?」


「おいひい♡」


「れろ、あむっ……」


 マリアに突然から吸血され、耳をカエデに舐められ、咥えられる。


 蕩けそうな快感のなか、誰かがズボンを下ろさないようにチャックと腰の部分を掴んで耐え忍んだ。


「し、シロ……手、つなご?」


 カエデが恥ずかしがりながらもズボンを掴む俺の手の甲に自らの手を添え、引き剥がしにかかる。


「お、おいやめろって……! 国王様たちの謁見で当分会えなくなるからって既成事実を作ろうとするな!」


 ぴたり、と俺の声をキッカケに女性陣の動きが止まる。


「……どういうことだ?」


 沈黙の後、口を開いたのはルミナリア。


 問いただすかのような口調の彼女の表情は厳しい。


「え……だってこれからみんなは国に帰って要職に就いたり、結婚とか予定があるんじゃないのか?」


 英雄を任務が終わったから捨てます、という不義理は侵さないはずだし、魔王に勝った暁にはどこぞの貴族と結婚しよう、みたいな話があると思うんだが。


 そんな俺の考えを見透かしたのか、ルミナリアはため息をつく。


「はぁ。あのな、これまで何人もの勇者とそのパーティが魔王討伐によって死んできたと思っている? 

 私たちは死ぬものだと思って戦ってきた。それなのに死ねない理由を作って死に際に後悔するようなことはしない。つまり私は誰とも婚約などしていない。他の連中は知らないけど」


「……ほう」


 ……五人にずっと誘われて耐え続けるのは辛いし、あの呪いのせいでたまに狂気を感じるから俺以外にその昏い欲望が向かってくれればと思ったんだけどなー。


「シロくんがよく分かってないようですから、わたくしがちゃんと説明してあげまぁす。わたくしたちは国が用意するポストなんて興味がないですし、仮に婚約者がいたとしてもそんな方とシロくん、どちらが大事なのかは一考する余地もないです」


「あ、はは……どうも」


 マリアは続けて言う。


「ですのでぇ、わたくしたちは国王様たちに報告を終えたあと、全てを放り出してシロくんと暮らすことに決めましたぁ! わぁい!」


 ……へ?


「へ?」


 俺ずっと勇者にこき使われて馬車馬のように働いてやっと魔王を倒したし、しばらくは報奨金でのんびり一人で暮らしたかったんだけど……。


 なんて彼女たちの昏く澱んだ目を見て言えるはずもなかった。


「……ボクたちは魔王を倒したんだ、それくらい許されるよ」


「幸か不幸か分かんないけど、シロちゃんは世間的にはあんまり評価されてないもんねー!」


「上もそれくらいなら認めてくれるはずだぜ、なんせ私たちは魔王を倒したんだから」


 国家にお願いして一人暮らしを満喫するのも無理、実力でわからせるのも無理……たぶんわからせられる。


 話し合いなんてもちろん言い負かされて終わる。


 どうしよっか!!


「ということだから、ゆっくり愛情を深めていこうな、シロ?」


 ルミナリアの声を皮切りに、また彼女たちの攻めが再開した。






 だらり、と真正面から深いキスをしているルミナリアにもたれかかる。


「もうげんかいなの〜?」


 トロトロモードのルミナリアは俺の頭を優しく撫でる。


 あれから散々好き放題されて、流石に疲弊したのだ。


「マジで無理ぃ……」


「……そういえば、キミたちファンサービスはいいの?」


 確かに。


 ルカの言う通り、今でも外から聞こえる観衆の声は衰えていない。


「アルが魔法でそういう幻影見せてるから問題なしだよ!」


 魔法使いのみでなく、市井からも魔女と崇拝される魔法の天才は、こんなしょうもないことに使える魔法を考えたらしい。


「……もったいな」


 思わず心の声が漏れる。


 まあ、これからは魔物を殺すのに使える魔法ばかりが発達していくことはなくなるのかもしれないな。


 世界が大きな変化を迎えたことに、俺も少しわくわくを感じた。





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