第6話 正体は影から伸びる

 仲の良い声が響き渡る

置いてけぼりになった神代和菓子屋の店長は

一人で仕込みを始めていた。

 この頃は二人でしており

楽が出来るほどに上達するほどの器用さに助けられている。

 なぜ今日は久々に一人で行っているかは

ガウエルの妹分のアルスエルに看病が必要だからだ。

「看病のわりにすごく楽しそうだな」

 まあいっかと和菓子の餡を練り始めた

銅釜で熱しながら木べらで捏ねる作業は

腕力の持続性が重要である。

「腕が久々にパンパンだな……」

 ガウエルの腕力の持続性と膂力の万能性は

騎士団の中でも群を抜いていた。

 ある程度の和菓子が出来上がった頃

昼の時間だと言うことに気が付く。

「そろそろ昼ごはんを作るかな?」

 業務用の横に備え付けられた普通の冷蔵庫から

卵と顆粒出汁や鶏肉などを取り出した。

「親子丼とお吸い物で十分か……」

 卵と鶏肉はたんぱく質が豊富でなおかつ

病み上がりにはちょうどいい気がする

これは店長である神代タクヤの持論である。

 お吸い物を選んだのは胃を慣らす役割を有しており

そしてほっこりと安心する汎用性を持っていた。

 とりあえずごはんを

食器棚から取り出したどんぶりに盛ると

チャチャッと鶏肉と卵や野菜で具の部分を作り終わる。

「よっと……」

 すべてのどんぶりに具の部分を被せるように置き

予め用意したお吸い物をお椀によそった後に

お盆に乗っけた。

 あまり大きな声を出さずにガウエルやうたに

持っていくように呼び出す。

 二階から降りてきた二人は

まずアルスエルの分をガウエルが

力持ちで安定的なうたが自身の分とガウエルのを運んだ。

 タクヤは自分で上まで運んでいく

ふんわり香る卵と出汁の匂いで完成度を推し量る。

「口に合うと良いんだがな」

 そんな心配はいらなかったようで

二階に到達する頃にはおかわりの要請があった。

 手元にある親子丼をガウエルに渡すと

すぐさまに一階に戻り

予備にあったどんぶりで

同じ料理を複数作り始める。

 その往復を二回から三回ほど繰り返す

相当な死地からこの世界に来た

あと何日も食事がなく曖昧なままフラフラと

彷徨っていた。

 それがアルスエルから聞いた

記憶に残る情景らしい。

 もちろん影の何かについては知らなかった

どちらから来たかは不明だが

人を操ることが出来るというのは確かだ。

 なにより記憶が飛んでいる状態で

あれほどの強さだったということもある。

「謎が深まっただけだな」

「いやどうやら収穫はあったらしいぞ」

 ガウエルが窓の外に指を差す

空に浮かぶ人形の式が

なにかを必死に運んでいた。

「これは雑誌の切れ端か?」

「何かは知らんが書物であるのは確かだな」

 読みづらいが内容はどうやら

ある儀式についてのオカルト記事である。

「あちらの世界との交信で異世界に冒険?」

「迷惑な話だな……」

 異世界から来た身ではあるが

逆にそのような方法で世界を超えられるというのは

ややこしい国境がある場合は面倒この上ないことだ。

 どうも所属を確かめたり敵意がないかを調査しないと

安全が確認できないなどの理由で

迷惑だと説明される。

「日本はちょっとぐらい秘密に出来るからな」

「それは安全面においてすごく恐ろしいことだぞ」

 確かに一理あるが

今はそこをとよかく言わない方が話を進ませられた。

「この儀式方法は見たことは?」

「あるぞ…… 敵国の召喚陣に酷似している」

 てことはあれは戦争用の兵器みたいなもんかと思ったが

引っかかるのはそれは作られたものなのか

また別の世界から呼んだものなのかが重要だろう。

「ややこしいが異世界の異世界から呼ばれたやつらじゃ正体不明も甚だしいな」

 ガウエルだけとアルスエルだけが頼りだが

二人の情報を合わせてもわからないとしか言いようがない。

「雑誌の編集を行っている場所がわからないな……」

「いやわかるっすよ?」

 うたがスマホの画面を見せてきた

なかなかに有名なオカルト雑誌らしく

コアなファンが多数に存在する。

 その一類の中でも有名人がこの町で

占い師をやっているという触れ込みがあった。

「これって町にある本屋の真横だよな」

 いつも行っている漫画や和菓子の参考書などを購入している場所で

毎回だが横目に怪しい建物が目に付く。

 そこが占いの館だったのだ

もしくは儀式が行われている本拠地かもしれない。

「乗り込むか?」

「やめろ……」

 客というならあちらも大歓迎だろう

しかし邪魔するならば逆の歓迎を受けてしまう。

【そこにいる】

 不思議な声が木霊した

だがガウエルしか聞こえていないようで

周囲を見回すが誰もいなかった。

【ガウエル…… 痛いよ……】

「誰だ?」

 いきなり意味深な言葉を発するガウエルに

幻聴でも聞こえているのか

それとも先の戦闘で何かがあったのかを

タクヤは調べようとする。

「やめておけ」

「なんでだ?」

「そうっすよ! 調べたらすぐにわかりますよ」

 ここではダメだという意味だと

すぐに理解することになった。

 影が揺らめきながら笑みを溢している

それが目視できた時点で

もはや相手の術中であるということが明白過ぎる。

「そうだな…… まずは占い師のところへ行こう」

 車を用意したが

ガウエルはルーンで飛ぶと言い出した。

 初耳な力に仕方なく乗じて

街の手前までワープする。

 本屋は大通りを真ん中辺りで営業しており

まさしく街そのものが大きな魔物ように思えた。

「あった…… 前よりも気配が増してないか?」

「そうだな」

 影がより一層にも増してニヤニヤしている気がした

影響が出ているのかガウエルも相当に疲弊している。

「すまんな…… 戦力にならないみたいだ……」

 占い師の館に足を踏み入れたガウエルは

意識を失ったのか無言で奥へとずいずい進んでいった。

「ガウエル…… 助けてやるからな」

 進む騎士の背中を追いながら

中心の広場に辿り着く

するとちょうど儀式が執り行われている。

《私たちの影よ! 神になるとき!》

 信者たちが真剣になんらかのものを呼んでいる

人数も相当いるがほとんど無意識だ。

 教祖のような占い師の様子も

生気がない操り人形のようにこちらに気が付かない。

「ガウエル?」

 影がとうとう本性を現す

鬼の顔に隆々しい牙がまるであの夜に戦った魔神だ。

【久しいな】

「お前は穢れた神様じゃなかったのか?」

【外の世界より来たりし魔神の一柱なるぞ】

「まあ手っ取り早くて助かるな」

【この騎士なしで私に勝とうというのか?】

「何言ってんだ?」

「私がいるっす!」

【あの時の依り代替わりではないか?】

 うたも実は能力を発現していたのだ

あの夜の後に剥離する力を有していることに気が付く。

「行くっすよ?」

 手で印を組み

うたの可愛らしい声で祝詞を言い切ると

ガウエルから黒い何かが空間ごと分かたれた。

【なっ? 小娘程度が?】

 心底驚いたのか

影の口が塞がらない

相棒は一人だけではなかったのである。

「これからの相棒はうたでガウエルとアルスエルにはちゃんと帰ってもらう」

【何を呆けている?】

「何の話だ?」

【騎士共の世界は我らに落ちた】

「嘘つくなよ」

【本人が一番知っておるわ】

 剥離したガウエルはゆっくり立ち上がりながら

それが事実かを話し始めた。

「事実だ…… もう私たちの世界に居場所などありえない」

「は? 帰りたいんだろ?」

「住む場所も生きる場所も用意されてない」

「じゃあ…… アルスエルが知らないってのは……」

「口裏を合わせたんだ」

《……》

 二人とも本気だとわかったのか

どうしようもないのかと悩み始める。

【私は帰らせてもらおうかな?】

 不敵な笑みを残し

影は元の世界へと帰っていった。

 ガウエルとアルスエルはうちに居てもらっても別に困らない

そして故郷がない状態で帰せない。

 一旦だが家に戻ることをガウエルから提案された

館に居たところで意味がないことと警察に連絡し

集団昏睡事件という形で終わらせなければならないと

その場から去り後は公的機関に任せた。


 一夜過ぎてアルスエルとガウエルに

二階の余っている部屋で寝食をしながら考えるということを

提案する。

 もちろんと二人とも快諾した

四人の共同生活はこうして始まり

何週間かが過ぎて行った。

「あれ以来から何も起こらないな……」

「そうっすね……」

 そんな二人にこの世界に順応した

二人の女性騎士が快活に話しかけてくる。

「おう! 元気か家主どの?」

「姉さま…… それでは男気が過ぎますよ?」

「そっそうか? ではこれはどうか……」

 街中で覚えたというメイド喫茶で言うような

セリフをさらっと上目遣いで放った。

 衝撃どころか何か奇異なものでも見たような気がする

街中でもなかなかの人気ぶりで和菓子屋にもそれで客が増えている。

【このままで良いのか?】

 そんな心境を隠していた

看板娘が三人とは店という形では潤っているが

二人が迷ったままで無理をするのは見過ごせない。

「なあガウエル? お前は祖国がこのままで良いのか?」

「それなら心配はいらない」

「なんでっすか?」

「入れ違いが怖いからな」

 影の正体に気が付いている二人は

ある真実を述べた。

 影たちはこの世界に目を付けてしまっている

そして近々攻めてきてしまう。

 だからこの世界で少しずつ対抗するしかない

なによりそれが一番正しく思った。

「だから今日から神代和菓子屋で奉仕する」

「私もですわ」

《そして祖国の仇をあなたと討ちたい》

「我儘かもしれないがこの通りだ」

 頭をペコリと下げ頼み込む

二人に対して何故か笑いが込み上げてくる。

「なにが可笑しいんだ?」

「当たり前なことを言うな」

「そうっすよ?」

 こうしてこの世界を守り

ガウエル達の祖国を取り戻すために

ある名で活動することにした。

【神代不可思議探偵所】

 和菓子屋の横にある小屋で

探偵事務所を開設し

あらゆる影に対する事件を解決していく。

 これからの歩む道であり

方法の一つだと断言した。

 こうして影との秘密裏な争いが始まる

そのお話はまたの機会にしようかな

では【神代不可思議探偵事務所】の始まりを終えよう。


 そんな新人説明の中で

和菓子屋の前で凄まじい轟音が響いた。

「まただな」

「そうっすね」

「いつものを演じよう」


 【何者だ?】

【私たちは公国に仇名すものを許さない】

【公国? テロリストか!】

 増えていくのは異世界から逃れてきた

戦力たちで個々の能力は甚大なものたちである。

 さあ始めようか

《影から世界を救うために!》


 おわり



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ルーンと神代 あさひ @osakabehime

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