第5話 異世界の追撃者《チェイサー》
暗がりの中で黒い鎧を纏う騎士団が
化け物が跋扈する森を進んでいた
警戒はしていないのは不用心ではなく
それすらも許さないからである。
「声を出すなよ……」
「わかってます」
団を率いる隊長がそっと騎士たちに命じた
だが努力の意味がなかったらしい。
犬のような影が周りを囲んでいることに
気づく騎士の一人が声にもならない悲鳴で
へたり込む。
【ミツケタ】
【ウラギリモノダ】
片言で犬が迫りくる
犬が喋る時点で奇異にもほどがあるが
それ以上に研ぎ澄まされた殺気が
兵たちを切り刻むようだ。
「私たちは公国の人間だ!」
隊長が諦めの表情ながら決意を固めて威嚇した
しかし意味などほとんどなく黒い影の犬たちはじりじりと
迫っている。
「仕方ない…… ガウエルもどこかに飛ばされた……」
決死の覚悟で剣や斧を構える騎士たちは
手負いで行方不明な女性騎士の安否を気にしながら
自分たちの戦力不足を否めない。
「ガウエルさえいれば……」
「あれは最高戦力だからか」
少しばかり安堵はあった
ガウエルが引き負った敵将の残骸は見つけていたからだ。
「雄姿は見れなかったがな」
「きっとあいつならどこかで生きている」
表情から恐れや迷いが消え去り
森の中で集団的な戦闘が繰り広げられる。
後に残ったのはどちらかはわからないが
誰も後悔はなかったのだろう
恐れを含んだ嘆きは響かなかった。
生き残りは影に飲まれながらも
そう思うだろう。
和菓子屋の新作は味見会を開くのが基本だ
桜餅での新作を模索中な時期ではあった。
季節外れだと言われるだろうが
海外の客からすれば桜は日本の象徴で
なおかつわかりやすいクールジャパンだろう。
ゲームのイラストから着想を得ようと
筐体とソフトで勉強会ならぬゲーム大会が始まった。
「サクラキャリバーって言うのか? これに出てくるこれ……」
「まるで私のような見た目で大変に気に入ったぞ」
「ふっふっふっ…… 最強のゲーマーだったっすからね?」
それはお手柔らかにと始めたプレイングにおいて
意外にもガウエルが強いという結果になり始める。
「なんでわかるんだ……」
「この世界にいたんすか……」
あらゆるギミックに対応しつつ
アイテムの特性も瞬時に理解しながら
相手のボスモンスターをばったばったと薙ぎ倒していった。
「なぜだか知らんがこいつは性に合う女性騎士だな」
「性格さえも若干似てるもんな」
「これが騎士様の実力っすね」
もはやイラストの勉強そっちのけだが
ゲームというものは捗りつつもお腹は空くものである。
「そろそろ昼だな」
「もはや三人で住んでいないか?」
「そっすね…… そろそろ家に帰ったほうがいいっすかね?」
まあ昼を食べてからにと
タクヤは豚肉をタレで炒めた豚丼と
温野菜を使った玉ねぎドレッシングサラダをパパっと作った。
「おいしいっすねぇ」
「これでは異世界に帰れんな」
褒めても何も出ないぞと言いながら
嬉しかったのか裏でガッツポーズを取っていることは
誰も知らない秘密でしかない。
そんなこんなでワイワイと食卓を囲い
後片付けを終えてシャッターを開けた時だ。
目の前に見覚えのない
鞄が置いてあるのに気が付く。
「なんだ? あれ……」
「私が見てこようか?」
「私も行くっすよ」
《やめておけ》
二人の声がシンクロしながら
うたを抑止した。
「まるでお姫様っすね」
「俺にとっちゃ姫だがな」
「私にとっても警護対象だ」
まじっすかと
たじろぎながらも笑ってありがとうっすと微笑む。
「てか俺だけが男だしな」
ガウエルを後ろに待機させながら
タクヤは見慣れぬ鞄に警戒用の式札を片手に
挑み始めた。
あと数メートルの辺りで
鞄がぶくぶくと泡を吹き始める。
「おっ? なんだ?」
構えた式札の系統は防護と反撃の二つの属性を有する
しかし鞄は泡を吹いた後にそのまま塵になって消えた。
「なんだったんだ?」
ガウエルだけは顔をしかめていた
見たことがあるからなのだろう。
「あれは公国の伝書生物なんだがな……」
公国で鞄がぶくぶくと泡を吹いて消えるのは
敗戦という証で撤退を意味しており
自身の生存を優先するという意味だ。
「泡沫なれど我が身こそ実質なる」
戻ってきたタクヤは
難しい言葉をガウエルが呟いたことで
なんかの呪いかと解呪の印を即座に組む。
ガウエルは逆に睨んでくる始末だ
すこし殺気を浴びてしまった。
「なんだったんすかね?」
「少し気になることがあるな……」
一人でふらっと散歩の名目で鞄が辿った道筋を
慎重に歩いていく。
タクヤも不審に思い
式に後をつけるように命じた。
ガウエルは気づく様子もないままで
山道を通っていく。
またガウエルの影で何かが蠢いたが
誰も気づいてない。
数時間が経った
ガウエルは戻ってくる様子すらないが
式にも異常がなかった。
「どうしたんだ? あいつなら迷うことはないはずなんだがな」
そのガウエルは山道で何かに追われている
式に異常がないのはルーンによる気配を断ち切る力のせいである。
「まさかな……
俗称というより侮蔑称で呼んでいる辺りが
どうやら人ではないらしい。
山道の木々を渡り歩いているのか
ガサガサと音が激しい
まるで鳥が猿のように移動しているようにも思えた。
「ルーンさえもほとんど無視とはな……」
仕方なく気配を戻すと
式にも異常が伝わったのかゾワッと
タクヤの体を震わせる。
「なっなんだ? 殺気なんてものじゃないぞ」
式の場所から山道のどの辺りかを算出した
どうやら山頂付近にある小屋が近いらしい。
「崖が多い場所が近いな」
うたは二階の部屋で就寝していた
音を立てないように引き戸を開けてそろりと家を出た。
足に術式を掛けて
山道を軽快に駆け抜けて山頂付近までの近道を通る。
一方のガウエルは
気配を察知されたことで戦闘に移っていた。
ルーンの波状的な一閃でけん制しつつ
防護のルーンで急所を守りながらの
剣闘士染みた戦いを展開する。
「ぐっ! なんだこいつは?」
最初は見たことのある型が来たと思ったが
想定とは全く違う形が現れた。
鎧が立ち竦んでいるわりには
往々とした反射が周囲に反響する。
一定距離に自身が有利な能力を展開できるよう
デバフのような効果が空間に広がっていた。
そして何より剣術と動きが所属していた団に
瓜二つなのである。
「まるでアルスエルと斬り合っているようだ」
名前を聞いて少しだけ鎧が躊躇した
反応に対して嫌な予感が頭を巡った。
アルスエルとはガウエルの妹分で
よく懐いてきた団でも気兼ねない女性騎士である。
「ならばこれでどうだっ!」
一瞬で間合いを詰め切り斬撃を回転の要領で
二回ほど叩きつけるように峰内でぶつけた。
吹っ飛ぶと思いきや
仁王立ちで返し刃を放ってくる。
「まずいっ!」
【
首の部分に緑の隔壁が一瞬で纏われる
それは紛れもなく術式によるものだ。
「待たせたな!」
「遅いぞ!」
少し焦燥が混じりながらも
安堵したのか胸を撫でおろす。
「まったくもう少しでお前のどら焼きが食えなくなるところだ」
「そんなに旨かったのか?」
「知らんが大量に食えるぞ? 今ならな」
最後の晩餐のような扱いを受けたことに
少しジーンと来たが今はそれどころではない。
「あれを拘束などは出来るか?」
「知り合いということで良いんだな?」
「さあな…… 聞きたい話があるだけだ」
仕方ないなと
式札で空間ごと固定するという方法を用いる。
【
鎧はそもそも動いてはいないが
ピタッと剣の動作ごと止まった。
「よし……」
ガウエルはルーンの力で
鎧の内部を透視する。
知りたくもない情報が見えてしまう
アルスエルみたいではなく本人だった。
「なんでお前が取り込まれているんだ?」
「取り込まれている? なんでわかる……」
ある推測が言葉を詰まらせる
それは鬼の影に似ている。
「異世界の魔物みたいだってのはそういう意味なのか」
「すまんな…… 実は心当たりがあった」
気にしてないぞと
ガウエルを気遣いながらも理由を問いただした。
「確証がなかったのとこの世界にも同じものがいたと言っていたからな」
「だいぶ力持ちなんだよな……」
式札が今にも燃え上がりそうなぐらいに
赤く熱されている。
鎧が抵抗しすぎて式札が持たない
というより拒絶する力が尋常なクラスやレベルという概念ではない。
もし本気で向かってきたら
二人がかりでも簡単にやられそうだ。
不意に女性の声が頭に響き渡る
それは弱点の位置とガウエルに対する感謝である。
「アルスエル…… お前の仇は確実に討つからな!」
ガウエルは力を込めて鎧の首筋にある隙間に
浄化の光を込めた剣を差し込み
一気に貫いた。
すると中から光が溢れ出し
鎧が割れて粉々になる。
華奢な女性がインナーアーマーの姿で
現れたがほとんど息をしていなかった。
「アルスエル? 息をせんか!」
術式の蘇生が可能かもしれないために
鳩尾の部分へと光の玉を放つ。
ビクッと体を震わせる中にいた女性は
じきに息を吹き返していった。
すうすうと安らかに眠り始める鎧の中身
安心したのかへたり込んだガウエルの肩に
ポンと手を置く。
「すまんな…… 妹分なんだ」
少しばかりのヒントを得たが
異世界からこんなに訪れるのは古事と呼ばれる書物にある
海から来たお釜ぐらいだ。
異世界からの追撃者から証言が聞ければ
少しばかり異変の原因はわかるだろう。
影のあれらがもし異世界のなにかであるなら
ガウエル達にも関連性があると見た方がいい。
おわり
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